表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
324/382

SGS324 滅びの国から

 今は魔族軍が退却して4日目の夜だ。後処理の状況確認や対策の検討をするために毎晩会議を行っていて、オレはそれに参加するためにダールムの家に戻ってきたところだ。


 ガリードが言うには、何か困ったことが起きてヤバイ状況になっているらしい。


「メリセランからの難民がこっちへ向かってるそうだ。偵察隊から第一報が入ったんだ」


 メリセラン王国は魔族軍の侵攻で滅ぼされてしまった可能性が高い。滅びの国メリセランから脱出した者たちが難民となってクドル湖方面に移動しているらしい。ヤバイ状況と言ってるのは、つまり……。


「難民の数が多いってこと?」


 オレの問いかけにガリードは顔をしかめた。


「難民の数ははっきりしない。だが、万を超えるほどの難民を見たと偵察隊の連中は言ってる。早ければ半月ほどでレングランの国境付近に難民が現れるだろうな。1か月後には国境は難民で溢れ返ることになるぞ」


 報告を聞いた神族たちは頭を抱えた。


 レング神は硬い表情でじっと考えていたが、顔を上げて口を開いた。


「自国民を守ることを最優先するしかない。もし難民が押し寄せてきたら国境の検問所に軍を配置して、難民の流入を断固拒む。それが我の判断だ」


 その声からは国をべる者の固い決意のようなものが伝わってきた。


 レングランはラーフランに食料や生活物資を回すことにしたため、自国民のための物資さえも不足するおそれがある。そのような物資不足を発生させないようにオレが何とかすることをレング神と約束しているが、むやみに難民を入国させたら自国民の食料や生活物資は間違いなく不足するだろう。


 それだけでなく住む場所や仕事も難民に奪われるかもしれない。治安や衛生状態も悪化するだろうし、物価もまた高騰するに違いない。


 レング神はレングランの支配者であり自国民を守ることに責任を負っているから、その立場としてはやむを得ない判断だと思う。


 ニコル神も同じ意見だった。つまり、レングランもラーフランも難民の入国を拒否すると決定したのだった。


 会議でその話を聞いていたフィルナがハンナと顔を見合わせながら手を上げた。


「ケイ、そんなことをしたら難民たちに死ねと言ってるのと同じよ。難民の中には赤ちゃんを抱えた女性や小さな子供もいると思うの。それに原野を歩いてきた人たちはみんな疲れ切っているだろうし、お腹も空かせているはずよ。そんな人たちを拒むなんて、ホントにそれでいいの?」


 フィルナの言葉がオレに胸に突き刺さるが……。


「そんなことを言われても……」


 オレにはどうしようもない。


 黙ったままでいると、ハンナがダイルの方に顔を向けた。


「ダーリン、昔と違って今のあたしたちなら何かできそうな気がするよ?」


 ハンナとダイルは難民について何か苦い思い出があるようだ。


「そうだな……。とりあえず国境の外側の原野を切り開いて難民キャンプを作ってみるか?」


「難民キャンプ?」


 聞き返したのはレング神だ。オレの仲間たちは知育魔法で地球についての知識があるから難民キャンプが何かということを少しは知っていると思うが、レング神たちにはその知識が無い。


 ダイルが神族たちに難民キャンプのことをしどろもどろになりながら説明し始めた。それを聞いていると、ユウが高速思考で語りかけてきた。


『ねぇ、ケイ。難民キャンプって言うと、荒野に薄汚れた何百何千のテントが並んでいて、難民たちは不衛生な環境の中で寝泊まりしてるっていうイメージがあるんだけど……』


 オレの頭にあるのもそんなイメージだ。


『私たちなら、もう少し良い住居や生活環境を提供できるはずよ』


『どういうこと?』


『テントの代わりにプレハブの仮設住宅を提供すればどうかしら。難民の数は万を超えるってガリードが言ってたから、とりあえず一万人として、仮設住宅は最低でも2千戸くらいは必要よね。日本の工場に発注して2千戸分の仮設住宅を大急ぎで作ってもらうのよ。費用は何十億か何百億か掛かると思うけど。急ぐから魔乱の一族に頼んでお金の工面と工場へ手配をしてもらえばいいわね。時間さえあれば、お金は後で返せるからね。工場で仮設住宅が完成したら、ケイは出来上がった物から順にワープを使って運んでくるのよ。原野を切り開いた土地にその仮設住宅を設置してあげれば、難民たちも少しは快適に過ごせると思うけど、どうかしら? 良い考えでしょ?』


 ユウの言いたいことは分かるが、日本の工場に発注するのはかなり無理がある気がする。それにウィンキアの原野に日本の仮設住宅を建てるのは何となく違和感がある。


『ユウ、それは止めた方が良いぞう。日本の仮設住宅は電気や水道があることが前提に作られているのだわん。だけどにゃ、難民キャンプの中に電気や水の供給施設を作ってる時間なんか無いぞう。それににゃ、日本の工場で仮設住宅を2千戸も作るとしたらにゃ、急がせても時間が掛かり過ぎるわん』


 コタローがオレが言いたかったことを言ってくれた。


『じゃあ、コタロー。どうしろって言うのよ?』


『石壁の魔法で仮設住宅のオリジナルを一式作ってにゃ、それをコピーすれば良いのだわん。材料は原野の土や木をいくらでも使えるからにゃ』


 コタローがコピーと言ってるのは神族だけが使える複製の魔法を使うという意味だろう。複製魔法はソウルや生物は複製できないし、ソウルオーブやロードオーブも複製できない。だがそれ以外の物であれば材料さえあれば短時間で複製できるのだ。ただしソウルゲートが有する生産能力を超えて複製することはできない。そのため神族一人が1日に複製できる数には限度があるそうだ。その限度は何を複製するのかで決まるらしいが。


『前にコタローが言ってたけど、複製魔法にも限度があるんだよね?』


『そうだにゃ、限度を超えて複製することはできないわん。石壁の仮説住宅にゃら複製は簡単だけどにゃ。それでもケイが一人で2千戸を作ろうとしたら軽く1か月を超えてしまうだろうにゃあ』


『なら、ダメじゃん』


『だからにゃ、神族で手分けして複製作業をすれば間に合うはずだぞう』


『そういうことなら、神族たちにお願いするしかないねぇ』


 オレがそう言うと、ユウが別のことを尋ねた。


『水やトイレはどうするの?』


『仮設住宅には飲み水や生活用の水を溜める貯水槽と汚水や生活排水を浄化するための浄化槽を付けるのだわん。仮設住宅1戸に五人が住むと想定してだにゃ、貯水槽は五人が1か月間くらい生活で使う水を溜められる大きさにすればどうかにゃ。仮設住宅一式を作るときに初めから水を満タンにしておいてにゃ、それをコピーすれば良いぞう。塩素を多めに入れておけばにゃ、1か月くらいにゃら水は腐らないわん』


『でも1か月が過ぎたら貯水槽は空っぽになるわよ?』


『その1か月の間に難民キャンプの中に上水の供給施設を作れば良いぞう』


『じゃあ、トイレは?』


『水洗トイレを仮設住宅に付けるのだわん。トイレの汚水と生活排水はにゃ、浄化槽を使えば川に流せるくらいのきれいな水にできるぞう。川までの排水溝は作っておかなきゃいけないけどにゃ』


『水だけじゃなくて食料や生活用品も必要よ』


『食料や生活物資はケイが地球から調達するしかないわん。でもにゃ、すぐには調達できないだろうからにゃ、一時的にレングランが貯えているものを借りたらどうかにゃ』


『そうね、ケイならできるでしょうね。でも、お金はどうするの? 地球で大量の食糧や生活物資を買い付けるのも簡単なことではないと思うけど……』


 よく言うよ。さっきはユウも工場に2千戸分の仮設住宅を発注すると言っていたのに。そう思ったが、そんなことを指摘したら後が怖い。


『お金のことはレング神やニコル神と相談するしかないにゃ。足りないにゃら、アロイスの遺産を使う手もあるしにゃ。それと地球での食料や生活物資の調達は日本にいるケイの配下たちに頼めば良いと思うぞう』


『その手があったわね。魔乱の人たちなら、ケイが頼めば引き受けてくれるでしょうね』


 コタローとユウの問答を聞きながらオレは決心していた。


『うん、それでいこう』


 オレがコタローの案を会議で説明し始めると、ジョエリ神が甲高かんだかい声を上げた。明らかに怒っている顔だ。


「馬鹿なことを言わないでっ! 神族の魔法を使って建物を複製しろと言うの!? ケイさん、あなたは神族の誇りを何だと思っているのですか! 建物を作るような仕事は奴隷や人夫の仕事ですよ。私は絶対にイヤです。あなたの案には賛成できません!」


 ジョエリ神は強い口調でそう言って、同意を求めるように周りを見回した。だがジョエリ神に賛同する者はいない。他の神族たちは目を伏せたり考え込んだりしているし、神族以外の者たちは困ったような顔をジョエリ神に向けている。


 ジョエリ神はかなり頑固で偏見の強い性格なのだろう。建物を作る仕事には下働きで奴隷や人夫も携わっているかもしれないが、高度で専門的な技術を持った職人が必要である。決して蔑まれるような仕事ではないのだ。


 レング神が「ジョエリ神、そなたの気持ちは分かるが……」と前置きをして話を始めた。


「我もケイさんに会う前まではそなたと同じように考えていた。神族の尊厳をおとしめるようなことは絶対にしてはならぬとな。だが今は違う。我はケイさんに会ってから自分が頑迷な考え方に縛られておったことに気付いたのだ。神族としての誇りなどよりももっと大切なことがあるとな。それはな、愛する家族や国の民たちを守り、支えることだよ」


 ここでレング神は同意を求めるように左右に座っているジルダ神とナナニ神を交互に見た。


「ええ、私もレング神様のお考えと同じです」


 ジルダ神は頷きながらレング神の手を取った。ナナニ神も「はい、わたくしも」と言ってその上に手を置いた。テーブルの上で三人の手が重なり、ジルダ神とナナニ神は微笑みながらレング神を見ている。場の雰囲気がほっこりとしてきたが、今はそういうことをやっている場合ではない。


 レング神はジョエリ神に顔を向けたまま話を続けた。


「難民がこのクドル湖周辺に押し寄せて来ようとしておる。今はそのせいで自分の家族や国の民たちが危機に瀕しておるのだ。神族の誇りに縛られて、この危機に対処しないのは余りに浅はかだとは思わぬか? それに難民用の建物を作るのは王都の外だ。誰が建てたかなど国の民たちは気にせぬ。どうだろうか、ジョエリ神殿。この際、そなたも考え方を少し柔らかくしてみては?」


 レング神の言葉にジョエリ神は顔を少し赤くした。


「レング一族とラーフ一族とでは考え方も立場も異なります。私は主神のラーフ神から我が一族は神族としての誇りを傷付けるようなことをしてはならぬと言われ続けてきました。何と言われようと、私は奴隷や人夫の仕事などは致しません。ニコル、あなたもですよ!」


 浅はかだと言われて余計に怒ってしまったらしい。


「母上、お言葉ですが、おれはケイさんの案に賛同します。おれもケイさんを手伝いますよ」


 おお、ニコル神が少し頼もしくなってきた。


「そうですか。勝手にしなさい。私は気分がすぐれないので退席します」


 ジョエリ神は硬い表情で部屋を出ていった。ドアが閉まると、いくつもの溜息が聞こえた。


「頑固でね、申し訳ない。母とは後でよく話をしておく。会議を続けよう」


 ニコル神にそう促されて会議を再開した。


 ※ 現在のケイの魔力〈1317〉。

 ※ 現在のユウの魔力〈1317〉。

 ※ 現在のコタローの魔力〈1317〉。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ