SGS269 お友だち捕獲作戦
真夜中。オレは山の中の道路を自分の脚で走っていた。浮上走行と暗視の魔法を使っていて、走る時速は30キロほどだ。
オレはナデアの友人たちの協力を得るために山の中まで会いに来たのだ。
幽霊に協力してもらうなんて絶対に嫌だったからオレは拒否したのだが、ユウやコタローに押し切られてしまった。ナデアの友だちはロードナイト並みに魔力が高い幽霊らしい。そんな幽霊の協力が得られれば、今回の暴力団対応だけでなく、その後も役に立つと言われて、オレもウンと頷くしかなかった。
こっちの世界ではオレやミサキが魔法を使えば目立ってしまう。魔法を使っているところをスマホで撮られたり、監視カメラに録画されたりするかもしれない。そんなことになれば一大事だ。だが幽霊なら誰にも見られずに、こっそりと偵察したり秘密工作を行ったりできる。もし見つかったとしても幽霊や化け物の不可思議な仕業として終わるだけだ。ユウやコタローが強硬に主張したのはそういう理由があったからだ。
あれから電車とタクシーを乗り継いで、目的の場所に近い住宅街で降りた。そこから山に続く道路を走り始めた。片側一車線の整備された舗装路だが、深夜にこんな山の中を走る車はほとんど無い。
車が近付くのを探知したら樹木などの陰に隠れた。こんな深夜に山中の道路を走っている人間がいたら不審に思うだろう。若い女がライトも持たずたった一人で、しかも空中に浮かんで短距離ランナー並みの速さで走っているのだから尚更だ。警察に通報されたりしたら大変だ。
『その右の道に入ります』
ナデアが一緒に付いて来てくれた。浮遊ソウルの状態だから目には見えない。
ナデアの案内で整備された道路から脇道に入った。その道は少し登りながら山の奥へと続いているようだ。両側から樹木の枝や藪がはみ出して来ていて、車一台がやっと通れるくらいの荒れた道だった。
『お友だちがいるのはこの道の奥にある一軒家です』
少し走ると樹木の間に平屋の民家が見えてきた。道はこの民家で終わっている。瓦葺の頑丈そうな古民家で、周りの庭も畑も雑草で覆われていた。誰も住んでいないようだ。
オレはかなり前から建物の中にいる幽霊を探知していた。三人の幽霊、つまり意思を持った浮遊ソウルがいるようだ。驚いたことに魔力は一番高い者が〈125〉もある。残りの二人も〈72〉と〈63〉で、ウィンキアのロードナイト並みの魔力を持っていた。
『ミサキ、あの幽霊たちの魔力がビックリするほど高いけど、どうしてだろ?』
高速思考モードでミサキ(コタロー)に尋ねた。ミサキは今、菜月を護衛するためにユウの部屋で待機している。でも、オレの状況も逐次掴んでいるのだ。
『これほど高い魔力を持ってるということは、ウィンキアから転移してきた妖魔が地球で死んで、意識を持った浮遊ソウルになった可能性があるわね』
妖魔というのはウィンキアのロード化した魔族のことだ。それが何かの理由で地球に送り込まれて死んだのだろうか?
考え込んでいると、ナデアが話しかけてきた。
『あたしが先に行って、お友だちを説得して来ます。ケイさんはここで待っていてください』
オレはナデアの友人たちと戦いに来たのではなく、協力を仰ぐために話し合いに来たのだ。幽霊たちが簡単に説得に応じるとは思えないが、ここはまずナデアに任せるべきだろう。
民家が見える道で30分ほど待ったが、ナデアは戻って来ない。探知魔法で三人の幽霊のところにナデアがいることははっきりと分かっている。無事だとは思うが、あまりに遅すぎる。
『ケイ、様子を見にいった方がいいわよ』
ユウに促されて、仕方なく民家の中に入ることにした。気が進まないが……。
そもそもオレは幽霊というのが苦手だ。頭では自分の方が圧倒的に強いことは分かっている。だが、幽霊という存在に対して心の中に刷り込まれた恐怖心のようなものがあるのだ。
オレはゴキブリも苦手だが、その言いようのない恐怖心は似たようなものだと思う。夜中に台所へ水を飲みに行って、足元にゴキブリを見つけたときの全身の毛が逆立つような、あの怖さだ。ゴキブリと幽霊を同列に考えたら幽霊に怒られるかもしれないが。
そんなことを考えながら民家の玄関の前に立った。玄関の扉はカギが掛かっていて開かない。だが、そんなのは問題ない。魔視の魔法を使えば、扉の向こう側も見ることができるからだ。魔力が〈500〉を越えてから使えるようになった魔法だ。
魔視と念力を使ってカギを外して中に入ると、そこは土間になっていた。この家は建てられてから百年以上経っているのかもしれない。
しんと静まり返っている家の中は真っ暗だが、オレは暗視魔法のおかげで部屋の隅々まで見ることができる。見ることはできるが、怖い。
ナデアに初めて出会ったときのように、また人魂や上半身だけの半透明な幽霊の姿になってオレの前に現れるのだろうか……。
恐怖心が込み上げて来て、オレは逃げ出したくなってきた。ここまで来て弱腰になるのも我ながら情けないが……。
『来るなーっ! 立ち去れーっ!』
突然、敵意の籠った念話が頭の中に飛び込んできた。オレは飛び上がるほど驚いた。
土間を上がったところに囲炉裏の間があって、その奥の間に人魂が浮かんでいるのが見えた。3個の人魂がふわふわと漂いながらこっちへ近付いてくる。
相手が分かっていれば怖くない。オレはそう思っていたが、怖いものはやっぱり怖い。
ユウが何も言わずに活性化の魔法を掛けてくれた。オレが怖がっているのが分かったみたいだ。
『ナデアから……、ナデアから聞いてくれたと思うけど、話し合いたいことがあって来たんだ』
『生ある者、去ねぃ! 去なぬなら殺す。殺すぞえ!』
さっきとは別のソウルからの念話だ。敵意どころか殺気が籠っていた。
『ヒコさんもミツさんも止めてください! エドラルさん、何とか言って、この二人を止めて!』
ナデアの念話だ。おそらく幽霊たちを説得しようと今まで頑張っていたのだろう。だが、それは無駄だったようだ。
オレに近寄ってきた人魂の一つが魔法を撃ってきた。電撃の魔法のようだ。オレのバリアがちょっとだけ淡く光ったが、それだけだった。
もう一つの人魂が何かの魔法を放った。するとオレの目の前に髪を振り乱して口から血を流す女の顔が浮かび上がった。顔だけの巨大な化け物だ。
「きゃっ!」
思わず悲鳴を上げてしまった。正直、ビビった。
『ケイ、落ち着くのだわん。あれは幻影の魔法だぞう』
目の前の不気味な女の顔は幻影なのか……。今までオレは使ったことが無かったが、この幻影魔法を使うと相手が油断していれば幻を見せることができるらしい。知識によるとバリアの有無は関係ないとのことだ。
くそっ! 幽霊に対する恐怖心のせいで、オレはあっさりと幻影魔法に掛かってしまったのだろう。
腹が立ってきた。ナデアの友だちでも遠慮しないぞ。
オレは浮遊ソウル捕縛の魔法を立て続けに発動した。狙いは3個の人魂だ。
以前、ナデアを捕らえるときは狙いを外してしまったが、今回は大丈夫だ。難なく三人分の浮遊ソウルを捕まえることができた。
目の前に浮かんでいた人魂は消えて、部屋の中は静まり返った。
『ナデアにはわるいけど、友だちの幽霊は三人とも捕まえさせてもらったよ』
『すみません。あたしがちゃんと説得できなくて……。生きている者との話し合いなど必要ないと言って、あたしの話を聞いてくれなかったので……』
やはり話し合いだけですんなりと幽霊たちを味方に付けるのは無理なようだ。
コタローはここに来る前からそれを予想していて、オレに助言を寄こしていた。
『いくらナデアの友人でもにゃ、今まで好き勝手に過ごしてきた幽霊たちがケイに素直に協力するはずがないのだわん。だからにゃ、暗示魔法を使って無理やりにでも協力させるべきだぞう』
それがコタローの意見だった。ユウもコタローに賛成した。
『たしかにロードナイト並みの魔法が使える幽霊たちがいれば、こっち世界ですごく役に立つわね。コタローが言うように、少し無理をしてでもケイの協力者を増やすべきよ』
協力者を増やすのは良いが、それが幽霊だというのが生理的に嫌だった。だが、コタローやユウのアドバイスは尤もだ。オレは渋々そのアドバイスを受け入れて、作戦を用意してきた。いつものように暗示を用意したのだ。
その暗示を捕らえた幽霊たちに掛けた。
幽霊たちに掛けた暗示は、オレの命令に従わなかったりサボったりしたときは、幽霊自身が自分のソウルに罰を与えるというものだ。
その罰とは何か。それは幽霊自身が魔力切れになるまでキュア魔法を自分のソウルに掛け続けるというものだった。オレやミサキが近くにいればオレたちの前でそれを行い、近くにいないときはこの古民家に戻って来て自分自身を罰するよう暗示を掛けた。
浮遊ソウルにキュア魔法は効かないから無意味だが、魔力は僅かだが消費する。それを何度も繰り返して魔力切れに近い状態になったら苦しくなって意識を失う。そして魔力が少し回復して意識が戻ったら、またキュア魔法を自分に掛け続けて意識を失う。オレの命令にちゃんと従うまでそれを無限に繰り返すのだ。
消費する魔力は僅かだから、魔力切れに近い状態になったとしても完全に魔力が無くなることは無いはずだ。コタローも幽霊たちのソウルが消滅することは無いと言ってるから大丈夫だろう。
その暗示を掛けた後ですぐにオレは命令を出した。
『命令します。わたしや仲間に敵対しないこと。わたしや仲間への報告は正直に行うこと。わたしや仲間から逃げないこと。わたしや仲間の秘密は守ること。いいですね? 返事をしなさい』
幽霊たちを捕縛した状態だが、念話で話はできるはずだ。しかし、幽霊たちからの返事は無い。
幽霊たちが反抗してくることは計算済みだ。その命令を出してから、オレは幽霊たちを解放した。
目の前の空中にまた人魂が現れた。二つは部屋から出て行こうとしたが途中で止まった。逃げようとしたらしいが、暗示が効いたのだろう。二つとも消えてしまった。
残った一つは念話を放ってきた。
『呪い殺すぞえ……』
そこまで言って消えてしまった。
※ 現在のケイの魔力〈1306〉。
(日本では〈653〉。日本でソウル交換しミサキに入ると〈131〉)
※ 現在のユウの魔力〈1306〉。
(日本でソウル交換してケイの体に入ると〈131〉)
※ 現在のコタローの魔力〈1306〉。
(日本でミサキの体を制御しているときは〈653〉)




