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SGS032 もし妊娠していたら

 原野の夜。風も無く、虫が鳴く声が聞こえてくるだけだ。先輩たちのテントは少し離れているので、話し声は聞こえない。


 テントの中でボドルに抱かれている。お腹の上でうつ伏せになって、ボドルの胸に耳を当てていた。ゆっくりとボドルの胸が上下する。波に揺られているようだ。


 少しだけ動いて、ボドルの口元に顔を寄せた。長いキスをする。ボドルは自分のすべてを吸い出そうとしている。また意識が朦朧としてきた。あぁ、この幸福感がずっと続いてほしい……。


「ボドル、わたしのボドル。ずっと、抱いていて。ずっと、一緒に居て……」


「ボドルも、ずっと、いっしょ、居たい。ずっと、ケイ、抱きたい。でも、それすると、首輪、ケイ、殺す。悲しい。だから、別れる。ケイ、生きる」


 また涙が出てきた。ボドルと別れたくない。一緒にいるときの、この包まれるような幸せ感が無くなるなんて考えられない……。


「ボドルと一緒に居たら、わたし、すごく幸せを感じるよ」


 自分が変になっていると心のどこかで警鐘が鳴っているが、それを無視して自分の口が勝手に言葉を紡いでいく。


「ねぇ、これって、ボドルの印のせいなの? ボドルの印って、いつか、消えてしまうの? ボドルの匂いも、消えてしまうの? 印が消えたら、どうなるの? どうすればいいの?」


「ボドル、お守り、渡す。ボドルの匂い、お守りの中、入れる。お守りの匂い、何十年、消えない。ボドル、ずっと、ケイ、守る。守る……」


 ボドルはそう言いながら髪を撫でてくれた。ボドルに抱かれながら眠りに落ちていった……。


 ………………


 次の日もずっと歩いた。歩いている間は話し声を出すのは危ない。だからボドルと手をつなぐだけにしようと思っても、道が狭くて手をつなぐこともできない。ラウラ先輩も想いは同じようだ。道が広くなったところだけは、ベナドと手をつないで歩いている。


 休憩の間はお互いの相手とずっと寄り添って過ごした。


 そして夜。テントに入って、またボドルに抱かれた。


「ケイ、寝る。ボドル、お守り、作る」


 ボドルは後でお守りを作るつもりのようだ。今夜は最後の夜だから、少しでも長くボドルに抱かれていたいのに……。


 いつものようにボドルのお腹の上に乗せられて、強く抱きしめられた。唇を重ねて、長い間、お互いに求め合った。また頭の中がしびれてきて、いつの間にか眠ってしまった。


 ………………


 朝、目覚めると、テントの中は自分ひとりだった。急いで外に出ると、ボドルとベナドはそれぞれ何かを作っている。


「おはよう。なにをしてるの?」


「お守り、作ってた。もうじき、できる」


 よく見ると、ボドルもベナドも手の中に革のようなものを持っている。


「これ、お守り。ボドルの誓い、込めた。一生、ずっと、ケイ、守ること、誓う。ボドルの匂い、この中、入れた。お守り、壊れない。何十年、匂い、消えない」


 そう言って、お守りを渡してくれた。ボドルは生涯ずっと守ってくれると言う。その誓いがこのお守りには込められているらしい。


 お守りは革でできている。楕円形で、よく見るとゴブリンの姿になっている。身長5セラ、幅2セラくらいで、厚さが1セラ弱だ。革が二重になっていて、中に何か入っているのかもしれないが、完全に接着されていて分からない。匂いを嗅ぐと、たしかにボドルの匂いがした。


 ボドルが言うには、ゴブリンのお守りはヨメに渡して、生涯にわたってヨメを守り誠実であることを誓う印だそうだ。うれしいが、ボドルとの絆がこのお守りだけになってしまうと考えると悲しくなってくる。


 ボドルは再びお守りを取り上げて作業を続けた。もう出来上がっているのに、どうするのだろう?


 ラウラ先輩もテントから出てきて、ベナドと話をしている。先輩の顔を見ると、泣いたような跡がある。そんな先輩を見ていると、また悲しくなってきた。たぶん自分も先輩と同じような顔をしているのだろう。


「できた」と言って、ボドルは嬉しそうにお守りを見せた。お守りに小さな穴を開けて、革ヒモを通してペンダントにしていたのだ。


「ゴブリンのお守り、ボドルの命、同じくらい重い。これ、ケイのもの」


 ボドルはそう言って、手を回してそのペンダントを首にかけてくれた。そして、ぎゅっと抱きしめられる。


「ありがとう……」


 生まれてから今までにもらったプレゼントの中で一番嬉しい贈り物だ。でも、一番悲しい贈り物かもしれない。これでもう、ボドルと会えなくなってしまう……。また涙が止まらなくなった。


 抱きしめられながらボドルの胸の中で泣き続けた。


 ………………


 朝食を食べて出発した。先輩とは言葉を交わしていないが、同じ想いだということがお互いの顔を見て分かった。


 やがて遠くにあの監視塔が見えてきた。


「ここで、お別れ」


 これ以上一緒に進むと、今度はボドルたちが危険になってくる。


 ボドルに抱きしめられながら、もう一度、熱いキスを交わした。


「ケイ、オラ、待ってる。ずっと、待ってる」


「わたしも、必ず戻ってくるから……」


 雨が降り出していた。本降りだ。しかたなくポンチョを被った。先輩も被っている。ボドルたちは雨具は身に着けていない。


 ボドルの顔をもう一度よく見ようと、雨に濡れているボドルの顔をのぞき込み、指で唇に触れ、首筋、胸、と指で触っていった。そして手を掴んで、ぎゅっと握って放した。


「さよなら、ボドル」


「サヨナラ、ケイ」


 ベナドにも頷いて別れを告げ、先輩と一緒に歩き始めた。


 先輩も泣いているのだろうが、雨は涙も泣き声も流していった。前を歩く先輩は振り返らなかった。自分も振り返らない。そのまま歩き続けた。


 さようなら、ボドル……。


 1時間くらい歩き、監視塔を通り過ぎて、レングランとクドル湖が一望できる小高い丘の上に着いた。しかし今は雨が降っていて何も見えない。


「もう少し進んでから休憩しようね」


 ボドルたちと別れてから初めてラウラ先輩が声を出した。しばらく歩いて、雑木林の中に入って休憩した。


「ケイ、大丈夫?」


「はい。先輩こそ、大丈夫ですか?」


「ありがとう……。あたし、15年、ハンターの仕事をやってきたけど、ゴブリンがこんなにやさしいなんて、初めて知ったの。この首輪さえなければ、ベナドと一緒に暮したかった……」


「そうですね。わたしも同じ気持ちです。ボドルと別れたくなかった……」


「でも、街に戻るしか生きる残る道がないのだから……。あなたが前に言ってたけど、女って悲しいわね……。これから街に戻ったら、きっと悲惨な現実が待ってるわよ」


「どうなるんですか?」


「ゴブリンに捕らわれて、種付けされて、放免されたってことになるから、本当に妊娠しているかどうかが問題になるわね」


「もし妊娠していたら、どうなるんですか?」


「身分を一つ落とされる決まりがあるからね。あたしらは従属の身分だから、奴隷に落とされて奴隷市場で売られるってことになるわね。でもまぁ、ゴブリンの子供を身ごもっている女なんか買う人はいないだろうけど……」


「買ってくれる人がいなかったら?」


「さぁ……。以前は闘技場で毎月やっている魔物との戦いイベントがあってね、弱った奴隷や使い物にならない奴隷は、そこで魔物の餌になっていたの。でも今は闘技場も閉鎖されたし、どうなるのかしらね……」


 魔物のエサ!? そんなものには、絶対になりたくない! でも、どうしたら、いいのだろう?


 ※ 現在のケイの魔力〈60〉。


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