SGS237 戦時のフォレスランに入港する
―――― フィルナ(前エピソードからの続き) ――――
フォレスランの王都付近で魔空船団同士が戦っている。どうやらメリセラン軍の魔空船団が王都に攻め込もうとして、フォレスラン軍の魔空船団がそれを必死に防戦しているようだ。でも、その戦いをぼんやり眺めているわけにはいかない。
「大丈夫かしら? このまま進むと、あの戦いの中に突っ込んじゃうわよ。船長に逃げるよう言ってこようかな……」
そのとき自分たちが乗っている魔空船が左に傾いて旋回を始めた。船長も私と同じ判断をしたらしい。戦場から遠ざかろうとしているようだ。
王都が後方になり、船尾の帆が邪魔をして戦いの様子が見えなくなった。しばらく進むと、船はまた旋回を始めた。十分に遠ざかったと船長は判断したのだろう。
王都の方向を眺めても肉眼ではどの船も小さな点にしか見えない。遠視の魔法で見てみると、戦いはまだ続いていた。フォレスラン側が劣勢なのは明らかで、傾いている船がさっきよりも増えている。
ハンナ姉と一緒に戦いの様子を眺めていると、マメルとエマが甲板の手すりに掴まりながらこちらへ歩いてきた。
マメルとエマはケイの知り合いだ。ケイが奴隷だった頃に知り合ったと聞いている。以前にケイがレングランの王位継承の内紛の中からテイナ姫を助け出してアーロ村へ連れてきたときに、ケイはテイナ姫のお供をしていたマメルとエマも一緒に連れて来ていた。アーロ村で一時的に滞在している間にナムード村長が気を利かせて二人を魔獣狩りに連れて行き、今ではマメルもエマも魔力が〈100〉を越えるロードナイトになっていた。もちろん奴隷の身分からは解放されていて、今は自由の身だ。
二人がこの船に乗っているのもケイの計らいだった。それぞれの生まれ故郷に帰してあげようとケイは考えて、今回の旅にマメルとエマを誘ったのだ。マメルの故郷はフォレスラン王国で、エマの故郷はブライデン王国だそうだ。
「おれはついてない。ようやくフォレスランに戻ってきたのに、戦争の真っ最中とはなぁ……」
私に向かってマメルがぼやいた。この男の馴れ馴れしい物言いや自分勝手な態度が私は好きではない。だから、できれば話をしたくないが、ケイからマメルとエマを故郷へ送ってほしいと頼まれてるから冷たくあしらうこともできない。
「ねぇ、マメル。フォレスランは戦争をしているみたいだから、あたしと一緒にブライデンに来ない?」
エマがマメルの後ろから声を掛けた。
「ブライデン?」
マメルが振り向いてエマに不審げな顔を向けた。
「ええ。あたしの父がブライデンでハンターの親方をしてるの。あなたのような魔闘士が加わってくれれば大歓迎してくれるよ。あたしもアーロ村で魔闘士にしてもらったから、二人で一緒に組んで狩りをしようよ。きっとすごい獲物を倒せるわよ」
エマはマメルを見上げながら可愛い顔を紅潮させて語り掛けている。
「どうしておれがおまえと一緒にブライデンまで行かなきゃいけないんだ? それよりおれはフォレスランでやらなきゃいけないことがあるんだ」
「でも、あんな戦いが続いてるのならフォレスランの王都は危ないよ。ねぇ、あたしと一緒にブライデンへ行こうよぉ」
エマはマメルを説得しようと必死だ。彼女はまだ16歳くらいでマメルよりもずっと年下だけど、マメルに恋をしているらしい。誰が見てもそれと分りそうなものだが、マメルだけはエマの気持ちに気付いていないようだ。
「戦いが続いていようが、おれにはフォレスランでやることがあるんだ。前にも言っただろ。おまえには関係ないことだから放っておいてくれ」
マメルの冷たい言葉にエマは俯いてしまった。
「マメル、あんたねぇ……」
見兼ねたハンナ姉が言葉を掛けたとき、遠くから船員の大声が聞こえてきた。
「メリセランの船団が引き上げていくぞーっ!」
見ると、たしかにメリセランの船団が退却を始めている。勝っているのに、中途半端な戦果だけでメリセラン側が退却するのは不可思議だ。でも、私たちにとってはありがたい。
「よし! これでフォレスランの王都に入れるぞ」
喜ぶマメルとは逆に、王都を見つめるエマの横顔はどこか寂しそうだった。
メリセランの船団が見えなくなっても、私たちが乗った船は今の場所でまだ旋回を続けていた。30分ほど旋回しながら待機を続けた後、船は再び王都の方角に向かって進み始めた。船長はもう大丈夫だと判断したらしい。
こちらの船はダールム共和国の旗と発着場への入港を求める旗を掲げているから、フォレスラン軍から攻撃される虞は無い。
王都の街並みがまたはっきりと見える距離まで近付いて、私たちの船は速度を落とした。フォレスラン軍の船が近寄って来て、何かの旗を出して合図を出してきた。
「魔空船の発着場じゃなくて、湖の港に入港しろと言って来てるわ。発着場はさっきの戦いで傷付いた軍の魔空船が優先して使うだろうから、仕方ないわね」
ハンナ姉は何でもよく知っている。魔空船が使う信号旗の意味まで知ってるみたいだ。
船は魔空船の発着場を横目に見ながらフォレス湖を目指した。
魔空船の発着場は高さが120モラほどもある巨大な塔で、魔樹海のすぐそばに突き出すように建てられていた。入港してきた魔空船を両側の船台が支える構造になっている。数えると発着場は全部で10基あったが、すべて塞がっていた。さっきまで戦いを行っていたフォレスラン軍の魔空船が入港しているのだろう。どの船も魔空帆に大小の穴が空いていて、慌ただしく船員たちが応急修理を行っているのが見えた。
しばらくすると、私たちが乗った魔空船は魔樹海から外れてフォレス湖にゆっくりと着水した。そして1時間以上掛かって王都の港に入り、桟橋に接岸した。
船のタラップが下りると、突然、近くの建物から大勢の兵士たちが走り出てきた。三十人くらいいて、足早に船に乗り込んでくる。全員が手に短棒を持っていて、皆一様に殺気だっている感じだ。その中の指揮官らしい男と数人の兵士たちが操舵室に入っていった。船長と話をするつもりだろうか。
ほかの兵士たちは短棒を振り上げながら船の乗組員を甲板に集め出した。私たちのところにも数人の兵士が近付いてきた。
「おまえたちは乗客か?」
黙って頷くと、兵士の一人が乗組員たちの方を指差した。
「おまえたちも、あっちへ移動しろ」
「何をするつもりだ?」
マメルがその兵士に問い掛けた。
「うるさい! 黙って命令に従え!」
兵士が短棒を振り上げて叩くそぶりをした。それを見たマメルは何かの呪文を唱え始めた。
「分かったから、乱暴はしないで! マメルも騒ぎを大きくするような真似は止めなさい! 王都に入れなくなるわよ」
急いで止めに入ると、マメルもすぐに理解したようだ。呪文を中断して、黙って船員たちの方へ歩き出した。私たちもその後に続いた。
フォレスラン王国はダールム共和国と友好関係にあるはずだ。いくら戦時とはいえ、この扱いは酷すぎる。
『王都の近くまでメリセランの魔空船団に攻め込まれたから、兵士たちは気が立っているのね』
ハンナ姉が念話で話しかけてきた。
『ねぇ、ハンナ姉。もしかしたら、この船もメリセランの偽装船じゃないかって疑われてるのかしら?』
『さあ、それは分からないけど……。今はまだ手出しをしないで様子を見ていた方がいいわ』
兵士たちに取り囲まれた状態でハンナ姉と念話で話をしていると、兵士が私とハンナ姉を呼びに来た。港湾防衛隊の将校が呼んでいるそうだ。
兵士の後に付いて船の操舵室に入っていくと、船長と話をしていた男がこちらを向いた。この男が将校なのだろう。口髭を生やした細長い顔で、軍人というよりも小役人といった感じだ。
「船長からこの船の雇い主はおまえたちだと聞いた。そうなのか?」
「ええ」
ハンナ姉と私が返事をすると、将校がニタリと笑った。
「この船をこれから1か月間、我が国が徴用することになった。これは命令だ!」
「徴用? 強制的にこの船をフォレスランが使うと言うの? でも、この船はダールムの船よ?」
私が言うと、将校は手に持っていた短棒を「バン」と壁に打ち付けた。木製の壁が大きな音を立てて、思わず目を閉じてしまった。私は臆病なのだ。そんな自分に嫌悪感を覚えながら、気持ちを奮い起こして将校を睨みつけた。
※ 現在のフィルナの魔力〈789〉。
※ 現在のハンナの魔力〈787〉。




