SGS240 マメルの事情
―――― フィルナ(前エピソードからの続き) ――――
マメルの話は長くなりそうだ。私たちは思い思いに椅子やベッドに腰掛けてマメルの話に聞き入った。
「昨日、おれは自分が生まれた村までデーリアを捜しに行ったんだ。デーリアはおれと同じ村の出身で、親友の妹なんだよ。その家に行ってみたが、家は荒れ果てて誰も住んでなかった。親友もデーリアも行方不明になっていたんだ……」
王都から20ギモラほど離れた生まれ故郷に戻ってみると、村はすっかり寂れていた。4年前、村は疫病に襲われて多くの村人たちが死んだそうだ。マメルがゴブリンに捕らえられて奴隷になったすぐ後のことらしい。マメルの家族もデーリアの家族も死んだり村を離れたりして行方が分からなくなっていた。デーリアも死んだのかもしれないと諦めかけたとき、村人の一人から王都でデーリアを見掛けたという話を聞いた。
夜になっていたが、マメルは急いで王都へ引き返した。王都に着いたのは今朝早くだった。すぐにデーリアを捜し始めた。昼過ぎにようやく捜し当てることができたが、デーリアは既に結婚して子供を産んでいた。
「実はな、おれが4年前にデーリアと婚約していたときに、その婚約を取り消せと言ってきたヤツがいたんだ。レアルドというフォレスラン軍の魔闘士で……」
そのレアルドという男はデーリアとマメルが婚約していると知っているのに、何度もしつこくデーリアに結婚を迫っていたそうだ。軍務で村に来たときにデーリアと出会って一目惚れをしたらしい。
「だから、赤ん坊を抱えて家から出てきたデーリアを見たとき、おれはてっきりデーリアはそのレアルドと結婚したんだろうと思ってしまった。恥ずかしい話だが、この4年間、ずっとデーリアをレアルドに取られてしまうのではないかと心配していたんだ」
デーリアは突然目の前に現れたマメルに驚くと同時にマメルが生きていたことを喜んでくれたそうだ。しかし、マメルは信じていた女性に裏切られたショックでデーリアを責め立てた。
デーリアは泣きながら謝り、ほかの男性と結婚したと語った。話を聞くと、デーリアの結婚相手はそのレアルドという魔闘士ではなかった。デーリアの亭主はラシルという普通の商人で、ラシルとは2年前に結婚したそうだ。
赤ん坊を抱えたまま泣いているデーリアは少しやつれてはいたが、その美しさは以前のままだった。
少し落ち着きを取り戻したマメルが事情を尋ねると、デーリアは何があったのかを語ってくれた。
4年前、マメルが行方不明になったことを知ったレアルドは頻繁に村を訪れてデーリアに結婚を迫ってきた。その執拗さに辟易し、デーリアはレアルドの顔を見ると鳥肌が立つくらいレアルドのことを嫌いになっていた。
そんなときに村で疫病が発生した。疫病はデーリアの家にも襲い掛かり、家族全員が病気で倒れた。デーリアは運良く回復して助かったが、マメルの親友も含めて家族は皆死んでしまい、デーリアは独りぼっちになってしまった。
疫病が蔓延していることを知ったレアルドは村に近付かなくなった。レアルドを嫌っていたデーリアは密かに王都に移り住んだ。そして、働きながら行方不明になっているマメルを捜し続けた。
2年の間、そういう生活を続けたが、マメルについての情報は何も得られなかった。ただ、幸いなことにレアルドに出会うことは無かったそうだ。あの疫病でデーリアが死んでしまったと思って、レアルドは諦めたのだろう。
マメルが見つからないまま2年が過ぎたころ、デーリアは別の病を得て寝込んでしまった。休みを作るために寝る間も惜しんで働き、そうやって作り出した休みの日にはマメルを捜して歩くという日々で、無理が祟ったのかもしれない。
王都で親しい者もいない中、病と不安で押し潰されそうだったと言う。
そのとき親切にデーリアの面倒を見てくれたのが結婚相手のラシルだった。
ラシルはデーリアが住み込みで働いていた防具商に勤めていて、デーリアよりも10歳くらい年上のベテラン店員だった。寝込んでしまったデーリアのことを心配して、ラシルが店の主人に掛け合ってくれた。そのおかげで、デーリアは店を辞めさせられることもなく療養を続けることができたそうだ。
ラシルは店で働きながらデーリアの世話もしてくれたのだった。病気で寝込んでいたのは2か月ほどだったが、その間にデーリアの気持ちはラシルに傾いていった。
病から回復して3か月が過ぎたころ、デーリアはラシルから結婚を申し込まれた。デーリアはマメルと婚約していたから夜も眠れないほど悩んだが、2年以上も行方が分からないままのマメルを待ち続けるよりも目の前の幸せを選んでしまった。
ラシルは結婚を機に独立して小さな防具屋を開いた。夫婦二人で店を営んで、1年前に子供も生まれた。生活は楽ではなかったが幸せだった。
だが、それも長くは続かなかった。レアルドに見つかってしまったのだ。たまたま防具屋の前を通り掛かり、店から赤ん坊を抱いて出てきたデーリアにばったりと出会ったのだった。3か月前のことだ。
レアルドは自分に隠れて結婚し子供を生んだデーリアを責めた。亭主のラシルを激しく罵倒し、「これで済むと思うな!」と捨て台詞を吐いて帰っていった。
それで事は終わり、自分のことをレアルドは諦めたのだろうとデーリアは考えていた。だが、それほど甘くは無かった。2か月前にラシルがフォレスラン軍に強制徴募されてしまったのだ。
兵士たちが店の中に踏み込んで来て、ラシルを無理やり連行していった。強制徴募はフォレスランでも時々行われるらしい。王都の中で若くて健康そうな者を捕まえて強制的に軍の兵士に徴用するのが強制徴募だ。だが、今までに連れて行かれたのは王都の酒場などに屯している流民たちだけだ。王都民で、しかも店の主人を連行するなど異常なのだ。これはラシルを捕らえて自分と引き離すためにレアルドが仕組んだことに違いない。デーリアはそう直感したが、軍から自分の夫を取り戻す手立てなど何も無かった。
デーリアは途方に暮れたが、それでも赤ん坊を育てるために自分一人で店を続けていくしかなかった。
細々と店を続けていると、軍から知らせが届いた。今から10日ほど前のことだ。ラシルが戦いの中で負傷したから、ダードラ要塞まで家族の者が迎えにくるようにという指示だった。ラシルは要塞の中にある治療施設に収容されているそうだ。
ダードラ要塞は王都から馬車で3日のところにあり、フォレスラン王国はこの要塞までの地域を実質的に支配していた。そこから先は魔物が跋扈する未開の土地であり、メリセラン王国やカイブン王国と戦う戦場となっていた。
デーリアは軍からの知らせを不審に思った。負傷した兵士をその家族が要塞まで迎えに行った話など聞いたことが無かったからだ。知らせを届けに来た兵士にそれを尋ねると、これはダードラ要塞の司令官から直々に出た指示だと言う。その司令官はレアルドという名前の魔闘士だと兵士は教えてくれた。
あのレアルドだ。これは明らかに何か悪い企みがあるに違いない。不安な気持ちと夫を心配する気持ちが入り乱れて、心に中でどんどん膨らんでいった。
夫は大怪我をして苦しんでいるのかもしれない。死にそうな体で自分に会いたがっているかもしれない。ラシルに会いに行きたい。でも、ダードラ要塞へ行くのはレアルドの罠に掛かりに行くようなものだ。それに子供を連れていくのも危険だ。要塞まではフォレスランが支配している地域だと言っても辺境に近付くほど盗賊や魔物に遭遇する可能性が高くなるし、要塞に無事着けたとしてもレアルドが自分や子供に何かを仕掛けてくるかもしれない。
護衛を雇えれば少しは安心だが、そんなお金は無い。子供を置いて行こうかと考えたが、子供を預かってくれるような親しい知人もいない。どうしようかと悩んでいるうちに時間だけが過ぎて行き、今に至ってしまった。
デーリアが少しやつれた感じがするのはその心労が重なったせいだった。
「それでな、おれは即座に自分が一緒に行くとデーリアに言ったんだ。喜んでくれたよ。馬車を借りることができたから、明日の朝、出発することにした」
「それなら、あたしも行く。あたしも魔闘士だから少しは役に立つよ。ねぇ、付いて行っていいでしょ?」
エマの声は心なしか弾んでいるように聞こえた。マメルの話を聞くまではエマは沈んでいたが、昔の恋人が結婚していて子供までいると聞いて、エマは元気を取り戻したみたいだ。
「そうだな。おまえが一緒に行ってくれるなら助かるよ」
マメルの声も優しい感じだ。
「でも、赤ちゃんはどうするの? 要塞へ連れていくのは危険よ」
ハンナ姉からさっきまで放たれていた圧力は消えていた。心から赤ちゃんのことを心配しているようだ。
「預かってくれるような人がいないらしいんだ。だから、連れていくしかないと思ってる」
「それなら、あたしが預かってあげる。あんたたちが要塞から戻ってくるまで、あたしが店番をしながら赤ちゃんの世話をするわ。それなら安心でしょ?」
ハンナ姉は子供好きだ。特に赤ちゃんを見ると蕩けるような顔になる。
「本当にお願いしていいのか? ハンナさんが赤ん坊の面倒を見てくれるのなら、たしかに安心だ。デーリアも赤ん坊を連れていくのは不安だと言ってたから、ハンナさんが預かってくれると聞いたら喜ぶと思うよ」
「良かった。安心してあたしに任せなさい。これまでも何人もの赤ちゃんを世話してきたからね」
「ハンナ姉が赤ちゃんの世話をして王都に残るのなら、私はマメルたちと一緒に要塞まで行こうかな……」
「それが良いわよ、フィルナ。ダイルはすぐにはこっちに来れないし、この街でぼんやり過ごすのも退屈だものね。あたしは赤ちゃんと一緒にいられるなら幸せだけど」
「本当か? フィルナさん、あんたが来てくれるなら心強い。よろしく頼む」
ハンナ姉が言うとおり暇を潰すのにちょうどいい。それに、自分が一緒に付いて行けば何があっても対処できるだろう。
そんな軽い気持ちで考えていたが、この後、とんでもないことに巻き込まれることになってしまうとは私は想像もしてなかった。
※ 現在のフィルナの魔力〈789〉。
※ 現在のハンナの魔力〈787〉。




