SGS260 調略する相手は?
ユウとの会話が終わってから家の庭に出て、テラスの椅子に腰を下ろした。庭のアーロ樹には今も花が咲いていて、オレが座っているテラスの辺りにまでキンモクセイのような微かな香りが漂ってくる。大きく深呼吸すると頭がすっきりして、またさっきの続きを考え始めた。
もしオレが敵対する相手を調略するとしたら、その相手はどこの誰だろう?
オレが敵対する相手と言えば、まずはバーサット帝国だ。元々はカイナラン王国とファールラン王国という神族が支配する2つの王国だったが、それが50年ほど前に相次いで滅びた。その後に興ったのがバーサット帝国だ。建国は30年ほど前のことらしい。若い国だが、地の神様を崇拝し魔族と共生することをスローガンとして掲げ、凄まじい勢いで領地を広げてきた。今も魔樹海を超えて、人族の国々を支配下に置こうと様々な侵略行為を繰り返している。人族の国の中では最強であり、最も危険な国だ。
ガリードにバーサット帝国の調査を続けてもらっているが、未だにその弱みや隙を見つけることはできていない。相手を見極めるにはまだまだ時間が掛かりそうだ。調略をするとしても、バーサットに対してはまだ先のことになるだろう。
バーサット帝国以外にも敵対しそうな相手がいる。近い将来の話だが、オレと敵対するおそれがあるのは神族たちだ。アイラ神とレング神の一族はオレの味方になったが、それ以外の神族たちはオレにとって危険な相手だ。オレの能力に気付いたら、間違いなくちょっかいを出してくるだろう。オレは干渉されたり何かを強制されたりすればそれを拒むつもりだ。だからそのときは敵対する可能性が高くなる。
それならばいっそ神族たちがオレの能力に気付く前に、こちらから仕掛けてしまおうか。それこそ調略を使って……。
もし仕掛けるとすれば、最初の相手はラーフ神一族だろう。クドル3国の共同体を実現するためには、ラーフ神一族の攻略がカギとなるからだ。
ラーフ神一族をオレの味方にできれば、ラーフ神一族が陰から支配しているラーフラン王国は確実にオレの味方になる。そうなればクドル3国で残るのはダールム共和国だけだ。だが、ダールム共和国を恭順させることはそれほど難しくないはずだ。何しろそのときはレングランとラーフランがオレの味方になっていて、その間に挟まれたダールムは両国から圧力を受けることになるのだから。
そしてクドル3国の共同体を実現できれば、バーサット帝国に対して互角に対抗できるほどの勢力となるはずだ。
とすれば、やはりカギになるのはラーフ神一族の攻略だな。
3か月半ほど前にクドル3国の共同体を作ろうと決意したとき、ラーフラン王国の攻略はダイルに任せた。ダイルが自分に任せろと言って強く望んだからだ。
だがこれからはダイルに任せきりにせずに、その攻略にオレも加わろうと思う。神族たちがオレの能力に気付く前にラーフ神一族の攻略を成し遂げるのだ。
そのためには、ラーフラン王国の攻略でダイルが何を仕掛けて、どこまで進んだのか、まずはそこから整理してラーフ神一族の攻略を考えるべきだろう。
ラーフラン攻略の状況についてはダイルから時々知らせを受けていた。
攻略を進めるために、ダイルはラーフラン王国へ出向いた。3か月半ほど前のことだ。そこで知り合った者たちのパーティーに加わり、ダイルは半月以上に渡ってクドル・ダンジョンの中に潜った。ダンジョンに潜ることになった理由を後でダイルから聞いたのだが、ラーフラン王国のケリルという名の王子がクドル・ダンジョンに宝探しに行くことを知り、ダイルはその後をこっそりと追ってケリル王子に近付く機会を窺うつもりだったらしい。ケリル王子は王位継承者で、もし知遇を得られればラーフラン攻略は大きく前進することになるからだ。
だが、ダイルの目論見は外れた。ケリル王子の探検隊はダンジョンの奥で魔獣の群れに襲われて、全滅に近い状態になったらしい。宝探しは失敗し、ケリル王子は這う這うの体で地表へ逃げ帰ってきたそうだ。その探索にはラーフラン軍の半数近くの魔闘士たちが同行していたらしいが、生き残ったのは王子に最後まで付き添っていた一人だけだったと聞いた。
その話を聞いてオレは疑問に思った。ケリル王子の知遇を得ることができる絶好の機会をダイルは逃してしまったことになるからだ。探検隊が魔獣の群れに襲われたのであれば、そこに助けに入ってケリル王子に近付くことができたはずだ。
そのことを尋ねると、ダイルは苦笑いを浮かべた。
「俺はケリル王子じゃなくて、ナリム王子を助けたのさ」
話を聞くと、ケリル王子の探検隊の中にナリムという名前のもう一人の王子が加わっていて、ダイルはそのナリム王子を助けたそうだ。ナリム王子はラーフランの王様の隠し子で、王族とは認められまま生まれてすぐに貴族に預けられて密かに育てられた。かなり込み入った事情があって命を狙われていたらしい。
その事情はややこしいので省くが、ダイルが加わったパーティーは、なんとそのナリム王子を陰から護衛するために探検隊の後を追っていたのだそうだ。
「そういう訳で、探検隊が魔獣の群れに襲われたときに、事の成り行きからパーティーのメンバーたちに協力してそのナリム王子を助けることになったんだ」
そのときのことをダイルはそう説明したが、さらに驚いたことが起きた。ナリム王子とその仲間たちがアーロ村のゲストハウスに滞在することになったのだ。今から1か月ほど前のことだ。
『ちょっとした事情があって、ナリム王子たちを匿うことになった。ケイ、頼みがあるんだが、アーロ村のゲストハウスをナリム王子とその仲間たちに貸してやってくれないか』
ダイルからの念話で事情を聞いたオレはすぐにOKを出した。
アーロ村のゲストハウスというのはオレの家の隣に建っていて、6LDKの間取りだ。以前はテイナ姫たちが滞在していたが、今は空いていた。ナリム王子たちの一行は四人らしいから人数的には問題無い。
聞いて驚いたのは、ダイルが語ったその「ちょっとした事情」についてだ。ナリム王子の仲間たちがラーフランの王都で反乱を起こしたと言うのだ。
その仲間たちというのはダイルと一緒にクドル・ダンジョンに潜ったパーティーのメンバーだ。たった三人でラーフランの神殿を密かに占拠して、要求どおりにしなければ神殿を破壊するとラーフラー王やラーフ神を脅したそうだ。神殿には魔力貯蔵所や王都の結界魔法を発動するための魔具が設置されているから、これを破壊されたら王都は危機に陥ることになる。
そうまでしてナリム王子の仲間たちが王様やラーフ神に突き付けた要求とは何か。それは隠し子のナリム王子を王族の一員として国が認めて、それを公表しろという要求だった。占拠してから僅か3日で王様たちはその要求を呑んだ。ナリム王子は王族の一員であることが公表され、反乱を起こした者たちも無罪放免にするという約束を取り付けたらしい。
『だけどなぁ、無罪放免と言っても、反乱を起こした者を王様たちが簡単に許すはずがない。おそらく何かを仕掛けてくるだろう。それで、安全なアーロ村に匿おうと思ってな』
というのがそのときのダイルの説明だった。
つまり、ダイルがラーフラン攻略のために仕掛けた成果はナリム王子とその仲間たちを味方に引き入れたということだ。ただし、今のところナリム王子たちはラーフランから反乱分子と見なされていてアーロ村に身を潜めているが……。
こりゃダメじゃん。
ダイルから最初にその話を聞いたときは正直そう思った。だが、いや、待てよと思い直し始めた。レングラン王国でタムル王子を廃嫡させて、代わりにテイナ姫を王位継承者に据えたときの作戦が頭に浮かんできたからだ。
ナリム王子をラーフラン王国の王位継承者に据えたいというのがダイルの考えだ。もしかするとナリム王子がオレたちの味方になったことは、ラーフラン攻略の第一歩と言うか、それ以上の大きな前進かもしれない。
『ねぇ、ケイ。もう一度女官になってラーフランの王宮に入ってみる?』
ユウもオレと同じことを考えたらしい。
『絶対にイヤだ!』
『オイラもイヤだわん』
オレたちの話を聞いていたらしく、呼んでないのにコタローも拒絶してきた。あのときコタローはネズミを操作していた。意地悪な女官の股間にそのネズミでぶら下がって、王様の部屋まで侵入したのだが、あれがよほど嫌だったのだろう。
ともかくラーフ神一族を攻略するためには何か別の作戦を考える必要がある。まずは今日の午後にでもナリム王子たちと話をしてみよう。何か役立つ情報が得られるかもしれない。
※ 現在のケイの魔力〈1285〉。
※ 現在のユウの魔力〈1285〉。
※ 現在のコタローの魔力〈1285〉。




