SGS308 ラーフラン城内戦その2
――――― ジョエリ神(ラーフ神の第二夫人) ―――――
こちらも三人になってしまったが、すぐにガンドがナイードの位置に入った。ガンドの殺気が膨らんで、相手に一撃を入れた。仲間を殺したり傷付けたりした相手を絶対に許さない。その気概が剣を振るうガンドの姿から伝わってくる。
でも、ガンドの相手はあっという間にバリアを回復させた。敵は全員が無詠唱で魔法を使えるようだ。
逆にガンドが危うくなってきた。斬り込まれて、バリアの色が変わり始めている。ノーラも危ない。私も使徒たちを心配している場合ではない。バリアに魔力剣の打撃を何発か食らった。その個所は淡い色に変わっていた。敵はすぐにバリアを回復してくるが、味方はジリ貧の状態だ。ここまで追い込まれては、心苦しいがラーフ神様とアデーラ神様に助けを求めるしかない。
『ラーフ神様、アデーラ神様。ジョエリでございます。助けていただけませぬか? こちらは敵が手強く、今のままでは全滅してしまいます。どうかこちらへ来て助けていただきたくお願いいたします』
念話で呼び掛けた。ラーフ神様とアデーラ神様はナビム要塞で敵と戦っておられるはずだ。
どうしてラーフ神様が私をラーフラン城に送り出して、アデーラ神様を手許に残したのか。その理由を考えるとまた腹が立ってくる。アデーラ神様が第一夫人だからという理由だけではない。ニコル神のことをラーフ神様はなぜか毛嫌いしているが、その母親である私のことも疎ましく思っておられるのだ。きっと私が先に子供を産んだことにアデーラ神様が嫉妬して、有ること無いことをラーフ神様に吹き込んでいるのだろう。
悔しい……。でも今は悔しがっている場合じゃない。ここは堪えて助けを求めるしか方法がないのだから。
変だ。念話は確かに届いているはずだが、返事がない。
『ラーフ神様、どうかお願いです……』
戦いながら、もう一度呼び掛けてみた。
『ジョエリ、わるいが……、無理だ。我も……、危ない状態だ……。アデーラも……』
念話が途切れた。
『ラーフ神さまっ!? どうされました? 大丈夫ですか?』
何度も呼び掛けたが返事がない。アデーラ神様にも呼び掛けてみたが、同じく返事がなかった。危ない状態。そう仰っていたが……。
戦いながら心の中に不安が広がっていく。使徒たちのバリアも色が次第に濃い灰色になってきた。
私はまだ戦える。バリアだって私のはまだ持ち堪えている。何としても、この戦いに勝って生き残るのだ。
相手の隙を狙って槍を突き入れる。入った! 相手のバリアが灰色に変わった。
この好機を逃してはならない。バリア回復などさせるものか!
相手に息をする余裕も与えない。突いて突いて、突きまくるのだ。
やった! 相手の体勢が崩れた。ここだっ!
「パリン」という音がして相手のバリアが破れた。
その勢いのまま、ダバリアの槍を突き入れた。「グサッ!」という手応えがあって、相手の脇腹を槍が貫いた。
「うぐっ」という声を上げて、相手が槍を掴みながら地面に崩れていく。持って行かれそうになる槍を急いで抜いて、トドメを刺そうとした。
だが、そこで手を止めた。建物から新手が現れたからだ。
中庭に入ってきたのは小柄で若い女だ。魔力は〈1〉。魔力から言えば一般人だが、普通の人族がこんな場所に来るはずがない。つまり、この女は今戦っている相手と同じなのだろう。敵ということだ。
私たちの死闘を女は平然と眺めている。やはり一般人ではない。この女は明らかに敵だ。
女は手に何も持っていない。無手で戦いの場に現れるとは、馬鹿なのか。それともよほど自信があるのか。いずれにせよ今が好機だ。相手の戦闘体勢が整う前にダバリアの槍で突き殺すのだ。
女の近くまで一気に駆け寄った。その勢いのまま槍を突き入れた。無防備な女の胸元に槍の穂先が吸い込まれていく。
やった! 勝利を確信した。
だが、次の瞬間、私は自分の目を疑った。
必殺の突きはあっけなく弾き返された。眩い光を発したからバリアに当たったことは間違いない。だが、相手のバリアは透明のままだ。
バリア破壊〈500〉の攻撃を受けたはずなのにバリアの色が変わっていないなんて、そんな馬鹿な……。
私の攻撃が通じないなんて、そんなことがあるはずがない。こうなったら何度でも攻撃してやる。
相手は驚いたような顔をしているだけで、戦闘態勢にも入っていない。まだ私の好機は続いている。突いて、突いて、突きまくるのだ。
女の動きは予想以上に素早い。私の槍をすべて躱している。
『攻撃を止めなさい。わたしはあなたの敵ではない。それに、あなたの腕ではわたしを殺せないよ』
突然の念話。話しかけてきたのは目の前の相手のようだ。
『ほら、殺せないよね』と言いながら平気な顔をして私が繰り出す槍先を巧みに躱している。
頭にきた!
『私をみくびらないでっ!』
槍先が相手の腹に当たったように見えた。眩い光とともに槍が弾かれた。
『仕方ない。応戦するけど、恨まないでよ』
相手はいつの間にか魔力剣を出していた。その剣が私の胸元に伸びてくるのがちらっと見えた。
危ないっ!
後ろへ仰け反って躱そうとしたが間に合わない。
「ヴォーッ!」という振動音に続いて「パリン!」という音が聞こえた。
うそっ!? 私のバリアがたった一度の攻撃で破れるなんて……。
次の瞬間、私は暗い闇に吸い込まれた。
――――――― ケイ ―――――――
中庭には七人の人族が転がっている。この中の六人はオレが倒した。と言っても殺してはいない。全員に眠りとマヒの魔法を掛けただけだ。
この中庭に入ってくる直前までオレはラーフ神一族の味方をして助けに入ろうと考えていた。でも、コタローがそれに待ったを掛けた。
なぜコタローがオレを止めたのか。それはオレがラーフ神一族に味方して相手の三人を捕らえたとすると、ラーフ神の一族がこの三人を許すはずがないからだ。
この者たちは日本から拉致されて来て、何も分からないままバーサット帝国に騙されて罪を犯してしまったのだと思われる。だが、仮にオレがその事情を説明して弁護したとしても、ラーフ神一族は聞く耳を持たないだろう。この三人を処刑しようとするに違いない。
コタローはそう推測して、ちょっとした作戦をオレに授けてくれた。それは神族の勘違いに付け入るという作戦だ。
作戦の中身は簡単なことだった。オレが中庭に入ったときに日本人たちには日本語で『自分は味方で状況を把握するためにここへ来た』と念話で伝え、後は平気な顔で戦いを眺めているだけだ。日本人たちは日本語を話すオレを味方だと信じるだろう。もう一方の神族や使徒たちはオレのことを敵だと勘違いして攻撃してくるだろう。
神族たちから攻撃されたらオレは警告を発する。『敵ではないが、仕方ないから応戦する』と警告して、神族と使徒たちを倒すのだ。もちろん殺さずに、眠りとマヒの魔法を掛けるだけだ。
日本人たち三人はこちらを味方だと思ってるだろうからオレに対しては油断しているはずだ。神族たちを倒した後で、油断している日本人たちも一気に倒す。それがコタローが企てた作戦だった。
その企てが見事に当たり、オレの目の前には七人が倒れている。神族に対しては少し挑発しすぎたかもしれない。ちょっと反省。その中の二人はオレがこの場に来る前から倒れていた。二人とも内臓まで達する傷で瀕死の状態だったが、ヒール魔法を掛けたから今は回復して眠っている。
オレが今度の戦いで使ったのは高速斬撃というスキルだ。妖魔や魔獣を素早く倒すために使っているスキルだが、人族の魔闘士を相手に剣を交えて戦うときもこのスキルを使っている。元々はアロイスのスキルだが、ダイルも同じようなスキルを使っていて、それを参考にコタローが改修してくれたのだ。自動的に魔力剣が超高速で斬撃動作を反復する。相手のバリアが破壊されるまでその斬撃動作が繰り返される。周りの者には「ヴォーッ!」という高速音だけが聞こえて、一太刀にしか見えないはずだ。
話が逸れてしまったが、今は目の前で倒れている七人をどうするかが問題だ。
まず全員にいつものように暗示魔法を掛けた。これでオレの命令に逆らったり、オレを攻撃したり騙したりできないようになった。そして、全員を蜘蛛糸でグルグル巻きにした。ここから別の場所に運ぶためだ。
この場所では誰が来るか分からないから一刻も早くここから移動したほうが良い。オレが日本人たちを助けているところを見られてはマズイし、神族と使徒たちに敵だと誤解されたまま放っておくのもマズイからだ。
飛行魔法を発動して七人を魔樹海まで運んだ。
空を飛びながらダイルと念話を使って情報交換をした。ラーフラン側の状況を伝え、フォレスラン側の状況を聞き取った。
ダイルは王都の中に入り込んだ魔獣の多くを倒したそうだが、まだ何頭か残っているらしい。街の中で魔獣たちが散らばっていて時間が掛かっているようだが、フォレスランのことはダイルに任せておけば大丈夫だろう。
オレは魔樹海の中の適当な場所に下り立った。そして、日本人らしい三人は石化して土の中に隠した。後で時間ができたときに掘り返して尋問するつもりだ。
神族と使徒たちは蜘蛛糸でグルグル巻きにしたままニコル神の拠点へ運んだ。オレが味方であることをラーフ神一族に分かってもらうためだ。ニコル神の口添えがあればラーフ神一族も納得するだろう。ちょっと不安はあるけれど……。
※ 現在のケイの魔力〈1317〉。
※ 現在のユウの魔力〈1317〉。
※ 現在のコタローの魔力〈1317〉。




