SGS340 大輝の家族と話し合う
大輝の家族との話し合いはオレが応対することにしていた。大輝は記憶を無くしているという話にするから、その説明はオレした方が良いだろう。事前にウィンキアソウルとそう相談して決めていた。
「あのぅ、大輝さんは記憶を無くしているんです。いろいろ事情があって……」
「ええっ!? 記憶を無くしてるって? ええと、あなたは?」
父親は怪訝な顔でオレとコタローをジロジロと見た。
「わたしは笹木優羽奈と言います。実は、大輝さんと一緒に異世界から戻ってきたんです」
「「「えええぇーっ!」」」
「い、異世界ぃぃーっ!?」
家族が一斉に声を上げた。
「と、とにかくここじゃ話ができないから上がりなさい」
「このネコも一緒に家に入っていいですか? 大輝さんが飼っているネコで、名前はコタローって言います。清潔ですし躾もちゃんとできていますから……」
「ニャー」
コタローが挨拶するように小さく声を上げた。
「わぁっ! かわいーっ!」
恵実がオレからコタローを受け取って、体を撫で始めた。
「お父さん、いいわよね?」
「ああ。とにかく、上がって」
リビングルームと食堂が繋がった部屋に通されて、大輝とオレはソファーに腰を下ろした。応接テーブルを挟んでオレの前には父親と母親が座り、子供たちは食堂の椅子に腰掛けている。コタローは恵実に抱かれたままだ。
「あの……、大輝さんは異世界で記憶を無くしているので、わたしが代わりに説明していいですか?」
オレの問い掛けに、父親は心配そうに大輝の方へ顔を向けた。
「大輝、おまえ、言葉も忘れてるのか?」
「いや、ちゃんと喋れるけど、長く話すと言葉が詰まったりするんだ」
父親は頷いてオレの方へ向き直った。
「そういうことなら、説明を頼みます」
「はい。大輝さんは記憶を無くしてますけど、この家のことは少し思い出したみたいで、昨日ここを訪ねてきたそうです。そのとき家の前で若い女性と出会って……、お兄ちゃんと呼ばれて怖くなったらしいです。記憶が無いから誰だか分からなくて、どうしていいのか分からなくて逃げてしまったと……。大輝さん、そうですよね?」
「うん。恵実、ごめんよ。逃げてしまって」
「それで、あのとき逃げたのね?」
恵実は納得したような顔をしている。
「でも、異世界って……。本当なの?」
母親は怪訝な表情だ。父親も同じような顔で頷いている。
「はい。あのバスに乗っていた乗客全員が異世界に召喚されてしまったんです。もう6年以上前のことですけど……」
オレは説明を始めた。その異世界はウェンキアという名前で、魔法が使える世界であること。魔族や魔物がたくさんいること。自分と大輝は高校生のときからの友人で、異世界のウィンキアに行ってからも仲間として協力し合っていたこと。
二人とも魔法が使えるようになって、魔物と戦ったりしながら魔法の能力を高めてきたこと。大輝は魔物と戦ったときに怪我をして記憶を失ったこと。怪我は完全に回復したが、記憶は断片しか戻っていないこと、等々。作り話ではあるが、嘘も方便だ。家族を不安にさせてはいけない。
「そんなことが……」
「テレビで言ってたことは本当だったのね? 異世界から魔物が現れたとか、バスの乗客たちは異世界に落ち込んだとか……」
質問してきたのは母親で、オレはそれに「ええ」と頷いた。母親は優羽奈と一度だけ会ったことがあるはずだが、この様子では優羽奈のことは忘れているみたいだ。
父親はオレの説明を聞いて言葉を失っているようだが、子供たちの方は興味津々《きょうみしんしん》らしく身を乗り出した。
「ねぇ、教えて。こっちの世界でも魔法を使える?」
慎司はそう言いながら近付いてきた。恵実もコタローを抱いたままオレのそばに来ている。
「使えるよ、ほら」
指先から小さな炎を出したり、部屋の中で短距離ワープをして見せたりした。子供たちはそれを見るたびに「わぁぁっ!」と歓声を上げた。
「こうやってね、ワープができるようになって、こっちの世界に戻って来れたんです。でも事情があって、大輝さんもわたしも向こうの世界に帰らないといけないんです」
「事情? その事情と言うのは?」
父親の表情が険しくなって、口調もちょっとキツイ感じになった。
「はい。実は……、大輝さんとわたしは向こうの世界で結婚したんです……」
正確に言えばオレではなく、優羽奈が大輝と結婚したのだ。いや、ここにいる大輝ではなくダイルと結婚したのだが、それを説明すると話がややこしくなる。
「結婚したって!? そんな大事なことは早く話してくれたら……。ともかく、二人が結婚しているのなら、こちらの世界で一緒に暮らせばいいじゃないか」
「それが、ダメなんです。向こうの世界に家族がいるので……」
「家族というと、子供がいるのね? あちらの世界に子供を置いて、あなたたちだけでこちらへ戻ってきたということなの?」
母親の方が落ち着いている。
「いいえ、子供はいません。でも……、大輝さんはわたし以外に奥さんが二人います」
「「「ええぇぇーーーっ!!」」」
ウィンキアから帰れないことを強調しようとして事実を言ったのだが、ちょっとインパクトが強すぎたかもしれない。
「向こうの世界は複数の相手と結婚できるんです。そういう世界なので……」
「そ、そうなのか……」
「ええ。残している家族をこちらの世界にはワープで連れて来れないので、向こうの世界で生活するしかないのです。でも、大輝さんとわたしはワープを使えば、いつでもこちらの世界に戻って来れますから」
オレが説明しても父親からの反応はない。驚きのあまりまた言葉を失っているようだ。父親が呆然としていることに気付いたのか、母親の方が口を開いた。
「大輝さんは記憶を失っているというお話だったわね。でも、さっきは慎司や恵実の名前を呼んでいたわよ?」
「はい。断片的なことは思い出すこともあるみたいで……。ね、大輝さん」
「うん。家族の名前くらいは思い出したんだけどね……」
オレの問い掛けに暗い顔の大輝。事前の打ち合わせどおりで、昨夜は少し練習もした。つまりお芝居だ。
「ねぇ、お兄ちゃん。死んでしまったお母さんのことも覚えてないの?」
「ごめん……」
辛そうに頷く大輝を見て、妹の恵実は泣きそうな顔になった。
「お父さん、ちょっとお兄ちゃんと一緒に行きたいところがあるんだけど。お兄ちゃんを連れて行っていいでしょ?」
「どこに行くんだ?」
「近くの公園。もしかしたら死んでしまったお母さんのこと、思い出すかもしれないから……」
その公園で何か思い出があるようだ。
「おれは構わないが……。母さん、いいか?」
「ええ、もちろん。何か美味しいものを作っておくから、昼までには帰って来なさい。大輝さんがお嫁さんを連れて、こうして元気に戻って来てくれたのだから、みんなでお祝いをしなくちゃね。慎司、あなたは私の手伝いよ」
「しょうがねぇなぁ。でも、アニキのためだからなぁ」
弟の慎司は素直で思いやりがある性格のようだ。父親は母親に優しく気を遣っているし、母親は家族みんなのことを考えている。この家族と一緒にいた時間は短いが、この家の雰囲気がホンワカとしていて温かい家庭であることがよく分かった。ここならウィンキアソウルも大丈夫だろう。
「あの、わたしはこれで失礼します。両親が家で待っているので」
これも嘘だ。大輝の家で長居をしたくないというのが本音だ。
「お祝いをしたいのに……。でも、ご両親が待っているのなら仕方ないわね」
「すみません。あ、それと……。大輝さんやわたしがこっちの世界に戻ってきたことは秘密にしてほしいんです」
「秘密に? その理由は?」
父親がまた怪訝な顔をした。
「もし大輝さんやわたしが戻ってきたことが公になったら、きっと大騒ぎになります。この家も報道陣に囲まれると思います……」
説明すると大輝の家族たちは納得してくれた。いずれにしても暗示が掛かっていてオレたちのことは第三者には漏らせないが。
「では、失礼します。大輝さん。またウィンキアで……」
「分かった。ありがとう」
オレは玄関で靴を履き、ワープで難民キャンプの建設現場に戻った。オレだけ日本でゆっくり休んでいるわけにはいかない。仲間たちは予定どおりに難民キャンプを完成させるために毎日頑張っているからだ。
※ 現在のケイの魔力〈1317〉。
※ 現在のユウの魔力〈1317〉。
※ 現在のコタローの魔力〈1317〉。




