SGS326 難民を偵察する
浮上走行で難民たちの近くまで移動して、残りの100モラほどは低木を掻き分けながら街道まで出た。オレも難民たちと同じような薄汚れたワンピを着てきたから目立たないはずだ。
街道は道幅が3モラから4モラくらいの土の道だ。この数日は雨が降っていないので道は乾いているが、馬車の轍やバドゥ(巨象)の足跡のせいでデコボコだ。道の両脇は幅が10モラほどの草むらで、その先は腰から胸くらいの高さの低木が生い茂っていた。
オレは道端に立って街道を歩いていく難民たちを眺めた。数人から十数人くらいの集団で一緒に行動している者たちが多いようだ。中には荷馬の手綱を引いたり、馬車に乗ったりしている集団もいた。馬車に乗っているのはほとんどが小さな子供や年寄りたちだ。家族や近所同士で連れ立って移動しているのだろう。
まだ朝が早いためか、街道脇の草むらにテントを張って寝転んだり、食事をしたりしている者も多い。
難民たちはもっと悲惨な状況に追い込まれているとオレは想像していた。メリセランの王都を脱出して1週間くらいになるから、持っていた食料が尽きているだろうとか、疲れて歩けなくなった者が多いだろうとか、街道のあちこちには難民の死骸が転がっているだろうとか……、そんな想像をしていたのだ。
ところがその想像は完全に外れていた。ここで見る限り難民たちは少し疲れた表情はしているが、普通に歩いたり、食べたりしている。倒れて動けなくなった者や死骸なども見当たらない。
メリセランからレングランの王都までは歩いて半月から1か月くらいは掛かるから、それに見合った食料を持たねばならないはずだ。難民たちは荷物を背負ったり手に持ったりしているが、それだけでは必要な食料を運べないと思う。どうやって食料を確保しているのだろうか。
その答えは難民に尋ねれば分かるだろう。下手な質問をしたら疑われてしまうかもしれないからオレはちょっとした芝居をすることにした。
「すみませんが……」
オレが声を掛けた相手はテントの入り口でパンを齧っている男だ。テントの中には奥さんらしい女性と10歳前後の男の子が見える。
「なんだ?」
「もし余っている食料があったら売ってもらえませんか?」
「どうした? ゴブリンたちから配給してもらったパンや干し肉は食べちまったのか?」
なんだって!? ゴブリンたちがパンを配給してるって?
『ねぇ、ケイ。どういうことかしら? どうしてゴブリンたちが難民にパンや干し肉を配るの?』
ユウが高速思考で話しかけてきた。話を聞いていて、オレと同じように疑問に思ったようだ。
『そう言えばここはレブルン王国の支配地域の近くだよね。レブル川の向こう岸はレブルン王国だからね』
レブルン王国というのはベルッテ王が統治しているゴブリンの国だ。北西から南東に流れるレブル川の南側にある広大な平野と原野を支配している。オレが奴隷だったときにテイナ姫のお供でベルッテ王のところへ和平交渉に来たことがあるし、1週間ほど前にはウィンキアソウルのためにベルッテ王の城の中にテレビを設置した。
メリセランからレングランまでの街道はレブル川の北側にあり、街道は原野の中を川に沿って伸びている。レブル川の南側は完全にレブルン王国が支配している地域だが、街道がある北側については微妙だ。レブル川は大河で、凶暴な魔物や魔獣が数多く生息しているため、こちら側の街道にはめったにゴブリンは現れないと聞いている。
『ゴブリンたちが難民を助けてるのが本当だとしたら、もしかするとベルッテ王が難民を助けるよう命じてくれたのかもしれないわよ?』
『いや、ベルッテ王はそんなことはしないと思うな。わたしが奴隷だったころにベルッテ王のところに和平交渉に出向いて聞いた話だけど、もしレブルン王国が人族の味方をしたらドラゴンロードやデーモンロードに国を滅ぼされてしまうと言ってたよ。だから人族を助ける命令なんて、ベルッテ王は出さないと思うけど……』
『もうちょっと事情を聞いたら何か分かるかもしれないわよ』
高速思考を解除してオレは困った顔を装った。
「配ってもらった食料を眠っているうちに盗まれてしまって……」
「それは気の毒だが、おれたち親子も次の配給所までの食料しか持っていないんだ。わるいが分けてやることはできないな。ゴブリンたちが40ギモラ毎に配給所を置いてくれてるから、食料は配給所でもらったらどうだ? ここからだと10ギモラくらいで次の配給所があるはずだぞ」
「分かりました。そうします。でも、不思議ですよね。ゴブリンたちは今までは人族を見つけたら捕まえたり殺したりしていたのに、どうして今は人族に親切にしてくれるんでしょうね?」
「ゴブリンは元々は親切な種族らしいな。食料を配ってるゴブリンたちから聞いた話だが、今までは人族がゴブリンを攻撃していたから仕方なく反撃していたそうだよ。だけど、今は人族が困ってるのを見て、これまでの恨みは忘れて助けることにしたんだと。おれも初めは怖かったけどな。話してみたら、ゴブリンたちは本当に親切で好い奴らだって分かったよ」
男の話でゴブリンたちが難民に親切にしていることは分かったが、何か疑わしい気がする。
『難民たちを太らせて食べようとしてるのかもしれないわよ』
ユウもオレと同じように疑ってるらしくて、高速思考で話しかけてきた。
『いや、いくらゴブリンでも人を食べたりはしないと思うけどね』
『ともかく配給所に行ってみましょ』
親切に応対してくれた男に礼を言って、オレはまた低木の中に分け入った。そして街道から数百モラ離れてから飛行魔法を発動。上空に舞い上がった。
さっきの場所からレングラン方向に10ギモラほど飛ぶと、街道上で大勢の難民たちが集まっている場所が見えてきた。上空から遠視魔法でその場所を見ると、たしかに数十人のゴブリンがいることも分かった。ゴブリンたちは集まってくる難民たちに何かを手渡しているようだ。おそらく食料や水を配っているのだろう。
少し離れたところに低木が刈り取られた場所があって、そこには数多くの物資が置かれていた。難民用の食料や水に違いない。ゴブリンたちは近くのレブル川を利用して食料や水を運んできたようだ。
たしかさっきの男は40ギモラ毎に配給所があると言っていた。オレはそれを確かめるために、街道の上空を今度は逆向きのメリセラン方向に飛びながら調べることにした。
40ギモラほど飛ぶと、たしかに難民たちが集まってゴブリンから何かを受け取っている場所があった。さらにメリセラン方向へ40ギモラほど飛ぶと、そこにも配給所らしい場所があって、難民たちが大勢集まっていた。
オレは地上に降りてその場所に行ってみることにした。
「はい、はい、パン、肉、水、たくさん、たくさん、あるね。あせる、ダメ。けんか、ダメ」
ゴブリンがそう言いながら難民たちに食料と水を渡している。
「オラたち、親切ゴブリン。人族、友だち。ゴブリン、ウソつかない」
ゴブリンたちは皆一様に優しそうな顔で難民たちに接している。難民たちもそれが分かっているからか、ゴブリンを恐れている様子はない。
「けが人、病人、いないかぁ? オラが治療してやるだよぉ」
そう叫んでいるゴブリンは驚いたことに白衣を着ている。ゴブリンの魔医かと思ったが、違うようだ。探知魔法で調べると、ロードオーブではなくソウルオーブを装着していることが分かった。恰好だけ魔医の真似をしてるらしい。
「キュア魔法で治療してくれるの?」
オレはそのゴブリンに近付いて尋ねてみた。
「んだ。オラが治療してやるよ。どこ、痛い? オラに任せろ。丁寧に治療するからな。あんたみたいな美人は特別に……」
ゴブリンはそこで急に黙り込んで、じっとオレの顔を見つめた。
「ケイ、ケイでねぇか? オラだ、オラ。覚えてるだろ? ラルカルだぁ。おまえの亭主のラルカルだよぉ!」
言われるまで気付かなかったが、よく見ると、たしかに目の前にいるゴブリンはあのラルカルだった。
※ 現在のケイの魔力〈1317〉。
※ 現在のユウの魔力〈1317〉。
※ 現在のコタローの魔力〈1317〉。




