SGS314 魔族のボスでも激痛には弱いようだ
網は金属の紐で編み込まれている。見ると、その1本が引き千切れていた。
緑玉龍がニタッと笑ったように見えた。
網は緑玉龍の前脚に引っ張られて、ピンと伸び切ったままだ。
「ブチッ、ブチッ……」という音が立て続けにして、金属の紐が何本か千切れたところで止まった。網に穴が開くところまでは至っていない。緑玉龍は2本の前脚を目一杯開いている。これ以上引き千切るためには網を掴み直さなければならない。
ここで口を使うんだっ!
オレが心の中で叫んだのが聞こえたのか、緑玉龍は口を開き始めた。網を両方の前脚と口で引っ掛けて、大きく切り裂くつもりだろう。
今がチャンスだ!
オレは玉緑龍の顎の近くにある魔具を使おうと決めていた。それを念力で網から取り外して緑玉龍の口の奥に突っ込んだ。
緑玉龍は網に牙を掛けて引き千切ることに必死で、自分が何かを飲み込んだことには気付いていないようだ。
やがて、「ブチッ、ブチッ、ブチッ、ブチッ……」と金属紐が引き千切れる音が続いて、網は大きく引き裂かれてしまった。
緑玉龍は十分な大きさまで網を引き裂くと、翼をすぼめながらその穴に頭を突っ込んだ。体を揺すりながら抜け出そうとしている。
オレは相変わらず空中で漂いながらその様子を眺めていた。
ホントならとっとと逃げ出したいところだが、それはできなかった。例の魔具へは念話で指示を送るのだが、そのためには緑玉龍の近くに居なければいけないからだ。アドミンから事前に教えられていたことだが、緑玉龍の鱗が邪魔をして、離れた場所からでは魔具への念話が通らないのだそうだ。
緑玉龍が網を抜け出そうとしている間もオレはずっと魔具に念話を送り続けていた。ドリルが胃壁に食い込んだら魔具との念話が開通するはずなのだが。
翼が網から抜け出したとき、緑玉龍はオレを見上げた。目が合って、緑玉龍はオレをじっと見つめている。
オレの全身から冷や汗が一気に噴き出してきた。別に威圧の魔法を受けた訳ではない。ただ、怖いのだ。震えが止まらない。
『ケイ、しっかりしてっ! 活性化の魔法を掛けたからねっ』
ユウが高速思考で呼び掛けてきた。
『ありがとう』
ユウのおかげで少し落ち着いてきた。さっきはヘビに睨まれたカエルのように震えていたが、今は大丈夫だ。
まだか……。例の魔具はもう胃の中で解け始めているはずだが……。
『我に怯えて震えておる者よ。少しは手強いかと思っておったのじゃが、所詮は人族にすぎぬな』
突然に頭の中に異質な念話が響いてきた。話しかけてきたのは目の前でオレを睨んでいる緑玉龍だ。
『おまえの網も我に対しては用を成さぬ。小娘よ、おまえはどう足掻いても我には勝てぬのじゃ。おとなしく喰われて、我の肉となれ』
言ってることは怖いが、このまま話し合いができるのなら好都合だ。話をしているうちに魔具との念話が開通するかもしれない。
『わたしはあなたと戦いたくありません。あなたに尋ねたいことがあって、あなたを追ってきただけです』
『ウソを申すな。我に戦いを挑んできたのはおまえの方からじゃ』
『それは知り合いの神族をあなたが追い回していたからです。その神族を逃がすためにあなたを魔法で攻撃して、あなたの注意をこちらに引き付けようとしたのです。あなたにはどんな魔法攻撃も通じないことは知っていました』
『話は分かった。じゃが、そんなことはどうでもよい。我はおまえを喰らうだけじゃ』
『わたしを食べても美味しくないし、お腹を壊しますよ。それに、そんなことを考えただけでもお腹が痛くなるかもしれません。どうです? お腹が痛みませんか?』
『我の腹はそんなことでは痛んだりせぬ。何を喰っても平気じゃから……』
そう言い掛けて、緑玉龍の言葉が途絶えた。見ると、鼻の穴や頬辺りの鱗がピクピクしている。ようやく魔具が仕事を始めたようだ。
『ほらっ、お腹が痛くなってきたでしょう?』
『ううううっ……。なにを……、したのじゃっ……?』
ドリルが胃壁に食い込み始めたとすれば今はかなり痛いはずだ。
緑玉龍は前脚で地面を引っ掻いたり、太い尾を上下左右に振り回して低木をなぎ倒したり、地面を叩いたりしている。七転八倒しているから魔族のボスでも激痛には弱いようだ。
そのとき頭の中に『魔具と接続しました』という念話が届いた。例の魔具がスタンバイしたってことだ。同時に緑玉龍が七転八倒を止めた。ドリルが完全に胃壁に食い込んで動きを停止したから、痛みが和らいだのだろう。
『おのれぇぇぇーっ! 喰い殺してやるっ!』
緑玉龍は大きく口を開けて、空中のオレに喰い付こうとした。だがそこで体を痙攣させて七転八倒をまた始めた。さっきよりも痛みが激しいようだ。オレを攻撃しようとしたから魔具が緑玉龍の腹の中で電撃を発動したのだ。それは1分ほど続いて止まった。
痛みは治まったはずだが、緑玉龍はまだ痙攣を続けている。今まで魔法攻撃の直撃を受けたことが無くて、その痛みを始めて味わったのかもしれない。
『あなたのお腹の中に特殊な魔具を埋め込んだのです。わたしを攻撃しようとしたり、わたしの命令に逆らったりしたら、また今のような痛みに襲われますよ。あなたが素直にわたしの命令に従うまで、何度でも痛みは繰り返しますから』
『ぬぬぬぬっ……。こむすめっ! どうやって我の腹の中にそのような魔具を埋め込んだのじゃ?』
『それは言えません。とにかく今は……』
オレが話しかけているのに、緑玉龍はまたオレを攻撃しようとした。今度は何かの魔法攻撃をしようとしたらしい。
緑玉龍が再び痛みに襲われて七転八倒するのをオレは黙って見ていた。それが終わるのを待って、もう一度話しかけた。
『まだ繰り返しますか?』
『……』
緑玉龍は虫の息だ。
『わたしはあなたを殺したり傷付けたりするつもりはありません。質問に答えてほしいだけです。質問が終われば、あなたを解放しますから』
そこまで話したとき、突然、くらくらと目まいのような感覚に襲われた。
周りの風景が変わった。
これは!? ワープ?
オレは緑玉龍の頭の位置あたりの空中を漂っていたはずだが、いつの間にか地面に立っていた。すぐそばに緑玉龍が蹲っている。
今オレがいるのは草原で、遥か遠くに雪を被った山々が見えている。ぐるりと見回すと、この場所は広大な平原で周囲は高い山々に囲まれていることが分かった。見上げると抜けるような青空で、白い雲がいくつか浮かんでいる。
瞬間移動で強制的にここへ連れて来られたようだ。
緑玉龍がワープ魔法を使ったのだろうか?
ここはどこだろう?
探知魔法で探ろうとして、オレはとんでもないことに気付いた。自分の魔力が感じられない。ソウルゲートとのリンクが切れてしまったのだろうか……。それとも……。
自分の首に手をやって確かめた。もしかすると気付かないうちに神族封じの首輪をはめられてしまったのかと思ったからだ。だが首輪は無かった。
それに微かだが、ソウルゲートから魔力は供給されているようだ。ただしその魔力は小さすぎて魔法が一切使えない状態だ。ユウやコタローとも連絡が取れない。もちろんバリアも張れない。
どうなってるんだ?
原因を考えようとしたとき、緑玉龍の陰から一人の男が現れた。オレの方へ歩いてくる。
見たことがあるような顔だ。誰だっけ?
思い出そうと記憶を探った。なぜか懐かしさを感じる。
それでようやく思い出した。大輝だ。オレの方へゆっくりと歩いてくるのは豹族になる前のダイルだった。人間だったころのダイルだ。
オレは直接会ったことはないが、ユウの記憶にははっきりと刻み込まれている。
でも、以前にダイルから豹族になった経緯を聞いたとき、元の体は魔法で分解したと言ってたはずだ。ダイルはザイダル神によって殺されて、アイラ神の魔法でソウルを今の豹族の体に移されて生き返ったのだ。
だからオレの方へ歩いてくる男は大輝ではない。もしかすると誰かがオレに幻か何かを見せているのだろうか……。
『そなたをここに呼び寄せたのはワタシだ』
頭の中に念話が響いてきた。念話には頭が痛くなるほどの圧力が感じられる。こちらに歩いてくる男が発しているようだ。
『小娘よ、何を呆けておる? ひれ伏すのじゃ。こちらは地母神様じゃぞ』
何だって!? この男が地母神様だって? ウィンキアソウルってことか?
緑玉龍からの念話でオレは頭が混乱して、何が何だか分からなくなってきた。
※ 現在のケイの魔力〈1317〉。
※ 現在のユウの魔力〈1317〉。
※ 現在のコタローの魔力〈1317〉。




