SGS349 人類についての悩み事その1
ドルガ湖周辺を食材改革特区とするということで交渉を進めて、地母神様の承諾を得ることができた。これで難民問題は大きく前進した。あとは……。
「あのぅ、お聞きしたいのですけど、あの作戦を命じた黄玉龍を罰するのは分かりましたが、作戦を裏で操っていた人族たちへの罰はどうするんですか?」
この話の流れで行けば、地母神様にバーサット帝国を罰してもらうことができるかもしれない。
「僕がその人族まで罰すると、黄玉龍やその配下の魔族たちはそれこそ僕に対する不信感を募らせるだろうね。僕が君に……、知り合いの神族にそそのかされているのではないか、とね。不審に思うことは間違いないよ」
「つまり、あの作戦を裏で操っていたバーサット帝国を地母神様は罰しないということですか?」
「そのバーサットという人族の国に対して僕は何もするつもりはないよ。人族のことは人族の中で処置するべきだ。罰したければ君がやればいい」
「でも、わたしにはバーサット帝国を罰することができるほどの力はありません」
「それならもっと力を付けるんだな」
「……」
バーサット帝国に対しては自分たちで何とかするしかないみたいだ。
「それと、君が誤解することが無いようにはっきりと言っておくけど、僕はウィンキアの人族を許したわけではないからね。ドルガ湖周辺の地域は特区として魔族と人族が協力し合って暮らすことを認めるけれど、それ以外の場所では人族を排除せよという命令はそのままだ」
「……どうしてウィンキアの人族を許してもらえないのですか?」
「それは僕が人族を信じていないからだ。人族は今も隙あらばウィンキアの世界を侵略して支配しようとしている。人族は傲慢なのだよ」
「では、あなたに人族を信じてもらうにはどうすれば……?」
「人族が謙虚になることだな」
「それはつまり……、魔族たちの土地を侵略しないということですか?」
「それだけではないよ。人族は自分たちの欲を満たすことだけを考えているよね。その欲を満たすためには世界の秩序を乱しても平気でいる。それを傲慢だと僕は言っているんだ」
「それは……、人族の食欲とか安全に暮らしたいとかの欲求も否定するんですか? 例えば自分たちが食べるために狩りをしたり、家を建てるために木を切ったりすることもダメだと言ってます?」
「違う。人族がどんな欲を持とうが構わない。だけど、その我欲を満たすために世界の秩序を乱すことは許さないと言ってるんだ」
太久郎が言ってることが難しくて、どうしたら良いのか分からない。それが分かったのか、太久郎は仕方ないなぁという顔をして言葉を続けた。
「君の家に他人が断りもなく入り込んで来て、好き勝手に部屋を荒らしたり大事な食料を食べたりしたら君も怒るだろう。それと同じだよ。自分さえ良ければ他人がどうなっても構わないという者を僕は許さない。自分の利益ばかりを追い求めて他人の迷惑を一切考えない者を僕は許さない」
太久郎はそこで言葉を一旦切って、オレの顔を見た。太久郎が言いたいことが分かってきたから、オレは頷いた。
「分かってくれたようだね。僕はね、ウィンキアの世界を長い時間を掛けて育ててきたんだ。そして、今のような調和の取れた美しい世界にまで創り上げることができた。そこへ異世界から来た人族が入り込み、自分勝手に魔族の土地を侵略し始めた。魔族たちを殺し、猟場を荒らし、勝手に土地を占領したんだ。そういう身勝手な人族を僕は許すつもりはない」
「でも、ウィンキアの世界へ人族を連れてきたのはソウルゲート・マスターですよ。人族たちは何も知らずにウィンキアを新天地だと思って開拓しただけだと思うんですけど……」
「ソウルゲート・マスターか……。あの者は1万年前、ウィンキアに人族を入植させるときに僕に会いに来たんだ。入植の挨拶をするためにね。だけど人族に嫌気がさして、すぐにこの地球へ戻ったみたいだ。人族が自分勝手で、強欲で、争い事ばかりしていることが嫌になったようだね。そのときも挨拶に来てくれて僕に謝っていたよ。自分の力が足りずにウィンキアの安寧を乱して申し訳なかったとね。あの者が地球へ戻るときに一緒に人族たちを連れて帰るか、全部殺してしまうかしてくれれば良かったのだけど、できなかったようだね」
「そういうことだったのですか……」
「僕もこの地球へ来て分かったけれど、自分さえ良ければと考えるのは人類共通の性質みたいだねぇ。ウィンキアだけでなくて、この地球にも自分勝手で強欲な人間や国が多いことには驚いたよ」
それを聞いてオレは心臓が縮み上がった。この話の流れからすると、地球の人類を滅ぼすとか、自国の利益しか考えない国を滅ぼすとか言い出しかねない。
オレの顔色が変わったのを見て、太久郎は笑みを浮かべながら話を続けた。
「そう言えば、あの者に会ってきたよ。君たちのソウルゲート・マスターにね。僕も初めて地球に来たから挨拶に行ってきたんだ。そのときに色々話をしたんだけど、あの者は嘆いていたよ。ちょうど良い機会だから、君にそのことを話しておこうかな」
「ソウルゲート・マスターと会ったんですか? それはどこで?」
「そのことは教えられないな。あの者から口止めされているからね。いずれ君へはあの者から連絡があるだろう。それを楽しみに待っていることだね」
「仕方がないですね。それでソウルゲート・マスターはいったい何を嘆いていたんですか?」
「この地球の人類のことさ。1万年前にウィンキアに連れてきた人族が争い事ばかりするので、あの者はそれに嫌気がさして地球へ帰ってきたんだけど、こっちの人類も同じだったと肩を落としていた。1万年の間、あの者は人類の成長を静かに見守っていたんだ」
「人類の成長を……、ですか?」
「ああ。こっちの世界でも1万年前の人類はウィンキアと同じだったそうだ。自分勝手で強欲で争い事ばかりしていたようだね。それであの者は仕方なく、人類の成長を待つことにしたらしい。人類が成長すれば、この地球があの者が望んでいるような世界になると考えたのだろうね」
ソウルゲート・マスターが望んでいるような世界って何だっけ? そう思ったとき、オレは“天の神様と大地の神様の話”を思い出していた。あの話では天の神様、つまりソウルゲート・マスターがウィンキアへ移住しようとしたのは、平和な世界を築き、安住の地とするためであった。ソウルゲート・マスターがこの地球で望んでいることも同じだろう。
「ええと、それはこの地球が平和で幸せに暮らせる世界になることを期待して、1万年の間、人類の成長を待ったということですか?」
「そうだろうね。僕もあの者からそういう話を聞いたことがあるから。ところが1万年が経っても人類は成長しないし、あの者が期待した世界にはならなかったようだ。人類の自分勝手で強欲な性質は変わらないし、争ってばかりいる。科学技術は目覚ましく発達したけれど、そのせいで戦争で苦しんだり死んだりする者は増え続けてしまった。あの者はそう言って嘆いていたよ」
何か言い返すべきだろうが、言葉が浮かんでこない。
太久郎はまた笑みを浮かべて、「あの者はね」と言って話を続けた。
「あの者はね、こんなことを言っていたんだ。その言葉を記憶しているから、そのまま伝えるよ。君たち人類にとって大事な話だからちゃんと聞いてほしい。いいかい?」
人類にとって大事な話って何だろう。そう思いながらオレは頷いた。
「困ったことだが、人類の一人ひとりはたいてい謙虚で善良なのに、集団になると傲慢で邪悪な方へ傾いていく。同じく顔や名前を出すと謙虚で善良なのに、顔や名前を隠すと傲慢で邪悪な方へ傾いていく。普段は心の奥底に溜まった汚泥を理性で上手く抑え込んでいるけれど、責任を追及されない状態になると理性のタガが外れて心の奥底から汚泥が漏れ出てくるのだろう。これまで人類の観察を続けて分かったことは、人類は理性のタガが外れると傲慢で邪悪な存在となる可能性が高く、そういう特性を持った種族であるということだ……」
「ちょ、ちょっと待ってください。いったい何を……」
人類にとって大事な話と言うから真剣に聞き始めたが、話の内容が急に難しくなったので待ったを掛けた。ソウルゲート・マスターが言っていた言葉を聞かせてくれているようだが……。
「あの者が嘆いている内容を君に教えておこうと思ってね。ここからが肝心な話になるんだ。話を続けるよ」
「はい……」
何か圧力のようなものを感じて、嫌だとは言えなかった。太久郎はその話をオレに聞かせたいようだ。
「こういった人類の特性を踏まえて考えると、この世界に一番害を及ぼす恐れがあるのは独裁的な国の統治者だ。そういう独裁者は周りの者が責任を追及できないほどの権力を有している場合が多い。責任を追及されない状態になると理性のタガが外れて傲慢で邪悪になっていく。理性のタガが外れた独裁者は自分の欲望を満たすために他国を侵略しようとする。この1万年の間、人類は多くの独裁者に命じられて戦いを繰り返してきた。人類の理性はほとんど成長しなかったが、科学技術は大きく進歩した。そして今、人類は滅亡の危機に瀕している。人類は自らを破滅させるほどの強力な科学兵器を手にしていて、理性のタガが外れた何人かの独裁者がその引き金に指を掛けながら傲慢に振舞っている状態だ。人類の大半の者はそのことに気付いているが、目を背けて他人事のように考えているか、根拠もなく自分たちは大丈夫だと高を括っている」
太久郎はそこで言葉を切って、オレをじっと見つめた。
「あの者が嘆いている内容を理解できたかい?」
後半の部分は何となく理解できた。こむつかしく言われただけで、目新しい話ではない。
「ええ、まぁ。たしかに人類滅亡にかかわる重大な問題だと思いますけど、その問題をここで指摘されても困ります。わたしは何もできないですよ?」
「そうかな? あの者はかなり困っているようだよ。あの者がどうして僕に人類についての悩み事を相談したのか分かるかい?」
「えーと、愚痴る相手がいなくて、たまたま挨拶に来た地母神様に愚痴ってみただけでは?」
「もしかして、僕を馬鹿にしてるのか?」
「いえ、そんなことは……」
ここで地母神様を怒らせてはマズい。オレは真剣に考え始めた。
※ 現在のケイの魔力〈1317〉。
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