SGS251 まるっきり違う罪の償い方
マメルの剣を避けようとレアルドが仰け反る。そこにマメルの一撃が入った。右胸から右脇腹までを斬り裂かれてレアルドは床に倒れた。
「ば、ばかな……」
血を吐きながらレアルドは床を這って逃れようとしている。
「デーリア、仇をっ! 仇を討つんだっ!」
マメルが叫ぶ。
その声にデーリアさんが短剣をレアルドに向けて足を踏み出した。目を吊り上げながら「ヒィィィーッ!」という金切り声を上げた。何かに取り憑かれているようにレアルドへ迫っていく。
オレはそれを呆然と見ていた。止めようと思えば簡単に止められる。だが、自分の体が動かない。いや、動かないのはオレの心だ。
『ケイ、デーリアさんを止めなくていいの?』
高速思考でユウが尋ねてきた。
『うん……。許せないんだ。この男のことが……』
『何か……、何か理由があるのよね?』
『ある。あるけど……、今は言葉にしたくない……。ごめん……』
『後悔するかもしれないわよ。それでも良いの?』
『きっと後悔するだろうね。けど、それが今の自分だから、それを背負うよ』
『なら、もう何も言わない。でも、できれば私にもそれを背負わせて』
『ありがとう、ユウ……』
本当に後悔するだろうな。オレはそう思いながらデーリアさんが倒れ伏しているレアルドに馬乗りになって、その背中に短剣を突き立てるのを静かに見ていた。
「もう死んでるよ。マメル、デーリアさんを止めて」
デーリアさんは憎しみを吐きだすように何度も短剣を突き立てて、返り血を浴びていた。
「もう止すんだ、デーリア……」
マメルが短剣を取り上げてデーリアさんを抱き起すと、マメルの腕の中でデーリアさんは激しく泣きじゃくり始めた。
「あたし……、あたし……」
気持ちを言葉にできないままデーリアさんは泣き続けている。
「殺して……。あたしを……、殺して。ねぇ、マメル。あたし、死ぬしかないの。この男を殺してしまったから……」
「馬鹿なことを言うな。悪いのはおまえじゃない。悪いのはこの男で、おまえはご主人の仇を取っただけだ。それに、おまえが死んでしまったら、残された赤ん坊はどうするんだ?」
「あっ……」
デーリアさんはマメルの腕の中から崩れ落ちて、床に座り込んでしまった。赤ちゃんのことを言われて、張り詰めていた気持ちが萎えてしまったようだ。
「あたし……、どうしたら……」
デーリアさんの呟きに、マメルが助けを求めるような目でオレの方に顔を向けた。
え? オレに何か言えと?
『ユウ、どうしよう?』
高速思考で問い掛けた。こんなときにユウは相談相手として頼りになる。
『そうねぇ……。あの男を殺したいほど憎いというデーリアさんの気持ちは分かるけど。本当に殺してしまうなんて、私だったらできないよ』
『それは、ユウが日本で生まれ育ったからだと思うよ』
『でもウィンキアの人族だって、憎いという理由だけで人を殺したりしたら捕まって罰せられるでしょ?』
『うん、王都の中だったらね。死罪か、軽くても奴隷の身分に落とされるだろうね。でも王都の外なら、うやむやで済まされるだろうね』
『つまり、ケイは曖昧なままにして放っておこうと思ってるの?』
『そうは言わないけど……。デーリアさん自身が殺してほしいって、マメルに頼むくらい罪の意識があるみたいだからねぇ』
『そうよね。憎しみの気持ちだけで人を殺めてしまったことにデーリアさんは気付いたんだと思うの。それなのに、罪を償わないまま曖昧に終わってしまったら、デーリアさんは一生悔やみ続けるかもしれないわ』
『でも、罪を償うと言っても、どうやって?』
『死ぬとか奴隷に落ちるとかじゃなくて、まるっきり違う罪の償い方があるはずよ』
『ええと、罰金とか奉仕活動とか、そんなこと?』
自分で言いながら、何か違うなと思ってしまう。
そのとき念話でミサキ(コタロー)が割り込んできた。
『ケイ、二人の話を聞いてたんだけど、もっと良い方法があるわよ』
ミサキはフォレスランの王都でデーリアさんの赤ちゃんを世話しているはずだが、暇なのだろうか。オレたちの会話に聞き耳を立てていたらしい。
『ミサキ、良い方法があるんだったら教えてよ』
こういうときにタイミング良くアドバイスをしてくれるのは本当に助かる。
『デーリアさんは高位の魔闘士を殺したんでしょ? それならロードナイトを継承させるのよ。自分が殺した魔闘士の魔力を引き継がせるの』
『ええっ!? デーリアさんを魔闘士にさせるってこと?』
『ロードナイトの役目は、魔闘士になって戦いに身を投じることだけじゃないわよ。もっと人々の役に立つこともできるわ。魔医になってもいいし、魔工師になって城壁や公共の建物を修繕してもいいし……。ロードナイトになった後で、どんな道を選ぶのかはデーリアさんの考え方しだいよ』
さすがにミサキ(コタロー)だ。
『それよ! ロードナイトになれば心掛けしだいで大勢の人たちを救ったり助けたりすることができるわ。罪を償うなら、私もそれが一番良いと思う』
ユウも大賛成のようだ。
『じゃあ、さっそくアドバイスしてみるよ』
オレはデーリアさんにロードナイトの継承を行うよう勧めた。もちろんその理由もちゃんと説明したから分かってもらえたはずだ。
「あのぅ……、あなたは?」
あっ! 自己紹介をしてなかった。どうりでデーリアさんがオレの説明を聞きながら不思議そうな顔をしていたわけだ。
「ケイさん、ありのままを説明していいか?」
オレは頷いて、マメルに説明を任せた。オレのことを神族だとデーリアさんに思ってもらった方が、この後のことを進め易い。
「ええっ!? 神族様……」
驚いて跪こうとするデーリアさんの手を取って立ち上がらせた。その後はスムーズだった。デーリアさんは素直にオレの言うことに従い、ロードナイトの継承を行った。ソウルオーブはレアルドが死んで出てきた木箱にたくさん入っていたから、継承の際はそのオーブを使った。遠慮をしていたが、木箱の中身はデーリアさんとマメルで分けて受け取ってもらった。
さて、これで一段落……、という訳にはいかない。このまま放置して「さよなら」はできないだろう。後始末するべきことが色々と残っているからだ。
まずはレアルドの死体の始末だ。ちょっと見ただけでオークが殺したのではないと分かるから、死体をこの部屋に放置しておくのはまずい。オレは魔法で死体を分解して土に戻した。
その間に、デーリアさんはご主人と最後のお別れをした。泣きながらご主人の髪の毛を切り取って大事そうに手に持っている。その姿を見ていると、また昔の記憶が浮かんで来てこっちまで貰い泣きしそうになる。でも、今は昔の思い出に浸っているときじゃない。
「デーリアさん、ご主人を土に戻してあげていいですか?」
問い掛けると、デーリアさんは涙を浮かべた眼差しでオレを見てコクリと頷いた。泣き顔も美しい。心からご主人のことを愛していたようだ。
※ 現在のケイの魔力〈1201〉。
※ 現在のユウの魔力〈1201〉。
※ 現在のコタローの魔力〈1201〉。




