SGS307 ラーフラン城内戦その1
――――――― ケイ ―――――――
大通りや広場にいた魔獣はすべて退治したが、少し時間を掛け過ぎてしまった。時間をそれほど気にせずに、魔獣を倒しながら怪我をした住民を助けたり、兵士たちをロードナイトにしたりしたが、それには理由があった。お城の中に入り込んだ魔獣についてはラーフ神の一族が退治すると考えたからだ。
城内に侵入した魔獣の数は十五頭ほどだろう。城門は軍の魔闘士たちが守っていたはずだが、簡単に突破されてしまったようだ。
ニコル神の使徒たちを探知魔法で捜した。城門の辺りで戦っていたはずだが、その存在を確認できなかった。城内に移動して戦っているのかもしれない。
城内には魔力が〈1000〉前後の者たちが何人もいた。ざっと数えると十数人だ。ラーフ神一族の使徒たちに違いない。この中にニコル神の使徒もいて、魔獣と戦っているのだろう。
神族は魔力が〈1〉に見えるから城内に神族が何人いるのか分からないが、神族も使徒たちと一緒に戦っているはずだ。神族と使徒たちがいれば容易に魔獣を倒せると思う。城内の魔獣退治はその者たちに任せておけるとオレは判断した。
だが、その判断は間違っていたのかもしれない。城に近付いてみると、魔獣たちは五頭がまだ生き残っていて、使徒の数は三人に減っていた。これは使徒たちが魔獣と戦ってその多くを倒したが、使徒たちも大半が殺されてしまったのか、あるいは逃げ出したのか……。
『使徒の数がずいぶん減ってるよね?』
城に向かって走りながらユウとコタローに話しかけた。
『ほかの使徒たちは帰ったのかもしれないわね? 魔獣が残り五頭になってるから、使徒は三人もいれば十分だと考えて……』
『ユウ、馬鹿なこと言ってる場合じゃないぞう。また使徒が一人倒されてしまったわん。死んではいないようだけどにゃ。生命反応が弱まってるわん』
コタローが言うように動いてる使徒は二人に減っていた。動かなくなった使徒はおそらく戦いで傷付いてしまったのだろう。
『とにかく城の中に入ってみよう』
城壁を跳び越えて中に入ると広い庭に出た。いたるところに瓦礫が散乱し、魔獣や兵士たちの死体が転がっている。
生き残っている魔獣たちは王宮の中に侵入して暴れているようだ。その魔獣たちに追われて、人々が逃げ惑ったり隠れたりしているのが探知魔法で分かった。官吏や女官たちだろう。王族もいるかもしれない。
逃げ惑っているのが誰にせよ、暴れている魔獣たちを早く倒して助けなきゃ。
オレは王宮の中に入って、近くにいる魔獣から順に倒し始めた。五頭すべてを倒した後でコタローが高速思考で話しかけてきた。
『ケイ、使徒たちが戦ってる相手のことだけどにゃ、誰と戦ってるか分かるかにゃ?』
探知魔法で見ると、動いている使徒は二人で、その周りには普通の人族が四人いた。使徒たちの動きを追うと、コタローの言ってる意味が分かった。
『使徒たちは人族と戦ってるように見えるね?』
『おそらく使徒たちが戦っている相手は日本からの召喚者たちだわん。魔獣たちを城に誘導してきたのもその者たちだろうにゃ』
『魔獣を誘導してきたですって!? コタロー、そんな方法があるの?』
『ユウ、オイラに尋ねられてもどんな方法で魔獣を誘導したのかは分からないわん。だけどにゃ、誰かが魔獣たちを誘導しないとすべての魔獣が城に向かって進むはずがないぞう』
『言われてみれば、たしかにそうね……』
『探知魔法では普通の人族に見えるけど、使徒たちと戦って倒すほどの能力があるってことは、敵は日本から召喚されて来て、バーサット帝国の手で鍛えられた者たちってことだよね?』
『ケイ、そういうことだわん』
『でも、コタロー。敵は四人もいるわよ?』
『敵は三人だわん。ユウ、戦ってる動きを分析すれば分かるぞう。残りの一人はおそらくラーフ神一族の神族だにゃ』
『つまり召喚されてきた三人は神族一人とその使徒二人を殺そうとしてるってことね?』
『そういうことか……。魔獣の群れに城を襲わせたのは中にいる王族や高官を狙ったのだと思っていたけど、本当の狙いは神族だった。そういうことだね?』
『魔獣が城を襲えば、王様は間違いなく神族に助けを求めるからにゃ。王様を助けに来た神族と使徒を殺すのがバーサットの本当の狙いだと考えられるわん』
『じゃあ、神殿を破壊して結界を消したり、魔族軍が王都へ攻め込んで来ようとしたり……、それと魔獣の群れが城へ侵入して暴れたりしたのは、すべて神族を殺すためだった。そういうことなの?』
『ユウ、そのとおりだわん。一気に神族と神族が支配する国々を滅ぼすというのが今回のバーサット帝国の狙いだろうにゃ。そのためにバーサットは異世界から召喚してきた者たちを3年かけて育てたり、ミレイ神を味方に引き入れたりしたんだろうにゃ。今回の作戦のために色々と準備してきたってことだわん』
『それに、今度の侵攻のために魔族軍を動員したり、多くの魔獣たちを捕らえたりしてるってことだよね?』
『バーサット帝国は壮大な作戦を立てて、準備して実行したってことだにゃ』
『絶対にこの作戦を阻まないとまずいわね』
『とにかく今はラーフ神一族を助けよう』
『ケイ、日本からの召喚者たちを殺すの?』
『いや、どうにかして助けたいけど……。バーサット帝国に騙されて戦っている人たちだからね』
だけどラーフランで大勢の人たちを殺し、大きな被害を与えていたとしたら、助けるのは難しいかもしれない。もし大っぴらに助けようとしたらラーフ神一族が黙っていないだろう。だから、助けるとすればラーフ神一族に見つからないようにこっそりと動かなきゃいけないと思う。
高速思考を解除して、オレはすぐにラーフ神一族が戦っている場所へ向かった。その場所は王宮の一番奥だ。ここは後宮と呼ばれていて、王様以外の男性は立ち入れない場所だ。その中庭で戦いは行われていた。建物に挟まれた場所だが、意外に広い空間のようだ。
――――― ジョエリ神(ラーフ神の第二夫人) ―――――
こんな馬鹿なことがあるはずがない。ここにワープして来てまだどれ程の時間も経っていないのに、私の使徒が七人も殺されてしまった。何百年も一緒に苦楽を共にしてきた側近たちだったのに。
まるで悪夢だ。悪い夢なら早く覚めてほしい。
さっきから戦いながら頭の中で何度同じ言葉を繰り返しただろうか。
相手は探知魔法で調べたときは普通の人族に見えた。魔力が〈1〉だったからだ。殺された使徒たちはそのせいで油断したのかもしれない。
でも相手は高位の魔法を使っている。つまり探知魔法で見えている魔力は偽りということだ。相手はおそらく神族か神族の使徒なのだろう。
いや、そんなはずはない。少なくとも神族ではない。私は神族の顔は全部知っているからはっきりそう言える。と言うことは私を殺そうとしているのはどこかの神族の使徒たち……。そういうことだろうか……。
いやいや、そんな馬鹿な神族がいるはずがない。神族の戒律を破って神族同士で戦い合うことなどあってはならないことだ。
「パシッ!」という音がして私のバリアが眩い光を発した。
しまった! 油断していた。相手の魔力剣が私のバリアを大きく削った。魔力剣が当たったところが淡い色に変わっているが、まだ大丈夫だ。これくらいで私のバリアが砕けたりはしないはずだ。
すぐに私の後ろから呪文を唱える声が聞こえ出した。ガンドの声だ。今は回復役をしてくれている。ガンドが呪文を唱え終わると、私のバリアが少しずつ回復し始めた。
『ジョエリ神さまっ! 戦いながら考えごとをするなど、もってのほかじゃっ! この場は我らに任せて、あなた様はここから早く待避しなされっ!』
またガンドが余計なことを言う。ガンドは古参の使徒で、私が子供のころから仕えてくれているが、口うるさいのが玉に瑕だ。
『逃げ出せるはずがないでしょっ!』
私がこの場からシッポを巻いて逃げるわけにはいかない。大切な使徒たちを七人も殺されているのだ。なんとしても三人の敵は私が倒す!
私が戦っている相手は20歳くらいの若い男だ。この男が繰り出す魔力剣は威力こそ高いが、剣技はそれ程でもない。隙が多いのだ。
その隙を狙ってダバリアの槍を突き入れる。ダバリアの槍は私専用のアーティファクトだ。当たればバリア破壊〈500〉の威力を発揮する。バリアさえ消せれば、憎い相手をこの槍で一突きにして息の根を止めることができる。
槍先が相手のバリアに当たって眩い光を放った。相手のバリアは一気に淡い灰色に変わった。
今が勝機だ。ダバリアの槍をもう一突き当てれば必ず相手のバリアは破れる。
相手にバリア回復の呪文を唱えさせてはならない。
槍を繰り出して何度も突きを入れた。
相手も必死だ。激しく動きながら魔力剣で防いでくる。私の斬撃や刺突は毎回ぎりぎりのところで弾き返される。だが相手の体勢が崩れ始めた。後少しだ。もう何度か突きを入れれば……。
えっ!? ばっ、ばかな……。相手のバリアがいつの間にか回復している。呪文を唱える暇など与えていないのだ。ほかの敵も私の使徒たちと斬り結んでいて、そんな余裕は無かったはずだ。
もしかするとこの男は呪文を唱えることなく魔法を使えるのかもしれない。無詠唱で魔法を使えるとしたら、この相手は危険すぎる。相手は戦いながら思いのままバリアを回復できるようだ。だが私には無理だ。相手がそんな余裕など与えてくれないからだ。
敵は三人で、こちらは四人。今はガンドが回復役を務めてくれているから何とか戦えている。それでもバリア回復は間に合っていない。ナイードのバリアが灰色になっている。
『早くっ! ナイードを回復してあげてっ!』
私に返事をする代わりに、呪文を唱えるガンドの声が一段と大きくなった。
どうして呪文はこんなに長ったらしいのだろう。
「パリン」という音がしてナイードが地面に倒れ伏した。敵の魔力剣が伸びてバリアを砕き、そのままナイードに突き刺さったのだ。悔しいがバリア回復は間に合わなかったようだ。
「ナイードっ!!」
甲高い声が響いた。声を上げたのは一緒に戦っているノーラだ。使徒の間でもノーラはナイードと特に仲が良かった。
ナイードは地面に倒れたまま動かない。私も戦いながらチラッと見ただけだからはっきりとは分からないが、死んではいないようだ。瀕死の状態なのだろう。早くヒールを掛けてあげたいが、今は敵の攻撃を防ぐので精一杯だ。
※ 現在のケイの魔力〈1317〉。
(ラーフランの城内戦で複数の魔獣を倒したため、魔力が増加)
※ 現在のユウの魔力〈1317〉。
※ 現在のコタローの魔力〈1317〉。




