SGS242 要塞戦に巻き込まれる
―――― フィルナ(前エピソードからの続き) ――――
メリセラン軍からの攻撃が始まったと分かったから、私は急いでデーリアの手を取って建物の外へ向かった。爆弾の魔法で石造りの建物が崩れるおそれがあるからだ。マメルとエマも私たちに続いて外に飛び出してきた。
すぐに二人を自分のバリアに入れた。私のバリアの中であれば、爆弾が何発か連続で直撃しても大丈夫なはずだ。
要塞の城門がある方に顔を向けると、暗闇の中から大きな火球が次々と城壁を越えて要塞の中に飛び込んでくるのが見えた。建物や地面に着弾し、立て続けに轟音を立てて爆発した。
あちこちで悲鳴や怒鳴り声が上がっている。
爆弾の直撃を受けた建物からは瓦礫が降り注いでくる。地面には崩れた石壁やズタズタになった死体が散乱していた。
ここも危険だ。要塞の中にある広場へ移動して、そこで待機することにした。
「ラシルを……、主人を助けて……。どうかお願い……」
デーリアが震えながらマメルに懇願した。
「分かった。任せろ! 捜し出しておれが守ってやるから。あんたたちはここで待っててくれ」
広場に着くと、マメルは駆け出していった。何とかしてデーリアの役に立ちたいという気持ちは分かるが、ちょっと無謀な気がする。デーリアとエマは不安そうな顔で走り去っていくマメルの後姿を見つめていた。
広場にいるのは私たちだけだ。近くに爆弾が飛んで来て爆発したり、瓦礫が飛んできたりしたが、自分たちに被害は無い。私のバリアが守っているからだ。
探知で見ると、フォレスラン側の魔闘士や兵士たちの多くは城壁に張り付いていた。城壁内の通路から窓越しに応戦しているのだろう。それ以外の者たちは要塞の頑丈な建物や地下に避難しているみたいだ。
メリセラン側の魔闘士たちの位置も探知できていた。その人数は十五人くらいだ。丘の中腹に広く散らばっていた。城壁から100モラくらいのところだ。そこから爆弾の魔法を放ってきている。メリセランの魔闘士たちは夜の暗闇に姿を隠しながら城壁で応戦しているフォレスランの魔闘士や兵士たちを狙ったり、要塞の中を狙ったりしているのだ。
爆弾の魔法を放つには魔力が〈100〉以上必要だ。その爆発力と射程は魔力の大きさに比例する。フォレスラン側もメリセラン側も大半の魔闘士は〈100〉を少し越えた程度の魔力だ。だから、爆弾を放つときはすべての魔法をキャンセルしているはずだ。もちろんバリアもキャンセルするから、数十秒の間は完全に無防備になる。その間に直撃を受ければ体は木っ端みじんになるだろう。近くで爆発しても死ぬか瀕死の重傷を負うことになる。
つまり、大半の魔闘士たちは命懸けで爆弾の魔法を放っているのだ。そんな魔闘士が放ってくる爆弾でも相当の破壊力がある。地面で爆発すれば直径5モラくらいの穴を開けるし、普通の石壁の建物に直撃すればその石壁を崩すはずだ。
だが、その程度の爆発力では分厚い城壁を破壊することはできない。フォレスラン側の魔闘士と兵士たちは城壁に守られながら応戦していた。城壁に等間隔で開いている小さな窓から外を覗いて、そこから腕を出して魔法を放っているのだ。
魔力が低い魔闘士たちは暗視の魔法では敵の姿を捉えることができない。〈100〉モラ程度の魔力なら暗視で見えるのは20モラほどの距離までだ。だから、探知魔法で大凡の見当を付けて撃つのだが、何度も呪文を唱えることになるから時間差が生じる。その間に狙った敵は移動してしまうから、はっきり言ってほとんど当たらない。
戦いは1時間くらいで終わり、攻撃してきたメリセラン側の魔闘士たちは丘の麓にある陣地へ引き上げていった。
フォレスラン側はそれを追撃せずに、死んだ者や怪我をした者を広場に並べて、被害の確認と治療を始めた。今見えているだけで十体以上の亡骸があり、怪我人も四十人以上いるようだ。まだ増え続けている。爆弾が直撃したり近くで爆発したりしたのだろう。
要塞の魔闘士は七人いたが、その中の一人が戦闘不能になっていた。片腕が無くなっていて、意識も無い状態だ。ほかの魔闘士たちも頭や腕に石の破片が当たったりして、負傷している者がいるらしい。
はっきりとは分からないが、メリセラン側も似たような被害が出ているはずだ。
私とエマ、デーリアに怪我は無い。だが、被害の確認や治療で広場は騒がしくなってきたから場所を移ることにした。
「マメルと夫は無事でしょうか……」
デーリアが不安そうな顔で遠慮がちに呟く。
「行ってみましょ。こっちよ」
マメルの位置は探知魔法で分かっている。二人を連れてマメルがいる建物に向かった。
その建物にも爆弾が直撃したようだ。壁に数カ所、大きな穴が空いていた。だが、マメルがいるのは直撃を受けた壁とは離れている場所だ。
照明の魔法で照らしながら階段を駆け上がった。2階に行き、マメルのいると思われる部屋に入った。広い部屋で、十人くらいの兵士たちが床の上で寝ていた。負傷兵たちだろう。
この部屋は爆弾の直撃は受けていないが、壁が何カ所かで崩れていて、部屋の中には大きな石壁の欠片がいくつも転がっていた。
それを避けるように兵士たちは全員が一カ所に集まって横たわっている。
部屋に漂う血なまぐさい臭いに思わず顔を顰めそうになった。
「おーい、ここだぁ」
マメルの声だ。見ると横たわっている兵士たちの真ん中にマメルが下着一枚の姿で寝ていて、こっちに向かって手を振っている。
「攻撃は終わったみたいだな。死ぬかと思ったぞ。そっちは大丈夫だったか?」
マメルが体を起こしながら私に問い掛けてきた。
「ええ。見てのとおり三人とも無事よ。この部屋では死んだ人は出なかったみたいね?」
「ああ、何発かこの建物で爆発したみたいだが、少し離れていたからな。運良く助かったみたいだ」
マメルの言葉を聞いた兵士の一人が横たわったままマメルの手を握った。
「それもあるが、あんたがバリアで守ってくれたおかげだよ。ありがとう」
「あなたは命の恩人です。何とお礼を言っていいのか……」
兵士たちはマメルに対して口々に感謝の言葉を述べた。
マメルはデーリアのご主人だけでなく、周りにいた負傷兵たちも自分のバリアの中に入れたようだ。マメルの魔力は〈130〉しかないから、バリアで誰かを守るためには相手の体に直接触れておくことが必要だ。マメルが兵士たちの真ん中に寝転んで下着一枚だけでいた理由がそれで分かった。兵士たちは手や脚を伸ばしてマメルの体に触れていたのだろう。
意外とマメルは良いヤツみたいだ。自分勝手な男だと思っていたが、私の思い違いだったかもしれない。
私がマメルに気を取られている間に、デーリアは床に腰を下ろして一人の兵士の手を握っていた。
この男がご主人のラシルなのだろう。魔法で眠らされているのか、デーリアに手を取られていてもラシルは眠り続けている。少しやつれた中年の男で、顔色が悪いのは怪我のせいだろうか。両脚の膝から下が無くなっていて痛々しい。
ラシルやここで横たわっている兵士たちを治療してあげたいが、私がキュア魔法を掛けると、負傷した者たちは数日で全快してしまうはずだ。腕や脚を失った者たちも完全に再生するから、兵士たちは私が高位の魔闘士だと気付くだろう。高位の魔闘士で魔力を偽装しているのは神族の使徒だけだ。
でもそれはアイラ神様に止められていた。私が神族の使徒だということが発覚しないように振る舞いなさいと普段からアイラ神様に言われているのだ。
だけど今はそんなことを言ってる場合じゃない。このまま何もしなければ、この要塞はメリセラン軍の攻撃で全滅するかもしれない。
私ならそれを食い止められる。いや、それどころか、私が攻撃すればメリセラン軍の陣地を確実に壊滅させられるのだ。要塞からメリセラン軍の陣地までは500モラ以上の距離があるが、私の魔力なら爆弾の射程は800モラくらいあるから丘の麓に作られた敵陣に十分届く。それに一発で80モラ近い範囲を破壊できるし、誘導爆弾だから狙ったところに確実に着弾させられる。
そうだ……。アイラ神様に相談してみよう。もしかすると私が魔法で攻撃するのを許してくださるかもしれない。
すぐに念話で今の状況を報告して、フォレスランとメリセランの戦いに介入してよいか相談した。
『手を出しちゃダメよ。神族とその使徒は神族が支配する国の戦争に介入して敵を自らの手で殺傷してはならないという戒律があるの。自分や仲間を守るのは構わないけれど、こっちから攻撃を仕掛けちゃダメ。神族の戒律のことは分かってるはずよね?』
『はい……』
神族とその使徒は他の神族の一族を攻撃してはならないし、神族が支配する国同士の戦争にも参戦してはならないというのが神族の戒律だ。
『特に爆弾の魔法なんか絶対に使っちゃダメだからね。あなたが撃てば80モラの範囲が完全に破壊されてしまうの。一発であなたが神族の使徒だって分かってしまうわよ。いいわね?』
『分かりました……』
念押しされて私が落ち込んだのが分かったのだろう。アイラ神様はひと言付け加えてくれた。
『まぁ、使徒だとばれなきゃ大丈夫だけどね。振る舞いには注意するのよ』
これで私が爆弾の魔法で攻撃することはできなくなってしまった。安易にキュア魔法を掛けることもできない。
マメルとエマは私が使徒だと知っているから、アイラ神様から今言われたことを念話で告げた。ただし、王都への帰路についたらラシルを治療するつもりだから、そのことは付け加えておいた。
※ 現在のフィルナの魔力〈789〉。
※ 現在のハンナの魔力〈787〉。




