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SGS305 ラーフラン市街戦その2

 ―――― ジェドル(ラーフラン王都防衛隊の分隊長) ――――


 おれは急いでムカデの頭の方へ向かった。


 目の前では信じられないことが起きていた。


 ムカデはあの女魔闘士の直前で止まっていた。ムカデの触角から女魔闘士までは1モラほども離れていないだろう。


 女魔闘士は左手をムカデの頭の方に伸ばし、手のひらを広げていた。まるでその手でムカデの動きを封じているような姿勢だ。


 いや、実際にそうなのだろう。おそらくムカデを宙に浮かべているのは念力の魔法だと思う。いったいどれほどの魔力があったらこんなことできるんだ?


 マズイ。ムカデが頭をもたげて口を開いた。リルを食おうとしてるのではない。あれは毒砲を撃つ動きだ。魔獣ムカデは一度に十発以上の毒砲を撃ってくると聞いたことがある。それも全部が誘導弾らしい。こんなところで毒砲を撃たれたら大勢の死人が出てしまう。


「気を付けろっ! 毒砲を撃ってくるぞっ!」


 おれが叫んだのと女魔闘士が動いたのは同時だった。


 動いたように見えたのは一瞬だ。次の瞬間、おれはその姿を見失っていた。


 消えた? どこへ行った?


 遠くで見ていた連中がおれの真上を指差してる。


 見上げた。


 いたっ! ムカデの頭上3モラほどの空中に女魔闘士は跳び上がっていた。


 その右腕の魔力剣が一閃した。「ヴォーッ!」という音が響いたと思ったら、リルの体が傾き出した。ムカデの牙に挟まれたままリルの体は地面に落ち始めた。


 違う。落ち始めたのはリルの体だけではない。2モラほどの高さからムカデの頭の前半分が下に向かってゆっくりと落ちてくる。まるで顔に被っていた仮面が外れて落ちるような感じだ。ムカデの目や牙、触角などがリルの体とともにずり落ちてきた。


 おれはリルの体を受け止めようとしたが、落下が途中で止まってしまった。


 いや、止まったように見えたが、ゆっくりとした速度でムカデの頭と一緒に地面に下りてきた。


 すぐに亭主とおれの部下たちがリルに駆け寄った。部下たちがリルの体を大通りの端に担いで行き、ムカデの牙を外し始めた。リルの体は流れ出た彼女の血で赤く染まっている。まだ息はあるようだ。幼子を抱えた亭主が必死に呼び掛けている。


 あの女魔闘士はどこだ?


 見上げると、まだ空中に留まっていた。さっきよりも高い位置だ。女魔闘士は空中からムカデの胴体を見下ろしている。


 魔獣ムカデは頭を半分に斬り落とされた後も生きていた。と言うか、空中で胴体を激しくくねらせて、数十本もある脚で何も無い空間を掻き回していた。頭を斬られた痛みで怒り狂っているみたいだ。


 だが、巨大な胴体は空中で一歩も前に進んでいない。後ろにも下がってない。


 あの女魔闘士が念力でがっちりと掴んでるってことか?


 しかも、あの女自身も空中に浮かんでる。その上、魔力剣でムカデの頭半分を斬り落として、リルが怪我をしないように念力でその体を地面へ下ろしたって?


 馬鹿な……。そんな超人のようなことができるはずがない。


 だが、実際におれの目の前で起きたことだ。あの女魔闘士がとんでもない魔力とスキルを持ってるってことだろう。


 ともかく今はそんなことよりも、これからのことが問題だ。


 これからどうするつもりだ? 今のままこのムカデの胴体を念力で掴み続けるつもりだろうか?


 あの女魔闘士がいくら超人的な魔力やスキルを持っていたとしても、ムカデをずっと掴んだままではいられないはずだ。もしこの巨大なムカデを放したら、暴れ回ってどれだけの死人が出ることになるか……。


「おい、あんたっ! ムカデを放すなよ! 放してしまったらムカデは暴れ回るぞっ!」


 おれの声が届いたのか、女魔闘士はちらっとこちらを見た。


 何か言ったようだ。大丈夫と言ったのか?


「分隊長、ムカデが……」


 ドーラが何を言いたいのか分かった。ムカデの動きが止まったのだ。


 胴体がしだいに白っぽい色に変わり始めた。


「これって、石化か……」


 おれの声だ。驚きのあまり声が出てしまった。


 魔獣ムカデは脚の先まで石に変わっていた。


 ムカデは巨大な石像となって、ゆっくりと地面に下りてきた。


 女魔闘士も下りて来て、地面に横たわっているリルの近くに下り立った。


 リルを心配そうに見守っていた亭主がそれに気付いて顔を上げた。


「あっ! 白仮面の魔女様」


 亭主のその声を無視して、女魔闘士はリルの容態を確かめるようにしゃがんだ。


「おれの女房をどうか助けてやってください。この子の母親なんです。このままリルが死んじまったら、この子もおれも生きちゃいけない。魔女様、どうか……」


 亭主は拝むようにして女魔闘士に頼んでいる。半泣きの状態だ。


 可哀想だがおそらくリルは助からないだろう。魔獣ムカデの牙に腹を挟まれて、リルは口からも血を流している。内臓が破れてるってことだ。


 二人の様子を見ながらおれがそんなことを考えていると、女魔闘士が立ち上がった。亭主に何か黒っぽい物を渡したようだ。


 見ると、亭主に渡されたのは熊のぬいぐるみだった。ああ、この熊のぬいぐるみならおれも知っている。熊のくせに豚のような間抜けな顔をしたぬいぐるみだ。どこが可愛いのか分からないが「くまぶーたん」という名前で子供たちには人気があるみたいだ。


 おそらく女魔闘士はリルの幼子を不憫に思ってあの熊のぬいぐるみを渡したのだろう。やはりあの女魔闘士でもリルを助けることができないのだ。


 不意に女魔闘士が振り返った。広場の方を見ている。


「ドガァァァーン!」


 突然の爆発。広場の真ん中で火柱が上がり、濛々《もうもう》と土煙が舞い上がった。小石混じりの爆風がおれたちのところまで押し寄せて来て、何個かの小石が顔や体に当たった。


 いてっ!


 左腕の付け根に激しい痛みを感じた。見ると何かの金属片が刺さっていた。痛みを堪えながらその金属片を抜いた。今の爆発で飛んできた金属片のようだ。もし頭に刺さっていたら、確実に死んでいた。


 左腕の傷口からはダラダラと血が流れているが、今はどうしようもない。左腕は痺れ始めている。


「分隊長、怪我したのっ!? 早くこれで血止めをっ!」


 ドーラが持っていた薬草を塗り込んでくれた。血は止まるだろうが、腕は痺れたままだ。


「さっきの爆発は爆弾の魔法か?」


「たぶんね……。でも……」


 ドーラが何を言いたいのか分かった。街に入り込んでる魔獣はムカデと狼、それと猿だけだ。爆弾の魔法を使う魔獣はいない。とすれば、爆弾の魔法を使ったのは味方の魔闘士ってことだ。


「馬鹿がっ!」


 思わず口に出してしまった。爆弾の魔法を使ったのは広場にいる数頭の魔獣狼をまとめて倒そうとしたのだろう。だがこんなところで爆弾を爆発させたら大勢の住民や兵士を巻き込むことになる。人族に多数の死傷者が出るのだ。それが分からないのかっ!? 


 それに、魔獣狼は火に耐性を持っている。爆弾の魔法を使っても効果は期待できないぞ。


 さっきから広場では魔闘士のグドル様が兵士たちを指揮して魔獣狼と戦っていたはずだ。魔獣狼たちに何人もの兵士を殺されて、進退窮まって爆弾の魔法を使ったのかもしれないが……。


 土煙が晴れてきた。広場のいたるところに住民や兵士たちが倒れている。数えきれないほどの数だ。おそらく大半はさっきの爆発に巻き込まれた者たちだ。


 案の定、魔獣狼たちは生きていた。それどころか広場で生き残っていた者たちに襲い掛かり喰らい付いていた。爆発のせいで怒り狂っているようだ。くそっ!


 魔獣ムカデも一頭が広場に入り込んで暴れ回っていた。さっきの爆発で体のどこかに傷を負ったのか、暴れ方が尋常でない。広場に面した建物を胴体や尻の触角で破壊している。建物の中に逃げ込んだ者たちを捕らえようとしているのかもしれない。


 その広場に向かって大通りを駆けていく女の姿があった。あの女魔闘士だ。今までここにいたはずだが。


 女魔闘士はムカデに向かって高く跳び上がった。空中で右腕の魔力剣を振り下ろしたように見えたが、暴れているムカデとは10モラ以上も離れている。いったい何の意味があるんだ?


 だが次の瞬間、おれは自分の目を疑うことになった。ムカデの体がバラバラになって地面に散乱したからだ。すべての断片が石になっているようだ。いつの間にかムカデに石化の魔法を掛けていて、それを魔力剣で切り刻んだってことか?


 女魔闘士は次の相手に取り掛かっていた。魔力剣を振り上げながら魔獣狼に迫っていく。


 正直言って、おれは女魔闘士の動きが見えなかった。魔獣狼たちの背後から迫っていったと思ったら、次の瞬間、狼たちはゆっくりと地面に倒れていったのだ。三頭とも腹や胸のところから真っ二つになっていた。

 

 魔獣狼はけっして魔力剣の一撃で倒せるような弱い魔獣ではない。全身を鋼よりも硬い剛毛で覆われていると聞いている。剣や槍は通用しないはずなのだ。


 狼たちは油断していたのかもしれない。広場で倒れていた者たちに喰らい付いていたからな。たとえそうであったとしても、一瞬の間にあの魔獣狼を魔力剣で分断するなんて、そんな馬鹿なことはあり得ないはずだ。


 だが、あの女魔闘士はそれをやってのけた。しかも一度に魔獣狼三頭を斬り倒したのだ。自分の目で見ていなければ絶対に信じられなかっただろう。


 どれほどの魔力とスキルがあれば、あんなことができるのか……。


「やったぞっ!」


 大声で叫んだ者がいた。さっきムカデが壊していた建物から出てきた男だ。その半壊になった建物からは男に続いて何人もの兵士たちが出てきた。


「おぉ、これはすごい!」


 兵士の一人が倒れた魔獣たちを見て歓声を上げた。


「どうだ。おれの爆弾の威力はっ!」


「さすがはグドル様」


 明らかに誤解している。


 グドル様は数ヶ月前に王都防衛隊に入隊した魔闘士だ。たしか男爵家の長男で、継承の儀式を行って魔闘士になったと聞いている。重篤じゅうとくになっていた父親から魔力と男爵家を引き継いだらしい。まだ若いから経験が足りないのも分かるが、それにしても酷い誤解だ。


 あんたが倒したのは魔獣ではなく、罪の無い大勢の住民や兵士たちだ。そう言ってやろう。


 おれがグドル様のところへ歩き出そうとしたら、ボロボロの服を纏った女性がグドル様に向かって石を投げるのが見えた。女性はあの爆発の生き残りのようだ。服も髪も焼けただれている。顔や体は見えないが、おそらく酷い火傷を負っているのだろう。広場の隅に倒れ込んでいたが、立ち上がって石を投げたのだ。ほかにも何人もの生き残りが石を投げ始めた。


「おまえたち、何をするんだっ!?」


「やめろっ! どうしておれたちに石を投げるんだっ!?」


 グドル様や周りの兵士たちは訳が分からずに怒鳴っているが、おれも石を投げたい気分だ。投石を止めさせようかと思ったが放っておくことにした。


 馬鹿な魔闘士のことなど今はどうでもよい。それよりあの女魔闘士はどこへ行ったんだ?


 ※ 現在のケイの魔力〈1312〉。

   (ラーフランの市街戦で複数の魔獣を倒したため、魔力が増加)

 ※ 現在のユウの魔力〈1312〉。

 ※ 現在のコタローの魔力〈1312〉。


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