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SGS346 人間を遥かに超越した存在

 太久郎を連れてミサキ(コタロー)と一緒に家電量販店へパソコンを買いに来たのだが、オレたちがいる同じフロアで何かトラブルが発生したようだ。男が倒れていて、その周りを客や店員たちが取り囲んでいる。


『病人が出たみたい。ケイ、助けに行った方が良いかしら?』


 ミサキが念話で尋ねてきたが、太久郎がオレより先に答えた。


『いや、あの男は放っておいた方がいいよ。倒れている男は罪を犯した人間だ。数日前に女性を襲って殺したし、今も別の女性を付け狙っていたからね』


『えっ!? それって、あなたがその男に何かをしたってことですか? それで、男はあの場所で倒れて……。そういうことなのですか?』


『ああ。男がこれ以上罪を犯さないようにね。僕が罰を与えたんだ』


『いったい何を?』


『心臓を止めただけだよ。犯した罪を考えたら、もっと長い時間を掛けて苦しませるべきだったかもしれないけどね。でも、周りの者たちを怖がらせたり迷惑を掛けたりするのも気の毒だからねぇ』


『それで心臓を止めて、あっさり男を殺したと?』


『うん。男のソウルも質が悪かったからね。浮遊ソウルにしないで消してやった。でも君は何も心配することはないよ。医者が調べても心臓の病気で死んだと考えるはずだからね』


 そう言われてオレは考え込んでしまった。


『ユウ、どうしたら良いんだろ?』


 高速思考でユウに呼び掛けた。


『まったく……、困った大魔王よね』


『うん……。ミサキはどう思う?』


『ウィンキアソウルは自分の良心にしたがって行動しただけよ。今のウィンキアソウルが善悪を判断する基準はケイの考え方に近いと思うけど……』


『えっ? それって、わたしの教え方が悪かったと言ってる?』


『そうは言わないけど……。言えることは、この数日の間でウィンキアソウルの善悪の判断基準が変わって来ていて、ケイの考え方に近くなってるということよ。それまでのウィンキアソウルだったら、殺人者を見つけたとしても何とも思わなかったでしょうし、罰したりしなかったでしょうね。なにしろ人間などを遥かに超越した存在なのだから』


『ええと、どういうこと? ミサキが何を言いたのか分からないんだけど』


『例えばね、ケイ。あなたが庭を眺めていたら、地面で黒いアリが赤いアリを殺すところを見たとするわね。あなたはそれを見て、黒いアリの方が強いんだなぁと考えるくらいで何もせずにその場から立ち去るでしょ? 黒いアリが罪を犯したから罰しようとか考えないわよね? ウィンキアソウルから見れば、人間なんてアリと同じような存在なのよ。今までは取るに足らない存在だったはずよ。それが、ケイ、あなたと会って話をしてから変わってしまったのよ』


『でもそれはウィンキアソウルが地球で無茶なことをしないようにって考えて、わざと善悪の判断基準を自分たちに近付けるようにしたんだよね。それが間違っていたってこと?』


『いいえ、間違っていたとは思わないわよ。でもね、ケイ。人間がアリの社会の善悪の判断基準を知ったとしても人間は人間だし、ウィンキアソウルはウィンキアソウルなのよ』


『ええと……、それは遠回しにウィンキアソウルを責めちゃダメだと言ってる? さっきウキンキアソウルがやったことを黙殺もくさつしろと?』


『まぁ、そうだけど。ウィンキアソウルは人間から見れば圧倒的に超越した存在なのよ。だから、その仕業を人間が責めても何も良い結果は生まれないわよ』


『なるほどね。うるさいアリだと思われて、踏み殺されてしまうかもしれないものね……。でも、責めるんじゃなくて、地球での振る舞いには気を付けてほしいってお願いはできるよね』


『それはできるでしょうね……。ところでケイ、ちょうど良い機会だから、あなたに尋ねるけど、あなたがウィンキアソウルの立場で今のように殺人者を見つけてしまったとするわね。あなたならどうするの?』


『えっ? わたしだったら?』


『ええ。あなたがウィンキアソウルと同じように男の記憶や心を読むことができて、その罪を察知できたとしたら、どう動くの? 男は別の女性も狙っていたそうだから、何もしないで男を放っておけば次の犠牲者が出るのよ』


『わたしがウィンキアソウルの立場だったら……。そうだねぇ……。この地球の常識で言えば男を殺すのはダメだよね。わたしが警察に通報するのもダメだし……。騒ぎが大きくなるし、面倒なことに巻き込まれるのは嫌だからね。わたしにできるとしたら……、こっそりと男の体を永久にマヒさせて動けなくするっていうのはどうかな? そうすれば、二度と悪いことはできないからね』


 自分の答えにまったく自信が無かった。


『でも、そんなことをしたら大勢の人に迷惑を掛けることになるわよ。男が生きている間はずっと動けない男のために誰かが世話をしなければいけないし、コストも掛かることになるから。マヒさせるくらいなら、あっさりと病気で死んでもらった方が良いと思うの。被害は一番少ないし、後の迷惑も掛からないからね。きっとウィンキアソウルもそう考えたのよ』


 ミサキからそう言われて、オレは何が正しいことなのか分からなくなってきた。


『ミサキィっ、どうして大魔王の味方をするのよっ! ケイが困ってるでしょ。言っておくけどね、どんな人間でも生きる権利があるの。それがどれほどの極悪人だとしてもね。今は平気で人を殺したとしても、いつか改心して、誰かを救ったり、誰かに生きる勇気を与えたりするかもしれないでしょ』


『でも、ユウ。もし何もせずに男を放っておいたら、次の犠牲者が出る可能性が高いのよ。殺されてしまう女性にだって生きる権利はあるし、その家族だって辛い思いをすることになるのよ』


『だからケイが言ったように男を動けない体にすればいいじゃない。そうすれば、もう悪いことはできないんだから』


『でも動けない体のままで生かされ続ける方がよっぽど残酷だと思うけど』


『そんなことはないわよ。体はマヒしていても、心は自由なのよ。体は動かなくても、心は思いのままに羽ばたくことができるの。本人がその気になればね。だから……』


『だから?』


『指くらいは自由に動かせるようにしてあげたら、何か創造的なことができるはずよ。小説を書いたり、詩を書いたりね。自分が犯した罪を悔い改める時間がたっぷりあるのだから、その反省を活かしたら良い作品ができるかもしれないわよ。それを読んだ人たちは心が軽くなったりして救われるかもしれないでしょ』


 いつものユウならミサキ(コタロー)には理屈では勝てないが、今は頑張ってる感じだ。ユウはオレのことを思って一生懸命になってくれているのだと思う。


『ねぇ、ミサキ。どちらかと言うと、わたしもユウに賛成だよ。それに、ミサキがわたしにしてきた質問自体が無意味だと思う。自分がウィンキアソウルの立場だったらどうするのかって問われても、わたしはウィンキアソウルみたいに人の記憶や心の中を読み取って罪を察知するなんてできないからね』


『それはそうだけど……。でも、無意味じゃないわよ。あなたは自分の力を十分に認識していないのかもしれないけど、今のあなたは人間よりもウィンキアソウルに近い存在なのよ。罪を犯したアリを見つけたら、簡単にそのアリを踏みつぶすことができてしまう存在なのよ』


『そうなのかなぁ……』


『そうなのよ。アリを罰するのに殺すのかマヒさせるのかはこの際置いておいて、あなたにその力があることは確かなの。そして、そういう場面に遭遇したときに、相手にどういう罰を与えるかを判断するのはあなた自身なのよ』


 たしかにミサキ(コタロー)が言ってることは一理あると思う。どうやらミサキはこの場を利用してオレを教育しようとしているようだ。


『分かった。そういう覚悟を持っておくようにするよ』


『ええ。特にね、ウィンキアの世界では何が起こるか分からないのだから、その心構えは常に持っておきなさいね。誰かの悪意や敵意に気付いて、その誰かを殺さないといけない状況に追い込まれる可能性は十分にあるのよ』


『うん、分かってる。今までもそういう状況に追い込まれたときがあったし、これからもあるだろうからね。状況によっては相手を殺すことがあると思うし、その覚悟もしてる。でも、わたしは可能な限り相手を殺したくないんだ。だから、もし相手を殺すことになるとすれば、それ以外に方法が無いときだね。だけど、ミサキ。心配しないでほしい。殺すと決めたら躊躇ちゅうちょしないから』


『心配はしてないわよ。私が常にサポートしてケイを支えているのだから』


『ミサキ、それはあなただけじゃないわよ。私だってケイをちゃんとサポートしてるんだからね』


『ミサキもユウもありがとう。頼りにしてるよ。で、ウィンキアソウルの件だけど、男を殺したことに対して何も言わなくて良いのかな? ミサキはウィンキアソウルを責めない方が良いって言ってるけど……。ユウはどう思う?』


『相手はウィンキアソウルだからねぇ。言ってみれば神様みたいな存在よね。男に天罰が下ったと思うしかないんじゃないの?』


『でも、ユウ。ウィンキアの世界ならそうかもしれないけど、ここは地球の日本だからね。いくらウィンキアソウルでも、こっちの世界の神様じゃないんだから、少しは遠慮してほしいよ。やっぱり、地球での振る舞いには気を付けてほしいってお願いしておこうかな……』


 そう言いながらオレは思い出したことがあった。


『あ、そう言えば、ウィンキアソウルはわたしとの約束を破ってるよ。あのときにウィンキアソウルは約束したんだ。地球には干渉しないし悪さもしないってね。ほら、わたしがウィンキアソウルに拉致されて、地球に案内しろって脅されたときのことだよ』


『その約束はケイの勘違いだと思うけど?』


『わたしの勘違い? ミサキ、どういうこと?』


『その約束は、ケイがウィンキアソウルを地球へ案内すればという前提での話でしょ? 今はウィンキアソウルは自力で地球へ来てるのよ。だから、その約束は無効で、ウィンキアソウルはこの地球で思いのまま振舞えるのよ』


『うっ……、そういうことになるね……』


『ねぇ、ケイ。今ミサキが言ったとおりだとすれば、ウィンキアソウルは今のように極悪人を見つけて殺すだけじゃなくて、この世界で気に入らないことがあったら何でもできるということよね? 例えば気に入らない国を滅ぼしたり、もしかしたら人類を滅ぼしたり……』


『そ……、そういうことになるのかな……』


『ユウもケイも、それは心配のし過ぎよ。ウィンキアソウルはケイと似たような良心を持つようになったのだから。今のウィンキアソウルはこの地球でやって良いことと悪いことの区別はケイと同じくらいにできるのよ』


『そう言われても……。さっきみたいに、あっさり人を殺すところを見たら心配になるよね』


『ケイ、それほど心配なら自分のことを考えてみたらどうかしら。ケイもウィンキアソウルと似たような力を持っているのよ。ウィンキアソウルほどではないけどね。ケイもこの地球でやろうと思えば気に入らない国を滅ぼすことくらいはできるはずだけど、そんなことはしないでしょ?』


『ええっ!? わたしにはそんな力は無いよ』


『直接的には国を滅ぼしたりはできないでしょうけど、間接的になら方法はたくさんあるわよ。国を滅ぼせるほどの破壊兵器や施設は数多くあるのだから。例えばケイが暗示魔法を使えば、人を操って色々できるわよね』


『そうかもしれないけど……。でも、わたしはそんな馬鹿なことはしないよ』


『それはケイがちゃんと善悪の判断ができるからよ。そして、それはウィンキアソウルも同じよ。でもそれでも心配なら、ウィンキアソウルにお願いするしかないわね』


『ケイ、ちょっと悔しいけど、ミサキの言うとおりだと私も思う』


『分かった……』


 高速思考を解除すると、先に太久郎の方から話しかけてきた。


『高速思考での相談は終わったのかな?』


 太久郎は楽しそうだ。オレたちはウィンキアソウルに心の中を覗かれないように対策を施してあるが、手の内は見透かされているみたいだ。


『あなたはこっちの世界でも思いのまま振舞うのですね?』


『ケイ、君は僕がこっちの世界で無茶なことをしないかと心配してるんだろ? そんな心配は要らないよ。この世界は自分の家ではなく他人の家のようなものだからねぇ。僕もこれで少しは遠慮してるんだよ』


『そうなんですか?』


『ああ、そうだよ。せいぜい悪いヤツの心臓を止めたり、5分ほど街の中を停電させたり、雲を吹き飛ばしたりするくらいだ。君が心配しているようなことはしないから』


 やっぱりあのときウィンキアソウルが街を停電させ、雲を吹き飛ばしたのだ。公園で妹の恵実と一緒に星空を眺めていたときのことだ。その話を聞いていて、そんな奇跡が起こるはずがないと思っていた。


『国を滅ぼしたり、人類を滅ぼしたりはしませんよね?』


『そんなことはしないよ。君と初めて会ったころにも言ったし、僕がこっちの世界に来たときにも夜中までずっと話し合ったよね』


『あの……、約束してもらえます?』


『ああ、約束するよ。僕は地球の国を滅ぼしたり、人類を滅ぼしたりしない。もし何か重大なことがあれば君と相談するから、安心してほしい』


『ありがとうございます』


『うん、それより買い物を続けよう』


 “何か重大なことがあれば……”という言葉はちょっと気になったが、これ以上突っ込んで掘り下げる気力が湧いて来なかった。


 ※ 現在のケイの魔力〈1317〉。

 ※ 現在のユウの魔力〈1317〉。

 ※ 現在のコタローの魔力〈1317〉。


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