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SGS345 9回裏の2アウトで

 オレからの提案に太久郎は乗り気なようだ。よし、もう一押しだ。


「この案は自分でいうのもアレですけど、なかなかの案だと思いますよ。最初の案も……、ええと、ウィンキアで人族の居住地を認めて、わたしに領地として与えてくださる案ですけど、それが実現できれば最高なのですけどね。でもそれは難しいようなので、代わりに今お話ししたドルガ湖地域を流刑地とする案でお願いしたいのですけど、どうでしょうか? 最初の案よりはずっと現実的な案だと思いますけど?」


「あははは。ケイ、君は面白いなぁ。まるで君は記憶にあるあのときの店員みたいだねぇ。ほら、君が昔、サラリーマンだったころにスーツを買いに行って、どこかの店で店員に20万のスーツを勧められたことがあったろ? その後で8万のスーツを見せられて、ついつい8万なら安いと思って買ってしまった。後になって、あの店員にしてやられたと後悔したよねぇ」


 ウィンキアソウルはオレの記憶をすべて持っているから、こっちの手の内はバレバレのようだ。


「それに、僕が人間のことを見直したと分かったとたんに、すかさずこんな面白いことを提案してくるとはねぇ。君の狙いは初めからこの話だったようだね。違うかな?」


「分かりましたか?」


「ああ、僕は君が考えそうなことなら分かるからね。本当は何かもっと裏の事情があるんだろう?」


 それもお見通しか……。この場で下手なごまかしをしたら後で困ったことになる。ここは正直に話そう。


「実は難民たちを入植させる土地の確保に苦慮してるんです。難民が自活して安全に暮らせる土地が見つからなくて……。難民三万人分の土地はなんとかクドル湖周辺で確保できそうなのですけど、残りの四万人分の土地がありません」


「それでドルガ湖周辺の土地に目を付けたのか?」


「はい……。あのドルガ湖周辺であればレングランからも近いですし、難民たちも荒れ地を開拓すれば十分に暮らせますから。あの場所であれば四万人どころか十倍の四十万人でも余裕で入植できるでしょうね。でも、あの場所はレブルン王国が支配するゴブリンたちの土地ですから無理だと思っていました」


「そう言えば、ドルガ湖周辺の土地を君はずっと前から狙っていたよね。ほら、君が奴隷だったころだよ。ベルッテ王のところへ和平交渉に出向いて、ゴブリンと人族が仲良くできないかと食い下がったときだ」


 ウィンキアソウルはまたオレの記憶から昔の嫌な思い出を探り出したようだ。


「ええ、そんなことがありましたね。あのときの交渉は失敗でしたけど」


「それで今回はあのときのリベンジということだね? それでしつこく僕に食い下がってきたというわけか。あははは」


 やりにくい相手だ。


「それで、どうでしょうか?」


「うん……。人族が四万人も入植するとなると、それと釣り合いを取るためにはゴブリンもその同数が必要になるよねぇ。つまり四万人のゴブリンをあの土地に入植させることになる。問題はその数だな。難民を助けた罪で罰するゴブリンが四万人もいるのかな?」


 迂闊うかつだった。そこまでは考えてなかった。


「ええと、すみません。考えが足りませんでした。実際に難民たちを助けたり、難民に食料を運んだりしたゴブリンはたぶん五百人前後かと……。その家族や親類縁者を加えたとしても最大で数千人くらいだと思いますけど……」


「となると、君の狙いは外れることになりそうだな。あの場所を流刑地とするなら、そこへ送り込めるゴブリンの数は最大でも数千人だよ。受け入れることができる人族の数も同数の数千人だな」


「そんなぁ……」


「残念だったな。良いところまで頑張ったのにねぇ。なかなか面白い話し合いだったよ。でも、この話はこれくらいにして……」


 太久郎はソファーから立ち上がって背伸びをした。話を打ち切ったということだろう。


 この交渉は成立すると思っていたのに……。9回裏の2アウトまで追い込んで逆転ホームランを打たれたような気分だ。立ち上がる気力も湧いてこない。


「ケイ、気分転換に買い物に行かないか? さっき君に頼んだよね、部屋に置くベッドやパソコンを用意してほしいって。それを自分で見てみたいんだよ。ミサキ、君も一緒にどうかな?」


 オレが落ち込んでいるのを知ってか知らでか、太久郎はにこやかな表情だ。


『ケイ、私くやしいよォ。ケイが一生懸命に説得したのにぃ……』


 ユウが高速思考で話しかけてきた。


『大魔王のやつ、友だちになったとか言いながら冷たいのよ! 少しは人間らしくなったと思っていたのにね。何が友だちよっ!』


 ユウはかなり頭にきているようだ。


『でも、ユウ。ウィンキアソウルが言ったことは理に適ってるわよ。ケイの詰めが甘かったことは確かね』


 相変わらずミサキ(コタロー)は冷静だ。


『コタロー、あんたねぇ、どっちの味方なのよっ!』


『私はありのままを言っただけ。ケイやユウの味方なのは分かってるでしょ』


『もういいよ。とにかくユウ、ありがとう。わたしの代わりに怒ってくれて。プンプンしてるのを聞いてると、ちょっとだけ元気が出てきたよ』


『別にケイの代わりに怒ってるんじゃないわよ。私はホントに頭にきてるんだからね』


『でも、ケイもユウも、諦めるのは早すぎると思うけど?』


『えっ? ミサキ、それはどういうこと?』


『まだ完全に断られたわけじゃないでしょ。気分転換に買い物に行こうと言われてるだけだから』


『そうなのかな? わたしは断られたと思っていたんだけど……』


『買い物で気分転換をしたら、ウィンキアソウルの気持ちも和らぐかもしれないわよ』


『逆転負けじゃなかったの? 9回裏の2アウトで……』


『えっ?』


『いや、独り言だから……。とにかく、分かったよ。買い物に出掛けよう』


 高速思考を解除して立ち上がり、ニッコリと太久郎に微笑みかけた。


「買い物で気分転換するのも良いですね。出掛けましょ」


 今は同点に追い付かれただけだ。そう考えよう。勝負はまだこれからだ。


 ………………


 三人で駅の近くにある大きな家電量販店に来ている。ビル全体をその店が占めていて、オレたちがいるのは上層階のパソコン売り場だ。テレビのような家電製品だけでなくベッドなどもこの店で売っている。ほかの店に行くのも面倒だから全部ここで買うつもりだ。


 太久郎はパソコンの機種選定をミサキ(コタロー)に丸投げして、店内の雰囲気を楽しんでいるようだ。興味深そうに売り場に並んでいる製品を覗き込んだり、にこやかな表情で買い物客を眺めたりしていた。


『さすがにウィンキアとは全然違うねぇ』


 太久郎が感心しているのは売っている物もその規模も店内の雰囲気も、ウィンキアとは全く違うからだろう。買い物客も多かった。聞かれたらマズイこともあるので太久郎とオレたちは念話と声を入れ混ぜながら話をしている。


「このノートパソコンでどうかしら? 高性能の最上位機種だし、高精細で画面も大きいから動画を見るのにもぴったりよ」


 太久郎からは持ち運びができるノートパソコンがほしいと言われていた。


「うん、いいね」


「じゃあ決まりね」


 ミサキが店員に声を掛けて、一緒にレジへ歩き出した。そのとき遠くから「きゃぁぁぁーっ」という女性の悲鳴が聞こえた。


「お客様、すみませんがちょっとお待ちください」


 店員がオレたちに断りを入れて、悲鳴が上がった場所へ駆けていく。同じフロアだが、オレたちがいる場所からはかなり離れている。商品棚や野次馬たちが邪魔で何があったのかは見えない。


 だが魔視の魔法を使えば視力に頼らなくても見ることができる。それで見ると誰かが倒れていることが分かった。周りを客や店員たちが取り囲んでいる。倒れているのは男性のようだ。


 ※ 現在のケイの魔力〈1317〉。

 ※ 現在のユウの魔力〈1317〉。

 ※ 現在のコタローの魔力〈1317〉。


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