SGS342 ウソがウソでなくなる方法
考えてみれば、目の前にいるのは魔族たちから地母神様と呼ばれ崇められているウィンキアの支配者だ。その支配者を相手にオレはこの数日間、色々なことを話し合ってきた。日本のオレの家で、大輝の家で、そしてこのダールムの家で。
この数日間の話し合いでウィンキアソウルに対する恐れの感情は小さくなり、むしろ親しみさえ感じ始めている。そんな自分にオレ自身が驚いている。だが、そんなふうに自分が感じ始めたのはウィンキアソウルのメンタリティーが変わってきたからだ。
そうなのだ。明らかにこの数日間でウィンキアソウルの心の持ちようと言うか考え方は人間に近付いている。いや、今は人間と変わらないほどになったと言って良いだろう。
なぜそうなったのか。それはウィンキアソウルがオレの記憶をすべてコピーして分析し、オレの考え方や価値観を理解して受け入れたからだろう。それと日本で数日間を過ごして、オレや大輝の家族と色々話し合ったことでウィンキアソウル自身が人間のことを学んだからだろうな。
今のウィンキアソウルであれば普通に交渉ができるはずだし、オレのアイデアを提案しても端から拒否されることはないと思う。
目の前の大輝は……、ウィンキアソウルはオレが何を言い出すのかと身を乗り出している。
「大輝の家族を騙さないで済ませる方法があるのか? 本当に?」
「ええ、ありますよ。それはですね、その大輝の体をダイルに……、本物の大輝に返せば良いんですよ」
「なんだって? この体をダイルに返せと言うのか?」
「ええ。わたしにその体を譲ってもらえればソウル一時移動という魔法を使って、ダイルのソウルをその大輝の体に移すことができます。そうすればダイルは自分の実家に戻って、本物の大輝として家族に会うことができるんです。ウソがウソでなくなる方法ですよ」
「ウソがウソでなくなる……」
「はい。あなたは別の体に入って、わたしや大輝の友だちとして振舞えば良いんです。友だちとしてわたしの実家に行ったり、大輝の実家に行ったりね。そうすれば何もかもが自然になります。騙し続ける心の痛みも無くなりますよ」
「なるほど……」
ウィンキアソウルは少しの間考えていた。
「たしかに、そうだね。ケイ、ちょっとここで待っていてくれるか。すぐに戻ってくるから」
大輝の姿が消えた。どこかへワープしたようだ。
庭仕事をしているマリーザたちと雑談をしながら待っていると、10分ほどして近くに誰かが現れた。大輝ではない。25歳くらいの見知らぬ男だ。黒い短髪で、身長は180セラくらい。なかなかのイケメンだ。
すぐにそれがウィンキアソウルだと分かった。
マリーザ親子も警護をしている者たちも男を見たが何も言わない。おそらく魔法で暗示か何かを掛けられているのだろう。
「待たせたね」
「どこかで見たと思ったら、何となく大輝の弟さんと似てますね」
この男の体をどうやって手に入れたのだろうか……。意図的に大輝の弟に似た男を見つけて、その体を乗っ取ったのか……。
いや、人としてやってはダメなことはウィンキアソウルも分かるだろうから、複製したか、似せて整形したのか……。
「分かるか? この顔なら大輝の家族も親しみを感じてくれると思ったんだ」
似ていると言われたからか、嬉しそうにしている。ウィンキアソウルはまた大輝の家を訪れるつもりらしい。あの家族のことをよほど気に入ったみたいだ。
「大輝の友だちとして家に行くんですよね? きっと大歓迎してくれますよ」
「そうかな」
人差し指で自分の頬を掻いている。嬉しそうにしているその仕草が何となく微笑ましい。
「ええと、それで名前を教えてもらえますか?」
「名前? ああ、言われてみたら名前をまだ考えてなかったな……。この体はさっき作ったばかりだからね」
「え? 作ったんですか?」
「ああ、作った。僕のオリジナル作品だ。僕に不可能なことは無いからね。僕が君や君の友人たちと話をしたり、人族の世界を楽しんだりするために作ったんだ。僕の意識体のほんの一部を具現化しただけだよ。それで、名前か……。どうするかなぁ……」
「名前だけじゃないですよ。その体で日本に行くつもりなら……」
「分かってるよ。運転免許証や戸籍が必要だと言うんだろ?」
「ええ……。ああ、そっか。わたしの記憶を持ってるから、そのことを知ってるんですね?」
「まぁね。コタローに……、あ、ミサキに頼みたいんだ。僕が日本で困らないように必要なことをやっておいてほしい。名前は適当でいい。君に任せるよ」
ウィンキアソウルはオレの記憶を持っているから、ミサキ(コタロー)が運転免許証や戸籍データを政府機関や自治体のコンピュータに密かに登録したことも知っているのだ。
でもこれはコタローに確認しないと返事ができない。高速思考を発動して、テーブルで寝そべっているコタロー(ネコ)に話しかけた。
『コタロー、聞いた? ウィンキアソウルの頼みを受けても大丈夫かな?』
『大丈夫だわん。ネットからの侵入ルートは確立してるからにゃ、15分くらいあれば登録を全部済ませることができるぞう。免許証なんかも渡せるわん。だけどにゃ、名前を決めてくれないと無理だけどにゃ』
『名前は……、それもコタローに任せるから。コタローなら良い名前を考えてくれそうだからね』
本音を言えば、面倒なことは全部コタローに押し付けたいってことだ。
『相変わらずだにゃあ。それにゃら、ウィンキアソウルと一緒にお茶でも飲みながら待ってにゃ。15分ほどで戻ってくるわん』
高速思考を解除すると、テーブルの上からコタローの姿が消えた。
「コタローは大丈夫だって言ってます。15分くらいで全部済ませるって」
「さすがはコタローだね。頼りになるよ。ついでと言っては何だけど、僕が住む部屋も用意してほしいんだ。君の寝室の隣が空いていたよね。子供部屋にする予定だった6畳ほどの洋室だよ。ちょっと狭いけど、僕はそこで我慢するから」
何を勝手なことを言ってるんだろ!
オレの記憶をすべて解析してるからタチが悪い。ちょっと頭に来て、断ろうと思ったところへコタローから高速思考で『待った』が掛かった。
『このウィンキアソウルの依頼は喜んで受けるべきだぞう。近くにいる方が何かあったときに支援できるからにゃ、安心だわん』
言われてみたら、たしかにそうだ。
『大魔王と隣同士で住むのはちょっと抵抗があるけど。でも、仕方ないわね』
ユウも渋々だが承知らしい。認めるしかないな。
高速思考を解除して、ウィンキアソウルに向かって微笑んだ。ぎこちない笑顔になってるかもしれない。
「分かりました。あの部屋は空いてますから住んでいただいて大丈夫です」
「優羽奈も僕が隣で住むことを了承したの?」
「えっ!? ま、まぁ……」
『隣に大魔王が住んでるのも面白そうだもの。嫌々だけど認めてあげたの』
ユウが念話で割り込んできた。相変わらずの大魔王呼ばわり。そして遠慮のない物言い。今にもウィンキアソウルから天罰が下りそうで恐ろしい。
「おお、優羽奈じゃないか。気が合うね。僕も大魔女の隣に住んだら面白そうだと思っていたところなんだよ」
だいまじょ? 大魔女って、もしかしたらオレのことか? 優羽奈がウィンキアソウルのことを大魔王なんて呼ぶから……。
でもここは気持ちを高ぶらせないで、落ち着いて対処するべきだ。
「言葉は少し荒っぽいですけど、ユウも楽しみにしているようです。部屋は自由に使ってください」
「ありがとう。遠慮なく使わせてもらうよ。それと、これもお願いなんだけど、ベッドと寝具、それにパソコンとテレビも用意してほしいんだ。ちょっと今から行って、家具の配置を考えるからね。君もワープで付いて来て」
「えっ!? ちょっ……」
オレが声を掛けたときにはウィンキアソウルの姿は消えていた。
仕方ないなぁ。オレはウィンキアソウルの秘書でも召使でもないんだけど。
そう思ったが、行くしかない。マリーザたちに「ごちそうさま」と声を掛けてから、オレはワープした。
※ 現在のケイの魔力〈1317〉。
※ 現在のユウの魔力〈1317〉。
※ 現在のコタローの魔力〈1317〉。




