SGS029 無詠唱をものにする
このゴブリンはオレの身代わりになって死んでいこうとしている。そういうこと? そういうことなのか……。
オレはいつの間にか泣いていた。次から次へと涙が出てくる。
「痛いか? どこ、いたい?」
自分のほうがよっぽど痛いはずなのに、人のことを心配している。なんて人のいいゴブリンなんだ。ふふっ……、泣きながら笑ってしまった。
このゴブリンをなんとかして助けなきゃ。キュア魔法が使えたらな……。
そうだ! 思い出した。
さっきゴブリンを跳ね飛ばしたとき、オレの体を通って何かが外に出ていった。あれは以前に副長が魔法を教えてくれたとき、初めて指先に炎を灯したときの感触だ。間違いない。魔力が出ていく感触と同じだった。
もしかするとオレも魔法を使うことができるのかもしれない。
副長に教えてもらった炎の呪文を唱えてみる。……。指先には何も出ない。
やっぱりダメか……。
よし。今度はさっきゴブリンを撥ね退けたのと同じことをやってみよう。
目の前にゴブリンがいるつもりで、手で撥ね退ける動作をしてみた。何も変化はない。
今度は「魔力よ、出ろ!」と言いながら、10モラくらい先にある直径30セラ(30センチ)くらいの雑木に手を向けてみた。やはり何も起こらない。
何が違うんだろ?
さっき意識が飛びそうになったときに誰かの声が聞こえて、魔法をイメージしろって言われた。神様の声だったのかな?
目を閉じて、オレの中にある魔力を想像してみる。
あっ!? 何かと繋がった。
はっきりと繋がる感触が分かった。そこから魔力が出てくる感触が分かる。水道の蛇口のように、開くと魔力が出るし、締めると止まる。
前に副長が貸してくれたソウルオーブ。あれにリンクしたときと同じような感触だが、もっと存在感があって、たしかな繋がりを感じた。
魔力が流れるパイプがある。どこか分からないけれど魔力の泉があって、そこからのパイプがオレと繋がっている。そういうたしかな感覚があった。
そのパイプの蛇口を開いて、魔力のパワーを集中して、さっきの木を倒すことをイメージしてみた。そして手を木に向けた。その瞬間、オレの中を魔力が通って、手の指先から何かが出ていった。メリメリという音がして、その木は根元から倒れた。まるで魔力の大砲だ。
魔力の大砲……。たしか、その魔法のことが魔法便覧に出ていた気がする。副長からもらった魔法便覧には目を通して、魔法の名前と働きだけはすでに覚えていた。魔力の大砲は魔力砲という名前だったと思う。オレが今使った魔法はおそらくその魔力砲だ。
もう一回、別の木に魔力砲を放った。心の中で魔法の名前を念じるだけだ。距離は15モラ、幹の直径は50セラくらいあるだろうか。幹はしなっているが倒れない。魔力を強めた。その感覚が手に戻ってくる。もっと強めた。バリバリという音がして、その木は倒れていった。
すごい!
「いまの、なんだ? おまえ、すごい魔法使い、だべか?」
ゴブリンは口をあんぐり開けて目を丸くしている。
たしかにオレの魔法だ。でもオレは呪文を唱えていない。やりたいことを頭の中で思い描いて、魔法の名前を念じただけだ。それがそのまま魔法になるのだろうか? 声を出して呪文を唱えないと魔法は発動しないはずだ。副長はそう言ってたのに……。
もしかすると、オレは無詠唱で魔法が使えるってことか?
ためしに指先に出る炎をイメージしてみた。着火魔法だ。魔力をちょっと流す。
おっ! 炎が出た。
今度は今まで見たことがない魔法を何かやって試してみよう。心の中で魔法の働きをイメージして、魔法便覧にあった魔法の名前を念じる。それだけで魔法が発動するのであれば、これはすごいことだ。
何がいいだろうか? よし、あれだ。熱線魔法を放ってみよう。
頭の中で熱線のイメージを描いてみる。超高温、3000度くらいの熱線だ。熱を持ったビームがオレの指先から出て、まっすぐに進んで、物に当たると穴を開ける。熱線魔法はそんな感じだろうと頭の中でイメージを浮かべながら指先に魔力を集めた。そして10モラくらい先の雑木、その直径50セラくらいの幹に狙いを定めた。ビーム、放てっ!
心の中で思いっきり叫んだ。うはっ! すごい!
イメージどおりに熱線が放たれて、木の幹に5セラくらいの穴を開けて貫いた。
「おまえ、呪文、唱えてない。でも、魔法できる。不思議。どんなオーブ、持ってる、だべか?」
「オーブなんて、持ってないよ」
「オーブ、ない? おまえ、魔女、だべ?」
オレが魔女? つまり女の魔人なのか?
魔人であればヒューマンロードかロードナイトだということになる。ヒューマンロードだとすれば、自分のソウルはウィンキアソウルと繋がっていることになる。だが、そんなはずはない。自分のソウルは妖魔でも魔獣でもなくて、ちゃんとした地球生まれの人間だ。そのことはオレ自身が一番よく知っている。
ヒューマンロードではないということは、オレが乗り移る前のケイさんはロードナイトだったということだ。もしそうだとすれば、オレの体のどこかにはロードオーブが埋め込まれているはずだ。そのオーブの中には妖魔か魔獣のソウルが眠っていて、それがウィンキアソウルとリンクしてオレに魔力を供給してくれている。しかも無尽蔵にその魔力を使うことができる。そういうことか……。
本当にそうなら、こんなにラッキーなことはない。よし! 今度はキュア魔法を試してみよう。まず自分の足だ。右足の裂傷はゴブリンのキュア魔法のおかげで出血は止まっているが、傷口はパックリ開いたままで無残な状態だ。
キュア魔法のイメージを頭の中で作ってみる。キュアは怪我や病気の状態を調べて、悪いところを治療して元の体に即時回復させるって感じだな。
よし! キュア発動!
右足が温かい感じに包まれて、見る見るうちに元の状態に戻っていく。1分くらいで完治。
次は左足の捻挫だ。同じく1分で完治。胸も1分のキュア照射で痛みは無くなった。
最後に全身にキュアを掛ける。よし! すべて完治した。
その様子を見ていたゴブリンは驚きで声も出ないようだ。
「今度はあんたを治療するけど、治ったからと言って、また、こっちに悪さをしたら許さないから! 言ってること、分かる?」
ゴブリンは無言で頷いた。半分、放心状態のようだ。
めんどうだから、ゴブリンの全身にキュア魔法を放つ。治療していく感触がなんとなくフィードバックされてくる。3分くらいの照射で治療の手応えが無くなって、完治できたことが分かった。
「どんな感じ? 治った?」
「うん、痛いとこ、もう無い。オラ、驚いてる。こんな、キュア魔法、見たこと、ない。おまえ、すごい、魔女」
あらためて、そのゴブリンをじっくり観察した。
ゲームに出てくるようなゴブリンはもっと背が小さくて薄汚いイメージだが、目の前にいるゴブリンはちょっと違っていた。身長は190セラくらい。小太り。と言ってもゴブリンという種族の体形がもともと小太りの筋肉質だから、このゴブリンも、言わば中肉中背といったところだ。上半身は裸で、下半身は革の腰巻に革のサンダル。顔はぷっくりしていて、可愛いブタっぽい。なんとなく憎めない顔をしている。
頭も悪くはなさそうだが、言葉がたどたどしいのはナゼだろう? あ、そうか。ゴブリンたちは普段はゴブリン語を使っているから共通語は喋りづらいのだろう。
「おまえ、オラの命、たすけた。だから、オラ、おまえの家来、なる。なんでも、言うこと、したがう」
おおっ! いい方向で話が進み始めた。でもオレの命を助けてくれたのは、このゴブリンなのだからお互いさまだ。
「オラ、決めただ。おまえ、オラのヨメ、なる。オラ、おまえの家来、なる。おまえのこと、たすける」
ちょっと待て! それって、なんか、おかしくないか?
「いやだ! どうして、あんたのヨメさんにならなきゃいけないんだっ!? 言ってることがムチャクチャだろっ!?」
「ここ、オラたちの土地。みんな、オラ、捜してる。すぐ、見つかる。ゴブリン、みんな、女、ほしい。おまえ、ねらう。早く、しるし、付ける。しるしの女、ヨメ、なる」
ゴブリンに言われて思い出した。以前に副長から教えてもらったのだが、もし女がゴブリンたちに捕まったら、早い者勝ちで印を付けられてしまうという話だった。印というのは、思い出すのも嫌だが、あの印だ。つまり首筋を噛まれて唾液を注入されると、そのゴブリンの固有の匂いが何十日も取れなくて、それが印になるという話だった。その印を付けられた女には、ほかのゴブリンは手を出さなくなるらしい。
つまりこのゴブリンはオレの首を噛んで自分の印を付けると言ってるのか?
オレがこのゴブリンのヨメになるだって!?
そんなことは考えらない。ああ、鳥肌が立ってきた。




