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SGS238 魔空船を徴用される

 ―――― フィルナ(前エピソードからの続き) ――――


 乗ってきた魔空船を徴用されると聞いて、私は怒りを爆発させそうになった。そのとき、横にいたハンナ姉が私を制しながら口を開いた。


「船長、どういうことなの?」


 今のままでは私が騒ぎを起こすとハンナ姉は心配してくれたのだろう。


「ハンナ様、フィルナ様、申し訳ありません。この船はダールムのガリード兵団の船で、お二人がチャーターしてカイエン共和国まで行く途中だと説明したのですが……」


 船長はどうしようもないと言いたげな顔をしている。船を桟橋に接岸してしまったから逃げようがないのだ。


「1か月後には船を返してくれるのよね?」


 ハンナ姉が問い掛けると、答える代わりに港湾防衛隊の将校はまた短棒を壁に打ち付けた。


「生意気なことを言うなっ!」


 将校の怒鳴り声に、ハンナ姉は「フーッ」と溜息を吐いた。


『フィルナ、ここは黙って従うしかないわね。ここで騒ぎを起こして、あたしたちが神族の使徒だと分かってしまったら、拠点作りができなくなってしまうからね』


 念話には怒りの感情は交じってない。さすがにハンナ姉は冷静だ。私もそのとおりだと思う。ワープ拠点は秘密裏に作らないと意味が無い。第三者に知られて、それが敵対者なら、待ち伏せされたり罠を仕掛けられたりして危険になるからだ。


『それに、どうせダイルはフォレスランに来ることは無いものね。この数週間はクドル・ダンジョンを探索するはずだから……』


『そうね。だから、この1か月はフォレスランの王都に滞在して、見物や買い物でもしながらケイとダイルが来るのを待ちましょ』


 結局、船と乗組員はフォレスランに徴用されることが決まった。私たちは入国審査を受けた後で解放された。もちろんマメルとエマも一緒だ。


 船から降りてすぐに王都に入り、船長が勧めてくれた宿に向かった。街の通りではほとんどの商店は閉まっていた。開いている店もあったが、血走った目をした買い物客たちが我先にと殺到して、 数少ない商品を奪い合う光景を何度も見ることになった。


 聞いた話では、王都の街壁の近くまでメリセラン軍の船団が攻め寄せてきたのは今日で3日連続だそうだ。メリセラン軍が街の中まで攻め込んでくるのではないかと噂し合っていて、街の人たちは怯えていた。街全体が殺伐とした雰囲気になっている。


 宿には昼過ぎに着いた。部屋と食事を頼もうとしたら、宿の主人から部屋は貸せるが食事は提供できないと言われた。私たちは亜空間バッグに十分な食料を持っているから問題はないが、こんなところにも戦いの影響が出ているようだ。


 私たちは部屋に入ったが、マメルはすぐにどこかへ出掛けていった。そして、その日は戻って来なかった。


 ………………


 翌日、ハンナ姉と私は家を探すために朝から出掛けた。


 エマにも声を掛けて誘ったが、彼女はマメルを待つと言って宿に残った。昨夜から戻って来ないマメルのことを心配しているらしい。エマは薄暗い食堂の椅子に座って、宿の入口をじっと見つめていた。その様子が見ていて可哀想なくらい健気でいじらしい。私はもう一度誘おうとしたが、ハンナ姉から「そっとしときましょ」と言われて思い止まった。


 ハンナ姉と私は家の選定から契約までケイからすべてを任せてもらっている。商人ギルドで紹介してもらった物件を見て回って、治安が良くて隣近所から干渉が無さそうな家を選んだ。


 ワープポイントを設定するだけで家に住むわけではないのだが、選んだ家はまだ新しく、住み心地も良かった。それに前の住人が置いていった家具がそのまま使えるのも助かった。その割に家は破格値と言っていいほど安かった。これも戦争の影響だろう。


 家の契約と支払いが終わった後、ハンナ姉と一緒に家の中と庭を掃除した。清浄の魔法を使うだけだから、それほど時間は掛からなかった。


 家が綺麗になってからハンナ姉がケイに念話で連絡を入れた。ケイはクドル・インフェルノで訓練中だったらしいが、すぐにワープで来てくれた。


 ざっと家の中と周囲を見て回って、ケイはにっこり微笑んだ。


「ありがとう。この家、気に入ったよ」


 男の子のようなはにかんだ笑顔は女の私が見てもドキッとするほど可愛い。


 メリセランの魔空船団が3日連続で王都の近くまで攻め寄せてきたことや、乗ってきた魔空船がフォレスランに徴用されてしまったことをケイに伝えた。


「だからね、ケイ。私たちは1か月間はフォレスランから動けないのよ。仕方が無いから、街を見物したり買い物をしたりしようと思っていたんだけど……。戦いが始まったせいで街の人たちは殺気立ってるし、開いてる店もほとんど無い状態なの。宿は食事も出してくれないし、兵士たちは横暴で無礼だしね……」


 私の言葉にケイは困ったという顔をした。それを見たハンナ姉は「それ以上喋っちゃダメ」とでも言うように私を制しながら口を開いた。


「でもね、ケイ。心配しないで。どうせダイルはクドルの大ダンジョンに潜っていて数週間は出て来ないのよ。だから、あたしたちはのんびりとこの家で待ってるから」


 ハンナ姉は優しい。ケイを困らせたくないと考えているし、私に付き合ってこのフォレスランで1か月間を過ごすつもりなのだ。でも、私はハンナ姉の優しさに甘えたくない。


「ハンナ姉はこの家で私と一緒に待つと言ってるけどね。ケイ、お願いがあるの。ハンナ姉だけでもワープで連れて帰ってあげて。そうすればケイと一緒にクドル・インフェルノで訓練ができるでしょ」


 私に付き合ってハンナ姉までがこんな面白くない街に閉じ込められる必要は無いのだ。


「フィルナったら、そんなことを考えて喋っていたの? あなたがあたしのことを考えてくれるのは嬉しいけど、あたしの気持は決まってるの。あなたと一緒にここに残るわ。それがあたしの意志よ」


 ハンナ姉は優しいけど、自分が決めたことはやり通す女性だ。ハンナ姉にこれ以上言っても無駄だろう。


 私たちの会話を聞いていたケイは呆れたような顔をした。


「ハンナとフィルナの気持ちはよく分かったよ。でもね、1か月間もこの街に滞在するのは時間がもったいないよ。だから……、わたしの方で別の船を手配するから、それに乗って旅を続けてくれる?」


「でも……、ケイにそんな負担を掛けていいのかしら? ねぇ、フィルナ?」


 ハンナ姉に問い掛けられて私も頷いた。


「これくらいのこと、遠慮しないでほしいな。船を手配してこちらへ寄越すのに1週間くらいは掛かると思うから、二人で一緒に待ってて」


 結局、そういうことで話は決まり、ケイは家の中にワープポイントを設定して帰っていった。


 その後、ハンナ姉から叱られた。


「あたしだけ連れて帰れなんて、そんなことを言われたら寂しいじゃない」


「でも……」


 言い返せなかったが、私の気持ちは複雑だった。ハンナ姉はケイといつでも念話ができるし、ケイに中継してもらえばダイルとも念話で話ができる。緊急事態が起こればケイにワープで来てもらえるし、ワープでケイと一緒に瞬間移動もできる。正直言って、常にケイやダイルとリンクしているハンナ姉が羨ましかった。


 ………………


 楽しいはずの新婚旅行なのに、旅の初っ端から躓いてしまった……。


 夕方、重たい気持ちのまま宿に戻ってくると、エマは食堂の椅子に座ったままだった。マメルはまだ帰ってなくて、エマは食事も取らずにマメルを待ち続けているようだ。年頃の恋煩いかもしれないが、ちょっと重症だ。


 まだマメルを待つと言って渋る彼女を無理やり私たちの部屋に引っ張ってきた。


「エマ、あなたがマメルを慕っているのは分かるけど、どうしてそこまで思い詰めるの? 話してくれたらあたしやフィルナが力になれるかもしれないわよ」


 ハンナ姉が優しく尋ねると、俯いたままのエマは涙を零した。


「すみません……、自分の気持ちを抑えることができなくて……。初めての人なんです、マメルが……」


 消えそうな声だ。


 ※ 現在のフィルナの魔力〈789〉。

 ※ 現在のハンナの魔力〈787〉。


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