SGS257 あっという間に2か月半が過ぎた
ダードラ要塞の攻防戦が終わってからあっという間に2か月半が過ぎた。ダイルたちは予定どおりのコースで新婚旅行を終えて、ダールムへ無事に戻ってきた。
ダイルたちのおかげで人族の国々の首都に小さな家を購入して、その場所にワープポイントを設定することができた。これからはいつでも瞬時にそこまでワープで移動することが可能となった。
ただしバーサット帝国の帝都など魔族が出入りしている街にはワープポイントの設定はできなかった。バーサット帝国の帝都に飛行魔法を使って空から侵入しようとしたが、帝都周辺の上空を多くのガルーダロードやシルフロードが飛びながら警戒していて、近付くこともできなかった。それは地上も同じで、昼間だけでなく夜間の侵入もムリだったので、仕方なく諦めたのだった。
オレはこの2か月半の間、クドル・インフェルノで訓練を続けていたし、新婚旅行中のダイルたち夫婦にも積極的に協力していた。
はっきりと言っておくが、オレの協力無しにはダイルたちの新婚旅行は成立しなかったはずだ。まず、毎晩のようにダイルたちを新婚旅行先へワープで運んだ。そして、夜はユウに体を譲った。
ユウはたいていの場合は夜の時間をダイルたちと一緒に過ごしていたが、時々は日本の実家へ帰っていた。
新婚旅行中と言っても、実はダイルたちも昼間はクドル・インフェルノで訓練をしていたのだ。クドル・インフェルノの中では頻繁に数多くの魔物たちが魔獣に変異するから、それを倒すことで魔力を高める機会はいくらでもあった。
オレもダイルたちも昼間の訓練と夜の奮戦で体はクタクタになるはずだが、魔法のおかげで元気いっぱいだった。もちろん夜の奮戦に加わるのはオレではなくユウだ。
魔空船で移動している間はフィルナかハンナのどちらかが船に残り、もう一人はダイルと一緒にクドル・インフェルノで訓練を行っていた。移動期間中はそれを毎日交代で繰り返していたのだ。
そんなことができるようになったのは、オレがフィルナを連れてワープできるようになったからだ。その経緯はもう少し後で説明するとして、先にこの2か月半の間に起きた出来事を述べておこう。
まず、コタローが予想していた件についてだ。コタローはバーサット帝国がこの数か月のうちにオレの命を狙って攻撃を仕掛けてくると予想していた。それに、オレの存在に気付いた神族がちょっかいを出してくるだろうとも言っていた。だが、コタローの予想は完全に外れたと言っていいだろう。バーサット帝国がオレたちを狙ったような動きをすることは一切無かったし、神族がオレを監視したり接触してきたりする動きも無かったからだ。
バーサット帝国の動きが無かったのはオレの周りだけではない。人族や亜人の国々に対してもバーサット帝国は鳴りを潜めていた。
ただし怪しい動きはあった。ダイルたちが新婚旅行でメリセラン王国に立ち寄った際に得た情報だが、3週間ほど前にメリセラン軍が保有している魔空船の大半が一斉に爆破されたらしい。犯人からの要求や声明は一切出ていないそうだが、一種のテロだと思う。ダイルはそのテロをバーサット帝国の仕業だろうと推測している。
ダイルたちの新婚旅行では思わぬ出会いもあった。マリエル王国に立ち寄ったときにダイルは日本から召喚されてきた者を見つけたのだ。宮下茂という35歳くらいの男性で、こちらの世界ではシゲルと呼ばれていた。
シゲルさんは姉弟であのバスに乗っていたそうだ。オレやユウが乗っていたのと同じバスだ。シゲルさんと一緒に乗っていたのは2歳年上の実のお姉さんだ。姉弟は目が覚めたらマリエル王国の宿屋にいたとのことだ。この姉弟だけでなく、ミレイ神は召喚してきた異世界人たち全員をマリエルで解放したらしい。
ユウから以前に聞いていた話だが、ミレイ神はユウ以外の異世界人たちを全員石化して2年間自分の手元に置いていたそうだ。ユウがミレイ神の子供を無事に代理出産するまでは、異世界から召喚してきた人たちの存在を世間に隠しておきたかったのだろう。
つまり、シゲルさんたちが目覚めたときは召喚されて2年が過ぎていたのだ。
シゲルさんのお姉さんは暮らしを立てるためにマリエルの王都で飲食店を開いた。料理が得意なようだ。シゲルさんもその店に同居して、お姉さんと一緒に暮らし始めた。だが3年前にそのお姉さんが行方不明になった。それはシゲルさんが旅に出ている最中だったそうだ。
それ以降、シゲルさんはずっと行方不明のお姉さんを捜しているらしい。実は行方不明になっているのはお姉さんだけではなかった。あのバスに乗っていて召喚されてきた人たちもマリエルで暮らしていたらしいが、全員が行方不明になっているそうだ。それまではシゲルさんたちの飲食店へ頻繁に食事をしに来ていたが、お姉さんが行方不明になったのと時を同じくして姿を見せなくなったと言う。
その話を聞いて、オレもマリエル王国までワープしてシゲルさんに会いに行った。シゲルさんにはサリーネさんという恋人がいた。シゲルさんの2歳年上だと言ったから37才なのだろうが、オレにはそれよりもずっと若く見えた。優しそうな女性だったが、実は魔力が〈200〉を越えるバリバリの魔闘士だそうだ。
シゲルさん自身もサリーネさんやその仲間たちの支援を受けて、魔力が〈200〉を越える魔闘士になっていた。
マリエル王国ではサリーネさんの師匠で親友でもあるアレナという女性にも会った。70歳くらいの上品そうな婦人で、マリエル王国の公爵だそうだ。その屋敷で一緒にお茶を飲みながらお喋りをしたが、見掛けの上品そうな印象とは違って、バイタリティ溢れる女性だった。
アレナ公爵とサリーネさんは師弟の関係だ。サリーネさんを魔力〈200〉を越える屈指の魔闘士に育てたのがアレナ公爵だった。ダイルの話では、二人は親子のように仲が良いそうだ。それもあってか、サリーネさんはアレナ公爵の屋敷の中にある別棟にシゲルさんと一緒に住んでいた。はっきり言えば同棲しているってことだ。
実はアレナ公爵はマリエル王国の筆頭貴族であり、幼い王様を支えてマリエル王国を率いていく立場にある人だ。アレナ公爵は行方不明になっているシゲルさんのお姉さんたちを国を挙げて捜索すると約束してくれたから、近いうちに何か情報が掴めるかもしれない。
ちょっと気になったのは、ダイルがオレのことを自分の妻だとアレナ公爵たちに紹介したことだ。オレたちの関係を詳しく説明するのが面倒だったからだとダイルは言い訳をしていたが……。
新婚旅行でマリエル王国に立ち寄ったときの話が長くなってしまったので、話を戻そう。
この2か月半に起きた出来事として、オレの使徒が増えたことは書き記しておかねばならない。ガリードとアーロ村のナムード村長にお願いして、オレの使徒になってもらったのだ。ダードラ要塞の攻防戦から数日後のことだ。
今後は敵からいつ攻撃を受けるか分からない。そのときに連絡に手間取っていたのでは戦いが不利になるだろう。できればガリードやナムード村長とは念話ですぐに連絡を取り合えるようにしておきたいし、必要なときにはワープで同行させたい。そう考えて使徒になるようお願いした。
二人は初めは渋っていた。その理由は二人とも同じで、家族や親しい者たちが年を取って老けていくのに、自分だけが年を取らないまま生きていくのが辛いと言うのだ。その気持ちは痛いほど分かった。
それで、使徒を辞めたくなったらいつでも辞めてよいと説得すると、ようやく使徒を引き受けてくれることになった。使徒を辞めるときにはそれぞれの後継者に使徒を継承してもらうことになるが、それはそのときの話だ。
それと語っておかねばならないのはフィルナのことだ。先ほどもフィルナを連れてワープができるようになったと述べたが、なぜそれができるようになったのか、その説明が必要だろう。実はダイルとフィルナから頼まれて、フィルナに神族封じの首輪をつけたからだ。そう言っても、おそらくピンと来ないだろうから、その事情をもう少し語っておこう。
ダードラ要塞での攻防戦でフィルナは殺される寸前まで追い込まれたそうだ。フィルナはオレの使徒ではないから、オレたちに念話で助けを求めることができずに悔しい思いをしたらしい。これはダイルから聞いた話だが、攻防戦が終わってダールムに戻る魔空船の中で、ダイルはフィルナから泣きつかれたそうだ。ダイルは困ってしまって、フィルナに神族封じの首輪をつけてやってほしいとオレに頼んできたって訳だ。
神族封じの首輪は本来は罪を犯した神族を捕らえて従属させるためのアーティファクトだ。この首輪が持つ機能は神族を従属させることだけではない。首輪のオーナーと首輪をつけた者との間は常にソウルリンクで結ばれるようになる。首輪のオーナーは首輪をつけた者と念話で話をしたり、ワープで連行したり、その者がいる場所へワープで移動したりできるようになるのだ。
これは罪を犯した神族を捕らえて従属させるために必要な機能なのだが、ダイルはそれをフィルナにも使おうと考えたようだ。
実はそのアイデアはすでにレング神がオレとの間で実践していた。レング神自身が神族封じの首輪をつけたままにしていて、その首輪のオーナーがオレになっているのだ。首輪をつけたままにすることはレング神が強く望んだことだ。オレとの間で念話で常に連絡を取れるようにしたいということと、必要なときにオレがレング神のところへワープで瞬間移動して来れるようにしてほしいというのがレング神の望みだった。レング神のその狙いはオレを味方にすることにあるのだが、そのおかげでレング神たちとオレとの間は強い信頼関係を築くことができたと言って良いだろう。
話が横道に逸れてしまったが、レング神が実践している神族封じの首輪の活用方法は使徒でも機能するだろうとダイルは考えたのだ。コタローに確認を取ると、神族封じの首輪を使徒に使っても大丈夫だと言っていたし、実際に使ってみると問題なく機能した。
これでフィルナはいつでも念話でオレを呼び出して連絡が取れるようになったし、オレがフィルナを連れて一緒にワープできるようになったのだ。神族封じの首輪を使った裏ワザのようなものだが、フィルナはオレの使徒とほぼ同じようなことができるようになった。
首輪が思ったとおりに機能すると分かった後、フィルナはダイルに抱き付いてずっと泣いていた。もちろん嬉しくて泣いていたのだろうが、気持ちはもっと複雑だったろう。今までは、ダイルとハンナがオレの使徒になって好きなときに念話で話をしたり、ワープでオレと一緒に瞬間移動したりするのを見て、フィルナはいつも寂しい思いをしていたのだと思う。オレもなんとなく気付いていたが、仕方が無いと放置していた。何か方法が無いかもっと真剣に考えて早く対処すればよかったのだろう。ダイルに抱かれて泣き続けるフィルナの顔を見ながら少し心が痛かった。
※ 現在のケイの魔力〈1285〉。
(クドル・インフェルノで魔獣を倒し訓練を続けたため、魔力が増加)
※ 現在のユウの魔力〈1285〉。
※ 現在のコタローの魔力〈1285〉。




