SGS265 バーサット対策会議その1
オレがこの場で話し合いたいと思っているのは、バーサット帝国の脅威への対抗策だ。半月前の会議でも話し合ったことだが、そのときはたいした意見は出なかった。
だが半月前と今とでは状況が違っている。ニコル神を調略して味方に取り込むことができたし、次の調略作戦も成功の見通しが立っているからだ。そのことがみんなの自信に繋がっているし、適度な緊張感を生んでいると思う。
「みんなの意見を聞かせてほしいのだけど……」
オレが声を上げると、全員がこちらに顔を向けた。
「今はバーサット帝国は鳴りを潜めているみたいだけど、近いうちに必ず何か仕掛けてくると思うんだ。今までのバーサットの動きから言えば、次にバーサットが狙ってくるのも神族が支配している国だと思う。この件は前にも話し合って既に対策を実施してもらってるよね。でも、今進めている対策だけでは十分じゃないとわたしは思ってるんだ。だからもう一度その対策を見直したい。みんなの意見が聞かせてほしいのだけど、どうかな?」
オレの問い掛けに真っ先に反応したのはガリードだ。
「半月前に話し合った対策を見直すと言ってるのか? ケイさん、あんたの指示でクドル湖周辺の警戒は強化してるし、バーサットの近くまで偵察部隊を送り込んだ。それに、クドル3国の共同体を作り上げるためにラーフ神一族の調略も進めている。これ以上に何をしろって言うんだ?」
ガリードはかなりイライラしているみたいだ。たぶんガリード兵団にやってもらっている今の仕事だけでも無理が続いているのだろう。それは分かるが、言うべきことはハッキリと言わなきゃいけない。
「でも、その対策だけでは足りないと思うんですよ。バーサット帝国が狙ってくるのはクドル3国やカイエンだけとは限らないですから」
「ケイさん、あんたは我々にフォレスランやメリセラン、それとベルドランまで手を伸ばして助けてやれと言ってるのか? そりゃ何か対策が必要だろうが、我々の人員や戦力は限られているんだ。遠く離れた国を助けるために人員や戦力を割く余裕なんか無いぞ」
ガリードが挙げてくれた3つの国は神族に支配されている国だが、クドル3国からは距離が離れているし、たしかにオレたちの人員や戦力だけでは手助けすることは難しいだろう。ガリードの言うとおりだと思う。だが、それでもオレは言わずにはいられなかった。
「でもね、ガリードさん。もしフォレスランとメリセランがバーサット帝国に滅ぼされてしまったら、クドル3国がソウルオーブを入手するのがすごく難しくなるんですよ」
オレがそう言ったのは、クドル3国へのソウルオーブの輸送ルート上にフォレスランとラーフランが位置しているからだ。
「それはそうだが……。無理なことを言われても、我々ではどうしようもないぞ。もしフォレスランやラーフランが滅ぼされてバーサットに支配されてしまったら、魔空船でその地域を通過するときは命懸けで突破するしかないな」
ガリードはそう言いながら顔をしかめている。おそらく自身の魔空船団がそういう厳しい状況に追い込まれたときのことを想像して困惑しているのだろう。
ソウルオーブは戦いに使うだけではない。人々が魔法に頼って生活をしているこの世界では空気や水に匹敵するくらい重要な物なのだ。しかも貴重だ。ソウルオーブの材料となる原石や樹液が取れるのは魔樹海の奥地であり、命がけで持ち帰らねばならないからだ。
ソウルオーブが宝石や貴金属と違うところは、魔力の補充を繰り返すごとに僅かずつ劣化することだ。劣化が進めばソウルオーブの機能は失われ、その価値は無くなる。戦いなどの中でも数多くのソウルオーブが失われていく。だから常に新しいソウルオーブを供給し続けることが必要なのだ。
もしその供給が止まったら、ソウルオーブは枯渇していき、人々は最低限の魔法しか使えなくなる。上水の供給や下水の処理にも、各国の首都に張り巡らされた結界魔法にも、何万個ものソウルオーブに蓄えられた魔力が使われている。ソウルオーブが枯渇すればそれらはすべて止まってしまい、魔物や魔獣が街の人々を襲うようになる。魔空船も飛ばなくなり、物資の輸送は昔のように人力と家畜だけで運べる量に激減してしまう。今の人々の生活はどんどん崩れていき、クドル3国の人々は滅亡への道を進んでいくことになるのだ。
オレがそんなことを考えていると声が上がった。
「ちょっといいですか?」
手を上げたのはアルロだ。
「クドル3国以外の国にこちらの人員や戦力を回すのは難しいでしょうが、情報は提供できると思いますよ」
「情報?」
「ええ、情報です。バーサット帝国が何か仕掛けて来ようとしていることが分かれば、その情報を提供するんです。情報のやり取りだけなら人員や戦力を割く必要も無いですからね」
「だがな、アルロ。その情報を提供するとして、誰に提供するんだ? フォレスランの王様か? それともフォレス神様か? 情報を提供したとしても、誰もその内容を信じてくれないぞ」
ガリードのちょっと皮肉っぽい言い方に、アルロは困ったような顔になった。
「それもそうですねぇ。相手が信じてくれないのであれば、情報の提供なんかしても意味がないですよねぇ。相手とお互いに情報をやり取りできるような良好な関係を築いておかないといけない。そういうことですよねぇ」
「そうだろ? 良好な関係を築くと言うが、フォレスランとメリセランは両国がお互いに戦争し合っている関係だぞ。ベルドランだってウワサによると海賊の元締めになっているらしい。そんな国と良好な関係が築けるはずがないんだ」
「でもガリードさん、僕の意見はちょっと違うんですよ。お互いに戦争をしている国に対してこれからは仲良くして良好な関係になりましょうと言うのは難しいと思いますが、神族様との間で良好な関係を築くのは不可能じゃないと思うんです。ケイ様がニコル神様を調略したときのように、他の神族様の攻略ができれば……、ということですけどね」
つまりアルロが言ってるのは、オレにラーフ神一族だけじゃなくて、他の神族も調略しろということだ。たしかにオレも調略と暗示魔法を使って神族を攻略していきたいと考えていたし、仲間たちにもそう話してきた。だが、それをあらためて人から言われるとすごいプレッシャーに感じる。
言葉で言うのは簡単だが、実際に調略という手段で神族を一人ずつ味方にしていくことを考えると自信が無い。オレにそれが続けられるだろうか……。
バーサットの脅威に対して実効性のある対策を話し合いたいと考えたのだが、結局はオレ自身が動くしかないということか……。
みんなに考えてもらおうと投げかけた問い掛けが、ブーメランのように自分に返って来て体に刺さったような気分だ。
そんなことを考えていると、オレのそばから声が上がった。
「アルロの意見に俺も賛成だ」
声を上げたのはダイルだ。全員が彼の方に顔を向けると、ダイルは少しはにかんだような表情になった。
「まぁ、アルロの意見はこれまでケイが言ってたことだがな」
「ええ、神族を調略するってことですよね?」
アルロの問い掛けに、ダイルは頷きながら言葉を続けた。
「ああ、そうだ。もし各国の神族を調略できたとしたら、その神族と俺たちとの間は良好な関係を築けることになる。場合によってはケイが暗示魔法を使って無理強いすることになるかもしれないがな。ともかく、神族と良好な関係を築くことができれば、バーサット帝国に対して協調して対抗できるようになるんだ。俺たちが神族から干渉される心配も無くなる。それに人族同士の戦争も無くせるはずだ。神族にはそれぞれの一族が支配している国をちゃんと指導させるからな。俺たちの言うことを聞かない神族がいたら無理やりにでも従わせれば良いんだ」
ダイルは話をしているうちに気持ちが高ぶってきたらしい。言ってることが威圧的になっている。
「ダーリン、ちょっと意味が分からないから教えて。神族との間で良好な関係を築くって言うのはどういうことなの? あたしたちが目指しているクドル3国の共同体を神族が支配している国々全体に広げるという意味かしら?」
「ハンナ、それはちょっと違うな。クドル3国の共同体はもっと強い関係だが、それ以外の神族とはもっと緩やかな関係だ」
「ダーリン、その説明を聞いても全然違いが分からないんだけど……。もっと分かるように教えてよ」
ハンナの言葉にダイルは困ったような顔になった。
「じゃあ、僕の方から補足させてください」
助け舟を出したのはアルロだ。
「以前にケイ様から共同体の話を伺ったときに僕はその考え方に感心しました。ケイ様はクドル3国で戦力や食料などの重要物資を共同管理できるような共同体を作り上げたいと仰っていました。クドル3国の各国は今までどおりの統治体制を続けることになるとも仰っていました。これは例えばラーフラン王国であれば、これまでと同じようにラーフ神様が国を支配してラーフラー王と官僚たちが国を治めるということです。でも、共同体を作ろうとすれば、これまでとは別の統治体制が必要になってきます。それはこれまでの統治体制の上に神族様たちを支配する統治体制を作り上げることだと僕は理解しているんです」
「ええっ!? 神族様たちを支配する統治体制ですって?」
ハンナが驚いたような声を上げた。
「そうですよ。バラバラだった3つの国で戦力や食料などを共同管理するためには強力な支配力と統治力が必要です。それができるのはケイ様だけですよ。共同体を円滑に運営するためには、ケイ様を頂点とした新たな統治体制が必要になります」
オレはその話を聞いて声が出そうになるほど驚いた。
※ 現在のケイの魔力〈1306〉。
※ 現在のユウの魔力〈1306〉。
※ 現在のコタローの魔力〈1306〉。




