SGS243 包囲網突破戦その1
―――― フィルナ(前エピソードからの続き) ――――
夜明けまであと1時間くらいだろう。これからどうしようかとマメルたちと相談していると、部屋にレアルドと兵士たちが入ってきた。
「ここにいたのか。捜したぞ」
レアルドはこの要塞の司令官だ。メリセラン軍から攻撃を受けた直後で、要塞の包囲も続いている状況なのに……。
「いったい何の用があるの? 私たちに構っている時間など無いはずよ」
「おまえたちは直ちに王都へ戻れ。すぐに出発するんだ」
この男は馬鹿なのか……。
「要塞はメリセラン軍に取り囲まれてるのよ。こんな状況でどうやって怪我人を連れて王都へ戻れと言うの? 要塞を馬車で出た途端に攻撃されるか捕まってしまうわ」
「誰が怪我人を連れて戻れと言った? 王都へ戻るのはおまえとマメル、それとそっちの若いお嬢さんだけだ。おまえたち魔闘士3人はダードラ要塞からの使者として王都を目指すんだ。王都に着いたら軍令省を訪ねて、受付の兵士にこの封書を渡してくれ。渡せば軍の最高司令官に渡るようになっている」
レアルドが言うには、この封書には要塞がメリセラン軍に包囲されて切迫した状況になっていることと、大至急で救援部隊を送るよう要請する内容が書かれているそうだ。
本来であれば要塞と王都の間には緊急時の連絡手段があるのだ。何カ所にも狼煙台が設置されていて、緊急時には狼煙を上げて知らせを伝達することになっているそうだ。夜間は狼煙の代わりに火砲の魔法を使って信号をやり取りするらしい。だが、要塞から信号を送っても狼煙台からの応答が無いと言う。おそらく狼煙台を守る部隊はメリセラン軍の攻撃で壊滅したのだろう。
レアルドはそう推測を述べて、言葉を続けた。
「救援部隊が来なければ、この要塞は数日で攻め落とされてしまう。分かるか? この要塞の命運はおまえたちの働きに懸かっているってことだ。だから、すぐに要塞を出て敵の包囲網を突破するんだ。魔法を使って走れば、おまえたちなら今日の昼前に王都に着けるはずだ。上手く行けば夕方には救援の魔闘士部隊を連れて戻れるはずだ」
レアルドの表情は真剣で、いい加減なことを言っているようには見えない。
「そんな大事な役目なら、私たちじゃなくて要塞の魔闘士たちが行くべきよ」
「いや、おまえたちの方がこの要塞の魔闘士たちよりも魔力が高いからな。それに、この要塞にはデーリアも亭主も残ってるんだ。救援の魔闘士部隊が間に合わなけりゃ、この要塞は陥落する。そのときはデーリアも亭主も死ぬってことだ。フフフフッ……。だから、おまえたちは死に物狂いで使者の役目を果たしてくれるはずだ。そうだろ?」
どこまでも抜け目がない男だ。
レアルドが言ってることは分かるが、私が行けばメリセラン軍の兵士たちと戦うことになる。でも、アイラ神様からはこちらから攻撃を仕掛けてはダメだと念押しされてしまったし……。
だけど、使徒だと悟られなければ大丈夫とも言ってた。つまり、使徒だと分かるような派手な魔法攻撃をしなきゃ構わないってことだ。
決めた。行こう。
でも、この要塞から出てメリセラン軍の包囲を突破するのであれば私一人のほうが良い。攻めるにしても守るにしても、私一人の方が動き易いし素早く行動できるからだ。
「分かったわ。私が行く。でも、マメルとエマはこの要塞に残していくから」
「それはダメだ。おまえの魔力は〈150〉でそれなりの魔闘士だとは思うが、敵の魔闘士たちに囲まれたら生き残れないぞ。一人だけで包囲網を突破するのは無理だ。だが、三人の魔闘士が助け合えば何とかなるはずだ」
理屈ではレアルドが言ってることが正しい。私にとってマメルとエマは重荷にしかならないが、この状況では拒むことはできそうにない。
「フィルナさん、おれも一緒に行くぞ。きっと役に立つから」
「ちょっと怖いけど、あたしもマメルが行くのなら……」
マメルとエマも行く気でいるようだ。
仕方ない。私は頷いた。
「じゃあ、すぐに要塞を出るわよ。明るくなる前に包囲網を突破するから。それと……」
私はレアルドに顔を向けた。
「デーリアをこのままご主人に付き添わせてあげて」
「分かった。特別に個室を用意させよう」
レアルドも少しは話が分かるようだ。
………………
私たちは丘を駆け下りていた。本当なら浮上走行の魔法を使ってもっと速く進みたいところだが、今はマメルたちに合わせるしかない。マメルやエマの魔力ではバリアを張ったら浮上走行の魔法は使えないからだ。
要塞を出る前にマメルたちには何があっても自分の命を守ることに専念するように言っておいた。二人ともバリアのほかには筋力強化と活性化の魔法を自分に掛けていて、手には抜き身の剣を持って私の後ろから付いて来ている。
まずいことに辺りが明るくなり始めた。丘の麓に土塁のようなものが薄っすらと見える。昨日はあんなものは無かった。半日前に馬車で丘へ上がる道を通ったが、麓は芝地が広がっていただけだった。おそらくメリセラン軍が短時間で構築した陣地だろう。陣地は丘の麓に数カ所あって、それぞれの陣地には高さ3モラほどの土塁が築かれていた。爆弾の魔法を警戒しているのだ。
私たちは陣地と陣地の間を目指して走っている。その間を駆け抜けようと思ったのだが、メリセラン軍はそれほど甘くはなかった。
陣地まで300モラほどのところで敵に見つかってしまった。探知で見ると敵の動きが慌ただしくなっている。
爆弾の魔法を撃たれるとまずい。マメルたちも私のバリアに守られているから爆弾の直撃を受けても大丈夫だと思うが、それだと私たちが普通の魔闘士ではないとばれてしまう。
250モラまで近付いた。敵陣から何人かが走り出てきた。こっちへ駆けてくる。全員が魔闘士だ。七人いる。魔力は一番高い者が〈160〉だ。
見つかってしまったからには、敵陣にこれ以上近付くのは危険だ。陣地から爆弾の魔法で攻撃を受けるかもしれない。
方向を変えて、私は陣地と平行に走り始めた。マメルたちも後を付いてくる。
先頭を走っていた男が立ち止って腕をこちらへ向けた。走りながら詠唱を続けていたのだろう。爆弾の魔法を放ってくる気だ。
敵まで100モラ。男から火球が放たれた。一発だけだ。真っすぐに私の方へ飛んでくる。
どうしよう!?
迷ってる時間は無い。
「左に避けるよ!」
叫びながら斜め左へ方向を変えてステップした。
直後、火球が私のバリアをかすめながら後ろへ飛び去っていった。
マメルとエマも私に付いて来ている。後方で爆発音が響いたが被害は無い。
その間にも男たちはこちらへどんどん近付いて来ていた。爆弾の魔法は距離が近過ぎてもう使えないはずだ。男たちはこちらを取り囲んで捕らえるか皆殺しにする気だろう。
「私のそばを離れちゃダメよ」
大声で叫ぶと、後ろにいるマメルが何か返事をした。だが聞こえない。聞き返す余裕も無い。
走りながら魔力剣を出した。
先頭を駆けてくる男の顔がはっきりと見える。魔力が〈160〉の魔闘士だ。剣を振り上げて叫び声を上げながら私に向かってくる。男はどこか余裕の表情だ。自分たちが圧倒的に強いと思っているのだろう。
男まであと数モラ。今だ! 私は魔力剣を振り下ろした。魔力剣がぐいと伸びた。魔力に応じて魔力剣は自在に伸縮する。男が驚いたような顔になったのと、「パリン」という音が響いたのが同時だった。
男は惰性で何歩か進んで、その場に倒れ伏した。
殺傷はしてない。眠らせただけだ。魔力が〈500〉以上あれば、魔力剣の魔法はバリアを破壊した後で相手を傷付けずに眠らせたりマヒさせたりすることができる。それと似たようなスキルもあるらしいが、私は持っていない。だけど、後でどうやって眠らせたのかと尋ねられたら自分のスキルだと言ってごまかすしかない。
先頭の男が倒されたのを見て、その後に続いて走ってきた男たちは慌てて立ち止った。だがもう遅い。続けざまに二人の魔闘士に魔力剣を浴びせて倒した。眠らせただけだが、周りからは私が斬り倒したように見えただろう。
残りの魔闘士は四人だ。次の相手は……。
見回すと、いつの間にかマメルが私の前に出て剣を振りかざしている。魔闘士の一人に斬り掛かろうとしてるようだ。
まずい!
マメルの一刀は空を斬り、相手の魔闘士がマメルに反撃した。マメルのバリアが眩く光る。
「マメルっ!」
叫び声が聞こえて、私の後ろから影が飛び出した。エマだ。マメルの相手に見事な一撃を入れた。敵のバリアをかなり削ったが、勢いのあまりエマは体勢を崩してしまった。
そのエマに別の魔闘士が斬り掛かろうとして、今度はマメルがその一刀を剣で受け止めた。
マメルとエマは敵の魔闘士二人を相手に体勢を入れ替えながら斬り結んでいる。助けに入りたいが、私にも余裕が無い。こちらも別の魔闘士たち二人を相手にしているからだ。
相手は安易に近寄って来ない。私の魔力剣を警戒しているみたいだ。
不意に叫び声が上がった。相手の一人が何かを叫びながらこちらに剣を突き入れてきた。
チャンスだ。
私が魔力剣を振り下ろす。相手に向かって剣先が伸びる。だが一瞬早く相手は身を翻して後ろへ下がった。私の魔力剣が空を斬った。
同時に私のバリアが少し光った。隙を狙ってもう一人の男が私のバリアを剣で削ったのだ。
最初の攻撃はオトリだったみたいだ。
私のバリアはすぐに回復したが、ちょっとショックだった。こんなに容易く隙を突かれるなんて思ってもみなかった。
考えてみれば、これまで私が訓練してきたのはすべてが魔物や魔獣が相手だった。対人戦や集団戦の訓練をして来なかったことが悔やまれる。だが今はそんなことを考えてる場合じゃない。
いつの間にか自分の足が止まっていた。
相手の攻撃を待っていてはダメだ。こちらから攻撃しよう。
私が追うと相手は逃げる。その隙をもう一人が突いて来ようとする。そっちを追うと、また逃げる。
何をやってるんだろ、私ったら。
マメルたちは大丈夫だろうか?
敵を追っているうちにマメルたちと少し離れてしまった。
見ると、マメルのバリアの色が変わり始めている。エマが必死にマメルを守りながら防戦している感じだ。エマの方が戦いに慣れているみたいだ。
助けなきゃ。
私がマメルたちのところに駆け寄ろうとすると、今まで相手をしていた二人が後ろから斬り掛かってきた。私のバリアが光りを発するが無視する。自分のバリアの回復力が勝っていることに気付いたからだ。
男がマメルへ一撃を入れようとしてる。あの剣が当たればマメルのバリアは破れてしまうかもしれない。そのときマメルは死ぬ。運が良ければ大怪我で済むかも……。
「させないっ!!」
魔力剣を振り上げながら叫んだ。
その声に男が振り向く。間近に迫っている私を見て驚きの表情を浮かべた。
一気に魔力剣を振り下ろす。バリアが破れる音とともに男が倒れた。
「すまない」
マメルが感謝の表情を浮かべている。その顔を見たのは一瞬だけだ。返事をする余裕が無い。魔闘士の新手が現れたからだ。遠くの敵陣から魔闘士が五人ほど出てきた。魔闘士たちはこちらへ向かって走ってくる。
※ 現在のフィルナの魔力〈789〉。
※ 現在のハンナの魔力〈787〉。




