SGS267 バーサット対策会議その2
バーサット帝国の脅威に対する対策会議がまだ続いている。
「自分たちの力の無さが情けないよぉ。ねぇ、ダーリン?」
今の話し合いで良い対策案が出なかったことにハンナも不満に思っているようだ。問い掛けられたダイルは困ったような顔をしている。
ハンナに対して口を開いたのはガリードだった。
「ハンナさん、あんたの気持ちは分かるが無理なものは無理だ。それどころか、おれの兵団は今でも無理を続けていて、部下の中には体調を壊す者も出ているくらいだ」
「えっ? どういうことですか?」
ガリードの言葉が気になって、オレは思わず聞き返した。
「ケイさん。この半月の間、あんたの依頼で警戒を強化しているが、今のような調子で警戒を続けるのは難しい状態になってるんだ。部下たちの負担が大きいし、疲れも溜まって来てるからなぁ」
そう言いながらガリードはナムード村長の方に顔を向けた。
「ナムード村長、アーロ村の方はどうなんだ?」
「それはアーロ村でも同じじゃ。村の衆にはもう少し頑張るように言っておるんじゃがのぉ……」
ガリードもナムード村長も腕を組んで顔をしかめている。本当に困っているようだ。
「じゃあ、あと1週間だけ今のまま警戒の強化を続けてもらえますか? この1週間で何も起きなければ、その後は少しずつ警戒態勢や巡視の頻度を緩めていけば良いと思います。一気に元の警戒態勢まで緩めるのは危険ですから。どうですか?」
「むむ……。仕方がないな……」
「そうじゃのぉ……。細かいことは後でケイ様と話し合うしかないのぉ」
難しそうな顔でガリードもナムード村長も呟くように言うと、その様子を見ていたアルロが遠慮がちに手を上げた。
「あのぉ、無理な状態を続けていると聞いていて、こんなことを言うのも気が引けるのですが……」
「なんだ? 言いたいことがあるのなら早く言えっ!」
ガリードが自分に関係すると思ってか大きな声を上げた。アルロはそれに頷いてからオレの方に顔を向けた。
「ケイ様のお考えのとおり、近いうちにバーサットが何か仕掛けてくるのはほぼ間違いないでしょうねぇ。レングランもラーフランも軍事力が弱まってますが、ケイ様、ラーフランの状況はレングランよりもずっと深刻ですよ。レングランはレング神様の一族がケイ様の忠告に従って防衛を強化していますが、ラーフランは何も気付いていないですし、軍の魔闘士もその人数が半減していますから。ケリル王子のダンジョン探検が失敗したせいでね」
アルロはオレの目をじっと見つめながら語っているが、何が言いたいのか分からない。
「それで?」
「僕はラーフランが故郷なので、ついラーフランのことを心配してしまうのですけどねぇ。今の状態でラーフランがバーサットから本格的な攻撃を受けると、おそらくラーフランは敗れて占領されてしまうでしょうねぇ。ラーフランがバーサットに占領されたら、次に狙われるのはレングランです。そのときはレングランが陥落するのは時間の問題になりますよ」
「アルロ、あんたは何が言いたいんだ?」
イライラしたようにガリードが声を上げると、アルロはガリードの方を向いてニコリと微笑んだ。
「言いたいことですか? 分かりませんか? はっきり言えば、皆さまが考えている以上にラーフランは危ない状態であり、ラーフランが負けたらクドル3国も敗れて、バーサット帝国に支配されてしまうということですよ」
「それで、どうしろと言うんだ?」
ガリードが低い声で問い掛けた。怒りを抑えていることが分かる。
「もっと急ぐべきです。ラーフ神様の第一夫人と第二夫人の調略をね。調略が成功すれば、ご夫人方にラーフ神様を説得していただくことができますから。ご夫人方の話を聞けば、ラーフ神様もバーサット帝国の脅威が迫っているとお分かりになるでしょう。そうすればラーフランの防衛はもっと強化されるはずですよ」
アルロの話を隣で聞いていたナリム王子が何度も頷きながら口を開いた。
「よくぞ申した、アルロ。私もおまえの意見に賛成だ」
ナリム王子はアルロからオレの方に顔を向け直して言葉を続けた。
「どうでしょう、ケイ様。先ほどの話し合いで、調略は1か月後に行うことになりましたが、もっと早めてはいかがでしょうか。調略を急げば、バーサットが何か仕掛けてくる前にラーフランを我らの味方に加えられるかもしれません。調略をできるだけ早く仕掛けた方が良いと思います」
アルロとナリム王子の意見は尤もなことだ。さっき作戦内容を話し合ったときには調略は1か月後に行う予定としたが、調略のピッチを速めるべきだろう。
その準備はガリードに頼んでいるから、またガリード兵団に負担を掛けてしまうことになるが……。
ガリードの方に顔を向けると、オレの意図を察したのか難しい顔のままガリードは口を開いた。
「部下たちにまた無理をさせることになるが、やるしかないな……。調略の舞台となる場所の確保はすぐに進めるが、事前の仕掛け作りや噂を広めるのにはどんなに急いでも半月は掛かるぞ」
「じゃあ、半月後に決行しましょう。それを目途に準備を急いでもらえますか?」
「ケイさん、相変わらず人使いが荒いな。だが仕方ない。何とかするよ」
渋々だがガリードが了解してくれてオレはホッとした。参加者全員の顔を見渡したが、意見のある者はいないようだ。
「じゃあ、今日の会議はこれで終わりましょう。あっ、そうだ最後に一つだけ。アルロ、あなたにお願いがあるんだけど」
「はい、僕にですか? 何でしょう?」
「クドル3国の共同体とそれ以外の国との同盟のことだけど、具体的な中身を考えておいてほしいんだ」
「具体的な中身と言うと?」
「例えば、共同体は何を共同管理するのかとか、そのルールとか、統治体制をどうするのかとかね。それと同盟の方は何を神族や国の代表者と約束すればいいのかとか、そういうことを考えておいて。あなたならできそうな気がするんだ」
こんな面倒くさいことは頭の良い人に原案を考えてもらうに限る。後はその原案を基にみんなで協議してブラッシュアップすればよい。
「ケイ様、それはあまりに荷が重すぎますよ。僕のような経験も知識も浅い者にそのような重要な仕事を任せていただいても困るんですけど……」
アルロは頭を抱えている。
『ケイ、それをアルロに任せるのにゃら、もっと知識を与えた方が良いぞう』
コタローが高速思考で意見してきた。
『知識って? 何の知識を与えるの?』
『共同体や同盟についての知識に決まってるわん。ソウルゲートにはそういう知識は無いけどにゃ、日本から持ち帰った知識が使えそうだぞう』
『たしかに共同体や同盟についての情報はインターネットにいっぱいあるはずよね。ケイ、そうしたら?』
コタローやユウの言うとおりだろう。
『分かった。後でアルロに知育魔法を掛けるよ。だからコタロー、アルロに与える知識を整理しておいて』
『分かったわん』
高速思考を解除して、オレはアルロに向かってにっこりと微笑んだ。
「アルロ、心配しないでいいよ。この後ですぐに必要な知識を与えるから」
「でも、僕もケイ様と同じで面倒事には関わりたくないんですけどねぇ……」
「なるほどね。良かったら、知識だけじゃなくて暗示も掛けてあげようか?」
アルロは泣きそうな顔をしている。
作戦会議はそれで終わり、後は作戦に沿って着実に準備を進めていくだけとなった。しかし、目論見どおりには行かなかった。その間に全く予想もしなかったことが次々と起こったからだ。
偶然だろうが関連性の無い出来事が時をほぼ同じくして勃発した。何が起きたのかを一度に語るのは難しい。ここでは起きた順に語るべきだろう。
………………
最初の出来事はガリードから念話で連絡が入ってきたことから始まった。その連絡があったのは作戦会議の翌朝で、オレは朝食の用意をしていた。
『ケイさん、以前にあんたから頼まれていた件で連絡が来たぞ。マリエル王国のアレナ公爵様からの伝言だ。シゲルという人の姉の行方が分かったそうだ』
シゲルさんはオレと同じようにあのバスに乗っていて、一緒に乗っていたお姉さんとともにこの世界へ召喚されてきた人だ。そのお姉さんはマリエル王国で飲食店を開いて繁盛していたが、シゲルさんが旅に出ている間に行方不明になったらしい。
シゲルさんとお姉さん以外にも召喚されてきたバスの乗客たちがマリエル王国にいたそうだが、同じように行方が分からなくなっていた。シゲルさんは恋人のサリーネさんやその親友のアレナ公爵の手を借りて、自分の姉や同胞たちの行方を捜し続けていたのだ。
ダイルたちが新婚旅行をしたときにシゲルさんたちと知り合いになり、オレも一度会って話をした。そして、行方不明になっている人たちの居場所が分かったら、マリエルの王都にあるガリード兵団の連絡事務所まで知らせてくれる手筈になっていた。
『それで、そのお姉さんはどこにいたんですか?』
『いや、まだ見つかった訳じゃない。行方が分かったというだけでな。どうやらドルドゴ群島にあるオラード島にいるらしい。だが、問題はその場所だ』
ガリードが問題だと言ってる意味がオレにはよく分かった。そのドルドゴ群島は海賊に支配されている地域だからだ。
ドルドゴ群島は魔樹海の中にある群島だ。その場所はカイエン共和国の北東200ギモラほどのところにあり、5つの山塊が魔樹海の中に聳えている。それが群島を形成していて、海賊どもの恰好の根城となっているらしい。
『どうしてそんな場所に?』
『アレナ公爵様からの伝言はその女性の行方が分かったというだけで、それ以上の情報は無い。おそらくドルドゴ群島の海賊どもに捕らわれて、連れて行かれたんだろうな。あの場所は海賊どもの巣窟だ。女性だから殺されてはいないだろうが……』
ガリードの言葉に、その女性があんなことやこんなことをされてるイメージが頭に浮かんできた。
『その女性が海賊の手に落ちているとすれば……』
『まぁ、悪いことばかり考えても仕方ないぞ。生きて救い出すことができれば、良いこともあるだろうからな』
ガリードの言うとおりだ。もし酷い目に遭っていたとしても、オレなら暗示魔法を使って忘れさせることができるだろう。ともかく救出を急がねばならない。そのためにはドルドゴ群島へ出向くことが必要だ。
ドルドゴ群島についての情報をガリードから聞いていると、突然、コタローから緊急連絡が入ってきた。
『ケイ、大変だわん! 菜月が襲われたぞう』
『ええっ!?』
菜月というのはユウの妹だ。日本のユウの実家で何か起きたのだろうか……。
頭の中で不安が一気に広がった。だが、この緊急連絡は日本で始まった新たな出来事の発端に過ぎなかった。
※ 現在のケイの魔力〈1306〉。
※ 現在のユウの魔力〈1306〉。
※ 現在のコタローの魔力〈1306〉。




