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SGS295 自分の命より大事なもの

 急いでオレは檻の中に入った。


 ロードナイトの一人が振り返った。


 忘れもしない、その男。飼育武官のバハルだ。


「なんだ、おまえは?」


 問い掛けられて、オレはゆっくりとフードを外した。


「ケイ様、来てくださったのですね」


 オレに気付いたテイナ姫が声を上げた。


「ケイだと? おまえ、あのケイなのか?」


 バハルもオレのことを覚えていたようだ。


「闇国へ流されたはずだろ? どうしてここにいるんだ?」


「そんなことより、ケイ様、ドンゴが大変なことに……」


 ルセイラが倒れているゴブリンの方を指差した。


 見ると無残な姿がそこにあった。腹部がズタズタに切り裂かれていて、空洞のようになっていた。腹の肉や内臓をサソリに食われたのだろう。胸から上と腰から下は形を留めている。顔を見ると、それがドンゴらしいと分かった。明らかに死んでいる。


「どうして、こんな酷いことに……」


 心の中で思ったことが、つい声に出てしまった。


「ここにいるバハルが事もあろうにドンゴを火毒サソリの生き餌にしたらしいの」


「ルセ……、ルセイラ様……。お言葉ですが、この闘技場で弱ったゴブリンを魔物の生き餌にするのは当たり前のことですぞ。それに、自分はここの魔物たちに責任を持っております。魔物に生き餌を与えるのはこちらの役目ですからな」


 ふてぶてしい態度だ。バハルは悪いことをしたとは思っていないようだ。


「それよりもケイは罪人ですぞ。引っ捕らえて……」


 そこまで言ったところで「バチッ!」という大きな音がして、バハルは床に転がった。オレが電撃魔法を放ったからだ。バハルのバリアなど無いに等しい。


 バハルからは以前に何度も電撃罰を食らわされたことがあるから、今のはちょっとしたお返しだ。かなりの衝撃を与えたつもりだが、死んだりはしていない。気絶しているだけだ。お返しとしては全然物足りない。十倍返しくらいしたいところだ。


 どうやらバハルはオレが無罪になったことは知らないようだ。それを教えてやる義理も無いし時間も無い。


「ドンゴはどれくらい前に殺されたのですか?」


「先ほどバハルに確認したのですが、1時間ほど前のことだそうです」


 ヤバイ。魔法で調べるとドンゴのソウルはまだ体の中に留まっているが、死んでからの時間を考えると、いつ浮遊ソウルになってもおかしくない。


 このウィンキアでは人族が死んだときに、その体からソウルが離れるまでが約1時間だと言われている。しかしドンゴはゴブリン族だから人族とは違う可能性がある。それに賭けてみよう。


『ドンゴのソウルを移植しようと思うんだけど……』


 高速思考でユウとコタローに話しかけた。


『でもね、ケイ。移植先の体をどうするの? ソウルが抜けたゴブリン族の体なんて無いわよ』


『うん、ゴブリン族の体は無いけどね。魔乱の村に行けば石化された人族の体が二十体ほどあったはずだよ。ソウルが抜けてしまっているから、その体をドンゴのために使おうと思うんだ。ゴブリンの体ではないけれど、仕方ないよね?』


『ケイ、それはダメだにゃ。そんなことをしてる時間は無いわん』


 言われてみれば、コタローの言うとおりだ。今から魔乱の村にワープして地下に置いてある石化された体を取りに行くのでは時間が掛かり過ぎてしまう。その間にドンゴのソウルは体から離れて浮遊ソウルになってしまうだろう。


『ダメか……』


『ケイ、諦めるのは早すぎるわん。今すぐに使える体が一体だけあるぞう。異空間倉庫の中に熊族の石像が保管されてるわん。とりあえずそれを使うべきだにゃ。ドンゴが熊族の体を気に入らなかったらにゃ、後で別の体に移植し直せば良いのだわん』


 コタローのアドバイスでオレも熊族の石像のことを思い出した。あの石像は4か月近く前にダイルがクドルの大ダンジョンに潜っていたときに見つけて、オレがそれを譲り受けたものだ。ダイルから聞いたのだが、熊族の男はバジリスクロードによって50年くらい前に石化されたらしい。ソウルは抜けているから、石化を解けばその体をソウル移植に使うことができる。


『そうだね。その石像を使うことにするよ』


『魔乱の村の石像も異空間倉庫に移しておくべきだにゃ。後でオイラがミサキの体で魔乱の村へ行って、石像をすべて異空間倉庫に移しておくわん。そうすればいつでもすぐにソウル移植に使えるからにゃ』


『分かった。コタロー、頼むね』


『ケイ、今は少しでも早くドンゴのソウルを移植しましょ。間に合えばいいんだけど……』


 ユウもオレも思いは同じだ。なんとしてもドンゴを助けたい。


 高速思考を解除した後、オレは急いで異空間倉庫から石像を取り出した。


 念力で石像をドンゴの遺体のそばに横たえた。すぐに石化解除を発動。


 しばらくすると熊族の男がゆっくりと呼吸を始めた。検診の魔法で体を調べたが、問題はなさそうだ。


「ケイ様、いったい何を……?」


 心配そうな声でテイナ姫が尋ねてきたが、後で説明するからと断って、オレはこれからの作業に集中した。


 ソウル移植は数日前に行ったばかりだ。魔乱一族の頭領である城多郎が自爆したとき、そのソウルを別の体に移し替えた。あのときは成功した。それは城多郎が自爆して40分ほどでソウルを移植できたからだ。


 だが今度は1時間以上が経ってしまっている。どうにか間に合ってくれ……。


 魔法で調べるとドンゴのソウルはまだ脳にくっ付いていた。だが、ゆらゆらと揺れていて今にもドンゴの体から離れそうな感じだ。


 オレは深呼吸をしてソウル移植の魔法を発動した。


 捕まえた。ドンゴのソウルをしっかりと捕まえたのだ。


 よし! 移植完了。


 ドンゴの遺体からソウルを抜き出して熊族の体に移植できたが、ドンゴが目覚めるまでは安心できない。まだ移植が成功したかどうか分からないのだ。


 ソウル移植の場合は無理に起こしてはいけない。眠っている間に新しい体にソウルが定着するからだ。


 ふーっと溜息を吐いて、オレは顔を上げた。


「ケイ様……」


 呟くようなテイナ姫の声が聞こえた。そちらを見ると、テイナ姫がオレに問い質したいのをじっと我慢していることが分かった。今の状況をちゃんと説明しておかないといけないだろう。だけどその前に……。


「この人はどなた?」


 ルセイラの隣に立っている女性は初めて見る顔だ。今から話すことは極秘の内容だから、第三者に聞かせるわけにはいかない。


「あっ、ごめんなさい。こちらはドンゴの手紙をわたくしのところまで届けてくれた方です。名前は……」


 ルセイラは女性の名前を忘れてしまったらしく、困ったような顔をして隣の女性に顔を向けた。それを察したのだろう。女性が口を開いた。


「あたしはレングランのハンターで、名前はセーリアと言います。半月ちょっと前のことですけど、狩りをしていてゴブリンに捕まってしまいました。捕虜としてレブルン王国に連れて行かれたんです。でも、ドンゴの旅に同行することになって……。レングランの王都に入れないドンゴの代わりに、あたしが王都に入ってルセイラ様へ手紙を届けたんです」


 なるほど。そういうことか。


「でも、どうしてドンゴは闘技場に?」


「それは……、ドンゴが立てた作戦でした。原野までテイナ姫様を連れ出すのは難しいだろうから自分が王都に入ってテイナ姫様に会うのだと、そう言ってました。ゴブリンが生きたまま王都に入るには人族に捕まるしかないから、あたしにゴブリンを捕らえた芝居をしろと……。それであたしはドンゴを眠らせて闘技場へ運び、ルセイラ様に手紙を渡して姫様たちをここまで案内してきたんです。それがドンゴが立てた作戦でした」


「だけど、ドンゴが魔物に食い殺されたってことは作戦がどこかで狂ったということだよね?」


「ええ、まさか殺されてしまうなんて……。闘技場では魔族はすぐには殺されないはずなんです。戦闘奴隷として魔物や人族の奴隷を相手に戦うだけだから、テイナ姫様にお会いするまでは問題ないはずだって……。ドンゴはそういう前提で作戦を立てていたんです」


「それなら、どうして殺されてしまったのかな?」


「この闘技場で何が起きてドンゴが殺されてしまったのか、あたしには分かりません。でも、ドンゴは覚悟をしてたみたいでした」


「えっ、覚悟って?」


「レングランへの旅の途中でドンゴに聞いたことがあるんです。ゴブリンが人族の国へ使いに行くなんて、殺されに行くようなものなのに、どうして引き受けたのって、そう尋ねたんです」


 セーリアと名乗った女性はそこで言葉を詰まらせた。見ると目には涙をいっぱいに浮かべている。


「それで、ドンゴはなんて言ってたの?」


「自分の命より大事なものがあるって……」


「自分の命より大事なもの?」


「ええ。そう言いながらドンゴは恥ずかしそうに笑ってました」


 話を聞きながら頭の中に照れくさそうに微笑むドンゴの顔が浮かんできた。


「その大事なものが何なのか、あたしには分かりません。でも、ドンゴには命を懸けてでも守りたいものがあるんだなって、そういう覚悟があるんだなって、あたしはそのとき思ったんです」


 その話を聞いて、ある場面が頭の中に蘇ってきた。ドンゴがラウラを守ろうと彼女の上に覆い被さって、タムル王子の護衛に足蹴にされていた場面だ。忘れようと思っても忘れることはできない。あのときドンゴはラウラに自分の体重を掛けないようにしながら四つん這いになって懸命に耐えていた。蹴られても蹴られても抵抗せずに、声も上げなかった。


 あれはオレとラウラが奴隷としてレングランの闘技場にいたころのことだ。何が原因だったのかは忘れたけれど、オレがタムル王子を怒らせてしまい、オレだけでなくラウラやドンゴも護衛に殴られたり蹴られたりした。そのときラウラは身重の体で、ドンゴは自らの体でラウラが蹴られないように守っていたのだ。


 ドンゴはあのときと全然変わっちゃいない。今も同じように強くて優しい。


 ドンゴを絶対に死なせてはいけない。


「ううっ……」と言う声が聞こえて振り返ると、ルセイラが泣いていた。テイナ姫も目に涙を溜めている。二人ともドンゴのことをよく知っているのだ。


 オレも自分の頬に流れる涙をそっと拭った。


 ※ 現在のケイの魔力〈1306〉。

 ※ 現在のユウの魔力〈1306〉。

 ※ 現在のコタローの魔力〈1306〉。


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