SGS290 晴れているけど嵐の予感
召喚魔法の呪文を唱え始めてから永遠と思えるほどの時間が経ったころ、メッセージのカウントが100/100になった。そして別のメッセージが現れた。
『ソウルを二つとその体を召喚しました。今後2年間は召喚魔法の使用が制限されます』
目の前にはマサシさんとマルが現れていた。マサシさんもマルも床に横たわっている。そう言えば、召喚されてきた者たちは眠った状態になるとコタローが言っていた。
「成功したわね」
アイラ神が声を掛けてきた。
「ありがとう。アイラが手伝ってくれたおかげだよ」
「あたしが手伝うのは当たり前よ。ケイのためだもの。それより、この人を起こしてあげたら?」
オレは頷いて眠り解除の魔法を発動した。マサシさんは目を開けたが、まだ寝ぼけたような顔をしている。マルはオレに向かって嬉しそうシッポを振りながら「ワンワン」と吠え出した。
「わーっ、可愛いっ!」
アイラ神はしゃがんでマルを撫で始めた。
『オイラが考えたとおり召喚の時間が短縮できたにゃ。掛かった時間は6時間くらいだったわん』
コタローが得意そうに語り掛けてきた。たしかに10時間くらい掛かると思っていたから時間が短縮できたのは有難い。
そのときマサシさんが上半身を起こしてこちらを向いた。
「ケイさん、ここは……?」
まだ寝ぼけたような声だ。言葉も日本語だし。
「ウィンキアのマリエル王国です。ここはアレナ公爵の屋敷の中ですよ」
オレがウィンキアの共通語で返事をすると、マサシさんはシャキッとした顔になった。何かを捜すように左右を見て、マルの姿を見つけると、マサシさんはにこっと微笑んだ。
「成功ってことだね? ありがとう」
ウィンキア語だ。ようやく頭がはっきりしてきたみたいだ。立ち上がりながらマサシさんはアイラ神の方をちらっと見た。
「ええと……」
「彼女は神族の一人で名前はアイラ。わたしの召喚魔法を手伝ってくれました。6時間ずっと一緒に呪文を唱え続けてくれたんですよ」
「それはお世話になりました。ありがとうございます。ええと、神族様に対する礼儀を知らないので、失礼があったら申し訳ありません」
マサシさんはペコリとアイラ神に対して頭を下げた。
「いいのよ。堅苦しくしないで。あたしはアイラ。よろしくね」
アイラ神はそう言いながら立ち上がった。マルはアイラ神を見上げながらシッポを振っている。
「じゃあ、あたしは帰るわね。ダイルにもよろしく言っておいてね」
「アイラ、ありがとう」
オレがもう一度礼を言うと、アイラ神は軽く頷きながら消えていった。
『ダイルたちが戻って来ているみたいだにゃ』
コタローに言われてオレも探知魔法でそれに気付いた。
『ダイル、召喚魔法は成功したよ。アイラ神が手伝ってくれたんだ。ダイルによろしくと言って帰っちゃったけど。マサシさんとマルは無事だからね』
オレが念話を送ると、すぐに返事が返ってきた。
『そうか。良かった。俺からもケイに話があるんだが、それよりコトミさんとマサシさんを会わせるのが先だな。そっちの部屋に入っていいか?』
『もちろん』
すぐにドアが開いてダイルが入ってきた。その後ろから入ってきたのはコトミさんだ。
それに真っ先に気付いたのはマルだった。「ワンワン」と吠えてシッポを最大限に振りながらコトミさんの足元に駆け寄った。
「マルぅ……」
コトミさんはしゃがんでマルを抱き上げた。マルはコトミさんの顔を確かめるようにじっと見上げていて、コトミさんは胸元の小犬に何かを囁きかけている。
そしてゆっくりと顔を上げた。マルの耳元を撫でながらコトミさんが見つめているのはマサシさんの顔だ。
「あなた……」
呟くようなコトミさんの声に、マサシさんは足を踏み出した。会えずにいた6年の歳月を踏み越えるように一歩一歩と足を進める。
「古都美……」
腕を広げてマサシさんが抱きしめると、コトミさんはマサシさんの胸に顔を埋めた。泣いているようだ。マルは二人の気持ちが分かっているのか、挟まれたままじっとしている。
マサシさんとコトミさんから醸し出される幸せの波動が部屋全体を包み込んでいる。部屋の入口のところではシゲルさんがサリーネさんを抱き寄せて、二人を見つめていた。
なぜか自分の頬を涙が伝っていた。異世界の壁と6年の歳月を越えて再会した二人。その気持ちに思いを馳せると、言葉にできないような感動の波が打ち寄せて来る。
「ほれ、あんたたちも遠慮せずに。夫婦なんじゃから」
アレナ公爵がダイルの腕を引っ張ってきた。
「なにをしとる? バリアを解くのじゃ」
公爵に言われるままバリアを解いた。何だか呆然としている間に自分の隣にダイルがいて、次の瞬間、グイと引き寄せられた。
いつの間にか後ろから抱きしめられていた。ダイルの両腕に包み込まれて、息遣いと温もりがそのまま伝わってくる。
「ケイ、好きだよ」
耳元で囁くような声。
なんて答えていいのか分からずに、思わずダイルの手に自分の手を重ねてしまった。
「おまえのことは俺が守る。これからもずっと……」
自分の体がぎゅっと抱きしめられるのが分かった。
嫌ではない。むしろ心の中に安心感が広がっていく。このまま身を任せてしまいたいような、そんな幸せな気持ちだ。
「ありがとう」
小さな声で返事をしたけど、ダイルに聞こえただろうか……。
………………
その後、マサシさんとコトミさんはシゲルさんとの再会を喜び合ったり、アレナ公爵やサリーネさんに挨拶をしたりしていた。
その様子をダイルと一緒に眺めていた。ダイルは体を離してくれたが、手はつないだままだ。まだ自分の頭の中は霞が掛かったようで、ぼんやりしている。
マサシさんとコトミさんがこちらへ来て、あらためて感謝の言葉を述べてくれた。それで少しずつ頭の中がスッキリしてきた。
マサシさん夫婦とこれからの生活について話をしていると、アレナ公爵が言葉を掛けてきた。
「マサシさん。ダイルさんやケイさんとの話はそれくらいでよかろう。コトミさんがもっとあんたと話したいという顔をしておる。あんたたちの部屋を用意してあるから、そっちへ移って夫婦二人だけでゆっくりと話したらどうじゃ?」
夫婦だけで積もる話など色々あるだろうというアレナ公爵の粋な計らいだ。マサシさんとコトミさんは公爵に案内されて部屋を出ていった。
『ケイ、話したいことがあるんだ。庭に出ないか?』
いつになくダイルが緊張したような顔をしている。もしかすると結婚の申し込みだろうか……。
さっきはマサシさん夫婦の再会に立ち会って、その感動で気持ちが高ぶってしまった。だが、今はいつもの自分に戻っている。だから、もし結婚の申し込みだったとしても、冷静に断ることができると思う。たぶん……。
………………
庭に出ると眩しいくらいの陽射しだ。それを避けてダイルと一緒に木陰のベンチに座った。
見上げると青い空に緑の樹々と白壁の公爵邸が映えて美しい。なんとなく幸せな気持ちが広がってくる。
『ケイ……』
名前を呼ばれて、隣に座っているダイルの方を向いた。
『話というのは例の謎の組織のことだ』
なんだ……。
さっきまでの幸せな気持ちが一気に萎んだ。ちょっとがっかりしているのが自分でも分かるほどだ。
『その組織はバーサット帝国だったよ。最悪の結果だ』
ダイルは悔しそうな表情でじっと地面を見つめている。
『バーサット帝国……。日本から召喚されてきた人たちを連れ去ったのがバーサット帝国ということは……』
『そうだ。ヤツらは俺と同じような特殊な能力を持った魔闘士を育てて、バーサット帝国のために働かせようとしているのだろう。3年前に二十五人くらいを連れ去ったそうだから、今ごろは恐ろしいほどの戦力になっているはずだ』
『でも、どうしてバーサットは知っていたのかな? 日本から召喚されてきた人たちが特殊な能力を持っているってことを』
『すまん。俺のせいだ……』
ダイルは項垂れている。
『ダイルのせい? どういうこと?』
『前にも話したことがあるかもしれないが……。俺は4年ほど前にブライデンでロイドという男の罠に掛かって、捕まってしまった。そのときハンナを人質に取られて、俺は仕方なく自分の特殊な能力のことを喋ってしまったんだ……』
ダイルがロイドという男に喋ったことは、異世界からミレイ神によって召喚されてきたことや、特殊な能力はソウルオーブの隠し機能のおかげであること、その隠し機能を使えるのは異世界から来た者だけで、しかも隠し機能を有効にするためには神族の許可が必要だということなどだ。
そのときダイルは罠から脱して反撃したが、ロイドを逃してしまった。ロイドはその後、バーサット帝国に加担した。半年前にジルダ神を暗殺しようとしたり、巧妙な罠を仕掛けてミレイ神をバーサット側に引きずり込んだのもロイドだった。
『すまない。すべての発端は俺が不用意に喋ってしまったせいだ』
『でもそれは、人質になったハンナを守るためだよね。わたしがダイルの立場だったとしても同じように喋ったと思うよ。それよりも、これからどんな対策を取るかを考えなきゃ……』
ダイルにそう言ってみたものの、対策なんて思い浮かばなかった。
そう言えば、思い出したことがある。バーサット帝国の皇帝が異世界から召喚されてきた特殊な能力を持った妖魔人を探しているという話を以前に何度か聞いたことがあった。そういうことだったのか……。
それにしても、とんでもないことになった。ダイルのような魔闘士が二十五人ほどもいて、おそらくその人たちと敵対することになる。しかも、その人たちは自分と同じ日本人なのだ。
さっきまでの幸せな気持ちは消え失せていた。空は晴れているが、すぐに大きな嵐がやってくる。そんな予感に鳥肌が立ってきた。
※ 現在のケイの魔力〈1306〉。
※ 現在のユウの魔力〈1306〉。
※ 現在のコタローの魔力〈1306〉。




