SGS263 アルロの知恵
――――――― ケイ ―――――――
オレは倒れていくニコル神を念力で支えて、ゆっくりと床に横たえた。結局、魔法で相手を眠らせることになってしまった。話し合いで分かり合えればと密かに期待していたが、やはり甘かったようだ。
眠らせてマヒの魔法を掛けた後、いつものように相手には暗示魔法を掛けた。これでニコル神はオレの命令に逆らえなくなった。オレたちを害したり騙したり、オレたちの秘密を漏らしたりすることもない。こうなったからには暗示魔法で強制するしかないのだ。
暗示魔法を掛けた後で、オレはニコル神に神族封じの首輪をつけた。この首輪はジルダ神に貸してもらったものだ。ラーフ神一族を攻略するために使うと言ったらジルダ神は喜んで首輪を貸してくれた。
ニコル神にこの首輪をつけたのは神族の能力を封じるためではない。その目的はレング神やフィルナに首輪をつけたのと同じだ。つまり、いつでもニコル神と念話で連絡ができるようにするためだ。加えて、必要なときにワープでニコル神がいる場所にオレが瞬間移動できるようにするためだった。
これでニコル神をオトリとして使って、ラーフ神やその夫人たちを一人ずつ誘き出せるようになるはずだ。
ニコル神だけでなく使徒たちにも暗示を掛け終わっていた。ダイルが事前にこの屋敷に侵入して隠れながら待機していて、ニコル神の使徒二人を捕らえて、オレのところまで連れて来てくれたのだ。
今回の作戦はあのとき……、半月ほど前にナリム王子やアルロたちと一緒に相談しながら考えたことだ。
あのとき、アルロはオレにラーフ神一族を攻略するための情報と知恵を提供してくれた。父親のマインツ子爵から聞いたことやアルロ自身が知っていたことを詳しく語ってくれたのだ。
ラーフ神には二人の夫人がいた。第一夫人がアデーラ神で、第二夫人がジョエリ神だ。ジョエリ神には息子がいた。それがニコル神だ。
ニコル神が王都の街中で悪人を見つけて懲らしめるようになったのは2年ほど前からだ。自分が神族であることを隠して悪人に近付き、悪事を働く現場に使徒たちと一緒に踏み込んで悪人を捕らえるのだそうだ。
捕らえた悪人は王都防衛隊に引き渡すのだが、そのとき初めて自分は神族のニコルだと名乗るらしい。王都防衛隊の隊員たちは跪いて感謝するしかないのだが、実はその後の取り調べや証拠固めなどが大変だそうだ。表立って文句は言えないが、頻繁に神族様の悪人退治が続くので辛いと隊員たちは陰で嘆いていると言う。
マインツ子爵がその話を知っているのは仲の良い王都防衛隊の幹部から聞いたからだ。
神族は生まれてから年齢を重ねるとともに少しずつ魔力が高まり、20歳になると魔力が〈1000〉になる。そこで年齢による魔力の成長は止まり、そこから先は魔獣などを倒さないと魔力は高まらない。だから、神族が成人になるのは20歳とされているそうだ。
成人となったニコル神は魔力が〈1000〉に達して、おそらく有頂天になっているのだと思う。それで、自分の力を試してみたくて、密かに悪人を捕らえるようなことを続けているのではないだろうか。
アルロから聞いたニコル神についての情報は役立ちそうだったが、肝心なのはその情報を聞いてラーフ神一族をどのように攻略するかということだ。その知恵を出してくれたのも、実はアルロだった。
たしか、半月前の会話はこんなだったと思う。
「……そういうことで、ニコル神様は悪人退治に夢中になっているそうです。それを利用してニコル神様に近付いたらどうかと思うんですが……」
「でも、アルロ。どうやってニコル神に近付くんだ? 自分も悪人退治がしたいから仲間に加えてくださいと言って近付くのか?」
ダイルがちょっとお馬鹿な質問をしたが、オレも同じようなことを尋ねるつもりだった。
「いやいや、ダイル様。そんなやり方じゃあ怪しまれますよ。ニコル神様を釣り上げるためには、まずエサが必要です」
「「えっ!? エサ?」」
オレとダイルが一緒に声を上げた。その声にアルロがにっこりと微笑んだ。
「はい。ニコル神様が食い付きそうな悪人をエサにするんですよ。実はそのエサとして打って付けのヤツがいましてね。ラーフランの貴族でオルドという名前の男爵ですが、こいつがワルなんです。と言っても小悪党ですけどね」
アルロはオルド男爵がやってる悪事のことを語ってくれた。オレがニコル神に説明した男爵の悪事の話はウソではない。オルド男爵は幸せに暮らしている庶民たちを不幸に陥れるクズだった。
「策略を使ってニコル神様を誘き寄せるとすれば、このオルド男爵の別邸が最適ですよ。神殿から歩いて20分ほどのところにありますし、その別邸の屋敷は広いんです。だから、ちょっとくらい騒ぎを起こしても外には聞こえません」
オレはその話に飛び付いた。さっそくガリードにニコル神とオルド男爵のことを調べてもらって、アルロの話の裏を取った。
数日後に裏が取れて、その話が本当だと分かった。すぐにオレはラーフランにワープして、オルド男爵の別邸に侵入した。そして、居合わせたオルド男爵や屋敷内の者たち全員へ暗示を掛けた。ニコル神が現れるまで男爵たちには屋敷の中に居て貰わないと困るし、ニコル神と万一戦いになったときに男爵たちに騒がれても困るからだ。目論見が外れないように暗示を掛けたわけだ。
こうして準備を万全に整えてからオレは神殿のそばで男爵の部下たち五人と一緒にニコル神が現れるのを待っていた。男爵の部下たち五人はオレを追いかけて捕まえる役だ。もちろんオレが掛けた暗示に従って動いているだけだ。
オレが悲鳴を上げて逃げ始めたら、男たちは喚き声を上げながら追ってきた。暗示で動いていると言っても男たちは本気だ。芝居にオレは全く自信がなかったが、ニコル神は見事にエサに食い付いた。日本人の感覚からすればチンケな作戦だが、こっちの世界では十分に通じる作戦だ。現にニコル神とその使徒たちはオレたちが描いたシナリオどおりに動いてくれたのだ。
オレはニコル神がオルドの別邸に入ったタイミングでワープ妨害と念話妨害を発動した。これはオレが装着している「妨げの宝珠」というアーティファクトを使った特殊な魔法だ。これでニコル神は完全に罠に掛かった。本人は気付いてなかったが、オレから逃げ出すことはできなくなったということだ。
そして、今。ニコル神と三人の使徒たちは床の上で眠っている。
「じゃあ、ニコル神を起こすね」
ダイルが頷くのを確認してから、ニコル神に向かって眠り解除とマヒ解除の魔法を発動した。
………………
その2日後の昼過ぎ。オレたちは再びアーロ村の家のテラスでナリム王子や仲間たちとテーブルを囲んでいた。ラーフ神一族に対するこれからの作戦を相談するためだ。
「おかげさまでニコル神の調略は成功したよ。会って話をしたら、バーサット帝国の侵攻が迫っていることも理解してくれたし、ナリム王子を次の王位継承者とすることにも賛同してくれた。それと、クドル3国の共同体を作ろうというこちらの案にもね。最初はちょっと渋っていたけど……」
ニコル神は暗示が掛かっているからオレに逆らうことはできない。
ニコル神のマヒを解いて目覚めさせたとき、すぐにオレに恭順したわけではない。何度もオレに抵抗した。暗示が働いて全身に激痛が走り、それが治まったらまた抵抗することを繰り返した。その抵抗が無駄だと分かったら、素直にオレの話を聞くようになった。
オレが暗示を掛けたことも、必要なときに念話で連絡ができるようにするために「神族封じの首輪」をつけたことも渋々だが理解したようだ。
ニコル神は心からオレに恭順しているのではない。今は暗示が掛かっていてオレに逆らえない状態になっているから恭順しているだけだ。暗示を解いたとしても敵対はしないだろうが、オレを避けようとするかもしれない。
ちなみに、ニコル神の使徒たち三人には別の暗示を掛けた。オルド男爵の別邸でオレやダイルに会ったことやオレたちと戦ったことはすべて忘れさせて、普段どおり悪党一味を捕らえただけだと思わせたのだ。
あのとき、オレはニコル神との話し合いが終わった後で使徒たちやオルド男爵たちを目覚めさせた。オレが掛けた暗示に従って、使徒たちはオルド男爵一味を捕らえて王都防衛隊に突き出した。閉じ込められていた女性たちを解放したことは言うまでもない。
あのオルド男爵の別邸で何があったのかを知っているのはオレたちとニコル神だけだ。
これからの作戦を相談する前に、オレはまずナリム王子たちにニコル神を調略したときの話をした。ナリム王子はその話を聞き終えると、ウンウンと頷きながら嬉しそうな顔で口を開いた。
「ニコル神様が渋っているとしても、とにかくラーフ神様のご子息を調略できたのは大きな前進ですよ。これでニコル神様をオトリに使ってラーフ神様やその奥方様たちを誘き出せるようになりましたから。アルロの知恵が役立って何よりです」
「ナリム兄、それは違うよ。僕は父上から聞いてたことと自分のちょっとした思い付きをケイ様にお話ししただけだからね」
アルロはナリム王子に向かってそう言った後、今度はオレの方に顔を向けて言葉を続けた。
「僕の話を聞いて具体的な作戦を考えたのはケイ様ですし、ニコル神様を相手にお芝居をして調略を成功させたのもケイ様ですよ。次はニコル神様をオトリに使ってラーフ神様を攻略することになりますが、その作戦はどのようにお考えですか?」
アルロは謙遜したように言ってるが、ニコル神攻略の骨格を考えたのはアルロだ。オレはその骨格に肉付けをしただけだ。アルロは並外れた知恵者だとオレは思っている。少人数でラーフランの神殿を占拠してラーフ神やラーフラー王の譲歩を引き出したことや、今回のニコル神攻略など、すべてアルロの考えた策略だ。次もぜひアルロの知恵を借りたい。
よし。この調子でラーフ神の攻略を進めるぞ。その作戦を相談する前に……。
※ 現在のケイの魔力〈1306〉。
※ 現在のユウの魔力〈1306〉。
※ 現在のコタローの魔力〈1306〉。




