SGS332 問題の解決に四苦八苦その2
ユウがコタローの話に横やりを入れたから、難民を移動させる話が中断してしまった。その代わりに小麦を輸入してくる話になっているが、このまま話を続けよう。
『レブルン王国から小麦を輸入するっていうのはどうかな? あの国はゴブリンの国だけど、主食は人族と同じ小麦のパンだし、小麦は十分な収穫がありそうな様子だったからね。前にレブルン王国へ行ったときに実際に見て驚いたんだけど、地平線の果てまで麦畑が続いていたんだよね。ベルッテ王に頼めば取引きに応じてくれるかも……』
そう言いながら自分の間違いに気付いてしまった。
『ごめん、今の意見は撤回する。レブルン王国を頼るのは無理だってことを思い出したよ。レブルン王国は今回の難民を使った攻撃に加担してるからねぇ。わたしがベルッテ王にいくら頼んでも応じてくれるはずがないよ。そんなことをしたらドラゴンロードに国を滅ぼされてしまうって、ベルッテ王はそう言うに決まってるね』
『ケイ、そういうことだわん。ほかに取引きできそうな相手は無いかにゃ?』
『ねぇ、ケイ。ラウラが日本の戦国時代に行ってるでしょ。信玄から領地をもらって統治をしてるから、その領地で小麦を育ててもらったらどうかしら? お米の収穫が終わった後の田んぼに小麦を植えてね、小麦が穫れたら、ケイがそれをウィンキアまで運べばいいのよ』
なるほど、裏作をするってことか。ユウのアイデアは良いかもしれない。オレの魔力が高まって〈1500〉を超えたらラウラのところへワープできるようになるから、オレが仲介すれば戦国時代の信州から小麦を調達することはできる。だけど、そんなに上手くは行かないだろうな。
『戦国時代はこのウィンキアよりももっと食料不足だからねぇ。小麦が穫れたら、農民たちはそれを自分で食べるんじゃないかなぁ……』
『ケイ、それならラウラの領地で新たな土地を開拓してもらえば良いのよ。戦国時代なら開拓されてない土地がたくさん残ってるはずよね。そこを農民たちに開拓させて、その土地で小麦を育ててもらうのよ。余った小麦を買い取って、ウィンキアに輸入してきたら良いと思うけど、どうかしら。良い考えでしょ?』
『うん。面白い案だし、実現できる可能性はありそうだね。戦国時代の農民たちにとっても食料が増産できるし、小麦を売ったお金も入るから良い話だと思う。ラウラに連絡しておくよ。コタロー、いいよね?』
『戦国時代の農民たちにタダで開拓をさせるのは無理があるぞう。農民たちはギリギリの生活をしてるはずだからにゃ』
『それなら開拓する費用もこちらが出して、開拓が終わった土地は農民たちに無償で分け与えるようにするよ』
『一つの案ではあるけどにゃ。毎回、ケイが仲介しなきゃいけないような対策は避けるべきだわん。それに戦国時代の領地を小麦の輸出ができるまで育てるとしたらにゃ、かなりの手間と時間が掛かるぞう』
『コタローはこの案に反対なの?』
『反対ではないわん。だけどにゃ、ケイが仲介するような案は一時的な対策とするべきだぞう。ケイに万一のことがあったらにゃ、この仕組み全体が崩れるからにゃ』
たしかにコタローの言うとおりだ。戦国時代は戦が絶えない時代だから、まずは領地の周囲を平定しなきゃいけないし、農民たちに小麦の栽培を教え込むのも手間と時間が掛かりそうだ。それに、日本の戦国時代でウィンキアのために畑地を開拓させるというのはラウラたちの負担も大きくなるだろうし、オレもずっと輸送役を務めるのはイヤだ。
待てよ……。何も日本の戦国時代じゃなくても、近くに開拓できる場所はいくらでもあるぞ。
『思い付いたんだけど、無理して戦国時代で土地を開拓してもらうくらいなら、ウィンキアの原野を開拓したらどうかな? クドル3国の周辺にはいくらでも原野があるからね。そこに難民たちを移住させて、働いてもらえばいいんだよ。原野はほとんどが丘陵だけど、畑にすれば小麦やジャガイモは育つからね』
どうしてこんな単純なアイデアを思い付かなかったのだろう。コタローが四万人の難民をどこかへ移住させると言ってたのは、たぶんこの対策だろう。
『ケイ、それはレングラー王も前からやってたじゃない。原野に開拓村をいくつも作ってるけど、どの村も開拓は中断してるっていう話よ。魔族たちの攻撃が激しくて、開拓をしてる余裕なんか無いって……』
『もちろんそれは知ってるけどね。でも、四万人の難民たちが原野に街を作れば話は変わってくると思うんだ。原野で魔力泉がある場所を探して、そこに街を作って住めばいいんだよ。街の中の魔力泉がある場所には神殿を建てて、結界魔法の魔具と魔力タンクを設置するんだ。そうすれば魔族も魔物も街には入って来れないからね』
『でもにゃ、ケイ。結界魔法を維持するには神族が必要だぞう。ケイとオイラが交代でその街に常駐して結界魔法を維持するにゃら、問題は解決するけどにゃ』
そうだった。神族が必要なことを忘れてた。
『ごめん。ずっと常駐を続けるなんて無理があるよね。今の意見も撤回する』
『オイラは平気だけどにゃ』
そりゃコタローは人工知能だから平気かもしれないが、こっちの身が持たない。
四万人の難民たちが自活しながら安全に暮らせる場所……。そんな場所がウィンキアのどこかにないだろうか。
『これ以上考えても一発逆転の決定打なんて無さそうだねぇ。今まで出てきた対策案を組み合わせながら地道にやっていくしかないのかなぁ……』
一番実現性のある対策は農業試験場を立ち上げて、クドル3国の農業で穀物や野菜、家畜などの生産性と品質を高めることだ。必要な知識は研究者たちに植え付けるし、種などは日本から持ち込むから、数年後には成果が出てくるはずだ。
だが、その対策で必要とする食料がすべて賄えるとは限らない。それに、それまでの繋ぎの対策も必要だ。最初の数年間は食料が不足するだろうから、その間は一時的な対策として地球から裏取引きでオレが食料を運んでくるしかなさそうだ。
それと、日本の戦国時代でもラウラに頼んで土地の開拓を進めてもらおう。食料不足に備えて、お互いに補完し合えるようにした方が安心だ。
この案にユウとコタローも賛成してくれたので、後でレング神たちにも説明しておこう。
四万人の難民たちが自活しながら安全に暮らせる場所がウィンキアのどこかに見つかれば一番良いのだが……。
窓の外を見ると、すっかり暗くなっている。
『ケイ、もう少し眠ったら? まだ疲れが残ってるみたいだから……』
ユウがオレに気を遣ってくれている。
『それよりも少し気分転換をしてくるよ。久しぶりに母親と一緒に晩ご飯を食べようと思うんだ』
最近は忙しくてお袋の顔も見てないからな。
この家は二世帯住宅になっていて、2階と1階の玄関は分かれている。1階に降りて玄関に入ると、お袋の楽しそうな笑い声が聞こえてきた。誰かお客さんが来ているようだ。
玄関にはスニーカーが乱暴に脱ぎ捨てられていた。靴の大きさから言っても、これはお客さんのものだろう。
お客さんが帰った後でまた来ようかと思ったが、食堂の方から聞こえてくる声に聞き覚えがあるような気がする。
まさか……。
そう思いながら食堂に入っていくと、その男とお袋がテーブルに向かい合って座っていた。晩ご飯を食べながら会話が弾んでいるようだ。
男が茶碗を持ったまま顔をこちらに向けた。
「やあ、やっと来たね」
箸を持った右手を上げながらにこやかに微笑んでいる男。あの大輝だった。
一瞬めまいがして、オレは入口近くの壁に寄り掛かった。不安な気持ちが一気に広がって頭の中が真っ白になった。
※ 現在のケイの魔力〈1317〉。
※ 現在のユウの魔力〈1317〉。
※ 現在のコタローの魔力〈1317〉。




