SGS330 慈しみと誠意の人
ユウから頼まれて、オレも気の毒な難民たちを何とかして助けたいと思った。それでレング神とニコル神に声を掛けたのだ。
「レング神とニコル神に協力を頼みたいことがあるのです。難民キャンプを別にもう一つ作って、そのキャンプには弱い者たちだけを収容したいと考えています。どうか協力してもらえませんか?」
「ケイさん、それはいったいどういうことだ?」
「一万人用の難民キャンプに七万人も詰め込んだら、弱い者にまでは食料は行き渡らないと思うんです。例えば子供や年寄りとその家族、それと病人や怪我人とその家族なんかは食料を確保できずに苦労するはずです。力の弱い女性も危険な目に遭うかもしれません。ですからそういった弱い者たちは別の難民キャンプに収容して、安全に暮らせるようにしてあげたいんです」
オレの言葉に二人は怪訝な顔をしている。
「ケイさん、わざわざ弱い者のためにそんなことをする理由を教えてほしいのだが。難民や流民となった者は過酷な状況に陥る運命だ。強い者だけが生き残り、弱い者は飢えたり襲われたり死んだりするのは仕方がないことなのだ。弱い者でも役に立つなら生かして奴隷にするし、役に立たたぬ者は魔物の餌にしかならぬ。なぜそのような者たちのためにわざわざ別の難民キャンプを作って、貴重な食料や住む場所を与えるのだ?」
レング神のその言葉にオレは衝撃を受けた。オレはここが過酷な世界であることは十分に認識しているし、ここが人族も含めて弱肉強食の世界だと分かっているつもりだった。だがレング神までもがそんな考え方をするとは思いもよらなかった。
「それは……、難民キャンプを弱い者でも安心して暮らせる場所にしたいからです。今すぐには無理かもしれませんが、いつの日にか、クドル3国もそんな国にしたいと思います。弱い者でも安心して暮らしていける国にね」
「弱い者でも安心して暮らしていける国か……」
レング神は苦笑を浮かべながら言葉を続けた。
「なるほど、ケイさんの考えは分かった。だがな、ケイさん。自慢できる話ではないが、我がレングランでは唯でさえ食料や生活物資が不足しておる。王都の外にある畑や原野では魔族や魔物が出没する。危険で辛い仕事が多いゆえ、そのような場所で喜んで働きたがる者はおらぬ。しかし危険で辛い仕事であっても、誰かがそのような場所で働かねば食料を得ることができぬのだ」
レング神が何を言いたいのか分からなかった。オレがぼんやりした顔をしてるのを見たのか、レング神は困ったような顔で言葉を続けた。
「だからな、ケイさん。このレングランは弱い者が安心して暮らせるような豊かな国ではないのだよ。弱い者は粗末で僅かな食料しか食べられぬし、誰もやりたがらぬような危険な仕事や辛い仕事を無理やりさせられておる。従属の首輪をつけた従者や奴隷となってな。それが現実なのだよ」
「それはつまり、弱い者が普通に食べたり暮らしたりできるようにするためには、国の食料不足や生活物資の不足を解消させて、危険な仕事や辛い仕事を無くせと……。いや、仕事を無くすことはできないから、そんな仕事であっても喜んで働けるような工夫をしろと……、そういうことですか?」
「そういう豊かで強い国にしないかぎり、いつまで経っても弱い者は安心して暮らすことができない。そういうことなのだ」
レング神のその話を聞いて、オレは自分の甘さを痛感していた。どうするか考えていると、アルロが「今の話に関係すると思うんですが……」と言いながら手を上げた。
「今作っている難民キャンプに七万人を収容したら、最終的には1戸の家に三十五人が入る計算になります。台所や廊下も人で溢れるでしょうが、まぁそれは我慢してもらうしかないですねぇ。問題は食料と水ですよ。確保できているのは一万人が1か月で消費する量だけですからねぇ。それが七万人だと……」
「4日ほどで食料も水も尽きるな」
ガリードが先に答えを口にした。
「ところが、そんな単純でもないんですよ。実際は難民たちをキャンプに収容するのは半月後から1か月後くらいまでの間になります。国境に現れた者から順に収容することになりますからね。おそらく食料や水が尽きるのは難民をキャンプに収容し始めてから10日後か11日後くらいだと思いますよ。そのころには五万を超える難民がキャンプに収容されている計算になりますからねぇ」
「つまり、それまでの間に食料と水の補給を済ませないと難民たちは飢えと渇きに苦しむことになるってことか……」
「ええ、そういうことですねぇ。半月後に難民がキャンプに入り始めるとして、そこから10日後です。つまり、この先25日くらいで食料や水が無くなりますから、それまでに新たな食料の確保が必要です。それと上水の供給施設を完成させなきゃいけません」
アルロはそう言いながらオレの方を向いた。
「さっき、ケイ様が言われていた新たな難民キャンプを作ることも、そこに弱い者だけを収容することも、ちゃんとした対策があるのであれば僕は反対はしませんけど……」
「ちゃんとした対策?」
「ケイ様は対策を何も考えておられないみたいですねぇ。ええと……、水は何とかなるとしても、食料が25日後までに補給できないと、そこからは飢えの地獄が始まります。弱い者に安全な暮らしをさせたいとか言ってる場合じゃないですよ。食料が無くなれば弱い者から順に死んでいくことになりますからねぇ」
「アルロ、そんな酷い状況にはならないよ。難民キャンプで飢え死にするくらいなら、難民たちはみんなキャンプの外に出ていくだろうからね」
オレが反論すると、アルロはちょっと困ったような顔をした。
「お言葉ですが、七万人もの飢えた者たちをこのキャンプから外に出しますかねぇ。そんなことをするとレングランにもラーフランにも飢えた難民の群れが押し寄せることになりますから。おそらく国は難民たちをこのキャンプの中に閉じ込めると思いますけど」
「そんな酷いことって……」
誰かの声が聞こえた。フィルナかハンナだろう。オレも声を上げたいのを我慢しながらレング神の方に顔を向けた。
「アルロの申すとおりだ。食料が尽きてしまう前に我は難民キャンプを封鎖させ、難民を中に閉じ込めるよう命じるだろう」
レング神は冷酷とも見える表情でそう言った。
アルロやレング神が言っていることは十分に理解できた。喜んでそうするのではなく、国を守るためにはそうせざるを得ないのだろう。
それは分かるが、気の毒な難民たちをオレはどうにかして助けたい。どうすれば良いのだろう……。
オレが頭を抱えていると、ユウが高速思考で話しかけてきた。
『ねぇ、ケイ。難民の数は一万人から七万人に増えたけど、どっちにしても不足する食料は地球から調達するしかないわよ』
『魔乱の一族にお願いするってこと? でも、お願いすると言っても、どれくらいの食料を調達してもらうのか伝えないと……』
『コタロー、計算してみて』
『難民とクドル3国の不足分を来年の小麦が収穫できるまでの期間で計算するとだにゃ、3万トンの小麦が必要となるわん』
3万トンと言われても想像がつかない。とにかく無理を言ってでも魔乱に頼むしかなさそうだ。
高速思考を解除して、レング神に話しかけた。
「不足する食料はわたしが異世界から調達して来ます。戦場地区で難民たちに小麦を栽培させるとして、来年の小麦が収穫できるまでの期間に難民が食べる分とクドル3国で不足する分を調達してくれば良いですよね?」
「ケイさん、それでは一時しのぎにしかならぬな。戦場地区で難民たちに小麦を栽培させたとしても、その収穫量では到底足りぬ。クドル3国の不足分と難民七万人が食べる小麦の量をその収穫だけで補うことはできぬのだ。それともケイさんは、毎年不足する小麦を異世界から調達して来ようというお考えか?」
そんなことは無理だと思う。だがこの場は、ごまかしてでも押し通すしかない。
「食料不足のことはわたしが何とかして解決策を考えます。解決策が無かったら不足する食料はわたしが異世界から毎年調達を続けます。その代わり、弱い者たちを収容するための新たな難民キャンプを作る件に協力してほしいのです。そのキャンプが完成したら、収容する難民の管理もレングランにお願いしたいと思います」
無謀だと思ったが、オレはそう言い切った。
レング神は半眼で考えている。
「気の毒な難民たちを何としても助けたいのです。いかがですか?」
強い口調で問い掛けてじっとレング神を見つめた。レング神は仕方なさそうに苦笑を浮かべた。
「ケイさん、これまでの付き合いで、あなたが慈しみと誠意の人だということは我もよく承知しておる。あなたは何のかかわりもないクドル3国の民にまで心を寄せて、弱き民たちを救ってくれたのだからな。そして今度はメリセランの難民にまで手を差し伸べようとしておる。あなた自身の何の得にもならぬことであるのに、そうまで一生懸命に請われると、我も頷かざるを得ぬ。分かった。新たな難民キャンプの件はあなたの言うとおりにしよう」
慈しみと誠意の人って……、このオレが?
顔が赤らむのが自分でも分かった。オレは自分や仲間たちを守ることに必死だっただけだ。魔族の攻撃からクドル3国を守ったことも、メリセランからの難民を救おうとしているのも、それが自分たちを守ることに繋がるからだ。基本的にオレは自分や仲間の命と利益を優先する人間なのだ。
レング神はオレのことを買いかぶり過ぎている。それともオレのことを褒めておいて何かをさせようというつもりだろうか。
そのときユウが高速思考で語り掛けてきた。
『レング神もなかなか人を見る目があるわね』
『いやいや、慈しみと誠意の人だなんて、レング神のリップサービスだから』
『そんなことないわよ。あなたは自分のことを面倒くさがり屋で大した人間ではないと思ってるのね? そうだとすれば自分を過小に評価しすぎよ。思い出してみて。これまでに私たちで色々な事を成し遂げてきたでしょ。それに、ケイには慈愛に満ちた私が付いているのだからね。慈しみと誠意の人というのは私たちにピッタリの評価よ』
『慈愛に満ちた私? 私たちにピッタリの評価? ユウはそれを言いたかっただけだろ?』
『ケイを支援しているのはユウだけじゃないわん。オイラも付いてるぞう』
『そうね。小賢しいけどコタローもちょっとは頼りになるものね。とにかく、ケイはもう少し自分に対して自信を持った方がいいわよ』
いやいや、オレはそんな立派な人間じゃないって。そう思いながら高速思考を解除した。
レング神がせっかく了承してくれたのだから礼を言っておくべきだろう。
「わたしのことをちょっと持ち上げ過ぎだと思いますが、それはともかく、難民キャンプのことを認めてくださって感謝します。新たな難民キャンプを作って弱い者たちを収容する件と、その管理も引き受けてもらえるのですね?」
オレが念押しするとレング神は頷いたが、その後に「ただし」と言って一呼吸おいて言葉を続けた。
「念のために申しておくが、難民たちが気の毒だとか不憫だとかいう理由で中途半端な対策を講じると、それは余計に問題を大きくすることになる。下手をすると国を危うくするかもしれぬ。そうなる前に我は断固とした処置を取るつもりだ。食料が調達されない場合はキャンプを封鎖して、難民たちを中に閉じ込める。この方針に変わりないことは承知しておいてほしい」
レング神が言っていることはよく分かった。統治者として当然のことを言っているのだろう。だがその言葉にオレは大きなプレッシャーを感じていた。自分は七万人の難民の命を背負ってしまった。その重さにオレは圧し潰されそうだ……。
※ 現在のケイの魔力〈1317〉。
※ 現在のユウの魔力〈1317〉。
※ 現在のコタローの魔力〈1317〉。




