SGS339 大輝の家を訪ねる
大輝と一緒に1階の食堂に入っていくと、お袋が朝食を用意して待っていてくれた。
「それで? どうなったの?」
お袋はオレと大輝の顔を交互に見ている。手には味噌汁椀とお玉を持ったままだ。
「えっ?」
「もうっ! じれったいねぇ。結婚のことだよぉ」
よほど気になっていたようだ。おはよーの挨拶もない。
「もちろん断ったよ」
「ケイったら! こんな良いお話をどうして断ったりするのっ! あなたの事情を知っていてヨメに貰ってくれる人なんて、大輝さん以外にいないのよっ!」
「その話はもういいから、母さんは黙ってて。いろいろ事情があるんだよ。その事情は話せないけどね」
オレの少し強い口調にお袋は諦め顔で、今度は大輝の方に顔を向けた。
「大輝さん、ごめんなさいねぇ。この子、昔からちょっと考え過ぎてしまうところがあってね。何か考えがあって今回はお断りしたみたいだけど、もう少し待ってやって貰えないかしら。そうしたら、この子の気持ちが変わるかもしれないからね」
「ええ、待ちますよ。ケイの気持ちが変わるなら、何千年でも何万年でもね」
「ホントにぃ? 大輝さん、あなた、好い人だねぇ」
お袋は大輝の言葉にニコニコしてるけど、そんなことを言うと、ウィンキアソウルは本気で何千年でも何万年でも待つから……。
「母さん、また余計なことを……。大輝はわたしが結婚を断ったことも、その理由もちゃんと納得してくれたんだからね。大輝に変な希望を持たせないでほしいな。何万年経ったとしても、わたしの気持ちは変わらないから」
「もうっ! せっかく大輝さんが待つと言ってくれてるのにぃ……」
そんな会話の後、オレは大輝を急かせながら朝食を済ませた。大輝は炊き立てのご飯が美味しいと言って、3杯目のお代わりをしようとしたが止めさせた。これ以上お袋と一緒にいたら、大輝かお袋がまた余計なことを言い始めると思ったからだ。
「じゃあ母さん、大輝を家まで送ったら、わたしはそのままウィンキアへ戻るね。近いうちまた来るから」
「もう帰っちゃうのかい? 仕方ないねぇ。大輝さんもまた来なさいね」
「はい、また美味しいご飯を食べに来ます」
そんな会話で家を出て、オレたちは駅に向かった。
………………
駅前でタクシーに乗り、大輝の家の前で降りた。車庫と小さな庭がある2階建ての家だ。
ユウの記憶では一度だけこの家に来て、大輝の母親に挨拶したことがある。そのときは大輝の父親や妹弟はいなかった。
ちなみにダイルから聞いた話だが、当時の大輝は優羽奈と付き合いだして結婚の約束までしていたが、そのことを家族には知らせていないそうだ。「家族に言いそびれたんだ。なんとなく恥ずかしかったからな」とダイルは苦笑していた。
話を戻そう。今日は家の中に大輝の家族が全員いると分かっていた。実は昨夜のうちにオレが大輝の家にこっそり侵入して、眠っている家族全員に暗示魔法を掛けておいた。暗示でオレと大輝の言うことには素直に従うようにさせたのと、オレや大輝のことを第三者に漏らさないようにさせたのだ。
家族全員が家にいるのは今日が休日で、オレが家に来るまでは外出しないよう命じておいたからだ。
それと事前にもう一つ、いや正確に言えばもう一匹用意してきたものがある。
『コタロー、家に着いたよ。ワープして来て』
玄関前の地面に現れたのは小さな黒ネコだ。ソウルゲートに装備されていた偵察用の人工生命体をコタローが操っているのだ。体の割に大きなトンガリ耳と金色の中の黒目が印象的だ。
大輝の家族に暗示魔法を掛けることとコタローがネコの姿で大輝の支援に付くことは昨夜のうちにウィンキアソウルの承諾を得ていた。ウィンキアソウルが大輝の家族と一緒に生活をしたいのであれば、家族へ暗示を掛けておくことやオレの仲間が支援することは絶対に必要だと説得したのだ。それがウィンキアソウルだけでなく大輝の家族たちにとっても安全と安心に繋がるからだ。ウィンキアソウルは渋々だがそれを認めたのだった。
「僕や大輝の家族が安心すると言うよりも、君が安心するためだろう?」
などと皮肉を言っていたが、ある意味、その認識は間違っていないと思う。
ウィンキアソウルとコタローとの顔合わせも昨夜のうちに終わっていた。と言っても、コタローはダックスフンドではなく黒ネコの姿で現れていたが。
『何か分からないことや困ったことがあったらにゃ、遠慮なく言うのだぞう』
『君がコタローか? ケイの記憶には犬の姿をしてることになってるけど、ネコにもなれるんだねぇ』
『オイラに不可能はにゃいのだわん。よろしくにゃ』
『ああ、よろしく。僕の監視じゃなくて、支援をね』
昨夜はそんな会話があって今に至るわけだ。
玄関ドアの前に立ってチャイムを鳴らした。コタローはオレが抱き上げている。
家の奥から「はーい」と返事があって、玄関のドアから中年の女性が顔を出した。大輝の母親だ。オレは昨夜この家に侵入したときに眠っている家族全員に暗示を掛けたから母親の顔を知っている。母親は優羽奈と一度だけ会ったことがあるが、もう6年以上前のことだ。おそらく優羽奈の顔は忘れているだろう。
「あら?」と声を出して母親はオレとコタローを見た後、視線をオレの後ろにいる大輝に移した。母親の顔が次第に驚きの表情に変わっていく。
「だいき……、大輝さん……」
母親はそう呟いた後、突然後ろを向いて家の中に走り込んだ。ドアは開けたままだ。
「おとーさん、たいへん。大輝さんが、大輝さんが帰って……」
母親の大きな声は家の外まで聞こえている。オレは急いで大輝を引っ張って玄関の中に入ってドアを閉めた。騒ぎが外に聞こえるとマズイ。
家の奥からドタドタと誰かが走ってきた。50歳前後の男性で、パジャマ姿だ。大輝の父親だ。
「大輝……。本当に大輝か?」
「ただいま、おやじ……」
大輝が家族と会ったときに自然に振舞うために、オレはウィンキアソウルに一つのお願いをしていた。それはウィンキアソウルが相手の記憶や考えていることを読み取りながら会話をすることだ。
家族へ説明するために作り話を用意しておいた。ありきたりだが、大輝は異世界で記憶を失ってしまったという作り話だ。だが性格や話し方までが完全に変わるのは不自然だ。きっと家族は違和感を抱くだろう。それを避けるために相手の記憶から必要な情報を読み取って補いながら会話をしようということだ。そんな器用なことは普通の人間には不可能なことだが、ウィンキアソウルは違う。お願いすると「簡単だ」と言っていた。
ウィンキアソウルが大輝の父親を「おやじ」と呼んだのは、父親の記憶を読み取ったからだろう。
父親はガシッと大輝を抱きしめた。母親はその後ろで泣いていた。大輝のことを本気で心配していたってことだ。
そのとき階段をドドドドッと走り降りる足音が聞こえた。
「お兄ちゃん!」
2階から最初に降りてきたのは中学生くらいの男の子だ。大輝の弟だが血は繋がっていない。刈り上げの短髪で爽やかなイケメン男子だ。そのすぐ後ろから高校生くらいの若い女性が降りてきた。大輝の妹だ。ロングヘアーの可愛い顔をしていて、目鼻立ちが大輝とよく似ている。
「お兄ちゃん……。やっぱりお兄ちゃんだったのね?」
妹はそう言いながら大輝の腕を強く掴んでいる。頬には涙が光っていた。
「メグミ……、シンジ……」
妹は恵実、弟は慎司という名前だ。ユウがダイルに今回の事情を説明したときに、ダイルから妹と弟の名前を聞いていた。なお、ウィンキアソウルが大輝の振りをして家族に会うことについてはダイルは渋々だが了解してくれている。
「大輝、何年もの間どこへ行ってたんだ? おれも母さんたちも、おまえのことを死ぬほど心配していたんだぞ。それに恵実から聞いたんだが、昨日、家の前で会ったとたん、おまえは逃げ出したそうじゃないか。どうして逃げたりしたんだ?」
父親の問い掛けに困ったような表情をして大輝はオレの方へ顔を向けた。
※ 現在のケイの魔力〈1317〉。
※ 現在のユウの魔力〈1317〉。
※ 現在のコタローの魔力〈1317〉。




