表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
348/382

SGS348 美味しい料理を食べましょう

 オレは畳み掛けるように言葉を続けた。何としても今度の新たな案を太久郎(ウィンキアソウル=地母神様)に受け入れてもらうのだ。


「ひと言で言えば、あのドルガ湖地域を魔族と人族が共同で管理する食材改革特区にしようということです」


「食材改革特区? その特区というのは何なの?」


「ええと……。魔族と人族で共通の課題があってそれを解決しようとしても、魔族と人族が敵意を持って争っていると解決への取り組みが前に進んでいかないですよね。だから、このドルガ湖地域では特別に許可を出して、その種族の違いによる敵意を捨てさせて、解決への取り組みを前進させようということです。魔族とか人族とかいう種族の違いによる制約を取り払ってしまえば、風通しがずっと良くなって、物事が円滑に進むはずですから。ドルガ湖地域をその特別な地域にしようということです。それが特区です」


 自分でも嫌になるほどしどろもどろの説明だが、太久郎は頷いてくれている。


「なるほど。その魔族と人族の共通の課題というのが食材改革ということだね? それを君はどんなふうに進めるつもりかな?」


 なんだか就職の面接試験を受けているような気分になってきた。可笑しくなって、笑みがこぼれそうになるが、ここが勝負どころだ。


「はい。食材の改革を進めるために、穀物や野菜の種、それと家畜や淡水魚の卵子と精子を日本からウィンキアへ運ぼうと考えています」


 そこまで言って、オレは少し間を置いた。そんなことをしてホントに大丈夫なのかと思ったからだ。


 日本から国外へ植物の種や家畜の卵子精子などを持ち出すときには規制があって、場合によっては刑事告発されたりするらしい。だけど、ウィンキアは異世界だ。行き来できるのは自分だけだから問題ないだろう。


 自信を持って話を続けることにした。


「ウィンキアへ運ぶのは種や卵子などだけではありません。必要な知識も日本から持ち込みます。農業や畜産、水産業なんかの知識ですね。料理研究所も立ち上げて料理を研究させれば、日本で食べているような美味しい物がウィンキアでも食べられるようになりますよ。いかがでしょうか」


「さっき食べたような美味しい料理が……、おでんや茶飯、トンテキのような料理を魔族たちにも食べさせてやれるようになるのか?」


「はい。少し時間は掛かるでしょうが、きっとそうなるはずです。できれば魔族や人族などの種族の違いで酷く扱われたりすることが無くて、能力に応じて自由に仕事ができるようにしたいですね。種族の違いを乗り越えて、お互いの尊厳を保ちながら共生できるような場所になればと思います」


「種族の違いを乗り越えて、お互いの尊厳を保ちながら共生できるような場所か……。なるほど、そうなれば素晴らしいね。だけど、研究させるだけでは四万人の人族は要らないよ?」


「はい。研究だけなら数百人もいれば十分でしょうね。でも、ドルガ湖周辺の荒れ地をすべて開墾して田畑や牧場に整地しないといけませんし、ドルガ湖にも漁船や水産施設が必要になります。あの地域で普通の作物や家畜が育って、水産物も手に入るようになったら、次は研究成果を実際にあの地域に広めて実証していくことになります。そのためには万単位の労働力が必要ですよ。家族を合わせれば、十万人くらいは必要になるでしょう。農業、畜産業、水産業の関係だけでゴブリン四万人、人族四万人、それと商業、行政、防衛隊などでゴブリン一万人、人族一万人くらいですね。どうでしょうか?」


 オレの話を聞いて太久郎は感心したように微笑んだ。


「相変わらず君は面白いことを考えるね。だけど、魔族たちが納得するかな? その提案は僕の命令に反しているよ。人族を排除せよという命令にね」


「魔族たちは納得しますよ。これも罰ですからね」


「えっ? これも罰なのか?」


「そうです。レブルン王国のゴブリンたちが地母神様の命に反して人族の難民を助けた罰です。その筋立てはこうです……」


 地母神様は常にウィンキア全土から情報収集をしていて、最近、ある情報を入手した。それはクドル湖の周辺で人族が農作物の品種改良や技術開発を進めるために農業試験場を立ち上げようとしているという情報だ。農業試験場は異世界から来たケイという名前の神族が中心となって立ち上げようとしていて、異世界からの革新的な農業知識を基盤としながら農業改革を推し進める構想らしい。


 地母神様も農業改革を進めることは良いことだと考えているし、興味もあった。


 偶然にもそのケイという神族は地母神様の知り合いだったので、すぐに連絡を取り、農業試験場で研究成果が出たらそれを魔族にも提供するように申し入れた。


 そのときケイから提案されたのが、魔族と人族が共同で研究を行う特区の設立だ。今は魔族と人族が憎しみ合い殺し合っている関係であり、特別な施策が無いまま研究成果だけを人族から魔族に提供することは難しい。しかし、どこか特定の地域を決めて、その地域に限っては魔族と人族は互いに憎悪の感情や敵意を捨てて、協力し合いながら研究を進めることを認めたらどうか。その特区に魔族と人族が共同で農業試験場を立ち上げて、一緒に研究や試験を行わないか。そういう特区を設ければ、その研究成果は人族だけでなく魔族にも提供できる。魔族と人族が共同で農業改革を推し進める特区を設定しようというのがケイからの提案であった。


 そのころ地母神様は自分の命令に背いて人族の難民を助けたレブルン王国に何か罰を与えようと考えていたところだったので、ケイからの提案は一石二鳥だと考えた。罰としてレブルン王国から領土の一部を召し上げて、その没収した地域に農業試験場を作ろうと考えたのだ。


「ここまでの筋立てはよろしいですか?」


「ああ……。それで、罰としてレブルン王国から没収する地域がドルガ湖周辺ということだね?」


「ええ、そうです。地母神様とわたしが話し合いを行って、具体的なことが決まったことにするんですよ」


 レブルン王国から没収するのはドルガ湖とその周辺の広大な平野だ。その大半は荒れ地で、ちゃんと開拓しないと住むことも農作物を育てることもできない。それでレブルン王国から五万人のゴブリンを入植させることにした。それもレブルン王国へ与える罰の一つだ。人族側もクドル湖周辺から五万人を入植させる。農業試験場だけでなく、共同で畜産試験場と水産試験場、料理研究所も立ち上げて研究を開始させる。同時に入植者たちにはドルガ湖周辺の荒れ地の開墾も始めさせる。


 入植者たちが自活できるようになるまでの食料と生活物資はレブルン王国が無償で提供する。ゴブリン族五万人分だけでなく人族五万人分も含めてすべてをレブルン王国が提供して輸送してくるということだ。これもレブルン王国へ与える罰である。いつまでそれを続けるかは地母神様が判断する。


 このドルガ湖地域は食材改革特区とし、地母神様はこの特区に限って魔族と人族が協力し合って仕事や生活をすることを認める。この地で新たに開発された農産物や家畜、水産物、料理のレシピなどは魔族と人族に広めていくこととする。


 この案であれば罰としてレブルン王国からドルガ湖地域とゴブリン五万人を召し出させることができるし、入植したゴブリンと人族が共同で食材改革を進めることができる。さらに入植者たちが自活できるようになるまでの食料と生活物資もタダで確保できる。


「……と言うことで、それが自分の命令に背いて人族の難民を助けた罰だと言えば良いのです。そんなに人族と仲良くしたいのなら、ゴブリンたちに人族と一緒に働く場所を設けてやろうと言うことですね。しかもそれが魔族たちの食の改善にも繋がるのですから、文句は言われませんよ」


「ははははっ。なるほどなぁ。感心するよ、君が次々と考えてくるから」


「どうでしょうか? この案で……」


「うん。僕も今度の君の案に大筋は賛成だ」


「えっ!? ホントですか?」


「ああ、本当だよ。だけど、君の案に少しだけ加えたいことがあるんだ」


「と言うと?」


「実はねぇ、君から難民を使った作戦の話を聞いたときにね、あの作戦を実施した魔族どもや、それを裏で操っている一部の人族どもに僕は腹を立てたんだ。大勢の難民を人族の国に乱入させて、あわよくばその国を滅ぼそうとするなんて、ずる賢くて卑怯な作戦だからねぇ。僕はそういうのは嫌だから、あの作戦を実行した者だけじゃなくて、作戦を命じた者も罰しようと考えているんだ」


「作戦を命じた者と言うのは?」


黄玉龍おうぎょくりゅうのキールヘイドだよ。僕の代わりに魔族全体を統率している。緑玉龍りょくぎょくりゅうのミドラレグルと並んで僕に忠誠を誓う腹心の部下だ」


「黄玉龍と言うと、最高位の魔族でしょ? いったいどんな罰を?」


「なぁに、簡単さ。まず、僕が黄玉龍をちょっと叱る。それから、罪を犯したレブルン王国を黄玉龍の配下から外して、緑玉龍の配下に移す。それだけでキールヘイドには十分こたえるだろうね。黄玉龍のキールヘイドは少し慢心していたみたいだから、反省するだろう。緑玉龍のミドラレグルの方も最近は魔族の統率を黄玉龍に任せっきりにしていたから、もう少し働かせないといけないからね」


「緑玉龍と言えば、わたしが会ったことのある……」


「そうさ。ミドラレグルは君に捕まったことがある。その緑玉龍だよ。僕がすぐに助け出したけどね。君と緑玉龍であればお互いに知り合っている仲だから、一緒に協力し合ってドルガ湖地域を統治し易いだろ?」


「えっ? それは、どういう……?」


「ドルガ湖地域の統治を緑玉龍だけでなく、君にも任せると言ってるのさ。ゴブリン五万と人族五万が一緒に暮らすことになるのだから、その統治を魔族だけで行うのは問題だからね」


「いや、でも神族はダメでしょ。いくら地母神様の知り合いだと言っても、その神族を頭に据えて統治をさせたら、やはり魔族たちは不満に思うはずですよ」


「そうかな……」


「そうですよ。魔族たちは口には出さないでしょうけど、きっと心の中で地母神様への不信感を募らせますよ」


「そんなことを言って、君は自分が表立った地位に就いて民衆を統治するのが面倒くさいだけじゃないのか?」


 図星だったが、そうですとは言えない。


「違いますよ。わたしのせいで地母神様に傷を付けたくないだけです」


「そうか。それならそれぞれ代理の者を立てて統治をさせることにしよう。ただしその者たちへの指導はミドラレグルと君の役目だ。統治の責任はミドラレグルと君に負ってもらうからね」


「統治の責任ですか……。重たいですね……」


「ああ、統治の責任は重たいよ。代理を立てて統治をさせることについては、ミドラレグルもゴブリンたちを自分が直接に統治するのは面倒だろうから賛成するだろう。統治はゴブリンの代表者と人族の代表者が共同で行うという形にすれば、ミドラレグルも君も表に出ることはない。これで問題は解決だな?」


 面倒なことは嫌だが、行きがかり上やむを得ないだろう。


「分かりました。わたしが言い出したことですから、緑玉龍と協力し合って代表者たちをしっかりと指導します」


「うん、頼むよ。これであの地域の真の支配者はミドラレグルと君ということになる。ついでに言っておくと、緑玉龍のミドラレグルをあのドルガ湖地域の支配者にすることは君と人族たちにとっても大きなメリットがあるんだ。君は忘れているかもしれないが、ドルガ湖には水棲の魔物や魔獣が多く棲みついていてゴブリンたちを苦しめているけれど、ミドラレグルが存在を示すことで魔物や魔獣たちはドルガ湖から逃げ出すはずだ」


 忘れていたわけではない。ドルガ湖に水棲の魔物や魔獣が数多く棲みついていることは意識していた。でも、まずは地母神様との交渉を上手く進めて、ドルガ湖地域の共同管理を認めてもらうことが肝心だと考えた。それで、この問題は敢えて後回しにしていたのだ。良い対策が無ければ自分で退治しようと思っていた。だが、緑玉龍が魔獣たちを駆逐してくれるのであれば、これはおおいに助かる。


「よろしくお願いします」


「うん。ミドラレグルには魔物や魔獣たちをドルガ湖周辺から追っ払うように命じておくよ」


「でも、魔獣たちがどこへ逃げ出すのか、その行方が気になりますけど……」


 水棲の魔獣たちがクドル湖の方へ移動したら大変だ。もしそうなったら、クドル3国への重大な脅威となるに違いない。


「ドルガ湖の水はドルガ川を50ギモラほど流れ下ってレブル川に合流しているんだ。おそらく魔物や魔獣たちはレブル川に逃げ込むだろうね。と言うか、魔物や魔獣たちは元々はレブル川から来て、居心地が良くてドルガ湖に棲みついていたんだ。元の古巣に帰るだけだよ」


「クドル湖もレブル川に流れ込んでいますが、ドルガ湖の魔獣たちがクドル湖へ逃げ込んできたりしませんか?」


「人族の国への影響を心配してるんだろうが、大丈夫だと思うよ。水棲の魔獣たちがドルガ湖からクドル湖へ移り棲むには川を400ギモラも移動しなきゃいけないからね。君もあの周辺の地図は頭の中に入っているだろ?」


 そう言われて地図を思い浮かべた。ドルガ湖とクドル湖は直線距離なら100ギモラほどだが、湖から流れ出る川を伝って移動するとすれば太久郎の言うとおり400ギモラくらい遠回りをしなければならない。


「それはそうとして、さっきも話したようにミドラレグルと君にはドルガ湖地域の真の支配者として統治の責任を負ってもらうことになる。重大な問題を防ぎ解決するのはミドラレグルと君の責任だ。ミドラレグルにはゴブリン側の代表者を選ぶように命じておく。君も人族の中から誰か推薦してくれるか?」


「分かりました。心当たりがあるので任せてください」


 オレの頭の中に何人かの顔が浮かんでいた。頼めばきっと引き受けてくれると思う。


 ここまでは上手く交渉が進んでいる。この流れでもう一押ししてみよう。


 ※ 現在のケイの魔力〈1317〉。

 ※ 現在のユウの魔力〈1317〉。

 ※ 現在のコタローの魔力〈1317〉。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ