SGS271 相手の狙いはオレ
朝になって菜月と一緒に1階に下りていくと、ユウの両親は驚いた顔をした。もちろんオレのことをユウだと思ってるはずだ。
「ユウ、帰っていたのか?」
「何か良くないことが起きたの?」
父親も母親も心配そうな顔だ。オレの表情を見て何か感じ取ったのかもしれない。オレはユウの振りをして事情を説明した。昨夜、菜月が男たちに拉致されそうになったが、ナデアに助けられて無事だったことなどだ。
ユウの口調を真似するのは慣れてきたと思うが、相変わらず喋りながら違和感を感じてしまう。
『昨夜は本当に危なかったのよ。ナデアが頑張ってくれて菜月を守ることができたの。でも、もしまた襲われたらナデアだけじゃ助けられないかもしれない。それでね、新しい仲間に加わってもらって、菜月だけじゃなくて、パパやママも守ってもらおうと思うんだけど……』
エドラルたちとも会話ができるように、オレは念話を使って両親や菜月と話をしている。姿は見えないが、エドラルたちはすぐ近くにいるのだ。
「新しい仲間って誰なんだ?」
『それは……、エドラルとミツ、それにヒコの三人よ。この三人はナデアと同じような浮遊ソウルなの。姿は見えないけれど、元々は人間だから知性は高いし魔法も使えるのよ』
以前からユウの両親や妹の菜月は浮遊ソウルが何かということを知っていた。ネズミに入っているナデアを紹介したときにオレが説明したからだ。幽霊という言葉は怖がるから使ってないが、浮遊ソウルが霊魂だということは理解している。
三人とも素直にエドラルたちを受け入れてくれた。暗示が効いていることもあるが、菜月とナデアが仲の良い友だちになっていて、菜月のことをナデアが命を掛けて守ってくれたことが心に響いているのだと思う。
エドラルたちは念話でユウの両親や菜月と挨拶をして、自己紹介をし合っていた。
………………
朝ごはんを食べ終わって後片づけを手伝っていると、ユウの父親が不安そうな顔をして手紙のような物を持ってきた。
「こんなものが郵便受けに入っていたぞ……」
封筒には住所は無く、大きな文字で「ウィンキアの神族へ」とだけ印字されていた。郵便で届いたのではなく、家の郵便受けに直接投げ込まれたものだ。
ナゼだか分からないが、ウィンキアの神族がこの家にいると知っている者がいる。頭の中で不安が一気に膨らんだ。
急いで封筒を開いてみた。
「神族に告げる。今日の午後2時に指定した場所に来い。来なければこの家を含む100mの範囲を爆破する。家の者が逃げ出したときも爆破する。周囲の住人が大勢死ぬことになるだろう。これは口先だけの脅しではない。今朝のニュースを見れば分かる」
簡単な文面の下に指定場所の経緯と緯度が書かれていた。
『ケイ、これはどういうことなの?』
高速思考でユウが尋ねてきた。
『分からない……』
オレはすぐにテレビをつけて、ニュース番組にチャンネルを合わせた。自分に関係がありそうなニュースを探していくつかチャンネルを切り替えると、「射殺されていたのは高井永太さん……」と言うアナウンサーの声が聞こえてきて、オレはそのニュースに見入った。画面は事件現場からの中継に切り替わっていた。
「車が見つかったのは規制線の向こう側に見える通りの奥です。ここは閑静な住宅街で……」
その中継によると、車の中で四人の男たちが射殺されているのが見つかったそうだ。発見されたのは昨夜の9時頃だ。路上に不審な車が停まっていると警察に通報があって、すぐに警官が出向いて見つけたらしい。四人は暴力団員と見られていて、その中で一人だけ身元が判明した者がいた。その名前が高井永太だった。
高井永太というのは菜月を付け回したあのストーカーの名前だ。もしかすると殺された四人というのは、菜月を拉致しようとした男たちかもしれない。
車が停めてあったのはユウの家からはかなり離れた街だ。車で1時間くらいは掛かるだろう。男たちは菜月の拉致に失敗した後、その街に移動してすぐに殺された。そういうことだろうか……。
『相手の狙いは菜月じゃないわよ。ケイ、あなただわ』
ミサキ(コタロー)が高速思考で語り掛けてきた。ミサキは今、オレの実家の2階にいる。そこが日本でのオレたちの拠点であり新居なのだ。ミサキは新居の中に整備してある高性能なパソコンとネットワーク使って、手紙に書かれていた場所を調べてくれてるはずだ。
『ネットで調べて分かったんだけど、指定された場所はあのマラント牧場だったわ』
『えっ!? マラント牧場だって?』
オレはその名前を聞いて驚いた。実は1か月ほど前に関東の山の中にあるその牧場まで行ったことがあったからだ。わざわざ現地までオレが行ったのには理由があった。
話はそのときに遡る。1か月ほど前のその日、オレはガリードから重要な連絡を受けた。調査していた紋章の件が分かったと言うのだ。
その紋章というのは日本に現れた魔物の体内から出てきたものだ。以前、オレが初めて日本に戻ったときに図書館で過去の新聞を調べていて、ウィンキアにしかいないはずの魔物が日本でも現れていることを知った。警察や自衛隊が出動してほとんどの魔物は退治されていた。どの魔物の体内からもコイン状の物体が見つかっていて、そのコインの両面には紋章が刻まれていた。片面はバーサット帝国の紋章が刻まれていたが、その裏面の紋章は分からなかった。それで、その写真をウィンキアに持ち帰り、ガリードに調べてもらっていたのだ。
ガリードから紋章のことが分かったと連絡が来たのは、クドル・インフェルノで訓練をしていた最中だったが、オレは急いでガリードに会いに行った。
「あの紋章はな、マラント家の紋章だと分かったぞ」
「マラント家?」
「ああ、マラント家だ。バーサット帝国の伯爵だ。いや、伯爵だったと言うべきだな」
ガリードがそう言い直したのはマラント家が20年以上前に取り潰しになっていたからだ。当主はシンシル・マラントという伯爵だったが、皇帝の逆鱗に触れて処刑されたらしい。
「詳しいことを調べようとしたんだがな、シンシル・マラントについては全く情報が残ってなかった。おそらく何かの理由があって帝国政府が情報を抹消したんだろうな。マラント家については少しだけ分かったことがあるが……」
ガリードの話では、マラント家はバーサット帝国の前身だったカイナラン王国に元々仕えていた貴族だったそうだ。先祖は初代の神族に仕えていたエルフの使徒であり、それが野に下りてカイナランに住み着いて貴族になったらしい。代々エルフが当主を継いで、国が滅んで新たにバーサット帝国が興ってからも貴族として新国家に仕えてきた。それ以上の詳しいことはガリードも分からなかったようだ。
オレと同時にガリードからの報告内容を知ったミサキ(コタロー)はすぐに行動を起こした。日本にワープしてネットで検索したのだ。すると「マラント牧場」という名前がヒットした。場所は関東の南西部で、山の中の牧場だ。ミサキが地図ソフトの衛星写真で調べたら、なんと、あの紋章が牧場の中に描かれていることが分かった。
ミサキからの呼び出しを受けて、オレはすぐに日本の家にワープした。ミサキと一緒にその衛星写真を見ると、たしかに直径10mほどの円形の紋章が牧場の建物の近くに描かれている。最大に拡大して初めて分かるから、普通に衛星写真を眺めただけでは気付かないだろう。
日本に現れた魔物の体内から出てきたコイン状の物体。そこに描かれていたのがマラント家の紋章だった。マラント家はバーサット帝国の貴族だったが、20年以上前に取り潰しになっていた。その紋章と同じ図柄が、このマラント牧場に描かれている。これはいったいどういうことだろうか……。
真夜中だったが、オレはすぐに現地へ行ってみることにした。
ユウの父親から車を借りて、数時間掛けて牧場の近くの麓の村に着いた。父親は暗示が働いているからオレが頼むと文句も言わずに車を貸してくれた。車を運転するのは久しぶりだったが、すぐに勘が戻ってきた。
車で入れるのはこの麓の村までだった。車を村の空き地に停めて、オレは真っ暗な山道を浮上走行の魔法を使って牧場まで走っていった。
10分ほどで牧場に着いた。牛舎に数十頭の牛が飼われていて、母屋では住人が何人か眠っていた。特に変わったところは無く普通の牧場だった。
衛星写真で見た紋章は牛舎の近くにある花壇だと分かった。レンガを組み合わせて円形に作られていて、真ん中が一番高くて段々に低くなっていた。真上から見ると初めて紋章と同じ図柄だと分かるが、普通に見ただけでは花を見易いように工夫された花壇にしか見えない。
結局、その夜は何も収穫が無く、ユウの家に戻ってきた。
この牧場にはきっと何かあると思うのだが、オレに対して脅威になっているわけでもない。だから、今はクドル・インフェルノでの訓練に集中しようと思い、当面は放っておくことにしたのだった。
話が長くなったが、それが1か月ほど前の出来事だ。
今になってちょっと後悔しているが、あのときに当面は放っておこうと判断したのは甘かったと思う。脅威ではないと考え、マラント牧場のことを放置してしまったことが裏目に出てしまった。まさかその1か月後にマラント牧場まで来るようにオレ自身が脅しを受けるとは夢にも思ってなかったのだ。
『ケイ。あのとき、もっと調べたら良かったのに……』
ユウの言うとおりだが、今さら悔やんでみても仕方ない。
『ともかく、相手が指定してきたマラント牧場へ行ってみるしかないわね』
ミサキは簡単に言ってくれるが、相手の正体が分からないだけに気が重い。
相手はこの家に神族がいることを知っていて、その神族を呼び出そうとしている。つまり、相手の狙いはオレだ。そして、そのためには人を殺すことも厭わない相手だ。
オレを呼び出して殺そうとしているのか、それともオレを脅して何かをさせようとしているのか……。いずれにしても相手はオレの敵だ。
相手はバーサット帝国の元貴族であるマラント家と関係がある可能性が高い。もしかすると、この世界にもバーサット帝国の手が伸びているのだろうか……。
言い知れぬ不安が心の中に広がってきた。
※ 現在のケイの魔力〈1306〉。
(日本では〈653〉。日本でソウル交換しミサキに入ると〈131〉)
※ 現在のユウの魔力〈1306〉。
(日本でソウル交換してケイの体に入ると〈131〉)
※ 現在のコタローの魔力〈1306〉。
(日本でミサキの体を制御しているときは〈653〉)




