SGS278 不可解な取引その2
どうやら前の頭領である信志郎は、魔乱一族の統率を神族に任せようと考えていたようだ。だが城多郎は、信志郎のその考えは間違っていたと言う。しかもオレの言葉で信志郎の考えが間違っていたと分かったらしい。
オレは何かマズイことを言っただろうか? 信志郎が魔乱一族の統率を神族に任せようとしたことと、今のこの状況とどんな関係があるんだ?
城多郎が何を言おうとしているのか、さっぱり分からない。
オレがぽかんとした顔をしていたのだろう。そんなオレの様子を見て城多郎が言葉を続けた。
「お分かりにならないでしょうね。ではご説明しましょう。先ほど、日本は平和な国になって十分に繁栄しているとあなたは言われました。たしかに上辺だけを見ればそうかもしれない。でも、おもてに現れないところで様々な脅威が国の内外から迫っているのです。歴史的に見れば江戸時代の……」
この男はいったい何を言い出すんだろう。そう思いながらもオレは城多郎の話に聞き入った。
「江戸時代の終わりころまでは、魔乱は日本の国内のことだけを気に掛けていれば良かったのです。しかし、江戸の末期からはそうも行かなくなってきた。海外の動きにも気を配らねばならなくなったからです。それは軍事だけでなく、政治や経済、外交関係など多岐に渡りました。魔乱が持っている諜報能力だけではとても追い付かない状態となったのですよ」
城多郎はそこまで言って、コーヒーを一口すすった。
「明治に入ってからは魔乱の一族は数を減らしていく一方になりました。ソウルオーブの数が少なくなってきたからです。魔乱一族は様々な脅威に対して対処しきれなくなってきたのです。その結果、昭和になってから軍部の台頭を許してしまい、第二次世界大戦に突入して日本は敗戦国になりました。原爆の投下も防げなかったのです。第二次大戦後に日本が連合国によって分割統治されるのは辛うじて防ぐことができましたがね……」
城多郎が言いたいことが少しずつ分かってきて、オレは口を挟んだ。
「つまり、今の日本は一見平和で繁栄しているように見えるけど、目には見えない海外からの侵略行為のような脅威がたくさんあって、魔乱はそれに対処して行かなきゃいけないってこと?」
「そうです」
「わたしが日本は平和だと言ったから、そんなわたしの浅はかな考えをあんたは笑ったんだね? 信志郎は魔乱一族の統率を神族に任せようと考えていたらしいけど、あんたはその考えに反対だったみたいだね? あんたは魔乱一族の統率を神族には任せてはダメだと考えている。だから、わたしが平和ボケしているのを知って、あんたは自分の考えが正しかったと思って喜んでる。そういうこと?」
オレが悔しげな表情をしたのか、城多郎はニヤリと笑った。
「まぁ、遠慮なく言えば、そういうことです。昔と違って今の時代は海外からの直接的な脅威だけではなく、ネットワーク上の脅威にも曝されている。失礼なことを申し上げますが、ウィンキアから来た神族様がそういう脅威に対処できるはずがないのですよ」
はっきりと言われて腹が立ってきたが、城多郎が言う脅威の話は本当だろう。
城多郎は得意げに話を続けている。
「今の魔乱の正規要員はたった二十人ほどにまで減ってしまいました。それにソウルオーブも魔石も尽きようとしています。こんな状態では海外やネットワークからの脅威には到底対処できません。魔乱一族の正規要員をもっと増やさないといけないのです。それと、無くなり掛けているソウルオーブや魔石はすぐにでも補充が必要です」
「あんたが言いたいことは分かったけど……。でも、今の時代の脅威にソウルオーブはあまり役に立たないと思うよ。ソウルオーブを装着すれば魔法の攻撃力や防御力は少し高まるけど、そんなことをしても今の時代の脅威に対処できないでしょ?」
オレの言葉を聞いて、城多郎は呆れたような顔をした。
「あなたは本当にご存じないのですか? ソウルオーブにはもっと違う機能も備わっていますよ。信志郎様は神族様にお願いすれば、この日本でもそれを上手く使いこなすことができるはずだと仰っていました」
「もっと違う機能って?」
「補助脳の機能です」
「ホジョノウ……?」
オレはすぐに高速思考を発動してミサキ(コタロー)にそれが何かを尋ねた。ミサキは麓の村で地下に仕掛けられた爆発物の処置をしている最中だと思うが、すぐに応答してくれた。
『ひと言で言えば、ソウルゲートのサポートプログラムのようなものね。ソウルオーブに備わっているのはその機能限定版と考えたらいいわよ』
『それって、ミサキというかコタローと同じような機能ということ?』
『ええ。私と同じような機能だけど、補助脳ができることは限られてるのよ。補助脳に何かの質問や要求をインプットすれば正しいと思われる答えを返してくれるだけよ』
『答えを返すって、どうやって? 答えが頭に浮かんでくるとか、そんな感じなの?』
『ええ、それに近いわね。答えはオーナーの網膜に文章や画像を映し出して返すようになってるのよ』
『じゃあ、コタローよりもかなり劣った機能だねぇ』
『私の場合はオーナーを魔法で支援をしたり、自分で判断して行動したり、オーナーに助言したりできるけど、補助脳はそこまでの機能は持ってないのよ。補助脳ができることは、補助脳が取り込んだ知識や情報の中から分析して判断したり推論したりして最適と思われる答えを返すことだけよ。
それに、最初は古代語の知識しか持ってないから、補助脳に日本語を教えることから始めないと使えないわよ。でも、自分で学習する機能を持っているから、一旦学習を始めるとどんどん賢くなるわ。そうすれば質問や要求に対して正しい答えを返してくれるようになるの』
『なんだか使いこなすのに時間が掛かりそうだねぇ』
『普通はそうでしょうね。でも、神族がいれば違うわよ。知育魔法が使えるから。もっと言うとね、私が知育魔法で知識を与えれば、補助脳は一気に賢くなるはずよ』
『ソウルオーブにはそんな機能もあったんだね。今までソウルオーブのことはあまり気にしてなかったからなぁ……』
『ソウルオーブの機能についてケイも一般的なことは知っているでしょ?』
『ええと、魔力を魔法に変換したり、魔力を溜めたり、妖魔や魔獣のソウルを格納してロードオーブにできることは知ってるけど?』
『でもそれだけじゃないのよ。ソウルオーブはそれ以外にも色々な機能を持っているの。でも、その機能を使えるのは地球生まれのソウルを持っている者だけだし、機能を有効にするには神族の許可が必要なのよ』
『と言うことは、魔乱一族の人たちはみんな地球生まれのソウルだから、その機能を有効にしたら、凄い能力を持つようになるってこと?』
『ロードナイトになっていたならダイルみたいに凄い能力を持つことになるけど、ソウルオーブを装着するだけなら日本にいて役に立つのは補助脳くらいね』
『ねぇ、ミサキ。その補助脳を使ったら例えばどんなことができるの?』
今まで黙って聞いていたユウが割り込んできた。
『簡単な例で言えば、計算、翻訳、知識や情報の中から検索したり、分析して推論したり……、色々できるわよ』
『でも、それくらいならパソコンやスマホでもできることよ?』
『プログラムや音楽を作らせたり、絵を描かせたりもできるけど、それはオーナーの網膜に映し出されるだけだから……』
『あまり役立ちそうにないね。城多郎は補助脳に期待し過ぎてるのかもしれないね』
『こっちの世界で補助脳を本当に役立てようと思うのなら、インターネットへ接続するべきよ。ほら、私が株のオンライン取引きを自動でできるようにプログラムと特殊な装置を作ったことを覚えてるでしょ?』
ミサキにそう言われてオレは心の中で頷いた。あの仕組みのおかげで、口座の中のお金がどんどん増えている。今では5億円を超えているはずだ。儲かり過ぎると目立ってしまうので、今では儲かり過ぎを抑えている状態だ。
『株の自動取引の装置が何か関係あるの?』
『あの装置はソウルオーブの補助脳の機能を使ってるのよ。インターネットに接続して、補助脳に株取引や企業の動向を監視させて、分析させてるの。株で儲けが出るように補助脳が自分で学習して、どんどん賢くなっていくから、任せっきりでも口座のお金は増え続けているのよ。役に立つでしょ?』
『城多郎は補助脳をネットに接続して使おうとしてるってこと? でも、そのためには魔力信号と電気信号を変換するための接続装置が必要だよね。ミサキが株取引のために作ったような……』
もしかすると城多郎はそんなことまで知っているのだろうか……。
※ 現在のケイの魔力〈1306〉。
(日本では〈653〉。日本でソウル交換しミサキに入ると〈131〉)
※ 現在のユウの魔力〈1306〉。
(日本でソウル交換してケイの体に入ると〈131〉)
※ 現在のコタローの魔力〈1306〉。
(日本でミサキの体を制御しているときは〈653〉)




