SGS272 忍び寄る魔の手
相手がオレの敵であることは間違いないが、その相手が分からないだけに不安は増していく。その不安に追い討ちをかけるようなことをミサキが言い始めた。
『ケイ、気を付けなさい。あなたが今いるユウの家は見張られていると考えた方がいいわよ。それに盗聴されてる可能性が高いわ』
『えっ!? 盗聴?』
『ええ。ユウの家に神族がいると相手が考えたのは、家の中での会話を盗聴しているからだと思うの。家に時々帰ってくるユウと家族が会話をしてるはずなのに、そのユウという人物が家を出入りしている様子がないでしょ。相手は盗聴しながら家を見張っていて、その矛盾に気付いたのよ』
『それは……、わたしが外からこの家に出入りしたら、優羽奈が戻っていることが近所の人に分かってしまうからね。だからワープを使って……。あッ!』
『そういうこと。ワープを使えるのは神族だけよ』
オレがこの家の玄関を出入りしたのは最初にユウの家に戻ってきたときと、ユウの父親から車を借りてマラント牧場を調べに行ったときの2回だけだ。そのどちらも夜中だった。
その後もユウの振りをして家に時々帰ってきたが、ずっとワープを使って移動していた。昨夜、エドラルたちを捕獲するために出掛けたときも、いったん新居にワープしてから外に出たのだ。それほどユウの家への出入りには気を使っていたが、それが裏目に出てしまったらしい。
『でも、どうして? この家はいつから見張られたり、盗聴されたりしてたのかな?』
『たぶん、ケイがあのマラント牧場を調べに行った後からだと思うわ。父親の車のナンバーから車の持ち主を割り出されてしまったのか、車に追跡用のGPS発信機を取り付けられてしまったのか……。どちらにしても、相手は簡単にユウの家を見つけることができたでしょうね』
『ということは、あのマラント牧場や紋章は……、わたしを誘き寄せるための罠だったということ? こっちが調べているつもりだったけど、逆に相手にこっちを調べる手掛かりを与えてしまったということ?』
『そういうことになるわね。あの紋章の意味はウィンキアの人間じゃないと分からないものね。つまり、魔物の体に紋章を刻んだコインが埋め込まれていたのも、マラント牧場に衛星画像だけで分かるように紋章を象った花壇が作られていたのも、この世界に来ているウィンキアの人間を呼び寄せるために誰かが仕組んでいたってことよ』
『わたしはその罠にまんまと引っ掛かって、この家のことを相手に知られてしまったのか……。じゃあ、昨夜、菜月が拉致されそうになったのも、そいつらの仕業ってことなの?』
『たぶん、そうでしょうね。相手にとって、拉致が成功しようが失敗しようが、どっちでも良かったのよ。成功すれば菜月を尋問するつもりだったでしょうし、失敗すればユウの家や家族を誰かが守っているということが明らかになるから。おそらく菜月を拉致したのは、ユウの家が神族と本当に関係しているのかを確かめるために相手が仕組んだ罠だったのよ』
『その罠にまんまと掛かってしまったということ? ナデアが電撃魔法で男たちを撃退したところも敵に見られていたのかな?』
『ええ、おそらく。ナデアの姿は分からなかったでしょうけど、誰かが菜月を守っていて、魔法で男たちを撃退したと考えたでしょうね。これで敵は確信したはずよ。ユウの家が神族と関係していて、魔法を使う者が家族を守っていると』
『それで敵はすぐに行動を起こして、脅しを掛けてきたのか……』
不気味だった。誰とも分からないが、その魔の手が自分たちに忍び寄っている。
でも、よく考えると辻褄が合わないことがある。菜月を拉致しようとした男たちの中に、高井永太という名前のあのストーカーがいたことだ。あのストーカーはオレがマラント牧場に行く前から菜月を付け回していた。
その疑問をミサキ(コタロー)に投げかけてみた。
『分からないわ。私たちが知らない何かが裏に隠れてるのだと思うけど、それはこれから調べてみるしかないわね。マラント牧場へ行って相手に接触すれば、もっと分かってくると思うけど……』
『ケイ、それは止めた方がいいよ……』
黙って聞いていたユウが不安な気持ちを露わにして話しかけてきた。
『相手の狙いが何かは分からないけど、危険な相手よ。マラント牧場へは行かない方がいいと思うの……』
『ユウの心配も分かるけど……。でも、行かないとこの家を爆破すると敵は言ってきてるからね。爆破されてもユウの家族だけならバリアを張れば大丈夫だけど、近所の人たちまでは守り切れないよ。だから行くしかないと思ってる。イヤだけど……』
『ユウ、ケイの言うとおりよ。敵への対応はケイに任せましょ。ケイが牧場へ行ってる間は、家の中にいるユウの家族を私とエドラルたちで守るわ。それと、ユウの家と周辺を探して爆発物が仕掛けられてないか調べてみる』
その後、高速思考を解除して、ユウの両親や妹の菜月、それとエドラルたちに今の事態について説明した。その話に両親や菜月は驚いたり怖がったりしているが、それが普通の反応だろう。
騒ぎを大きくすると却って危険だと言い聞かせると、以前に掛けていた暗示が効いて両親と菜月は落ち着いてきた。今日は仕事や学校を休んでもらって、外出もしないよう言い渡した。
盗聴されていることも話したから、ユウの両親や菜月も念話を使ってオレたちと会話をしている。だから敵に話を聞かれるおそれはない。
家や周辺に爆発物が仕掛けられている可能性がある。その爆発物についてはミサキ(コタロー)の指導でエドラルたちが探してくれることになっている。
『じゃあ、後のことは頼むね』
ミサキとエドラルたちに家の守りや爆発物の捜索は任せて、オレはワープで一旦新居へ移動した。
マラント牧場の位置は関東の南西部で、山の中だ。麓の村まで車で行って、そこからは自分の脚で移動することになる。車を使えば牧場までは3時間ちょっとで辿り着くはずだ。
1か月前にマラント牧場へ行ったときはユウの父親に車を貸してもらったが、何が起こるか分からないから父親の車を使うのは危険だ。マラント牧場にワープポイントを設定しておけば良かったのだが、ワープポイントの数には限りがあるから設定してなかった。だからワープでは移動できない。
オレは新居を出て、数駅先のレンタカー店で車を借りて移動することにした。今から動けば、11時頃には麓の村へ着けるだろう。
時間に余裕があるから村に着いたら聞き込みをするつもりだ。
………………
レンタカーで移動している最中にミサキ(コタロー)から高速思考で連絡が入った。
『爆発物が見つかったわよ。家の近くにある2階建てのアパートの一室に仕掛けられてたの。見つけたのはエドラルよ。家の周囲100mの範囲を探してもらったけど、爆発物はその1個だけだったわ』
エドラルたちなら壁などは自由に通り抜けられるから隈なく探すことができる。
『それって時限爆弾のようなもの?』
『私が見たわけじゃないからはっきり分からないけど、たぶん遠隔操作で爆発するようになってると思う。それと、動かしたら爆発するかもしれないわね』
『ミサキならそれを解除できるよね?』
『起爆装置の解除っていう意味なら時間が掛かるわね。今の私の知識じゃ無理だから。どうしても解除しろと言うのなら、ネットで調べてから爆発物を作ってみて、それを解除する実技訓練を何度もやってみないと、解除できるか判断できないわ』
『早い話が、起爆装置の解除は無理ってことだね?』
『ええ、すぐに解除するのは無理よ。それよりも別の方法を考えてみようと思ってるの。アパートの部屋へ行って調べてみるから、また後で連絡するわね』
『分かった。それと、ユウの家から出るときは注意してよ。見張られてるだろうから』
『ええ、一旦ワープで新居に移動してからアパートに行くから大丈夫よ。ユウの家を見張っているのは2チームよ。車の中に二人いて、ユウの家の表側を監視してるチームと、それとは別にマンションの4階の部屋に二人いて、家の裏口を見張ってるチームよ。これもエドラルたちが見つけてくれたのよ』
『そいつらは武装してる?』
『いいえ、武器は持ってないように見えたって。探知魔法で探ったけど、ソウルオーブも装着してないわね』
『見張ってるだけか……。それなら、とりあえずは放っておいて大丈夫だね。じゃあ、爆発物の件はよろしく』
………………
それから30分ほどして、またミサキから高速思考で連絡が入った。
『今、アパートの部屋に来ていて、爆発物を調べ終わったところよ。爆発物は処置できるわよ』
『どうやって?』
『私が異空間倉庫の魔法でソウルゲートに送って、向こうで爆発させるのよ』
『でも……、そんなことをして大丈夫?』
『範囲が100m規模の爆発ならソウルゲートの中でも平気だと思うけど、アドミンに相談したら念のためにソウルゲートの外に転送して破壊するそうよ。宇宙空間だから問題ないわよ。今からこの方法で処置して構わないかしら?』
『じゃあ、やって』
その10秒後、ミサキから無事完了したと連絡があった。爆発物を処置したことは敵には気付かれていないそうだ。
………………
うねうねと続く山の中の道を車で走って、麓の村へようやく辿り着いた。時刻は11時前だった。
1か月前にこの村に来たときは深夜だったから気にしなかったが、昼間の今でも廃村かと思われるほど人の気配が無かった。道にも畑にも村人の姿は見えず、林の樹々が秋の風に梢を揺らしているだけだ。
しかし探知魔法で調べると、五十人ほどの人間が家の中にいることが分かっている。おそらく村に残っているのは大半が年寄りで、若い者は村の外へ働きに出ているのだろう。
村の真ん中に広い空き地があり、車が10台ほど好き勝手な方向に停められていた。村人たちの車だろう。軽トラやオフロードでも走れるような四輪駆動車が多かった。
舗装された道はこの空き地のところで終わっていた。マラント牧場はこの村から数キロ先の山の中にある。ここから先は轍はあるがデコボコの荒れた道で、とてもレンタカーでは入って行けそうにない。車はこの空き地に置いて、牧場までは自分の脚で進むしかないだろう。
オレは車から降りて辺りを見渡した。四方を山に囲まれた戸数20軒ほどの小さな村だ。村はずれには古い校舎が見えている。廃校ではなさそうだから子供もいるようだ。点在する家々の周囲には段々畑が続いていた。どの家も古びているし、畑の石垣も苔むしている。こんな山奥の村だが、人の営みは遥か昔から延々と続いてきたのだろう。
周りの山々は深い緑色で所どころに紅く染まった梢が見える。見上げると、谷あいの上の青空が眩しいくらいだ。この村はかなり山を登ったところにあるからユウの家がある街よりは気温が4度か5度くらい低いはずだ。今も15度を下回っていると思うが、オレはバリアに守られているから気温が低くても問題ない。
オレはこの村でマラント牧場のことを尋ねるつもりでいた。まだ11時前だから指定された時刻までは余裕がある。村人の姿は見えないが、空き地に面して雑貨屋や村の集会場があって、中に人がいるようだ。そこで尋ねてみよう。
オレは歩き出そうとして立ち止った。誰かが近付いてくるのが分かったからだ。
家の間の小道から出てきたのは女性だ。30歳くらいだろうか。清楚で綺麗な人だ。真っ直ぐにこちらへ歩いてくる。オレに何か用があるらしい。
「お待ちしておりました。ウィンキアから来られた方でございますね?」
相手とこういう接触になるとは思ってなかった。オレは少し驚いたこともあって、数秒の間、その女性と見つめ合う形となった。
※ 現在のケイの魔力〈1306〉。
(日本では〈653〉。日本でソウル交換しミサキに入ると〈131〉)
※ 現在のユウの魔力〈1306〉。
(日本でソウル交換してケイの体に入ると〈131〉)
※ 現在のコタローの魔力〈1306〉。
(日本でミサキの体を制御しているときは〈653〉)




