SGS234 難しいことを考えて火照りを冷やす
家に戻ってリビングに入った。ミサキの姿は無い。コタローが異空間ソウルに戻したのだろう。
冷めてしまったお茶を入れ直してソファーに座った。体がまだ火照っている。
本当に危なかったと思う。あのとき、自分はダイルを受け入れようとしていた。
もしそうなっていたら、ユウが言うようにダイルと結婚することになるだろう。そしてダイルの赤ちゃんを産む……。ダイルたちと家庭を持って、この安住の地で仲良く暮らしていく……。
いや、それはあり得ない。もう一人の冷静な自分がその考えを否定した。
そもそも自分は男だ。体は女になってしまったが、ソウルは男なのだ。そういう自覚がある。それなのに男と結婚するなんて考えられない。
それに、神族はめったに子供はできない。神族の女性が受精できるのは数百年に一度くらいだ。それは自分も同じだろう。ユウから陣痛の痛さを聞いてビビっていたけど、数百年に一度であれば全然気にすることなんてない。
それと、このアーロ村は安住の地と呼べるほど安全ではない。いつバーサット帝国に攻め込まれるか分からないからだ。
クドル・インフェルノに入ってくるワープゾーンはすべて潰し終わっていた。バーサット帝国からのルートだけでなく、他のルートからもクドル・インフェルノへは侵入できなくなっている。危険な仕事だったが、ダイルが一人で全部潰してくれたのだ。
だから、アーロ村がバーサット帝国から攻め込まれるとしたらクドル・インフェルノのワープゾーンからではなく地上からだ。地上の原野や魔樹海からは幾つもの川が地下に流れ込んでいて、その流れに乗ればクドル・パラダイスまで辿り着くことが可能だ。
アーロ村の真上にあるのはクドル3国だ。レングラン王国とラーフラン王国、それとダールム共和国だ。これらの国があるからバーサット帝国が大軍を川の流れに乗せてアーロ村へ侵攻してくることはないと思われる。だが少数精鋭の部隊であればこっそりと流れを辿ってアーロ村まで攻め込んでくるかもしれない。
それを防ぐ手立ては無いが、今はそれほど心配しないで大丈夫だろう。少数精鋭の部隊に攻め込まれても、アーロ村のロードナイトたちで防げるはずだ。
だが、もしもクドル3国がバーサット帝国の手に落ちてしまったら……。バーサット帝国は遠慮なくアーロ村に大軍を送り込んでくるだろう。
でもクドル3国がバーサット帝国の手に落ちるなんてことが起こり得るだろうか。オレが心配し過ぎているのかもしれない。
いや……、その虞は十分にある。バーサット帝国は魔族と手を組んでいる。クドル3国とは軍事力も諜報力も大人と子供くらいの開きがあるだろう。もしバーサット帝国がその気になればクドル3国を攻め滅ぼすこともできるはずだ。
おっと……。自分たちの安住の地について考えていたら、いつの間にかクドル3国のことにまで思いを巡らせてしまった。でもこれは大事なことだと思う。このアーロ村で安心して暮らしていくためにはクドル3国のことも真剣に考えておかなきゃいけないだろう。
問題はクドル3国がバーサット帝国の怖さに気付かないまま隣国同士や商売敵との戦いに明け暮れてるってことだ。
レングラン王国とラーフラン王国はずっと戦争を続けていて、お互いに足を引っ張り合っている。そのせいで国土も国民も、そして軍事的にも経済的にも疲弊している。レングランもラーフランも国力が弱いままなのはお互いに叩き合っているせいだ。
ダールム共和国はレングランとラーフランに挟まれていて、その微妙なバランスの上で成り立っている商業国家だ。ダールムの街には生活用品や軍事用品を生産して販売するような中小の商店も多いが、それだけでなく国を跨いで取引きをするような大きな商店も相当数ある。そういった商店はレングランやラーフランだけでなくすべての人族や亜人の国々と取引きをしていて、商店同士で競い合っている。
ダールムは神族の支配を受けていないから自分たちで国を守らなければならないが、保有している国軍は小規模だ。その代り商人たちが雇っているロードナイトが数多くいて、自分の店だけでなくダールムの街も守っている。ガリード兵団のような独立した私掠兵団も幾つかあって、国土の防衛も担っていた。
もしダールムがバーサット帝国や魔族から攻撃を受ければ、レングランとラーフランが間違いなく助けに入るだろう。なぜなら両国ともこの商業国家に生活物資や軍事物資の供給を依存しているからだ。
しかし、もしレングランかラーフランがバーサット帝国と戦って敗北し占領されてしまえば、ドミノ倒し的にダールムは陥落してしまうだろう。それほどに国としてのダールムの軍事力は弱いのだ。
そして、クドル3国のうちの2国がバーサット帝国の手に落ちれば、残りの1国が侵略されるのは時間の問題だ。そのときはアーロ村へもバーサット帝国が攻め込んでくることは間違いない。
もしバーサット帝国に攻め込まれてアーロ村が敗北したら、自分たちがこの村で住めなくなるだけではない。この村で親しくなった大勢の人たちは殺されたり奴隷にされたりするだろう。自分や仲間たちだってどうなるか分からない。従属の首輪をつけて奴隷の生活に戻るなんて絶対に嫌だ。
面倒なことには巻き込まれたくないが、何もしなければもっと悲惨な未来が待っているような気がして恐ろしくなってきた。
このアーロ村を安住の地にしたいし、この村で親しくなった人たちも守りたい。この村の支配者として、オレにはその責任がある。でも、それを実現するためには今のままじゃダメだ。
先手必勝で相手に仕掛けなければ、強大な敵に打ち勝つことはできない。そう考えて、こちらから先に仕掛けてレング神の攻略に成功した。
ところがレングランの実質的な支配者はレング神の第一夫人であるジルダ神であった。そのジルダ神を味方にするまでには数か月間を要した。その結果、レングランはようやくオレの味方となった。ほんの1週間ほど前のことだ。
だが、レングランが味方となっただけではこのアーロ村は守れない。それなら、ラーフランやダールムにもこちらから先に仕掛けようか……。いや、レング神やジルダ神と相談して事を進めるべきだろうか……。
次にどういう手を打てば良いのか、今は何もアイデアが浮かばない。まずはユウとコタローに相談してみよう。
難しいことを考えていたら体の火照りも大分治まってきた。
『お茶を飲んで少しは落ち着いた?』
ユウからの念話だ。
『うん……』
『もう少しでダイルとそういう関係になれたのにね。残念だわ……。私はダイルとの赤ちゃんが早く欲しいもの』
『あのねぇ、ユウ。この前から赤ちゃんが欲しいと言ってるけど、そんなに簡単には妊娠しないよ。神族の女性って妊娠するのは数百年に一度くらいなんだからね』
『ケイったら知らないのね。それは普通の神族の場合なの。ケイは違うよ。普通の神族じゃないもの』
『えっ!? どういうこと?』
『私は子供が欲しかったから、ダイルと結婚するときにコタローに教えてもらったんだけどね。神族の場合は女性として生まれてくるときに体が妊娠しにくい構造になってしまうのよ。でもケイは……、と言うか私は神族の女性として生まれてきたんじゃないよね。普通の女性として生まれてきたから、妊娠のし易さは普通の女性と同じだって。ただし排卵はね、数年か十数年に一回の頻度に制限されてるらしいけど』
『えーっ! ホントなの!?』
『コタロー、ちゃんとケイに教えてあげて』
『ケイ、本当だわん。ユウの言ったとおりだぞう。それとにゃ、妊娠し易いかどうかは相手の男性の生殖能力も大きく影響するのだわん。相手が神族の男性にゃら、精子は活力が弱いから妊娠は難しいけどにゃ。ダイルは普通の男性だから問題ないのだわん。妊娠しやすいのは排卵日の前後だからにゃ。ケイは自分の排卵日を意識して調整すれば普通に妊娠できるはずだぞう』
そうだったのか……。でも、コタロー。間違ってるぞ。ダイルの生殖能力は普通の男性どころか、その何倍もありそうだ。
『ねっ! 言ったとおりでしょ。だから、ケイ、一緒に頑張ろうね!』
『うっ、うん……』
自分ではそう答えたものの、排卵日の前後には絶対にダイルのそばに近寄らないようにしようと思った。
『ところでね、ユウ。さっきから考えてたんだけど……』
地上からバーサット帝国が攻め込んでくる脅威についてユウに語った。
『それで、またケイはクドル・インフェルノに籠もるつもりなのね?』
ユウは早とちりをしている。ダイルと毎晩会えなくなることを心配しているのかもしれない。
『えーとねぇ、ユウ。わたしがいくら訓練を頑張って強くなったとしても、一人でバーサット帝国と戦うことなんてできないよ。訓練は毎日続けるけど、夜になる前には必ず家に戻ってきて、ユウに体を譲るようにする。だから心配しないで』
『ケイ、何か誤解しているのかもしれないけど、私が心配しているのはね、私たちの体のことよ。ケイは訓練のためにクドル・インフェルノへ毎日通っていて、疲れ切っているでしょ? 少しは体を休めないといけないわよ』
『あ、そういうこと……』
『とにかく体を休めることも考えて。それと、バーサット帝国の脅威のことは私も良い考えは浮かばないけど、ダイルたちに相談してみたらどうかしら?』
『相談も良いけどにゃ、これからの作戦を考えるのにゃら情報がもっと必要だわん。バーサット帝国の情報入手はガリードに頼んでいるからにゃ、後はラーフランとダールムについても情報を入手するべきだぞう』
『そうだね』
ダイルやガリードならもっと色々な情報を持っているだろうし、広い視野でアドバイスをくれるかもしれない。ダイルやガリードと話をしてみようかな。
※ 現在のケイの魔力〈1038〉。
※ 現在のユウの魔力〈1038〉。
※ 現在のコタローの魔力〈1038〉。




