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SGS033 女の自分に気付く

 奴隷市場で売られるとか、魔物のエサになるとか、どう考えてもあり得ない。


「そんなこと、ぜったいにイヤです。もし奴隷に落とされて売られることになったら、副長に二人とも買ってもらえるようにお願いしましょうよ」


「そうね。イルド副長なら、やさしいから買ってくれるかもしれないわね」


 雨が降り続いている。雑木林の下草は濡れていて座り込むことができないから、二人とも木に寄りかかりながら話をしている。


「先輩、ソウルオーブは持っているんですか?」


「いえ。2個ともベナドにあげちゃった。どうせ持っていても、戻ったら何もかも没収されるに決まっているもの」


「先輩、わたし、オーブが無くても魔法が使えるみたいなんです」


「え? どういうこと?」


「これを見てください」


 熱線魔法で5モラくらい離れた雑木の幹に穴を開けた。さらに続けて何発か熱線魔法を撃ち込んだ。雑木の幹は穴だらけになっている。


 先輩は目を見開いて、その穴を見つめている。声も出ないようだ。


「どうやったの? 呪文を唱えてないみたいだけど」


「無詠唱で魔法が使えるって分かったんです。ソウルオーブも要りません。どうやらわたしは特殊なロードナイトみたいです」


「本当なの? ……でも、無詠唱で魔法が使えるロードナイトなんて、聞いたことがないわ。特殊なヒューマンロードかもしれないわね……。どっちにしても、すごく危険よ。もし奴隷に落とされて、あなたを買ったオーナーがそのことを知ったら、あなたを殺してソウルオーブを作ろうと考えるかもしれないから」


「はい。ボドルからも同じことを言われました。だから、ほかのゴブリンの前では絶対に魔法を使うなって。使ったら殺されるって。でも先輩だけには知ってほしかったんです。それに……」


「それに、なに?」


「先輩が望むなら、ベナドが付けた噛み痕をキュアで治すこともできます。やってみないと分からないけど、中絶の魔法も使えるかもしれません」


「あなたにもボドルの噛み痕が付いてるわよ。どうするの?」


 そう、自分にも噛み痕が付いている。キュア魔法で噛み痕なんて簡単に治せる。印を付けられる前はそんなふうに簡単に考えていた。でも、今は絶対にボドルの印を消したくない。むしろ、ずっと付けていたい。そんな気持ちに変わっていた。


「わたしはボドルの印を消したりしません」


「その気持ちはあたしも同じ。だから、キュアなんて必要ないわよ」


「はい」


「とにかく、さっきのロードナイトのことは絶対に秘密にしなさい。いざというときまで絶対に使っちゃダメよ」


 ラウラ先輩は本当に自分のことを心配してくれてるんだ……。


「はい。先輩、ありがとうございます」


「さぁ、出発しましょ」


 ………………


 ぬかるんだ道を下っていき結界の内側に入った。検問所を通してもらえるか心配していたが、ラウラ先輩が兵士に事情を説明した。ゴブリンの噛み痕を見せると、それ以上の取り調べもなく通してもらえた。


「女のハンターや戦士がこんな形で原野から戻ってくることが時々あるのよ。ケイもあたしも従属の首輪をしているでしょ。だから逃げることもできない。兵士たちはそれが分かってるから、あたしたちを簡単に通したのよ」


 ラウラ先輩は冷静だなぁ。自分はまだ頭がぼんやりして頭が回っていない気がする。


 畑の中の道に入った。まだ雨は降り続いていて、人通りはない。街壁の北門には兵士がいたが、こちらがフードを外して人族だと分かると、なにも言わずに通してくれた。


 街に入っても、雨が降っているので人通りは少ない。みんな、自分たちと同じようにポンチョを被っていてフードで顔は見えない。この雨は都合が良かった。首筋の噛み痕を見られることが無かったからだ。


 そして隊舎の門へ入った。


 1階の食堂へ入ると、隊員たちが驚いて駆け寄ってきた。みんな、口々に良く帰ってきたと喜んでくれたが、首筋の印に気付くと、誰もが何も言わなくなった。


 イルド副長とサレジ隊長の奥さんのアンニが部屋に入ってきた。副長はラウラ先輩を見て、そしてこちらを見て、また視線を先輩に戻した。


「その噛み痕を見たらだいたいの想像はつくが、なにがあったか説明しろ」


 ラウラ先輩は事情を淡々と説明した。ゴブリンに捕まったこと、オーブなどの装備はすべて没収されたこと、噛まれて種付けをされたこと、本隊に連れていかれたが従属の首輪のために解放されたことなどだ。


「ケイもラウラと同じなのか?」


 何も言えずにコクリと頷いた。


「ゴブリンの子供を妊娠したかどうかが問題だな。ともかく、その噛み痕はキュアで治してやろう」


「いや、ダメよ」


 アンニが副長に反対した。


「どういうことです?」


「ゴブリンの子を妊娠している奴隷は高値が付くらしいのさ。この前、ゴブリンと関係を持った奴隷がいないかって、王宮の女官が捜していたんだ。だから、この女たちを見せれば、きっと高く買ってくれるはずだよ。そのとき、首に付いた噛み痕があればゴブリンとの関係がよく分かるじゃないか」


 なんてことを考える女だ! アンニをにらみつけた。その視線を感じたのか、こちらを見ながらアンニはさらにひとこと加えた。


「ソウルオーブを2個も無くしたんだから、少しでも取り戻さないとねぇ」


「しかし、それは妊娠していたときの話ですよね。まずは妊娠しているかどうかを調べてもらうべきですよ」


「イルド。あんたもこの隊の副長なんだから、妊娠を調べてもらうのにいくら掛かるかくらいは知ってるよねぇ。わざわざ高いお金を払って妊娠しているか調べるよりも、しばらくの間、放っておいて様子をみるだけで十分さ。生理が来なけりゃ、妊娠してるってことなんだから。それにしても、うちの亭主はなんでこんな甘ちゃんを副長に任命したのかねぇ」


 アンニは顔を歪めながらイルド副長を睨んでいる。


 噂では聞いていたが、アンニはイルド副長を嫌っているというよりも憎んでいるようだ。


「分かりました。では、そうしましょう」


 副長は悔しそうな顔でそう言うと、先輩の方を向いた。


「ラウラとケイは体を清めろ。その後は休んでいいぞ」


 そのとき離れたところにいたリリヤが手を挙げた。


「副長、あたしは部屋を移してもらえませんか? ラウラやケイと同じ部屋ではゴブリン臭くてイヤですぅ」


 リリヤめーっ! ラウラ先輩を呼び捨てにして、もう奴隷扱いをしている。


「あの、あたしもできれば部屋を……」


 ロザリもリリヤに同調してしまった。


「わかった。隣の部屋が空いているからおまえたちはそこを使って構わない。その代わり、ラウラがやっていた仕事の大半はおまえたちにやってもらうぞ。ゴブリン臭が移ったら困るから、今後、台所仕事と部屋の掃除、洗濯はすべてリリヤとロザリの役割とする。ラウラとケイは外回りの掃除と、畑仕事に専念しろ。分かったな」


 さすが、副長! リリヤたちに一発、やり込めてくれた。リリヤは悔しそうにうつむいて、渋々頷いた。ロザリはリリヤを恨めしそうに見ている。


 その後はラウラ先輩に手を引かれてトイレに入った。髪を洗って体を拭くのだ。トイレは1階にあって男用と女用に部屋が分かれている。部屋には便座が二つあって上水と下水が流れていた。上水は手を洗うために使うだけでなく、髪を洗ったり体を拭いたりするのに使っているのだ。


 ラウラ先輩は便座に座って自分のお腹を撫でていた。


「もしかすると、ベナドの子を身ごもったかもしれないわ。排卵日が近かったから……」


「避妊の魔法を掛けなかったのですか?」


「あのときは、そんな余裕、ぜんぜん無かったわよ。ケイも同じでしょ?」


「はい……」


 たしかに自分もボドルの子供を身ごもっているかもしれない。


「身ごもっていたら、うれしいけど、悲しいね……」


 先輩の気持ちが痛いほど分かった。好きな男の子供は産みたい。でも産んでしまったら子供は殺される運命だ。


「もし身ごもっていたら、中絶の魔法を掛けてみましょうか? できるかどうか分からないですけど……」


「本気で言ってるの? あたしは絶対にイヤ! もし身ごもっていたら、その子を産み落とすまでは、お腹の中で育てるわ。殺されるのはかわいそうだけど、それまでは一緒に居られるもの」


 なんだか、すごく悲しかった。先輩の女としての気持ちが悲しかった。


 ボドルと出会うまでは、男に抱かれるなんて絶対にイヤだと思っていた。でも、実際にボドルに抱かれたとき、あのとき、自分は女だったと思う。自分の体も心も女としてボドルを受け入れようとしていた。催淫作用が効いていたせいだろうが……。


 もしボドルの子供を身ごもっているとしたら、自分はどうしたらいいのだろうか。先輩と同じように子供をお腹の中で育てるのだろうか……。いや、きっとそうするだろう。ボドルと自分の子供なのだから……。


 きっと自分は頭がおかしくなっているのだ。今までなら、こんな考え方は絶対にしなかった。男に抱かれたいとか、その子供を身ごもって幸せだとか、そんなことを考えることはあり得なかった。


 でも、今の自分はそれを望んでいる。きっと、催淫作用のせいだ……。


 ………………


 リリヤとロザリは部屋を移っていった。ラウラ先輩と二人で夕飯を食べて、すぐに寝床に入った。


 ※ 現在のケイの魔力〈60〉。


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