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SGS262 ラーフ神一族の調略その2

 ―――― ニコル神(前エピソードからの続き) ――――


 女性は走り去る男たちを見ながら呆然とした様子でその場に立っていた。


「大丈夫か?」


 女性に声を掛けながら、使徒の一人に逃げる男たちの後をつけるよう目で合図を送った。


「あ、はい。ありがとうございます。危ないところを助かりました」


 女性は軽く頭を下げた。怖い思いをしたせいか少し顔が強張っているようだ。


「どうして追われていたのだ?」


「お恥ずかしい話なのですが……。父がオルドという名の男爵からお金を借りたのです……」


 女性は男たちに追われることになった経緯を語ってくれた。


 女性の父親がオルド男爵から借金をして、その借金のカタに自分の姉を連れて行かれてしまった。それが半月ほど前のことだそうだ。女性は自分の姉を取り戻そうとしてオルド男爵のことを調べた。するととんでもないことが分かった。


 このオルド男爵というヤツは、美人の娘がいる家に強引に金を貸したり無理難題を吹っ掛けたりしていた。借金のカタや和解金の代わりにその家の娘を引き取って、無理やり客の相手をさせていることが分かったのだ。


「客たちは……、あんなことやこんなことをするそうです」


 女性はそう言いながら恥ずかしそうに俯いた。


 おれが話の続きを促すと、女性はうるうるした瞳で事情を語り始めた。


 借金を返すための工面をして、今日の昼頃にやっと手元にその金が準備できたそうだ。昼過ぎに父親と一緒にオルド男爵の別邸へ出向いた。借りた金を返して、姉を戻してほしいと頼んだがダメだった。そのくらいの金では利息にも足りないと言われ、妹の自分まで借金のカタとして屋敷の奥に連れて行かれそうになったと言う。


 自分を捕らえようと迫ってきた男たちを父親が身を挺して邪魔している間に、女性はその別邸から逃げ出した。なんとか王都の中心部まで逃げてきたが、後を追いかけてきた男たちに捕まってしまった。


 それが女性がおれに語った一部始終だった。


 その話を聞いて、おれはすぐにそのオルド男爵の別邸に乗り込んで悪党どもを成敗しようと考えた。そして今、女性に別邸へ案内してもらっているところだ。


 通りを歩きながら女性がこちらを向いた。少し不安そうな顔をしている。


「あのぅ……、本当に男爵の別邸に乗り込むつもりですか? 姉を助けていただけるのは嬉しいのですけど、屋敷の中には強そうな男たちが大勢いると聞いてますし、相手は貴族ですよ……」


「心配するな。おれはもっと強い。ところで、まだおまえの名前を聞いてなかったな。おれはニコルだ」


「ケイです」


「ケイ? 珍しい名前だな」


 おれの言葉にケイと名乗った女性はにっこりと微笑んだ。正直、その美しさにドキッとした。男たちに捕まっていたときは怯えた顔をしていたが、今は穏やかな表情を取り戻している。おれのことを頼れる男だと分かって安心したのだろう。


 最近はちまたでおれの名前や悪党退治をやってることが密かにささやかれていると聞いている。だが、この女性はおれの名前を聞いても平然としている。おれの噂は耳にしていないようだ。悪党どもを捕らえて王都防衛隊に引き渡すときには身分を明かすことになるが、そのときにこのケイという女性はどんな顔をするだろう。それも楽しみの一つだ。


 オルド男爵の別邸は15分ほど歩いたところにあった。裏通りの怪しげな屋敷が点在している地区の中だ。その別邸は高さ3モラほどの石壁に囲まれた広い屋敷で、通りからは中の様子を見ることはできない。


 だが、おれは使徒から念話で中の様子を掴んでいた。男たちの後をつけていった使徒もこの屋敷に辿り着いていて、先に中に忍び込んでいたからだ。


 その報告によると、屋敷の中の主寝室にオルド男爵と思われる男がいて、捕らわれている女たちが牢屋の中に二十人ほどいるそうだ。それと用心棒らしい男たちが十五人ほどと、召使いが十五人ほどだ。客はいないようだ。昼間だからまだ来てないのだろう。


 おれも探知魔法で屋敷の中を確認したが、ロードナイトはいないし、ソウルオーブを装着している者は五人だけだ。これなら楽勝だ。おれが魔力を使うまでもない。


 念話で使徒たち三人に連絡を取り、屋敷の中に先に忍び込んでオルド男爵の一味を制圧しておくように命じた。


「屋敷の周りを歩いて少し様子を見よう」


 横を歩くケイさんに声を掛けると、彼女は黙って頷いた。


 屋敷の石壁沿いに10分ほどゆっくりと歩いて大きな正門の前に立った。正門は閉じられたままだが、少し待っていると正門の横にある小さな扉が開いて、そこから男が現れた。使徒の一人のハウドだ。


「お待たせしました、ニコル様。屋敷の中は完全に制圧しました」


「ご苦労。では、中に入ろう。ケイさんも一緒に」


 おれたちの会話を聞いていたケイさんは驚いたような顔をしている。


「この方は? 制圧したって、どういうことでしょう?」


「屋敷の中の悪党どもを全員捕らえたってことだ。この男はおれの部下で、ハウドだ。ほかにも部下が屋敷の中に二人いる。先に屋敷に入って悪党どもを制圧するよう命じておいたんだ」


「あなたは……、いったい……」


 ケイさんは目を見開いておれを見つめている。驚きのあまり言葉が続かないようだ。いつものことだが、この瞬間が堪らなく気持ちいい。


「おれのことは……、そのうち分かるだろう。それより中に入って、悪党どもの尋問と捕まっている女性たちの救出が先だ。おまえの姉さんも早く助け出さないとな」


「はい……」


 屋敷の中に入るとすぐに広い芝生の庭があり、その奥には3階建ての石造りの邸宅と2階建て別棟が2棟あった。建物はそれぞれ渡り廊下で繋がっていた。


「悪党どもはどこにいる?」


 歩きながらハウドに尋ねた。足は正面の3階建ての建物に向かっている。


「正面の建物の1階に集めています。広い部屋があったので、オルド男爵と護衛の者たち全員にマヒと眠りの魔法を掛けて、その部屋に運び込んでおきました。召使いたちはその場で眠らせただけですが」


「そうか、それで良い。女性たちは?」


「女性たちがいるのはあの2階建ての建物です。一人ずつ牢屋のような個室に閉じ込められています。部屋の窓は鉄格子が入っていますし、扉は通路側からカギが掛けられていて、逃げられないようになっています」


「分かった。まずは男爵の尋問が先だな。悪事を洗いざらい吐かせるぞ。女性たちの救出はその後だ」


「畏まりました」


 邸宅の中に入ると、すぐのところにその広い部屋があった。百人くらいが入れそうな広間で天井も高い。ステージがあるから、この部屋は客たちに淫らなショーでも見せることに使っているのだろう。


 部屋の片隅に十人ほどの男たちが転がっていた。その中の一人に向かってハウドが呪文を唱えている。マヒと眠りを解除する呪文だ。


「この男が男爵のオルドです。捕らえたときに本人に確認しました。間違いはないはずです」


 ハウドが念力を使ってその男をおれの前まで引きずってきた。ほかの男たちと違って貴族らしい身なりをしているが、まるで赤ん坊のように手足をばたつかせている。抵抗しているつもりだろうが、その仕草は滑稽なだけだ。


 おれの前まで来ると、オルド男爵は床に跪く姿勢になった。ハウドが念力で無理やりそういう姿勢を取らせているのだ。


 ハウドもオルド男爵の隣で跪いた。ケイさんはおれの横に立ったままで、ぼんやりと事態の成り行きを眺めている。何も分かっていない様子だから仕方がないだろう。


 オルド男爵が下からおれを睨み付けながら苦しそうに口を開いた。


「おまえは、誰だっ!? 貴族のワシに対してこのような狼藉を働くとは、ただでは済まないぞっ!」


「おまえが男爵のオルドだな? おまえのような悪党を貴族のまま放置しておくとは嘆かわしいことだな。ラーフラー王の統治力も衰えて来てるようだ」


「若造が、なにを、偉そうに……」


 オルド男爵は悔しげに顔を歪めている。色々な式典で何度もおれを見ているはずだが、おれが誰なのか気付いていないようだ。


「おれが分らないか?」


 おれの言葉が気になったらしく、オルド男爵はおれをじっと見つめた。そして、驚いた表情になった。


「ニコル神さま……。ニコル神様で、ございますか……」


 オルド男爵は慄きながら額を床に擦り付けた。体全体が震えていて、気の毒になるくらいだ。


 毎度のことだが、悪党どもがおれのことを神族だと気付いておそれ入るこの瞬間が堪らない。ぞくぞくとするような快感が自分の全身に走るのだ。


 そして、悪党どもに虐げられていた者たちもおれの身分を知って……。


 おれは期待しながら隣にいるケイさんの方に顔を向けた。


 ケイさんと目が合った。にっこりと微笑んでいる。


 おかしい……。おれのことを神族だと分かったはずなのに……。どうしてこの女性は平然と微笑んでいられるんだ?


「さすがニコル神だねぇ。悪いヤツもこうやって畏れ入ってしまうんだから、すごいよ」


 この女性は何を言っているのだ? 頭がおかしいのだろうか?


「控えろ! この方はニコル神様だぞ! ラーフ神様のご子息だ。分かったらすぐに跪くのだ!」


 おれが言葉を発するより前に、ハウドが苛立った声を上げた。


「分かってるよ、初めからね。実はね、ニコル神と話がしたくて、ここに来てもらったんだ。そのために、ちょっとしたお芝居をしたけどね。あなたたちをだましたことは謝るよ。ごめんなさい」


 ケイと名乗っていた女性はおれに向かって軽く頭を下げた。


 おれを騙したとか言ったが、いったいどういうことだ?


「芝居をしたと言ったか? この屋敷におれを連れ込むために芝居をしたと言うのか?」


「この不埒者ふらちものめっ!」


 ハウドが叫びながら女性に飛び掛かろうとした。だが足を踏み出したところで止まってしまった。何か目に見えない力で抑えられているようだ。念力だろうか? だが、この女性は呪文を唱えていないし、魔力も〈1〉の一般人だ。


 さらに驚いたことにハウドのバリアが明るく輝きだした。数秒間、眩いくらいの光を発して「パリン」という嫌な音を立てた。ハウドの驚いたような顔を見たのは一瞬で、すぐにハウドは倒れてしまった。


 突然のことで、おれは呆然と見ているしかできなかった。ハウドの魔力は〈600〉くらいあったはずだ。それをいとも簡単に倒すとは……。


 ハウドをちらっと見たが、ピクリとも動かない。ハウドは殺されてしまったのだろうか……。


「大丈夫だよ。マヒを掛けて眠ってもらっただけだから。この人がいたら話ができないからね」


 おれの心を読んだかのように女が声を掛けてきた。腹立たしいことに、にこやかに微笑んでいる。


 いったい何が起きてるんだ!? 訳が分からない。


 とにかく今のままでは危険だ。そうだ、ここは一旦ワープしてこの場を離れよう。ハウドには気の毒だが……。


 ワープの呪文を唱えた。だが、何も起こらない。


 呪文を間違えたか? もう一度……。何度やってもダメだ……。


 どうなってるんだ?  


 おれは何度も自分に問い掛けながら女の顔を見た。おれを騙したと言ってたくせに、女は平然とした様子でおれを眺めている。


 ここで焦ってみてもどうにもならない。悔しいが、この女に尋ねるしかない。


「おれに何をしたんだ? おまえは誰だ?」


「さっきも言ったけど、わたしの名前はケイ。初代の神族と同じ能力を持っていて、魔力もあなたよりも高い。今はその能力を使って、あなたのワープと念話の魔法を使えないようにしてる。だから、ワープも念話も使えないでしょ?」


「念話も?」


 おれは急いで念話の呪文を唱えた。この屋敷のどこかに二人の使徒がいるはずだが……。


「使徒たちに念話が通じない……」


「うん。念話を封じてるからね。それとあなたの使徒たちに期待しても無駄だよ。わたしの仲間があなたの使徒たちを捕らえて動けないようにしてるから」


 くそっ! こうなったら、おれがこの女と戦うしかない。


 だが、戦って勝てるだろうか。さっき、この女は初代の神族と同じ能力を持っていると言っていた。それに、おれよりも魔力が高いと……。どうすれば……。


「そんなに睨まないでほしいな。言っておくけど、わたしはあなたの敵じゃないよ。あなたやあなたの使徒たちを傷付けようとは思ってないからね。あなたを騙してここへ来てもらったのは、あなたと話をしたいからなんだ」


「おれと話をしたいだと? そんなことが信じらるか!」


 またおれを騙そうとしているに違いない。ワープや念話が使えなくなった理由は分からないが、何か仕掛けがあるはずだ。それに神族については全員の名前と顔を知っているが、こんな女は知らない。この女が神族のはずがないのだ。それも戦ってみれば分かる。捕らえて洗いざらい白状させてやるぞ!


 マヒの呪文を唱えた。ワープと念話は使えなかったが、マヒの魔法は問題なく使えそうだ。魔法が発動する手応えを感じながら、指先を女に向けた。


 一瞬、女の悲しそうな顔が見えたような気がしたが、眩い光で女の姿は包まれてしまった。おれが放っているマヒの魔法で女のバリアが光っているのだ。すぐに女のバリアは破れるだろう。


 そのとき、おれのバリアも眩い色を発していることに気が付いた。音はしないが攻撃を受けているようだ。これはバリア破壊の魔法か? 魔力〈500〉以上でバリア破壊の魔法攻撃を受けると無音になるが……。


 急速に自分のバリアの耐久度が落ちていくのが分かる。


 こんな馬鹿なことがあるのか……。


「パリン」という恐ろしい音が響いて、おれは暗闇の中に落ちていった。


 ※ 現在のケイの魔力〈1306〉。

 ※ 現在のユウの魔力〈1306〉。

 ※ 現在のコタローの魔力〈1306〉。


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