SGS303 魔族総攻撃の緒戦その3
心配していたとおりフォレスランの王都でも騒ぎが起きていた。拠点にワープしてきた途端、家の外から叫び声や大勢が通りを走る足音が聞こえてきたのだ。
家の外に出てみると、兵士たちが隊列を作って王都の街壁の方へ走っていくのが見えた。住民たちも寝間着姿のまま家々から出て来ていて、慌ただしく駆けていく兵士たちを不安そうに眺めている。
ただ、拠点のあるこの辺りではまだ住民たちは逃げ始めていない。魔族の姿も見えない。それがメリセランとの大きな違いだった。
兵士たちの叫び声から神殿が破壊されて結界魔法が消えたことと、魔獣の群れが押し寄せて来ていることが分かった。危ないから家の中に引っ込んでろと兵士たちは住民たちに向かって叫んでいる。
なんと、押し寄せてきたのは魔族ではなくて魔獣の群れなのか? メリセランでも王都の中に魔獣が侵入していたが、もしかすると誰かが……、はっきり言えばバーサット帝国が意図的に王都の中に魔獣を引き込んでいるのかもしれない。
探知魔法を最大に広げて周囲を探ってみたが、魔族や魔獣の反応は無かった。おそらくオレの探知範囲外のところに侵入しているのだろう。
それでフォレスランでも飛行魔法で王都の上空に上がって全域を調べた。
たしかに魔獣が南側から侵入していた。二十頭ほどだ。オークの反応もあったが数十頭だと思われる。街壁の外側で誰かがオーク軍の侵入を阻んでいるようだ。おそらくフォレスランの魔闘士たちが必死に防戦しているのだろう。
フォレスランもメリセランと似たような状況だと思っていたが、魔族がほとんど侵入していないのであればフォレスランの方が助かる可能性は高い。
『このフォレスランの救援はダイルにお願いして、わたしはメリセランへ救援に戻ろうと思うんだけど……』
高速思考でユウとコタローに相談を始めた。
『メリセランの王都の中には数万のオーク兵が入り込んだと考えるべきだにゃ。ケイが一人でそれに対処するのは難しいぞう』
『それならケイ。フィルナとハンナに手伝ってもらったらどうかしら?』
コタローとユウのアドバイスはもっともなことだと思う。フィルナとハンナは今もそれぞれカイエンとベルドランの警戒に就いている。この二人にも手伝ってもらえば、メリセランのオーク兵たちを排除できるかもしれない。いや、メリセランの王都にも二十頭ほどの魔獣が侵入しているから、その駆除も必要だ。もっと戦力が必要だろうな……。
そんなことを考えていると、ニコル神から念話が入ってきた。
『ケイさん、たいへんだ。ラーフランの王都に魔獣の群れが現れたそうだ。親父はおれに王都の魔獣を退治しろと言ってきた。親父たちはナビム要塞を守るのに掛かりっ切りらしい。ナビム要塞の周りに何頭ものオーガロードが現れていて、要塞は攻撃を受けてるそうだ』
ナビム要塞というのはクドル湖の西岸地区に6年ほど前にラーフランが築いた防衛拠点だ。クドル湖の西岸地区ではレングランとラーフランがその支配権をめぐって昔から戦いが続いていた。それに終止符を打とうと、ラーフランが西岸地区に大規模な要塞を築いて守りを固めてしまった。それがナビム要塞だ。
この要塞ができたおかげでクドル湖の西岸地区はラーフランの支配が確定し、レングランが西岸地区へ侵攻するのが難しくなったと聞いている。
複数のオーガロードから要塞は攻撃を受けているそうだが、おそらく誘導爆弾の魔法による攻撃だろう。もしそうなら、ラーフ神たちが要塞を守るために手が離せない状態になるのも頷けることだ。複数のオーガロードからの攻撃を受けたら、神族や使徒たちでも危ない状況に追い込まれるだろう。
ラーフランの王都にも魔獣が現れたとニコル神は言ってるが、それはこのフォレスランやメリセランの王都に複数の魔獣が侵入している話と一致する。これがバーサット帝国からの攻撃であることは明らかだ。
王都の結界が消えていた15分の間に魔獣たちが侵入したってことだ。ニコル神が独り善がりに自分だけで解決しようとしたせいだ。そう考えるとまた腹が立ってきた。
『王都の中に魔獣の群れが現れたのなら、ニコル神、今度もあなたと使徒たちだけでその魔獣たちを退治すればいいと思うけど? それがあなたの父親からの命令なんだから』
『まぁ、そうだけど……。ケイさん、一緒に戦ってほしいんだ。おれは魔獣と一対一なら戦って倒したことがあるけど、今は二十頭以上の魔獣が群れで現れてるんだ。相手の魔獣がそんなに多いと、ちょっと自信が無くて……』
『何を甘ったれてるんだよ! 使徒たちと一緒に死ぬ気で戦いなよ! こんなことになったのは、ニコル神、あんたが勝手に動いて、結界魔法が15分間も消えてたせいだって分かってる!?』
頭に来て、ニコル神に対してヒステリックな念話を送ってしまった。
メリセランやフォレスランの王都にも魔獣やオーク兵たちが侵入していて、国が滅びる寸前まで追い込まれているのだ。そんな非常事態なのに甘ったれたことを言ってるニコル神に対してムカツキが収まらない。
『ケイ、少しおちついて……』
高速思考でユウが語りかけてきた。
『魔獣の群れがラーフランの王都の中に入ってるのよ。少しでも早く対処しないと、状況はどんどん悪くなるわよ』
『ごめん。でも、メリセランのことも気になるけど……』
『フォレスランのことはダイルに任せるとしてだにゃ、ケイがいくら頑張ってもラーフランとメリセランの両方を同時には対処できないぞう。どっちを優先するのかってことになるわん』
コタローに言われるまでもなく答えは決まっている。優先するのはラーフランだ。ラーフランが滅びたら、レングランやダールムも風前の灯だ。クドル3国共同体の構想など夢幻のように儚く消えることになる。
残念だが、こうなってはメリセランのことまでは手が回らない。
高速思考を解除してダイルに話しかけた。
『ダイル、ニコル神からの念話を聞いたよね? わたしは今からラーフランへ救援に向かうから、あなたにはフォレスランのことをお願いしたいんだ。フォレスランを助けて、バーサット帝国や魔族の攻撃から守ってほしい。引き受けてもらえる?』
『分かった。だが、メリセランのことはどうするんだ?』
『わたしたちではクドル3国とフォレスランを守るだけで精一杯だと思う。メリセランには気の毒だけど……』
『ケイが責任を感じることはない。やれることは全部やったんだからな。フォレスランのことは俺に任せておけ。なんとしてもフォレスランを守ってみせる。フォレスランまでバーサット帝国の手に渡ってしまったら、クドル3国は大変なことになるからな』
『ありがとう。それと……、できればで良いんだけど、召喚されて来て何も知らずにバーサット側に味方をしている人たちも助けてあげてほしいんだけど』
『それも分かってる。どうにかして助けてみるよ』
『うん。でも無理はしないで』
『ああ、おまえもな。無茶をするなよ』
ダイルはこちらを心配そうな顔で見つめている。その手をぎゅっと握って、どうか無事でありますようにと祈ってから手を離した。
ラーフランへワープした。ワープ先はニコル神のすぐそばだ。王都の結界が消えないようにニコル神は拠点の中で魔力タンクへの魔力補充を続けていた。
ワープしてきた途端、家の外から人々の叫び声や大勢が駆けていく足音が聞こえてきた。このラーフランもフォレスランと同じ状態になっているようだ。
『ケイさん、来てくれたのか……。なんだか怒っていたみたいだから、もう来てくれないと思ってたよ』
ニコル神とは顔を合わせたくもないし話したくもないが、今はそうも言ってられない。
『ニコル神、今の状況は?』
『使徒たちから聞いた話では、魔獣たちは王城を目指して移動しているようだ。おれはここから動けないから、使徒たちを王城へ行かせた。今ごろは魔獣たちと戦ってると思う』
『分かった。ニコル神、あなたはここで王都の結界魔法を死守して。魔獣の群れはわたしが何とかするから』
『あ、あぁ。頼むよ……』
呆けたような顔をしているニコル神を残して、オレは家の外に飛び出した。
通りを大勢の住民たちが同じ方向へ走っていく。その中には兵士たちの姿も見えた。「魔獣が来るぞーっ」という叫び声や女性たちの悲鳴、子供たちの泣き声などがあちこちから聞こえてくる。
明らかにここはフォレスランよりも酷い状態だ。住民たちは魔獣から逃れるために半分パニックのような状態になって通りを駆けていく。
オレは裏通りに入って異空間倉庫から仮面を取り出した。透かしの入った白い仮面だ。これで顔の上半分を隠すことができる。顔を曝したくないから、こういうときに備えて用意しておいたやつだ。
誰もいないところで仮面を着けて、住民たちとは逆の方向へ走り出した。
状況がひっ迫していたことと仮面を着けた安心感もあって、この後オレは人々の目を気にせずに自分の力を存分に使うことになった。後世まで伝説として語り継がれることになるラーフランの防衛戦がこうして幕を開けた。
※ 現在のケイの魔力〈1306〉。
※ 現在のユウの魔力〈1306〉。
※ 現在のコタローの魔力〈1306〉。




