表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
293/382

SGS293 ゴブリン王の密使その3

 ―――― ドンゴ(前エピソードからの続き) ――――


「おい、ゴブリン。おれの言葉が分かるか?」


 どうやらバハルはオイラのことを覚えてないみたいだ。もしかするとゴブリンの顔の見分けがつかないのかもしれねぇな。それならオイラも別人のふりをした方がいいだろうな。


「おら、ことば、分かるだよ」


 頭が悪いゴブリンだと思わせるのだ。


「そこの椅子に腰掛けて、おれの質問に答えるんだ」


 バハルはオイラに尋問をするつもりだな。


 まだ左脚が痛かったが、がまんして椅子に座った。右脚の鎖の先には丸い鉄の球が付いている。囚人が逃げないように重りにしているらしいな。


「おまえの国はどこだ?」


「レブルンだぁ」


「おまえの名前は?」


「おら、ボドルだぁ」


 咄嗟だったから死んだ兄さんの名前を口に出してしまった。それからも尋問が続いたけど、何も知らないゴブリンを装ったからバハルは興味を失って、30分くらいで解放してくれた。


「尋問は終わりだ」


「おら、国へ帰れるだか?」


 そう言った途端、棍棒で肩を殴られた。


「おまえは魔族だからな。この闘技場の戦闘奴隷として飼われることになる。ここにいる魔物や家畜よりはマシな暮らしができるぞ。ただし、ここから出られるのは死んだときだけだ」


 バハルはそう言いながら、手に持っていた縄の輪っかをオイラの首に付けた。


「おれに付いて来い」


 バハルが縄を引っ張ると、輪っかが締まってオイラの首に食い込んだ。咄嗟に手を入れて縄が締まらないようにしたが、苦しくて息が詰まる。


「立ち上がって歩け。反抗すると首縄が締まるぞ。その鉄の重りはおまえが抱えて歩くんだ」


 オイラが声を出せずに何度も頷くと、バハルはようやく首縄を緩めた。


 重い鉄の球を両腕で抱えて、バハルの後に付いて部屋を出た。左脚の傷口が開いたのか痛みが増してるし、鉄の球は重い。脚を引きずりながら、首縄が締まらないように必死でバハルの後を歩いた。


 バハルが立ち止ったのは頑丈な扉の前だ。バハルは鍵を外して扉を開けると、オイラに中に入るように言った。オイラが部屋に入ると、バハルはすぐに扉を閉めて鍵を掛けた。立ち去ったみたいだ。


 さっきまでいた部屋よりはずっと広い感じだ。だけど酷く臭い。


 部屋の中にはゴブリンが五人いた。薄く敷いた藁の上で寝転がったり座ったりしている。部屋は薄暗いけど、顔はなんとか判別できるな。


 どのゴブリンも初めて見る顔だ。男が三人と女が一人。それとその女が抱きかかえている小さな女の子が一人だ。親子のようだな。


「おまえ、戦士か?」


 男の一人がゴブリン語で話し掛けてきた。


 頷くと男は言葉を続けた。


「ゴブリンは魔物と戦う。夜が5回来た後、その次の昼にな。おまえも一緒に戦う。負けるとおれら、死ぬ」


 この男の言いたいことは分かった。5日後の昼になったら、ゴブリンと魔物との戦いがあるらしい。たぶん、観客たちに戦いを見物させるのだろう。オイラもそれに加わって一緒に戦うことになるようだ。負けたら死ぬってことだな。


 でも、そんなことはどうでもいい。オイラの作戦が上手くいけばここから出られるし、万一作戦が上手くいかなくても5日後のゴブリンと魔物の戦いは中止になると分かってるからだ。レングランの人族が闘技場で戦いを見物する余裕などは無くなるはずだからな。


 男はオイラに言いたいことだけを言って寝転がった。


 オイラも空いている場所に横になった。親子の近くだ。藁が湿気っていて臭いがきついけど、そんなことは気にならない。それよりも、疲れが溜まっているせいか、傷口から血を流し過ぎたせいか、眠くて仕方ないんだ……。


 ………………


 誰かがオイラの耳を引っ張ってる。あれからすぐにオイラは眠ってしまったみたいだな。どれくらい眠ったか分からないけど、目を開けると、明かり窓から日の光が差し込んでいた。まだ夜にはなってないみたいだ。


 オイラの目の前に女の子がいた。3歳くらいだ。目がくりくりとしていて可愛らしい。オイラの耳を引っ張っていたのはこの子だな。


 見ると母親は眠っているみたいだ。女の子は退屈になってオイラにイタズラを仕掛けてきたんだな。


「オイラと遊ぶかぁ?」


 声を掛けると女の子はニコッと笑って頷いた。だけど、遊び道具が何もねぇな。あるのは臭い藁だけだ。でも、その藁だけでも遊べるな。


 藁を小さく千切って、右手か左手かどっちに持ってるか当てっこをした。


「どっちだぁ?」


 こんな単純な遊びでも女の子は喜んだ。


 オイラも子供は大好きだから、一緒に声を出して笑った。10分くらい遊んでると、その声に気付いたのか、母親が目を覚まして声を掛けてきた。


「ありがとう。あんた、優しいね。メルル、嬉しそう」


 女の子の名前はメルルと言うらしい。


「オイラ、子供は好きだからなぁ」


 その後も藁を使って馬の人形を作ったりしてメルルと一緒に遊んだ。母親もそれを眺めていたけど、オイラのことを気に入ってくれたんだろうな。人族に捕らえられた事情を語ってくれた。オイラはメルルと遊びながらその話を聞いた。


 メルル親子はレブルン王国のゴブリンで、メルルの父親は遠征隊の一つに所属しているそうだ。遠征隊は原野で狩りをしたり人族と戦ったりして、2か月間ほどでレブルンへ帰ってくる。だけど4か月前、夫は遠征に出たまま帰って来なかった。仲間の話では、夫は原野の中で行方不明になったらしい。


 メルルの母親は行方不明の夫を捜すために遠征隊に加わり、メルルを連れて遠征隊と一緒に行動した。原野の中で夫が行方不明になった辺りへ遠征隊が辿り着いたとき、本隊を離れてこっそりと親子だけで夫を捜し始めた。必死に捜しているうちに遠征隊の本隊の場所が分からなくなって、親子は迷子になってしまった。原野の中を彷徨さまよって半日後、人族に捕まった。そしてこの闘技場に連れて来られたらしい。それが昨日のことだ。


「メルル、怖かったなぁ?」


 問い掛けると、メルルは首を横に振り、代わりに母親が答えた。


「あたしは怖かったよ。でもね、メルルは平気だったみたい」


 母親が怖がったのは当然だ。原野の中で迷子になるとゴブリンの男でも怖い。どこで魔物に襲われるか分からないからな。そんな場所を女と子供だけで彷徨って、魔物に出会わなかったのは運が良かったからだ。


「メルル、強いんだなぁ」


 藁の馬でメルルは遊んでいたけど、オイラの言葉にニコッと笑った。


 そのとき突然、扉の鍵が外れる音がした。扉が開いて入口に誰かが立っている。人族の男が二人だ。暗くて顔は分からない。


「おい、ゴブリンのガキを連れ出すんだ」


 バハルの声だ。


 男が部屋に入ってきた。バハルの部下だろう。棍棒を構えている。


 メルルを見つけると近付いてきた。


 こんな小さな子供を連れ出して何をする気だろう? きっと、ろくなことじゃねぇな。


「来るなっ!」


 男とメルルの間に入って手を広げた。メルルはオイラが守ってやらねぇと……。


 近付いてきた男はいきなりオイラに向かって棍棒を振り下ろした。


 あぶねーっ!! 避けようと頭を振ったけど、避けきれなかった。「がん」と鈍い音がして、目から火花が散った。棍棒で殴られたのは首の付け根だ。息が詰まって床に倒れ込んだ。起き上がろうとしたけど、体が痺れたような感じで動かない。当たり所が悪かったみたいだ。


「だめーっ! メルル、渡さないっ!」


 声の方に顔を向けると、母親がメルルの上に覆い被さってるのが見えた。母親の下からはメルルの泣き声が聞こえる。


「どけっ!」


 男が母親の背中に何度も棍棒を叩き付けてる。


 オイラはそれを止めようとしたけど、まだ体が痺れていて動かない。動かせるのは頭だけだ。ほかのゴブリンたちも見ているだけみたいだ。


 悲鳴と呻き声が聞こえていたけど、それが聞こえなくなった。母親は死んだか、気を失ったみたいだ。メルルは弱々しい声で泣き続けている。


「ゴブリンのメスを殺したのか?」


 バハルの怒ったような声だ。


「気を失っただけですぜ。どうせメスは戦いでも役立たずだ。ついでに、このメスもボンジャスピガの生きにしましょうや」


「そうだな……。よし、そのメスも連れ出せ」


 ボンジャスピガというのは火毒サソリのことだ。この男はメルルと母親をサソリの生き餌にしようとしている。そんなこと、絶対にさせねぇぞ。


「やめるんだぁっ!」


 なんとか声を絞り出した。だけど、手も足もマヒしてるみたいで感覚が無いし、全然動かせない。


「おい、このゴブリン、ちょっと様子がおかしいぞ」


 バハルが近寄って来て、オイラを指差した。


「さっき殴りつけたとき、棍棒を首に当てちまって……」


「ちょっと、その棍棒を貸せ」


 バハルが部下の棍棒を取り上げて、それを振り上げるのが見えた。


 何をする気だぁ?


「ドス、ドス」という音が聞こえる。何かを叩いてるみたいだ。


「こりゃダメだな。何も感じなくなってるようだ」


 オイラのことを言ってるのか? 棍棒でオイラの体を殴ってたのかぁ?


「どうしやす?」


「戦いに出せないんじゃ、生かしておく意味がないな。先に、こいつから生き餌にしてしまおう」


「メスとガキは?」


「生き餌はオスのゴブリン一頭で十分だ。メスとガキは次の餌やりのときまで生かしておけ」


「じゃあ、こいつを連れ出しますぜ」


 足枷が外される音がした。


 このままでは、オイラはサソリの生き餌になっちまう。なんとかして体を動かそうとしたけど、首から下の感覚が全然戻って来ない。オイラは床にうつ伏せになったままだ。手も足も動かせない。


 床が動き始めた。男がオイラの両脚を持って引きずってるらしい。右の頬を石の床に着けてたから、擦れてジンジンする。


 なんとか頭を上げようとしたけど、無理みたいだ。左の頬を床に着けたり、顎を床に着けたりしたけど、痛いものは痛い。


 引きずられた跡がはっきりと分かった。オイラの血の痕だ。


 テイナ姫、早く来てくれ。何してるんだぁ? このままだと、オイラはサソリの生き餌になっちまう……。


 どれくらい引きずられていたのか分からない。いつの間にかオイラは檻の中にいた。ここも臭い。とんでもなく生臭い。鼻が曲がりそうだ。


 すぐ近くから「シューシュー」という音が聞こえる。オイラはその音を知っていた。火毒サソリが獲物を狙うときの音だ。


 見たくはないけど、音の方に顔を向けた。サソリの尾が見える。高く上がっていて、尾針がオイラの方を向いてる。


 それがオイラに向かって動いたように見えた。何も感じないけど、すごく眠くなってきた。毒が回ってきたのかも……。


 ※ 現在のケイの魔力〈1306〉。

 ※ 現在のユウの魔力〈1306〉。

 ※ 現在のコタローの魔力〈1306〉。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ