SGS031 義理の姉妹になる
翌朝。ボドルのお腹の上で目覚めた。ボドルは先に目覚めていて、こちらが起きるのを待っていたようだ。ボドルに対する違和感はない。
「おはよう、ボドル」
そう言ってボドルにキスをした。ボドルに噛まれたのは昨日のことだ。あのときは頭の中が霧で覆われたような感じだったが、今はもう少しハッキリしている。うっすらと霞が掛かっているような、そんな感じだ。それでもボドルが愛おしいという気持ちは変わらない。
匂いと同じように催淫効果も何十日か続くのだろうか? それともこの気持ちは本物なのかな? 自分でも分からなかった。でも今はっきりと言えることは、ボドルが好きでたまらないということだ。だけどもう一方で、自分の理性は催淫効果がまだ続いていると告げている。
ボドルから体を離して身なりを整えた。昨日の昼に簡単な食事を取ったが、その後は何も食べていない。でも空腹感はほとんど無かった。
ボドルは気を遣って、雑木林の中に自生している果物を取って来てくれた。短くて甘みの少ないバナナのような果物と甘酸っぱいキウイそっくりの果物だ。原野や魔樹海にはこうした自然の恵みがたくさんあって、ボドルたちは食べることには困らないそうだ。
「オラたちの仲間、たぶん、こっち」
食事が終わると、ボドルに手を取られて歩き始めた。こうして手をつないで歩いているだけでも幸せな気持ちになる。それが不思議だった。
歩き始めて2時間くらい経った。
「仲間、近く、いる」
そう言って、少し歩調を速めた。数分歩くと前のほうからゴブリンが三人、歩いてくるのが見えた。
あ、今まではゴブリンのことを誰もが一頭、二頭と数えていたから自分も同じように数えていたけれど、ボドルと知り合ってからはゴブリンが人と変わらない気がしてきた。だから一人、二人と数えることにしたのだ。
ゴブリンたちは走り寄ってきた。
「ボドル、大丈夫か?」
「大丈夫だ」
ボドルも嬉しそうに微笑みながら答えた。
先頭のゴブリンがこっちに目を移した。
「ほぅ! ボドル、ヨメ、手に入れたな?」
「んだ。オラのヨメ。ケイだ」
数分後、大勢のゴブリンたちに取り囲まれた。ゴブリンの遠征隊の本隊だ。二百人くらいいるだろう。みんな上半身は裸で荷物を背負い、手には斧や槍などの武器を持っていた。
その中には女のゴブリンもたくさんいた。男たちとの違いは上半身に革のブラを着けていることだけだ。人族のブラと少し違っていて、オッパイの下半分だけを覆っている。下半身は男とたちと同じで、丈の短い腰巻とサンダルを履いているだけだった。
ボドルに手を引かれてゴブリンたちの真ん中に立った。ボドルは大声でヨメができたことを宣言した。ボドルに促されて簡単な挨拶をした。
「ケイです。ボドルのヨメに、なりました。よろしく、お願いします」
「うん、たしかに、ボドルのヨメだ」とか、「ボドルの匂い、いっぱいする」とか、ゴブリンたちが顔を近づけて匂いを嗅いだりしながら口々に「ヨメと認める」とか言い合っている。
「ケイ……、よかった……、ケイなのね」
ゴブリンたちの後方から人族の女性が出てきた。……ラウラ先輩だ。ラウラ先輩に出会えた!
「ボドル、わたしの友だち、ラウラ先輩。話をして、かまわない?」
「あぁ、話す、かまわない」
急いで先輩のところに駆け寄った。
「先輩、大丈夫ですか?」
「ケイも捕まったのね。あたしも1時間前にこの本隊と合流したところよ」
そう言いながら、先輩はひとりのゴブリンの腕を取ってこちらに連れてきた。
「あたしのダンナ。ベナドよ。あたし、今、とっても幸せなの」
うん、幸せそうだ。あ、ボドルも紹介しなきゃ!
誰かと話し込んでいるボドルを引っ張って、先輩のところへ連れてきた。
「先輩、わたしのダンナ、ボドルです。わたしも、ボドルと出会って、すごく幸せです」
「ベナド、オラの兄さん。オラたち兄弟。だで、おまえたち、姉妹、だべさ」
そうか。ベナドとボドルは兄弟なのだ。昨日は兄弟で偵察に出ていて、先輩と自分はそれぞれ兄と弟に捕まった。そういうことのようだ。
「兄貴、オラのヨメ、可愛いべ」
「弟よ、オラのヨメ、もっと可愛いだよ」
仲の良さそうな兄弟だ。
二人が兄弟ということは、ボドルが言うように、先輩とは義理の姉妹になったということか? なんだか嬉しい。
自分にはこの世界で身寄りがない。だからみんなで一緒に家族のように暮らせたら幸せだろうな……。ぼんやりとした頭でそんなことを考えていると、なんだか先輩と本当の姉妹のような気がしてきた。
隊列は再び歩き始めた。どこに向かっているのだろう?
2時間くらい歩いて広い草原に出た。ここで休憩するそうだ。この草原は丘の上にあって見晴らしが良い。
遠くに大きな湖が見えた。クドル湖かと思ったが、ちょっと違う気がする。クドル湖であれば街壁に囲まれた王都や広大な畑地が見えるはずだが、そんなものは見えなかった。湖から少し離れたところに村が見えるだけだ。
「ケイ、ラウラ、これ、食べろ」
ボドルが乾燥肉と水筒を持って来てくれた。
食べながらボドルにここがどこなのか尋ねた。従属の首輪に殺されるまで残り3日しかないから、それまでにレングランの王都へ戻れるのかが気に掛かる。
「ここ、ドルガ湖、近い。ゴブリンの村、ドルガ村、砦、ある」
ボドルが遠くに見える湖を指差しながら説明してくれた。あの湖はドルガ湖という名前らしい。村はドルガ村という名前で、五百人ほどのゴブリンが住んでいる。村は高い石壁で囲われていた。村の中には砦もあって、ゴブリン兵たちが駐留しているとのことだ。
ドルガ湖の周囲には広大な平野が広がっているが、村の周囲に畑があるくらいで、そのほとんどが未開の荒れ地だそうだ。ドルガ平野と呼ばれているらしい。
どうして開拓しないのかとボドルに尋ねると、ドルガ湖には水棲の魔物や魔獣が数多く棲みついていて、頻繁に湖から陸に上がって来てゴブリンたちを襲うらしい。わざわざそんな危険な場所を開拓しなくても、ゴブリンたちの国には食べるのに十分な畑があるから開拓は必要ないそうだ。ゴブリンたちは食料には困っていないようだ。
本隊はここで休憩を終えたら丘を下ってあのドルガ村へ向かうらしいが、ボドルは本隊と別れてレングランの近くまで一緒に行ってくれると言う。残りの3日で戻れるから心配ないとボドルは笑った。
ボドルは隊長にその許しをもらうために離れていった。
その間に先輩にその話をした。
「先輩、この従属の首輪に殺されるまで残り3日です。ボドルがレングランの近くまで送ってくれて、そこで解放してくれるって、そう言ってます。先輩のことも頼んでみますね」
「あたしもベナドに同じことを頼んであるから大丈夫よ。ベナドはここの隊長に許しをもらっているから、もうすぐ出発できると思うわ」
ボドルがベナドと一緒に戻ってきた。
「隊長の許し、出た。ラウラとケイ、送っていく。ベナドとボドル、いっしょ、送っていく。今から、出発。オラの話し、分かっただか?」
良かった。これで帰れる。でも、ボドルと別れたくない。どうしよう……。
四人は本隊と別れて、レングランへ向けて出発した。順調にいけば、たぶん2日くらいで帰れるはずだ。
夕暮れが近づいて、小さな草原でテントを張った。ボドルもベナドもそれぞれがテントを持って来ていた。簡単な夕食を済ませた後、別れて寝ることになった。オーブを多めに持って来ていて、テントの周りにバリヤを張るから見張りは要らないらしい。
テントの中でボドルに抱かれながら話をした。
「ねぇ、ボドル。あなたと、ずっと、一緒に居たい。一緒に暮らしたい。どうしたらいいの?」
自分はもうボドルと離れられなくなっている。心の底からそう思った。
※ 現在のケイの魔力〈60〉。




