SGS244 包囲網突破戦その2
―――― フィルナ(前エピソードからの続き) ――――
新手の魔闘士は五人と思っていたが、数えると全部で六人いた。距離は300モラほどだ。すぐにここへ駆け付けてくるだろう。
私の背後から執拗に斬り掛かっている魔闘士たちの一人を振り向きざまに斬り捨てた。もちろん眠らせただけだ。もう一人は逃げ出した。新手の魔闘士たちと合流する気のようだ。
残っている敵の魔闘士は一人だけだ。今はエマが戦ってる。そのままエマとマメルに任せよう。それよりも新手の六人が問題だ。
距離は200モラ。誘導爆弾や熱線の魔法が使えれば楽勝なのに……。
私は六人に向かって走り始めた。自分を餌として敵の魔闘士たちを誘い出すのだ。
先に逃げ出した魔闘士が走りながら味方に向かって何かを叫んでいる。それを聞いた六人が立ち止った。全員がこちらに向けて腕を突き出した。遠距離攻撃を仕掛けてくるつもりのようだ。
距離は100モラ。一斉に火球が放たれた。大きい。爆弾の火球だ。私に向かって真っすぐに飛んでくる。
サイドにステップ。
無理だ! 全部は避けきれない。
すぐ近くの地面に着弾して次々と爆発した。同時に目の前が眩く光った。何かに激突して体が浮き上がる。そのまま数モラ後ろに飛ばされて尻もちをついた。
お尻が痛い。
火球の一発がバリアに直撃したらしい。私のバリアは高出力だ。衝撃は大幅に軽減されているはずだが、それでも体を飛ばされてしまった。
私の周りは土煙で何も見えない。
自分の体は……、大丈夫だ。お尻を擦りむいた程度だ。ちょっと頭がふらふらするが、衝撃のせいだろう。
立ち上がって、また走り始めた。
土煙の中から抜け出すと、こちらへ走ってくる魔闘士たちが見えた。もう30モラの距離まで迫っている。
一人ひとりの顔が見えた。全員が驚いたような顔をしている。まさか私が生きているとは思わなかったのだろう。
先頭を走ってくるのは男だ。魔力は〈120〉で、その後に続く魔闘士たちも同じくらいの魔力だ。だが、少し遅れて最後尾から走ってくる男だけは魔力が突出していて〈220〉だった。この男がメリセラン側の司令官だろう。
逃げ出した魔闘士が司令官に寄り添って走っている。何かを話しているようだ。
魔闘士たちは剣や槍を振りかざしながら決死の形相で迫ってきた。自分たちの相手が只者ではないと分かっているようだ。私は爆弾の直撃を受けても平気だったから普通の魔闘士ではないと思われて当然だ。
目論見どおり魔闘士たちはこちらに向かってくる。逃げる相手を追うのは時間が掛かるが、向かってくる相手は一気に倒せるはずだ。
だが期待は外れた。先頭の男は擦れ違いざまに倒した。が、残りの魔闘士たちは散らばりながら私と同じ方向に走り始めたのだ。
走りながら私が一人に近寄ると、その者は遠ざかる。明らかに私の魔力剣を警戒している。司令官からの指示で動いているようだ。逃げた魔闘士が何か入れ知恵をしたのだろう。
少し離れて走っている司令官が何かの指示を出した。すると、魔闘士たちは走りながら一斉に呪文を唱え始めた。
バリア破壊の呪文だ。
全員が走りながら腕をこちらに向けてくる。
たしかにバリア破壊なら彼らは恐れることなく私を攻撃できる。狙いが少し外れて仲間に当たったとしても傷付けることがないからだ。
私のバリアが光りを発し始めた。さすがに六人から一斉にバリア破壊を放たれると私のバリアの回復力だけでは間に合わない。バリアが少しずつ削られていく。
どうすればいいの!?
そうだ。敵がバリア破壊でくるなら、こっちもバリア破壊で仕掛けよう。この魔法なら相手を死傷させることはないから。
魔力剣を消してバリア破壊を発動した。狙うのは敵の司令官だ。
そっちに目を向けると、相手は少し離れたところを走っている。しつこく私に向かってバリア破壊を撃ち続けている。
私のバリアは徐々に削られているがまだ余裕がある。
方向転換。司令官に向かって走る。相手はすぐに気付いて逃げ始めた。
その背中に向かってバリア破壊を浴びせる。司令官のバリアは急速に灰色に変わっていく。「パリン」という音がして相手のバリアが消滅した。
「ひぇーっ!」
情けない悲鳴を上げながら司令官は走り続けている。
眠りの呪文を唱える。省略形の呪文だ。
司令官が足をもつれさせて転んだ。そのまま地面に倒れ伏して動かない。眠っているだけのはずだが、怪我をさせたかも……。だが、確かめている時間は無い。
ほかの魔闘士たちは散り散りに逃げ始めた。司令官を倒されて驚いたのだろう。
私は一番近くにいた魔闘士を追い始めた。手順は同じだ。バリア破壊と眠りの魔法で始末していくのだ。時間が掛かるが仕方ない。
メリセランの魔闘士たちを追い掛けまわしてさらに三人を眠らせた。
残りの魔闘士が何人かいるはずだが、陣地に逃げ込んでしまったようだ。探知魔法で見ると、メリセラン側の大勢の兵士たちに混じって数人の魔闘士がいるのが分かった。私を恐れているのか、魔闘士も兵士たちも陣地から姿を現さない。
それなら、こちらから陣地に斬り込んで……。いや、そこまで追い掛けて倒すこともないだろう。
どうやらこれで魔闘士たちとの戦いは決着したようだ。ここからすぐに移動して王都を目指そう。マメルたちはどこだろう?
辺りはすっかり明るくなっていた。見回すと、遠くにマメルとエマが見えた。
それに、いつの間に要塞から出てきたのかフォレスラン側の魔闘士たちがいた。マメルたちから数百モラ離れたところだ。レアルドの姿も見える。
マメルとエマは無事のようだ。しゃがんで何かをしてる。あれはメリセランの司令官を倒した場所だ。もしかすると……。
嫌な予感がした。
そのとき、私の探知から司令官の存在が消えた。これって、あの司令官が死んだということだ。
マメルたちがいる場所に向かって私は必死に駆け出した。もう手遅れだと分かってはいるけれど。
近寄ると、私の気配に気づいてマメルとエマが振り向いた。立ち上がって、マメルが嬉しそうに微笑んだ。
「おれの魔力が〈220〉になったぞ。フィルナさん、あんたのおかげだ」
マメルの足元に横たわっている司令官の姿が見えた。胸から血を流している。マメルは司令官を殺して、ロードナイトの継承を行ったのだ。
自分の心臓がドキドキと音を立てているのが分かる。頭に血が上ってきた。
「マメル、あんたねぇ……。私が他国との戦争で敵を殺傷できないことは話したでしょ。どうしてこの男を殺したのよ!」
「あんたが敵を殺傷?」
マメルは平然としている。
「すみません。止めたんですけど……」
エマはしょんぼりしている。私が怒っているのが分かったようだ。
「エマ、謝ることはないぞ。フィルナさん、あんたはこの男を殺しちゃぁいない。殺したのはおれだからな。それに、あいつらだって要塞から出て来て、おれと同じことをやってるんだ」
マメルが指差したのはレアルドたちだ。
見ると、フォレスランの魔闘士たちは丘の芝地に広く散らばっていた。
なんてことを!
私が眠らせたメリセランの魔闘士たちを殺して回っているようだ。探知で反応があるのはフォレスランの魔闘士たちだけになっていた。
頭がくらくらしてきた。
取り返しのつかないことをしてしまった……。これではフォレスランとメリセランの戦争に介入して、私がフォレスラン側に手を貸したように見えてしまう。
メリセラン側の十人以上の魔闘士たちが殺されてしまったのだ。私のせいで……。
私が手を下したも同然だ。
あの人たちの未来を奪ってしまった。家族や恋人もいただろうに。
私はいったいどうしたらいいの……?
立っていられなくなって、その場に座り込んでしまった。
「フィルナさん、大丈夫ですか?」
エマが心配して私の背中を撫でてくれてるが、何も考えられない……。
「女はこれだからなぁ……。エマ、そっとしといてやろう」
………………
どうしたんだろう……。なんだか周りが騒がしくなってきた。
私は芝の上で膝を抱えて座ったままだ。足元に白い花が咲いていて、それをぼんやりと眺めていた。可愛い花が辺り一面に咲き乱れている。
ここが戦場だということは分かっている。でも、私は自分がやってしまったことの重大さに打ちのめされて、立ち上がれずにいた。
数分……、いや5分くらいだろうか。こうやって自分の膝に頭を付けて足元の花を見ていたのは……。
少し気持ちが落ち着いてきた。
顔を上げると、すぐそばにエマがいた。私と同じように膝を抱えて座っている。
マメルは少し離れたところにいて、メリセラン軍の方を見ていた。何かに気付いたようで、こちらに顔を向けて大声を上げた。
「見てみろ! 何だか変だぞ。連中が慌てて陣形を組み始めたんだが……」
マメルがメリセラン軍の陣地を指差している。
立ち上がってそっちを眺めた。メリセランの兵士たちが陣地から走り出て、何重にも列を作って並び始めている。騒々しくなったのはメリセラン軍から聞こえてくる号令や喧騒のせいだった。
自分たちが今いる場所からメリセランの陣地までは200モラほど離れている。メリセランの魔闘士たちの魔力では爆弾の魔法はここまで届かない。兵士たちの弓矢でも射程外だろう。
どうやってこちらを攻撃してくるつもりだろうか……。
いや、違う。攻撃相手は我々ではない。
メリセランの兵士たちは全員が手に弓矢や長い槍を持っているが、こちらを向かずに、真横を向いて構えているのだ。
急いで探知魔法で周囲を探った。
いたっ! メリセラン軍の前方から大軍が迫っている。方角で言えば北方だ。
※ 現在のフィルナの魔力〈789〉。
※ 現在のハンナの魔力〈787〉。




