SGS259 戦う前に勝つ、殺し合わずに勝つ
念話でユウとお喋りをしながらリビングに戻って、ハンナの絵をテーブルの上に置いた。椅子に座って絵を見ながら念話を続けた。
『でもね、ユウ。戦争を起こさないと言っても、このウィンキアの世界じゃ、毎日のようにどこかで戦争や小競り合いが起きてるよね』
そう言ってからオレはため息を一つ吐いた。
『そうねぇ。人族と魔族の間もそうだけど、人族同士の戦争もずっと続いているわね』
『うん。どうしてこっちの世界は人族同士で戦争ばかりしてるんだろうね? 日本の人たちのように平和に暮らしたらいいのにねぇ』
『ケイ、それはちょっと違うにゃ』
コタローが会話に割り込んできた。いつものようにオレたちの念話を聞いていたらしい。
『違うって言うの? コタロー、何が違うのかちゃんと説明しなさいよ』
コタローに対して口調が強くなるのはユウの癖になっているようだ。
『今の日本は平和になってるけどにゃ、過去のことを忘れたらダメだわん。今までに数えきれないほどの戦争を繰り返しているのだぞう。領地争いの繰り返しで日本という統一国家になったのだわん』
コタローが言うには、日本から持ち帰った情報を分析すれば、そんなことは一目瞭然だそうだ。
『たしかにそうね。今の日本の平和は過去の戦争で流された名も知れない人たちの血と涙の結晶だわね』
『そうだにゃ。でも、それだけじゃにゃいぞう。今の日本が戦争に巻き込まれずに平和を保っていられるのはにゃあ、経済力や防衛力、情報活動にゃんかの後ろ盾に支えられにゃがら、周辺の国々との間で外交努力を重ねているからにゃのだわん』
『つまり、コタローがケイの言葉を否定したのは、ケイがそんなことを考えずに、上辺だけを見て、日本が平和だと言ったからよね?』
『まぁ、そう言うことだにゃ。今の日本の人たちが平和に暮らしてるのはにゃ、昔の人たちの尊い犠牲とにゃ、今も見えないところで安全安心な社会を作るために必死に頑張っている人たちのおかげにゃのだわん』
たしかにコタローの言うとおりかもしれない。オレの考えは浅はかだったと思う。でも……。
『もしコタローの言うとおりなら、このウィンキアで人族同士の戦争を無くすためには、領地を奪い合う戦争を繰り返して人族の統一国家を作るしかないってことになるよ? ちょっと矛盾を感じるけど……』
『そんなことは言ってにゃいぞう。戦争は国同士の争いを解決する一つの手段だけどにゃ、その争いを武力で解決しようとするから犠牲になる者が無数に出るのだわん。戦争という手段を用いない争いの解決方法もあるはずだわん。
それににゃ、統一国家を作る必要もないぞう。国同士の緩やかな関係を作ることもできるはずだわん。例えば複数の国が集まった共同体のようなものだにゃ』
『戦争じゃない解決方法って? それは……、話し合いで解決するってこと? 話し合いだけで争いを解決して、国同士の共同体を作ればいいと言ってる?』
そんな甘い方法で利害が対決している国同士の争いが解決するだろうか。そう思ってオレは何度もコタローに問い直した。
『コタロー、そんなことが簡単にできるわけがないわよ。この世界では1万年掛かってもずっと人族の国同士で戦争が絶えないのよ』
ユウもオレと同じように疑問を感じたらしい。
『オイラは話し合いだけで解決するとは言ってないけどにゃ。でもにゃ、簡単にはできないかもしれにゃいけど、諦める必要はないと思うぞう。今までの1万年と違って、これからはケイがいるからにゃ』
『えっ!? わたしがいるから今までと違うって……。それは、どうして?』
『ケイが初代の神族と同じ能力を持っているからだわん。いや、違うにゃ。ユウとオイラがいるからにゃ。初代の神族よりも能力はずっと高いはずだぞう』
『たしかにコタローの言うとおりかも……。ケイなら1万年くらい続いてきた人族の国同士の戦争を止められるかもしれないわねぇ』
『ユウまでそんなことを言うの!? 自分や仲間たちでさえちゃんと守れないのに、わたしがそんな途方もないことをできるはずがないよ』
話がとんでもない方向に進んでいったが、そのときは自分がそれを真剣に目指すことになるとは夢にも思っていなかった。
会話はそれからも続いた。どうやったら敵との殺し合いや戦争を避けることができるのか……。だが、その場では答えは見つからなかった。
………………
ダイルたちが新婚旅行から戻って来て、数日が経った。
ハンナからあの絵をもらった後も毎日悩みながら考えて、自分なりに悟ったことがある。余りにも平凡なことだが、それは「戦う前に勝つ、殺し合わずに勝つ」ということだ。誰だったか忘れたが、中国の古代の偉人がそんなことを言っていたと朧げに記憶している。
戦いを始める前に殺し合いを避けるための作戦を十分に練って準備をする。どうやったら敵との殺し合いや戦争を避けることができるのかを考えて、その作戦と準備を整えてから敵の攻略を始めるということだ。殺し合いや戦争は最終手段だ。できれば話し合いで解決する。殺し合いを避けるためなら、策略や卑怯な手段も厭わないし、金品で相手と和解するのも良しとしよう。
それでもダメなら、そのときは武力を使って戦う。殺し合うなら相手を叩き潰すまで徹底して戦う。無慈悲と言われようが構わない。自分は殺し合いを避けるために最善を尽くしたはずだから。
オレの気持ちは次第にそんなふうに変わってきた。
ようやく心に刺さった棘が抜けたような気がして、今の心境をユウに語ることにした。それが今朝、朝食を食べ終わってからのことだ。
リビングの椅子に座ってオレはユウに自分の考えを語った。正面の壁にはあの絵が飾られていた。ハンナが描いてくれた白い花と軍靴の絵だ。
『ケイの気持ちが楽になって安心したわ。ずっとケイが悩んでいたみたいだから心配してたのよ』
『心配かけて、ごめん』
『ケイの今の話を聞いて思い出したけど、木下藤吉郎って偉かったのね』
『えっ? 木下藤吉郎?』
『ほら、若い頃の豊臣秀吉の名前よ。敵の武将を次々と調略して味方に引き入れたって聞いたことがあるわよ』
いきなり何を言い出したのかと思ったけど、ユウが言いたいことは何となく分かった。オレがやろうとしていることが調略と同じだと言いたいのだろう。調略とは武力で戦うのではなく、策略で敵の武将を味方に引き入れたり、謀反を起こさせたりすることだ。
『調略ねぇ……。歴史小説やゲームに出てくるような言葉だけど……』
『そうよ、調略よ。ケイがやろうとしてるのは調略なのよ。知恵と言葉で敵を味方にするのだから』
『うーん……。言われてみたら、そうかもしれないけど……』
『ていうか、ケイは今までも調略で味方を増やしてきたじゃない。ほら、レング神とかジルダ神とか』
たしかにレング神のときもジルダ神のときも殺し合いを避けて策略で味方に引き入れたのだった。
『そう言えばそうだねぇ。でも、あれはまともに武力で戦ったら勝てないと思ったから策略を使っただけなんだけどね。それに暗示魔法も使ってるし……』
『動機や手段はどうでもいいじゃない。とにかく敵対しそうな相手が現れたときは、まずは策略と暗示魔法を使って調略するってことよ。ケイだって、木下藤吉郎みたいな活躍ができるかもしれないわよ』
『うん……』
オレはこれまで何度も策略と暗示魔法を使って敵対しそうな相手を攻略して味方にしてきた。でも正直言って、そのやり方になんとなく引け目を感じていたのだ。正々堂々とした攻略方法ではないと考えていたからだ。
だけど、これからはそんな引け目を感じることは無いと思う。策略と暗示魔法を使って相手を攻略するということは、殺し合わずに相手に勝つことなのだから。ユウとの会話でオレはそう思い始めた。
ユウが言うように策略と暗示魔法で相手を攻略する方法をオレも調略と呼ぶことにしよう。
でも、調略もそんなに簡単なことじゃない。敵対する相手のことを徹底的に調べなきゃいけない。誰を調略するのかを絞り込んで、その弱みや隙を見つけられるかどうかで成功の可否が決まると言って良いだろう。
※ 現在のケイの魔力〈1285〉。
※ 現在のユウの魔力〈1285〉。
※ 現在のコタローの魔力〈1285〉。




