SGS296 ゴブリン王からの伝言
何度か深呼吸をすると気持ちが落ち着いてきた。
このセーリアという女性から話を聞いて、だいたいの事情は分かった。ゴブリン王からの危急の知らせをドンゴは必死の覚悟をもってテイナ姫に届けに来たってことだ。セーリアが悪い人間でないこともたしかなようだ。
セーリアにはちょっと待っていてほしいと断って、オレはテイナ姫とルセイラに念話で話しかけた。
『ドンゴを助けたいと思います』
オレの言葉にテイナ姫もルセイラも驚いたような顔をした。死んだ者を助けると言ってるのだから驚くのも当然だ。
『実はドンゴのソウルをこの熊族の男の体に移植しました。神族だけが使えるソウル移植という魔法があるのです』
『そんなことができるのですか? もう1時間以上も前にドンゴは死んでいるのですよ』
『はい。死んでから1時間以内であれば可能です。でも、ドンゴの場合は死んでから1時間を越えていたので、ドンゴが目覚めるまではソウル移植が成功したかどうか分りません。ソウルが新しい体に定着するまでは眠らせたまま見守るしかないのです。4時間から10時間くらいで目覚めると思いますけど……』
『では、わたくしもここで待ちます。ドンゴが命を懸けて知らせを届けてくれようとしたのです。待つのは当然のことです』
さすがはテイナ姫だ。オレも一緒にドンゴの目覚めを待とう。
………………
ドンゴが目を開けたのは真夜中になってからだった。ソウル移植から5時間ほどが経っている。
ドンゴが眠っていた間、オレはぼーっと待っていたわけではない。まず、セーリアには帰ってもらった。この王都に自分の家があって家族もいるそうだから、早く帰してあげたほうが良い。報酬を渡そうとしたら、セーリアはテイナ姫から褒美としてソウルオーブを何個か貰ったから、それで十分だと言った。
その後、バハルに暗示魔法を掛けた。オレの命令に必ず従うようにしたのだ。オレの命令に背いたりオレに危害を加えようすれば、直ちに全身がマヒして耐えがたい痛みが繰り返し起こる。
本心を言えば、オレはもっとバハルに重い罰を与えたかった。だが、オレがそう言うとテイナ姫が反対した。バハルは自分の仕事をしていただけで、レングランの法を犯したり隠れて私腹を肥やしたりしていたのではない。復讐したい気持ちは分かるが、個人的な恨みだけで罰するべきではないというのがテイナ姫の意見だった。
くそっ! オレよりも若いくせに、言うことが一々もっともだ。
オレは渋々その意見に従うことにした。正さなければならないとすれば、奴隷制度を許しているレングランの法であり、闘技場で戦闘奴隷の戦いを見世物にしている王様の施策だ。それができるのは、オレたちがクドル3国の共同体を実現させて、共同体がもっと安定してからだ。いつかは必ず正してやろうと思う。
でも、闘技場の今の状態をこのまま放っておくわけにはいかない。それでバハルに暗示を掛けて、オレの命令に従わせることにしたのだ。
出した命令はこんな内容だ。故意に奴隷を殺したり傷付けたり苛めたりしないこと。奴隷を魔物の生き餌にするのも厳禁だ。魔物との戦いを見世物にするときは必ず戦闘奴隷が勝つように仕掛けをしておくこと。部下にもそれを徹底すること。それと、オレのことや暗示を掛けられたことは秘密にすること。それだけだ。
オレが出した命令は言葉で言えば簡単だが、命令を遂行するバハルは相当苦労することになるはずだ。闘技場に来る観客たちは魔物と戦闘奴隷の死闘を期待しているだろうから、いつも戦闘奴隷が勝ってしまったら非難轟々だろう。責任者のバハルはその非難を一身に受け止めることになるのだ。
うん、バハルへの恨みを晴らすのはこれで良しとするか……。
命令の内容を聞いたバハルはオレに襲いかかろうとして倒れた。何度も同じことを繰り返して、激しい痛みに襲われて転んだ。それでようやくオレに危害を加えたり逆らったりできないことを悟ったようだ。
バハルを尋問してドンゴが殺されることになった経緯が分かった。ドンゴが守ろうとしていたゴブリンの親子はすぐにオレが治療した。テイナ姫がしばらくの間この親子を預かってくれることになったから安心だ。時間を見つけて、オレか仲間の手でレブルン王国まで送り届けることになるだろう。
檻の外で眠っていた兵士や作業員たちはルセイラが眠り解除の魔法で起こした後、それぞれの任務に戻らせた。オレを指差して文句を言っていた者もいたが、ルセイラが適当に宥めたようだ。
バハルがオレの命令に従うようになった後で、バハルに命じて闘技場の最上級の部屋に案内させた。眠っているドンゴの体はオレが念力で持ち上げてその部屋に運んだ。テイナ姫とルセイラも一緒に付いてきた。
ドンゴをその部屋のベッドに寝かせて、オレたちはドンゴが目覚めるのをずっと待っていた。
夜になってもテイナ姫が城に戻らなかったら大騒ぎになるだろうとオレは心配したが、そこはルセイラが兵士を使って連絡を入れているから大丈夫らしい。
そして深夜。オレたち三人が見つめる中で、ドンゴはゆっくりと目を開けた。その後も言葉を発せずに、ベッドに横たわったままドンゴは部屋の天井をぼんやりと見ていた。その状態が5分くらい続いたかもしれない。
「ドンゴ……」
ルセイラが焦れたのか、小さな声で呼び掛けたがドンゴは反応しない。
ソウルの移植が失敗したのだろうか……。
オレが心配し始めたとき、ドンゴが初めて目を動かしてこちらを見た。
「……。ケイ……、ケイなのかぁ?」
オレが頷くと、ドンゴは安心したような顔になった。顔立ちも姿もゴブリンのときとは全然違う。それでも優しそうな印象は同じだ。いや、アニメに出てくるようなふっくらとしたクマさんのような感じで、一層優しそうに見える。見ているとこちらも思わず笑顔になる。
「テイナ姫様とルセイラさんも……。あれっ? オイラの声、なんだか変だ」
声がいつもの自分と違うことに気付いたようで、ドンゴはベッドの上でゆっくりと上半身を起こした。
「ドンゴ、実はね……」
オレは何が起きたのかを包み隠さずにドンゴに話した。
「オイラ、火毒サソリに食い殺されたのかぁ? それでケイが魔法でオイラのソウルをこの体に移したと……」
ドンゴは自分の顔や体を触りながら呟いた。
「うん。すぐに使えるのがその熊族の体しかなかったんだ」
オレは異空間倉庫から全身が映るスタンドミラーを取り出した。日本にいるときに買っておいたものだ。
「ドンゴ、立ち上がって、この鏡で自分の姿を確かめてみて」
オレが促すと、ドンゴはゆっくりとベッドから下りて鏡の前に立った。新しい体に慣れないからか、まだ動きにくそうだ。
「これが、オイラ……」
優しい感じの顔立ちだが、熊族だから全体的にぽっちゃりしている。頭の熊耳が可愛い。ゴブリンと体形が似ていると言えなくもないが、やはり嫌だろうな。
「今はその体で我慢してほしい。適当なゴブリンの体が見つかったら、そっちにドンゴのソウルを移植し直すから」
よほどショックなのか、ドンゴは何も言わずに鏡を見続けていた。
でも、いつまでもそうしてはいられない。肝心のことを聞かなきゃならない。
「ドンゴ、レブルン王からの知らせのことを教えてほしいんだ。危急の知らせをテイナ姫に届けに来たんだよね?」
オレが尋ねると、続けてルセイラもドンゴに問い掛けた。
「テイナ姫様はここにおられますよ。ゴブリン王からの手紙はどこにあるのです?」
その問い掛けに、ドンゴはルセイラの方を向いた。
「手紙なんか持って無いぞぉ。オイラは王様の言葉を覚えてきたからなぁ」
「じゃあ、それを聞かせて」
「うん。王様はこう仰ってたなぁ。次の満月が中天に懸かるとき、神族の国々の結界はすべて消え去り、何万もの魔族軍が一斉にその王都へ総攻撃を仕掛ける。支配者からの命により、我らレブルンが攻め込むのはレングランとラーフランの王都だ。結界が消えていればの話だが。ここまでが王様からの伝言だぁ」
「ドンゴ、もう一回言って」
オレは何度もその内容をドンゴに繰り返させたが、完全に同じ内容だった。
『ケイ、攻撃までにほとんど時間がないぞう。次の満月は明後日の夜だわん』
『ドンゴの知らせが本当だとしたら、ゴブリンの軍隊がこの王都の近くまで迫っているってことでしょ?』
コタローとユウが高速思考で話しかけてきた。
『ゴブリンだけじゃないわん。何万もの魔族軍が一斉に神族が支配する国へ攻め込むらしいからにゃ』
『ケイ、すぐにみんなを集めて、対策を相談するべきよ』
ユウに言われるまでもない。今までで最大の危機だ。もし本当に各国の王都の中にまで魔族が総攻撃を掛けてきたら人族は滅んでしまうかもしれない。
※ 現在のケイの魔力〈1306〉。
※ 現在のユウの魔力〈1306〉。
※ 現在のコタローの魔力〈1306〉。




