SGS334 真意を探ってみる
オレを妻に迎えたいだってぇぇぇっ!? オレも驚いたが、お袋も驚いた顔をしている。
「まぁっ! 大輝さん、本気なの? ケイをあなたの妻にって……。でもこの子は……」
「それも承知しています。お母さんがケイさんを産んだときはケイさんが男性だったことも、今はケイさんのソウルは優羽奈さんの体に入っていて、優羽奈さんと体を共有していることも、何もかも知っています。すべて承知の上で、ケイさんを僕の妻にしたいと思い、お母さんの許しを得るためにここに来たのです」
大輝の言葉をお袋は何度も小さく頷きながら聞いていた。
「大輝さん、ありがとうね……」
お袋は大輝に向かって丁寧に頭を下げた。それから顔を上げて言葉を続けた。
「あたしは大賛成だけど。でも、ケイは何も知らなかったようね。こんなに驚いてるみたいだから……」
お袋は座ったままオレを見上げた。言われて自分が立ったままであることに気付いた。驚きのあまり椅子から立ち上がった姿勢のままで硬直していたのだ。
ゆっくりと腰を下ろすと、大輝がにこやかな表情で口を開いた。
「ケイさんにはまだ何も言ってなかったので、驚いて当然です。順序が逆になってしまって悪かったね。ケイ、あらためて正式に申し込みをしたい」
大輝がまっすぐに視線を向けてきた。
「どうか僕と結婚してほしい。君を幸せにしたいんだ」
その言葉を聞いてオレは訳が分からなくなった。頭の中が真っ白になって何も考えることができない。
大輝は真摯な表情でオレを見つめている。
『ケイ、しっかりしてっ!』
ユウから呼びかけられて、何か言わないといけないことに気が付いた。
「ちょっ……、ちょっとびっくりし過ぎて何も言えないんですけど……」
そう返事をしておいて、オレは急いで高速思考を起動した。
『ユウ、コタロー、どうしたら良いと思う?』
『ウィンキアソウルの真意を探ってみないと何とも言えないわね。まさか本気でケイをお嫁さんにしたいなんて思ってないでしょうし……』
『うん……。そうだよね』
『場所を変えた方がいいにゃ。ケイの母親が居ない場所でウィンキアソウルと二人だけで話をするべきだわん』
『分かった。そうする』
高速思考を解除して、お袋の方へ顔を向けた。
「ええと、母さん。晩ご飯を食べ終わったら、大輝を2階へ連れていくからね。二人だけで話がしたいから」
「あたしに遠慮はいらないよ。好きにしなさいな」
「うん」
オレは急いで晩ご飯を食べ終えた。大輝は既に食べ終わっていて、お茶を飲んでいる。
「ごちそうさまでした」
「美味しかったかい? ああ、それとね、ケイ。明日の朝ご飯はどうするの? こっちに泊まっていくんだよね?」
「うん、そのつもり。朝ご飯も母さんと一緒に食べるから」
「大輝さんの分も用意しておくからね。今夜は二人でゆっくり話しなさいな。でも、あまり騒がないでおくれよ。あたしが眠れなくなるからねぇ」
「騒ぐって?」
「やだねぇ。母親に変なこと、言わせないの」
お袋は顔を赤くして照れてる。
「い、いや、違うって。大輝とはそんな関係じゃないから……」
言いながらこっちの顔も火照ってきた。
………………
2階に上がって自分の部屋のドアを開けた。
「ここがわたしの部屋ですけど……」
明かりを点けると、大輝が廊下から部屋の中を覗き込んだ。
「ふーん。10畳の洋室にダブルベッドとドレッサー、それとテレビにサイドボードか……。寝室は記憶のまんまだね。衣類は……、ええと、隣の部屋がクローゼットになってたよね」
それを聞きながらちょっと気味が悪くなってきた。急いで高速思考を発動してユウとコタローに話しかけた。
『記憶と言ってるのはわたしの記憶のことだよね?』
『間違いなくウィンキアソウルはケイの記憶をコピーして保持してるにゃ。必要になったらその記憶を取り出して学習してるんだろうにゃ』
『その学習のおかげかもしれないけど、日本の生活様式もちゃんと理解してる感じよね』
『うん。まるで親しい友だちみたいに普通に会話ができてるけど、自分のことを全部知られていると思うと、すごく気持ちわるい……』
『とにかく、ケイ。寝室でウィンキアソウルと二人っきりになるのは止した方がいいわよ』
『うん、分かってる』
この部屋に連れてきたのは、大輝がオレの寝室を見たいと言ったからだ。高速思考を解除して、オレはリビングをちらっと見てから大輝に話しかけた。
「寝室じゃなくてリビングで話をしませんか? お茶を入れますから」
「いや、この部屋で話をしよう。ここが僕たちの寝室になるのだからね」
こいつ、何を言ってるんだろ。
文句を言おうとしたら、大輝はオレの手を取って寝室の中に入り、ベッドに腰かけた。
「ここに座って」
大輝が左隣をポンポンと叩いた。仕方なくオレはそこに座った。
さっきは母親がいたから言いたいことが言えなかったが、今なら遠慮せずに言える。
「単刀直入に聞きますけど、何の用があってこの家を訪ねてきたんですか? まさか本気でわたしと結婚したいとか考えてませんよね?」
オレの言葉に大輝はちょっと悲しそうな顔をした。オレの目をじっと見つめながら口を開いた。
「どうしてそんなに僕のことを疑ったり警戒したりするんだ? 僕は本気だよ。本気でケイ、君と結婚したいと思ってるんだ。その申し込みのためにこの家に来たのさ。君の母親の許しを得るためにね。さっき話したとおりだよ」
なにぃぃぃーっ! 本気でオレと結婚したいだって!?
「その……、その理由を言ってもらえます? わたしと結婚したいって言う理由を」
「ああ、ちゃんと説明するよ。僕はね、君と会って初めて自分が孤独で独りぼっちだったことに気が付いたんだ。僕はあの星に宿ってからずっと、ウィンキアを見守りながらあの世界を育ててきた。その間は自分が孤独だなんて考えたこともなかったよ。ウィンキアで生まれ育ってきた者たちすべてを自分の子供のように感じていたからね。
でも君に会って、地球の色々な知識を得て、多くのドラマや映画を見てから自分自身のことを改めて考え始めたんだ。どうして僕には友だちや家族がいないのかってね」
「それで結婚して家族を持ちたいって考えたのですか?」
「うん。どうして自分が孤独なのかって色々と考えた。どうして僕のことを愛したり、心配したりしてくれる者がいないのか。どうして自分には苦しいときに支え合ったり、嬉しいときに喜びを分かち合えたりする相手がいないのか。どうして僕には心から何でも話し合える相手がいないのかってね。それで地球の人間と同じように、僕も結婚して家族を持ちたいと思い始めたんだ」
「でも、友だちや家族の関係なんて地球の人間たちに限ったことじゃないですよ。ウィンキアの人族にも地球の人間と同じように友だちや家族の関係はあるし、魔族たちにも友だちや家族の関係はありますからね。わたしにもゴブリンの友だちがいるから知ってますけど、相手を思いやる優しい気持ちは人族と変わらないですよ」
「そうなのか? 僕にはウィンキアのことは何でも見えていると思っていたけど、本当に大切なことは何も見えてなかったのかもしれないな……。
正直に言うと、ウィンキアの世界に飽きてきていたんだ。あの世界のことは隅々まで知っているし、魔族たちは僕に絶対服従を誓っている。自分には何も不自由は無いと思っていた。そんなふうに慢心していたから本当に大切なことが見えなくなっていたんだろうね」
オレは大輝の話を聞いて驚いたし、心から同情する気持ちになっていた。ウィンキアソウルってこんなに素直で、孤独だったのか……。
以前にコタローから聞いた話だが、ウィンキアソウルがあの星に宿ったのは数億年前のことだったそうだ。永遠と言っていいくらいの永い年月を独りぼっちで過ごしてきた者の孤独感がどれほどのものか想像もできない。もしオレが同じ立場なら寂しくて死んでしまいそうな気がする。ウィンキアの世界に飽きてきていたと言うのも当然だろう。
「何となくだけど、分かる気がします……。あなたが本当に孤独だったということが。それで地球に興味を持ったんですね?」
「うん。君と初めて会ったときに、地球という自分の知らない世界に興味が湧いてね。ちょっと覗いてみたいと思ったんだ。でも、ちょっとのつもりが、ドラマや映画を見ているうちに僕はどんどん引き込まれていった。地球に住んでいる人間たちの心の動きにね。家族や友だちのことを愛する心は素晴らしいと思った。そして僕もそれが欲しくなったんだよ」
そう語っている大輝は少し寂しそうな顔をしていた。
※ 現在のケイの魔力〈1317〉。
※ 現在のユウの魔力〈1317〉。
※ 現在のコタローの魔力〈1317〉。




