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SGS304 ラーフラン市街戦その1

 大きな通りに出ると、群衆が濁流のようになってラーフランのお城とは反対方向へ進んでいた。魔獣たちから逃れようとしているのは明らかだ。この群衆の流れに逆らって進むのは時間の無駄だ。


 オレは飛行魔法を発動して、空に舞い上がった。王都の上空から探知魔法で魔獣たちの位置を確かめるためだ。人々が唖然としてオレを眺めたり指差したりしているが、気にしている場合ではない。


 もしかすると魔獣だけでなく魔族軍も侵入しているかもしれない。そう思って王都の周囲や結界の周辺まで飛んで調べてみたが、結界の内側には魔族はいないことが分かった。


 しかし、結界の外側にはオークやゴブリン、スプリガン、リザードマンなどの軍勢がひしめいていた。その数は数万……、いやそれどころではないだろう。結界が消えて、あの軍勢が王都になだれ込んできたらと思うとぞっとする。


 王都の上空に戻って魔獣たちの位置を確かめた。魔獣たちは前と後ろの2つの群れに分れて、南西から街の大通りをお城に向かって進んでいた。魔獣の数は前と後ろの群れを合わせると二十頭以上いるようだ。2つの群れは500モラくらい離れている。


 前の群れの先頭にいる魔獣たちは既にお城に達していて、城門から城の中に突入しようとしていた。ラーフランの魔闘士たちがそれを阻もうと魔獣たちと戦っているようだ。その中にはニコル神の使徒たちもいるのだろう。


 後ろの群れにいる魔獣たちは街の大通りを突進しているのではなく、兵士や住民たちを襲ったり、大通りに面した建物を壊したりしながらゆっくりと進んでいた。


 城に突入しようとしている魔獣たちとの戦いはラーフランの魔闘士たちやニコル神の使徒たちに任せて、オレは後ろの群れを撃退しよう。そう思うのだが……。


 オレは群れの上空を旋回しながら魔獣との戦いをためらっていた。


 戦いを躊躇ちゅうちょしたのは魔獣たちのすぐ近くに大勢の兵士や住民たちがいるからだ。魔獣と戦おうとしている兵士たちや逃げ遅れた者たちだろう。


『わたしが下手な戦い方をしたら、この人たちを巻き込んでしまうかもしれない。どうしようか……』


 高速思考でユウに話しかけた。


『ケイ、今は迷ってる場合じゃないよ。人を巻き込むことを恐れてケイが戦わなかったら、もっと大勢の人たちが殺されたり傷付いたりするのよ。ここで何もせずに見殺しにしたら、きっと後で後悔すると思うわ』


 ユウの言うとおりだ。何もしなけりゃ、きっとオレは後悔するだろう。自分ができることを精一杯やるしかないのだ。


『分かったよ、ユウ』


 オレは魔獣の群れの後方に下り立った。街の中だから爆弾の魔法などの遠距離攻撃は使えない。だから、魔獣たちに背後から近付いて魔力剣で倒していくつもりだ。


 すぐそばに何人かの兵士たちがいたが、誰もオレが空から下りてきたことに気付いていないようだ。彼らの頭の中は迫ってくる魔獣や逃げ惑う住民のことでいっぱいなのだと思う。


 ここは王都の大通りだ。いつもはもっと明るいのかもしれないが、今は辺りを照らしているのは満月の月明かりと兵士たちが掲げる松明の魔法の灯りくらいだ。オレは暗視の魔法が効いているから不自由なく見えているが、人々は薄暗い中で魔獣たちがどこにいるのかも分からずに逃げ惑っているのだろう。


 魔獣たちは大通りに面した建物を手当りしだいに壊しながら進んでいる。魔獣の群れが通り過ぎた後はあちこちで壁や屋根が崩れていた。大勢の人たちがその下敷きになっているのかもしれないが、今はそれを助けている余裕はない。


 オレは照明の魔法を立て続けに放った。空中高くから光が降り注いで辺りは真昼のように明るくなった。


 30モラほど先に広場があって、そこで多くの兵士たちが三頭の魔獣狼と戦っている。その広場には魔力〈120〉の魔闘士がいて、兵士たちを指揮していた。


 その広場に入る大通りには魔獣ムカデがいて、ガチガチと牙を鳴らしながら逃げ惑う人たちを追い掛けていた。人々は魔獣狼たちがいる広場の方へ逃げ込んでいくが危険だ。


 大通りに面した酒場の中から男たちが「魔獣猿だぁぁーっ」と叫びながら飛び出してきた。探知魔法で見ると店の中に二頭の魔獣猿がいた。店の2階の外壁に大きな穴が開いているから、猿たちはそこから侵入したようだ。


 大通りの後方に一頭だけ群れから遅れて進んでくる魔獣がいた。あれは魔獣ムカデだ。そのムカデは牙に女性を挟み込んでいて、こちらに向かって進んでくる。兵士たちが女性を助けようと槍や剣でムカデの胴体を叩いているが、ダメージを与えているようには思えない。


 あの女性はまだ生きているようだ。今なら助けられるかもしれない。まずはあのムカデだ。斬り殺す!



 ―――― ジェドル(ラーフラン王都防衛隊の分隊長) ――――


 槍で魔獣ムカデの胴体や脚をいくら叩いても無駄なことは分かっていた。だが、何かせずにはいられない。ムカデの牙に挟まれて今にも食い殺されそうな女性をどうにかして助けてやりたい。


 おれのすぐ後ろで女性の亭主が何か叫び声を上げている。女性の名前を何度も呼びながら「リル、兵士たちが助けてくれるぞっ。頑張れっ」と叫んでいた。


 そうか、あの女性の名前はリルと言うのか。悲鳴や叫び声に混じって幼子の泣き声が聞こえている。亭主の腕の中で泣いているのだろう。あの子のためにも、母親を何とかして助けてやりたいが……。


 リルが喰い付かれるまでは、おれたちの分隊はこのムカデを牽制けんせいしながら住民たちを避難誘導していた。牽制と言っても、おれたちにできることはオトリになるくらいだ。


 相手にしているのは体長10モラほどもある魔獣ムカデだ。怖くないと言えばウソになる。だが、これだけ近くにいれば遠距離攻撃をして来ない。魔獣が遠距離から魔法攻撃を仕掛けてきたら死ぬしかないが、この近さなら戦い方はある。


 魔獣ムカデはお尻の長い触角を鞭のように使って、付近にいた兵士や住人たちを薙ぎ倒しながら進んでいた。あの鞭が当たったら、体を切り裂かれて死ぬか、大怪我をすることになる。


 死にたくなけりゃムカデのお尻に近寄らなければ良いってことだ。だからおれたちの分隊はムカデの頭の方へ回って戦っていた。


 ムカデは頭にも触角を持っているが、頭の触角は武器ではなくて本来の触角のようだ。戦っているうちに、頭の触角は魔獣ムカデの弱点らしいと分かってきた。


 それでおれが見つけた戦い方があった。頭をもたげて襲いかかってくるムカデの触角を叩くという戦法だ。頭の触角を槍で叩くと、ムカデはそれを嫌って少し仰け反る。すぐに怒り狂って敵意をおれに向けて襲いかかってくるが、また触角を叩く。その繰り返しでさっきまでは牽制できていたのだ。リルがムカデに喰い付かれるまでは……。


 リルがムカデに喰い付かれる直前まで、おれはその戦法でムカデをけん制していた。ところがそのとき、ムカデは今までと違う動きをした。おれが槍で触角を叩いたとき、仰け反る代わりにムカデは向きを変えて離れたところにいた住民たちに襲いかかった。そこに偶然いたのがリル親子だ。


 リルは逃げようとしたが突然のことで動けなくなったらしい。ムカデの牙に腹のあたりを挟み込まれてしまった。


 リルは抱いていた子供を放り投げた。まだ2歳くらいの女の子だ。自分は助からないと覚悟しての咄嗟の行動だろう。幸い女の子は無事で、父親らしき男が抱きかかえた。


 しかしリルは悲惨だった。ムカデの牙に挟み込まれたまま体を持ち上げられた。リルは悲鳴を上げながら牙から逃れようと手足をバタつかせた。だが抜け出せない。リルが暴れたことでムカデの牙がぐっと締まったように見えた。喧騒の中でリルの悲鳴が響き渡った。断末魔の叫びか……。


 おれはそのとき、リルの体は半分に食い千切られたと思った。しかしリルは生きていた。ムカデはリルをすぐには殺さないようだ。


 リルを牙に挟んで生かしたままムカデは前進を始めた。どうやら触角を叩かれないようにリルを盾にしているらしい。


 ムカデは大通りを王城の方へ進んでいく。おれは分隊の兵士たちに指示して、ムカデの胴体を槍や剣で叩き始めた。だが、おれたちの攻撃を物ともせずにムカデは頭をくねらせながら進んでいく。その進みを止めることもリルを助け出すこともできない。


 リルの悲鳴がしだいに小さくなってきた。命が尽きようとしているのかもしれない。


 暗闇の中でもムカデの黒々とした胴体は分かる。ムカデの進行方向にいた住民たちは蜘蛛の子を散らすように逃げ始めた。


 そのとき突然に街の中が明るくなった。誰かが照明の魔法を放ったようだ。真昼のような明るさだ。見上げると空高くに眩い光の球が何個も浮かんでいた。


 おれがその女に気付いたのはムカデの真正面に突っ立っているからだ。ほかの住民たちは逃げ出しているのに、その女だけは平然と立っている。恐怖のあまり動けないのか?


 白い仮面を被っているから女の表情は分からないが、怖がっているようには見えない。


「早く逃げろぉぉっ! ムカデに踏み殺されるぞぉぉっ!」


 精一杯の大声を出して怒鳴った。おれの声に女はちらっとこちらを見て右手を上げた。大丈夫と言ってるのか?


 いや……、違うな。女の右手から剣が出てきた。あれは魔力剣のようだ。あの魔法を使えるということは、女は魔力が〈100〉以上もある魔闘士ってことだ。それで、魔獣ムカデが迫っても平然としていられるのか……。


 だが馬鹿な女だ。ちょっとくらい魔力が高くても、一人で魔獣を倒せるはずがないのだ。まだ若いようだが、それゆえの怖いもの知らずってことか……。


「馬鹿な真似はやめろぉぉっ! 早く逃げるんだぁぁっ!」


 叫んでみたが、もう間に合わない。女の姿はムカデの胴体に遮られて見えなくなった。おそらくムカデに踏みつぶされてしまったのだろう。


「分隊長、ムカデが止まったよ!」


 ドーラの声でおれもそれに気が付いた。ドーラは分隊の副長でおれの右腕だ。男勝りの性格だが可愛いところもある。戦闘経験が豊富で実力もあって、隊員たちからは一目置かれていた。


「見てっ! ムカデが宙を……」


 魔獣ムカデの胴体がゆっくりと浮かび上がって、今は地面から1モラほどの高さに浮かんでいた。まだ上昇していく。それでもムカデは前に進む気なのか、何十本もある脚を必死に動かして空中を空しく掻いている。


 ムカデの上昇は高さ2モラほどのところで止まった。

 

 いったい何が起きてるんだ?


 もしかすると、さっきの女魔闘士が関係しているか?


 ※ 現在のケイの魔力〈1306〉。

 ※ 現在のユウの魔力〈1306〉。

 ※ 現在のコタローの魔力〈1306〉。


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