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SGS258 心に刺さった小さな棘

 心が痛かったのはフィルナの件だけではない。あのダードラ要塞の攻防戦からずっと、オレの心の中で小さな棘が刺さったような痛みが続いていた。


 心の中で続くチクチクとした痛み。それは、何かの拍子に心の中に浮かんできた。それはデーリアさんがご主人を亡くして悲しむ姿と、その場にいたマメルが呟いた言葉だ。


「こんな無慈悲な仕打ちは許せねぇ」


 その言葉が棘のようになって何度もオレの心に突き刺さった。


 マメルのその呟きは、デーリアさんのご主人を殺したオーク兵に対して発した怒りの声だった。だが、戦いの中で無慈悲な仕打ちをしているのはオーク兵だけではない。フォレスランやメリセランの兵士たちだけでもない。


 あのときその呟きを聞いて、オレ自身のことに気付いてしまったのだ。オレ自身が何度も無慈悲な戦いをしてきたことに……。


 マメルのその呟きとともにときどき頭の中に浮かんでくるのは、クドル・パラダイスでオレがバーサットの偵察兵を殺したときのことや、空からバーサットの地上部隊を爆撃したときのことだ。


 オレは「自分の敵」という理由だけで無慈悲に相手を殺すようになっていた。それは相手が魔物や魔獣の場合だけでなく魔族や人族であっても同じだった。初めの頃は殺した相手やその家族のことを考えて心に痛みを覚えていたが、いつの間にか何も感じなくなっていた。


 それがマメルの呟きを聞いてからまた心の痛みを覚えるようになってきたのだ。オレが殺した相手にも希望や夢があっただろう。愛する人もいたはずだ。残された家族や恋人もいただろう。


 もしかするとオレは自分が気付かないうちに多くの人たちを苦しめていたのかもしれない。オレの戦いに巻き込まれて悲しんだり苦しんだりする人たちを大勢作ってきたかもしれないのだ。


 思い悩んでユウに相談してみた。今から1か月ほど前のことだ。ダードラ要塞の攻防戦からは1か月半ほどが過ぎていた。


『敵とは命を懸けて戦うのだから、割切って相手を倒すしかないと思うけど……。そこで迷ったらケイが殺されてしまうもの』


『そんなふうに単純に割り切って良いのかなぁ……』


『ケイったら、戦いのことで最近悩むことが増えたよね。この前も怒りや憎しみの感情だけで自分が人を傷付けそうで怖いって言ってたし。ほら、デーリアさんがレアルドとかいう男を殺そうとしたときにケイがバリアを破壊して手助けしたときのことよ』


『言われてみたら、あのときもユウに相談したね……』


『でしょ。やっぱりケイは女の子なのよ。本能的に戦うことが苦手なんだと思うわ。ケイのホントの気持ちは、命を奪いあう戦いなんてしたくないと思ってるんでしょ? 私だってそうだもの。ケイはその気持ちに逆らって、無理をして戦ってきたから、今になって悩んでいるんだと思うけど……』


『そう……、なのかな?』


 女の子だとか本能だとかいうことは別にして、たしかに命を奪いあう戦いなんてしたくないとオレは思っている。ユウが言うように、自分の気持ちに逆らって無理をしているから今になって悩んでいるのだろうか……。


『きっとそうよ。だからね、命懸けの戦いは男の人に任せちゃえばいいのよ』


『男の人? ダイルに任せるってこと?』


『ええと……、ダイルに命懸けの戦いのような危険なことは余りさせたくないわねぇ。アーロ村の男の人たちにもっと強くなってもらうとか、ガリード兵団の男たちをもっと鍛えるとかして、ケイの代わりに戦ってもらったら?』


『それで、命懸けの戦いは男たちに任せたとして、わたしは何をするの?』


『それは……。ほら、赤ちゃんを産んで育てたり、お料理をしたり、みんなで楽しくお喋りをしたり……』


 ここでようやくユウに相談したことが間違いだったと気付いた。女性に相談するべきことではなかったのかもしれない。それを言うと、ユウは怒ってしまった。


『ひどいっ! 私は真剣にケイの相談に乗ってるのにぃ。そんなことを言うのなら、ダイルにでも相談してみたらっ!』


 その翌日、ユウに言われたとおりダイルに相談してみた。


「自分の敵」というだけで無慈悲に相手を殺していくことをこれからも続けていいのだろうか。どうやったら無慈悲な殺し合いを避けることができるのだろうか。その問い掛けにダイルから返ってきたのはひと言だけだった。


「ケイ、余計なことを思い悩むな。敵を殺すのは当然だ。殺さなければこっちが殺されるだけだからな」


 そんなことは言われなくても分かっている。それはオレが求めているアドバイスではなかった。だから心の棘は刺さったままで、時々思い出したようにチクチクとオレの心に痛みを走らせるのだった。


 さらに、その傷口に塩をすり込む者が現れた。ハンナだ。ダイルに相談したのと同じ日の夕方。オレを呼ぶ声がして玄関に出てみると、ハンナが立っていた。


「あたしからケイへの贈り物よ」


 にこやかに微笑みながらハンナは一枚の絵を差し出してきた。


 ハンナは絵が上手い。短時間でササッと描いて、何かの言葉を書き添えて気に入った相手にプレゼントしているのだ。今度はオレのために何かを描いてくれたようだ。少し期待を抱きながらその絵を受け取った。ハンナは好んで花の絵を描く。見ると、これも花の絵のようだ。


 芝の上に何本もの小さな白い花が咲き乱れている。そのお花畑の中に倒れた軍靴ぐんかが片方だけ描かれていた。そしていつものように言葉が添えられている。


『あの人はもう戻って来ない。一緒に暮らした何気ない日々も……。戦争なんか無くなってしまえばいいのに……。そう呟いた母さんの声が忘れられない』


 この絵はあのダードラの丘に咲いていた白い花のお花畑を描いたものだろう。花の中に転がっている軍靴はあの戦いで死んでいった兵士のものだろうか……。


「この絵をどうしてわたしに?」


 受け取った絵を見ながらハンナに尋ねた。


 白い花は可憐で綺麗だけど、花を押し潰すように横たわっている軍靴がそれを完全に打ち消している。心の中に湧き上がってくるのは戦争の悲惨なイメージだ。はっきり言って見たくない絵だった。


「その絵はね。あの日……、ダードラ要塞での戦いが終わって要塞から引き上げるときにね、ダーリアさんが悲しそうな声で呟くのを隣で聞いちゃったのよ。戦争なんか無くなってしまえばいいのにって……。それでその絵を描いたの」


 ハンナはこの絵をダーリアさんの赤ちゃんのために描いたそうだ。赤ちゃんが大きくなって色々なことを理解できるようになったときにこの絵を見せて、自分の父親に何があったのかをダーリアさんの口から語ってあげてほしい。ハンナはそう考えたらしい。


「でもね、悲しそうなダーリアさんの顔を見たら渡せなくなっちゃって、あたしが自分でずっと持っていたの。そうしたら、さっきダーリンからケイが戦いのことで悩んでるって聞いてね。ケイならその絵を見たら言いたいことが分かってくれると思ったから。その絵、もらってくれるよね? 遠慮しないでいいのよ。リビングにでも飾っておいてね」


 ハンナはそう言うとさっさと帰ってしまった。オレは絵を持ったまましばらくの間呆然と立ち尽くしていた。


『捨てるわけにはいかないよね……』


 オレはユウに語り掛けた。


『何言ってるの。せっかくプレゼントしてくれたのだから、ハンナが言ったようにリビングに飾っておきましょ』


『うん……。でも、この絵を毎日見て過ごすのは、ちょっと……』


 絵を見ただけで心臓が苦しくなりそうだ。


『そうかなぁ。この絵、私は嫌いじゃないけど……。だって、戦争なんか起こしちゃダメだって、この絵を見たらいつもそう感じることができるでしょ』


 理屈ではたしかにそうなんだけど……。


 ※ 現在のケイの魔力〈1285〉。

 ※ 現在のユウの魔力〈1285〉。

 ※ 現在のコタローの魔力〈1285〉。


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