SGS030 ヨメになる
ちょっと待て。もっと冷静になって考えよう。たしかにこの原野はゴブリンの土地だ。ゴブリンたちがウヨウヨしている。そんな場所でオレはたった一人で迷子になってしまった。それが今の状態だ。
でもこのゴブリンのヨメにならなくても今の窮地を抜け出す方法はあるはずだ。オレには魔法がある。もしゴブリンに捕まりそうになったら、魔法でやっつけてしまえばどうだろうか。今の自分にはそれができる!
「ゴブリンがわたしを捕まえようとするなら、魔法で倒してしまうから大丈夫。だから、あんたは余計なこと、しなくていいから」
「おまえ、すごい、魔法使い。でも、ゴブリン、数、多い。おまえ、負ける。おまえ、人族の味方する魔女。殺して、ソウル、オーブ、入れる」
そうか……。オレが魔法を使ったら、魔女だと分かってしまう可能性が高い。もしそうなったら、ゴブリンたちはオレを女として生かすよりも、オレを殺してロードオーブを作ろうとするだろう。ということは、オレが気軽に魔法を使うと、殺されてしまう可能性が高くなるってことだ。あぶない……。
このゴブリン、意外と賢いな。
「オラ、おまえ、しるし、付ける。おまえ、オラのヨメ、なる。でも、種付け、しない。心配ない」
なるほど……。種付けされないのなら問題ないはず……、だよな?
「ほんとうに約束できる? わたしに印を付けるだけで、イヤらしいこと、しないって、約束できる?」
「種付け、しない。約束、する。ゴブリン、ウソつかない」
「印を付けた後はどうするの? わたしを解放してくれる?」
「おまえ、首輪、してる。従属の首輪。それ、おまえ、殺す」
そうだった。従属の首輪。5日が経ったら、首輪に殺されてしまう。毎日、オーナー権限を持っている人が従属の首輪に触れることで、そのカウンターがリセットされるそうだ。本来はサレジ隊長がオーナーだが、今は護衛の旅に出ていて居ないから、代りに奥さんと副長が権限を代行している。そういうわけで、オレの首輪は毎日、副長が触ってリセットしていた。
今朝、副長に首輪を触ってもらったから、残りはあと4日と15時間くらいだ。それまでに、なんとかしてレングランの王都に戻らなければならない。
「わたしが首輪に殺されるのを、あんたは見ているってこと?」
「オラ、おまえ、守る。ずっと、守る。殺される、ダメ」
「それなら、レングランの街の近くまでわたしを連れて行って、そこで解放してほしい。そうすれば首輪に殺されずに生き残ることができるから」
「分かった。オラのヨメ、守る」
このゴブリンの言うことを信じるしかないのだろうか……。
「守るって、何をするの?」
「しるし、付けるだけ。オラのしるし」
しかたないか……。印を付けないまま、このゴブリンに街まで案内してもらった場合、もしほかのゴブリンに見つかると、なぜ印を付けないで一緒に人族の女を連れて歩いているのか説明がつかないだろう。
オレが一人で街へ向かった場合、迷子のまま原野を彷徨うか、ほかの魔族や魔物に襲われる危険性がある。もし戦いになって魔法を使ったら魔女だと思われて殺されるだろう。
それに印を付けられたとしても、それはゴブリンの噛み痕にすぎない。このゴブリンと別れた後にキュアで治してしまえば完全に消えるはずだ。何も問題ないのだ。
「分かった。あんたの印を付けていいよ」
ゴブリンはオレに近づいてきた。なんだか怖い。本当に大丈夫だろうか……。
ゴブリンはオレの腕を取って抱きしめた。ゴブリンって草むらと同じような匂いがする。懐かしいような匂いだ。イヤな匂いではない。
オレは目を閉じた。耳元でゴブリンの息遣いが聞こえる。首筋に息がかかる。
いたいっ!!
ガブリと噛みつかれた。抱きしめられて、噛みつかれたままで何分か経った。しだいに……痛みが無くなり、なんだか気持ち良くなってきた。
まだゴブリンはオレを放さない。噛みついたままだ。もう何分経ったか分からない。でもどんどん気持ちが良くなってくる。副長がゴブリンの唾液には催淫効果があると言ってたけど、こういうことか……。
ようやくゴブリンは噛みつくのを止めた。
「オラのしるし、付いた。今から、おまえ、オラのヨメ」
なんだか体がふわふわしている感じだ。まだゴブリンに抱きしめられているが、強く抱かれていることが気持ちよくて、安心感が湧いてくる。
「どうだ、気持ち、いいだか?」
何も考えられないまま素直に頷く。もっと強く抱いてほしくて、ゴブリンの腰に手を回して引き寄せた。
また自分の体が勝手に動いている。心のどこかで警鐘が鳴っていて、少しだけ本来の自分に引き戻された。王都防衛隊の脱衣所で全裸の女性隊員たちに囲まれたときの感覚と似ているが、それとは少し違うようだ。
ゴブリンが唇を重ねてきた。舌が自分の中に入って来て、からみ合う。あたまの中がしびれてきた。
自分の体がこのゴブリンを求めている。と言うか、自分の頭の中が女としての欲求で溢れだしていて、心も体も溢れだしたその何かで溶けてしまいそうだ。その何かがゴブリンを吸い寄せようとしている。自分のソウルもそれに侵されてしまいそうだ。
あぁ、このまま、もうどうなってもかまわない。このゴブリンとずっと一緒に居たい。すごく幸せな気持ちになってきた。
ゴブリンの腰巻の中が波打っていて、自分の下半身にそれが伝わってくる。自分からそれに腰を密着させる。あぁ、ひとつになりたい……。
不意にゴブリンは唇を離して、体を解き放った。
「オラ、約束、守るだよ。種付け、しない」
頭の中に霧が充満しているような感じで、ぼんやりしている。ゴブリンが何を言っているのか、理解が追いつかない。分かっているのは、自分の心も体も溶けだしそうになっていること。
もっと触ってほしい、もっと抱きしめてほしい。身悶えするほど自分がそう望んでいることだ。
自分のほうからゴブリンを抱きよせて、もう一度唇を重ねた。そして草むらの中に一緒に倒れ込んだ。
あぁ、もっと強く抱いてほしい。ひとつになりたい……。
………………
気が付くとゴブリンのお腹の上でうつ伏せになって、ゴブリンの心臓の音を聞いていた。ゴブリンの手が自分の髪を撫でている。この幸せな気持ちを自分は一生忘れないだろう。そう思った。
「少し、落ち着いただか?」
コクリと頷く。ゴブリンのお腹の上からおりて、立ち上がって着衣を直した。幸福感はまだ続いていて、夢の中にいるような感じだ。
「あの……、わたしの名前は、ケイ。だから、ケイって、呼んで」
「オラ、ボドルだ」
ボドル……。ボドル……。ボドルから離れたくない……。
頭はまだぼんやりしている。催淫効果のせいだと、なんとなく分かっている。催淫効果が体だけでなく自分のソウルにも作用している。
危険だ、危険だと、ソウルの片隅に残っている理性がしきりに警鐘を鳴らしている。でも今のこの気持ちを抑えることができない。
自分の方からボドルの手を取って、ボドルの胸に顔を埋めた。
「ボドルと離れたくない……」
「ケイ、もうすぐ、オラの仲間たち、来る。おまえ、ぜったい、魔法、使ってはダメ。魔女と、分かったら、殺される。分かるか?」
「うん」と頷く。
「ケイ、オラのヨメ。オラの仲間の中、ケイ、オラにしたがう。分かるか?」
もう一度頷く。ボドルに従うよ。ボドルと離れないよ……。
いつの間にか夕暮れ時になっている。今夜はここで野宿だろうか?
「ケイ、このオーブ、魔力、移せるか?」
ボドルはソウルオーブを1個差し出した。魔力が空っぽのオーブだ。
「やって、みる」
「魔力、移す。急ぐ」
頭の中でオーブへの魔力充填をイメージしながら魔力移動の魔法を発動した。魔力が自分の体を通ってどんどんオーブに移っていく。その感触が分かる。急げということなので、目いっぱいの魔力で充填を行った。30秒くらいでオーブは満タンの状態になった。
ボドルは別のソウルオーブをもう1個取り出した。
このオーブにも魔力を充填しろということだろうか?
「このオーブ、空っぽ。ケイ、見て」
ボドルはそう言って、何やら呪文を唱えた。どうやら魔力移動の呪文らしい。
今度はさっき満タンにしたソウルオーブから空のオーブに魔力が移っていく。3分くらいで魔力の移し替えが終わった。
「ケイ、おまえ、魔力、ソウルオーブの6倍くらい」
催淫効果で頭の中がぼんやりしているが、ボドルが何をしていたのかようやく理解できた。魔力の強さを測っていたのだ。自分の魔力の強さがどれくらいなのか、なんとなく分かった気がした。
「オーブ、使う。バリア魔法。ふたり、いっしょ、バリア、入る。夜、安心」
ボドルはそう言って、草むらの上に寝転んだ。ボドルに手を取られて、またお腹の上でうつ伏せになる。優しく抱かれながら鼓動を聞いている……。
ボドルは呪文を唱えた。バリア魔法だ。二人を大きく包んでいるらしい。
「もう安心。ケイ、かわいい、オラのヨメ、かわいい……」
ボドルが耳元で何度も何度もささやきながら髪と背中を撫でている。
もう何も考えられない。またボドルのことが愛おしくなって、唇を重ねた。
※ 現在のケイの魔力(出力)はソウルオーブの6倍で〈60〉です。
※ これまでのケイの魔力は訳あって〈0〉に制限されていました。
※ ボドルに襲われ跳ね飛ばしたときに魔力は増加したようです。
※ どうやらケイの魔力は危機に直面したときに増加しているようです。
※ これはケイだけが持っている特殊な能力や事情が関係しています。
※ その特殊な能力や事情について、ケイは今はまだ何も知りません。
※ この物語がもっと先に進めば徐々に明らかになってくるはずです。
※ なおケイの魔力の源泉は普通の人族や魔族とは異なっています。
※ その魔力の源泉こそがこの物語の根幹です。いずれ明らかになります。
催淫状態に陥っているケイですが、話が先へ進めば自分を取り戻します。
それまでは少し我慢をしてこの物語にお付き合いください。




