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SGS232 女性の覚悟を問われる

 家のリビングルームにワープで戻ってきた。


 狩りをするときはいつも細身のズボンを穿いていたから、それを床に脱ぎ捨てた。自分の下半身を調べようとしてテーブルに手を突いたが、覗き込むこともなく内股を見てすぐに分かった。


『まさか生理になるなんて……』


 痛みを我慢しながら自分の内股に目を凝らした。


『ケイ、あなたは女性なんだからね! 生理になるのは当たり前よ』


『でも……』


『神族の女性も数年から十数年くらいの間隔で生理になるらしいわん。不定期だから予測できないけどにゃ』


『でも生理の前兆はあるはずよね。ケイ、どうだったの?』


『えっと、そう言えば、戦ってて体が重かったし、この何日かは体がだるいって思ってたけど……。でも、まさかそれが生理の前兆だったなんて……』


『ほら、前兆があったんでしょ。体がだるいとか、眠いとか、イライラするとか……』


『あ……、今朝から何だかイライラしてたのも……』


『それだけ揃ってたら、普通の女の子なら生理が近いってすぐに分かるよ!』


 ぐうの音も出ない。普通の女の子じゃないし……と心の中で呟いてみたり、オレよりもユウが体の異変に気付いてくれたら良かったのに……と思ってみたりしたが、ここ数日はユウに体を譲ってなかったことを思い出した。


 そんなことよりも原因が分かったのだから早くこの痛みを解消しよう。


『とにかく痛いからキュアを掛けるよ。生理になったときでもキュア魔法で回復できるって、前にラウラが言ってたからね』


『ちょっと待って! ケイ、せっかくのチャンスなのよ。それを無駄にするの?』


『チャンスって? とにかく痛くて我慢できないんだけど……』


 オレは一刻も早くキュア魔法を掛けたかった。


『神族の女性って排卵は数年か十数年かに一度くらいしか無いのよ。出産のときの練習をするつもりで生理を経験しておいた方がいいと思うの。痛みに耐える練習をしておくのよ』


 ええっ!? 言ってる意味が分からないんだけど……。理解できないのは、お腹が痛くてオレの頭が回ってないからなのか? それとも、ユウはオレに意地悪をしようとしてるのか? ああ、そうか。ユウに体を譲ってなかったからか……。


『出産とか、わたしには関係ないと思うけど。相手がいないし、第一、そのつもりも無いからね』


『ケイ、あなたにそのつもりが無くても、私は子供を産むつもりよ。ダイルとの赤ちゃんがほしいもの』


 それを聞いてオレは頭を殴られたような気がした。お腹だけじゃなくて頭まで痛くなってきた。


『そうだったネ……』


 オレはユウと体を共有してたんだ。そして、ユウはダイルと結婚してるから……。


『とにかく、ケイ。下着を変えて、パンツを穿いたらどうなの? その前に清浄の魔法で体を綺麗にして、下着にはナプキンを着けときなさいね。異空間倉庫の中に私のママが持たせてくれたナプキンがあったはずよ』


 ユウに言われて気が付いたが、オレはまだ汚れた下着一枚でテーブルに手を突いて固まったままだった。


 今、誰かがこの部屋に入ってきたら……。た、たいへんだ。


 オレは急いで体を綺麗にした。ユウに教えてもらいながら下着にナプキンを着けて新しいズボンを穿いた。


 座っていても辛い。お腹を押さえながら毛布を出して来て、ソファーの上に寝転んで保温の魔法を掛けた。毛布を被るとお腹が暖かくなって少しだけ痛みが和らいだ気がする。


『ユウ、さっきの話だけど、ホントに子供を産むつもりなの?』


『ええ。でも、産むのは私じゃなくて、ケイ、あなたかもしれないでしょ。私じゃなくて、あなたが体に入っているときに陣痛が始まって出産するかもしれないのだから』


 言われてみればそのとおりだ。ユウがソウル一時移動でこの体に入っていられるのは、今なら一日のうちの10時間ほどだ。


『私が初めて生理になったときにママが教えてくれたんだけどね、赤ちゃんを産むときの陣痛は生理よりも痛いんだって。だからね、女の子は生理になって痛くても、赤ちゃんを産むときの練習だと思って、我慢して耐えるのよって。そう言われたの』


『それで、わたしにもそうしろと……。キュア魔法やヒール魔法もダメ?』


『ええ。赤ちゃんを産むときの陣痛はキュア魔法やヒール魔法じゃ回復できないからね』


 それから、ひたすら耐える時間が始まった。


 ………………


 4時間が経った。相変わらず毛布を被ってソファーに寝転がったままだが、オレは落ち込んでいた。生理で気分が滅入ってるんじゃない。たった今、自分にキュア魔法を掛けてしまったからだ。下腹だけじゃなくて腰や頭まで痛くなってきて耐えられなかったのだ。


『我慢できなかったのね……』


 キュア魔法で体の痛みは完全に消えたけど、ユウの言葉がオレに突き刺さって心が痛い。


『自己防衛本能が働いて、気が付いたらキュアを掛けちゃってた……』


『下手な言い訳ねぇ。これくらいの痛さが我慢できなきゃ、陣痛のときに泣き喚くことになっちゃうよ!』


『泣き喚いて済むのなら、それでいいよ。生理のたびにこんな痛い思いをするの嫌だし……』


『もうーっ! それでホントに赤ちゃんを産めるの? それに赤ちゃんを産んだ後だって、女性はずっと我慢の連続なのよ』


『えっ!? 産み終わった後の痛みのことを言ってる? それはキュア魔法で回復できるよね?』


『産後の痛みの話をしてるんじゃないの。生まれてきた赤ちゃんを放っておくことはできないでしょ? 2時間か3時間おきに赤ちゃんにミルクを飲ませてあげないといけないし、赤ちゃんはしょっちゅう泣くから抱っこして寝かしつけてあげなきゃいけないの。赤ちゃんを産んでお母さんになったら大変なのよ。自分が眠ってる時間なんて無いくらい辛いんだからね』


『それで、産んだ後も我慢の連続だって言ったのか……。でも、ユウだって赤ちゃんを産んだ経験なんて無いよね。あ……』


 思い出した。経験はあったのだ。セリナを産んで育てたとき、ユウはそれを自分のことのように体験したと言っていた。


『そうよ。あなたがセリナを産んだときよ。産んだ後も大変だったのよ』


 あのときのことは何も憶えてない。自分のソウルに上書きされた別人格の女性が出産をして、その後の子育てもしてくれたからだ。


『分かったよ。わたしも赤ちゃんを産んだら頑張るから……』


『なんだか軽いのよね。ホントに女性としての覚悟はあるの?』


『えっ!? 急にそんなことを言われても……』


 正直言って、女性としての覚悟なんて今まで考えたことも無い。自分が生理になってみて初めてその痛さを知り、出産や育児も大変そうだと考え始めたところなのだ。


『そうよね。ケイが女性としての覚悟が足りないのは仕方ないかもしれないわね。普通の女の子は生理が始まってひとりで悩んだり、好きな人ができて恋をしたり、母親や友だちと女同士の話をしたりして、女性としての幸せや苦労を悟っていくのよね。でも、ケイは女性になってからの期間も短いし、恋をしたり女同士の話をする機会も無かったものね』


『うん……』


『だから、今度から私が色々と相談に乗ってあげるし、女同士の話もしてあげる。何でも遠慮なく言ってね』


『あ、ありがとう……』


 嬉しいような、嬉しくないような複雑な気持ちだった。


 女性としての覚悟か……。ユウがダイルの子供を産みたいという気持ちは分かるから、そのときは自分も喜んで協力するつもりだ。


 いや、協力じゃないよな。これは自分自身のことだし、生まれてくる赤ちゃんも自分が産んで育てるのだから。女性としての覚悟か……。自分のこととして覚悟しなきゃいけないけど、やっぱり痛いのは嫌だ……。


 ………………


 翌々日の早朝。オレはいつものようにソウル一時移動でミサキの体に入っている。さっきまではベッドで横になって眠っていたのだが、今はソファーに座ってお茶を飲みながらユウがダイルの家から帰ってくるのを待っているところだ。


 生理の一件があってからオレは訓練のペースを少し緩めることにした。夕方には家に戻って、夜はユウに体を譲るようにしたのだ。無理をして自分の不調に気付かないなんて、もう懲り懲りだ。


 最近はユウもこの生活パターンが当たり前のようになってきたようだ。そう言えば、以前はちゃんと被っていたネコ耳帽もいつの間にかどこかへ行ってしまった。新しいのを作ろうかとダイルたちと相談したが、見分けられるから大丈夫だと言われて、ネコ耳帽は被らなくなってしまった。顔も体形もそっくりな双子をその家族が見分けられるようなものかもしれないな。


 そんなことを考えながらユウが戻ってくるのを待っているのだが、今朝はやけに帰りが遅い。予定時刻をとっくに過ぎていた。何かあったのだろうか……。


 そう思っていると、不意に目まいのような感覚に襲われた。さっきまではソファーに座ってお茶を飲んでいたのに、今の自分は目を閉じて横たわっている状態だ。柔らかい敷物の上に寝ていて、体は何か暖かいものに包まれていた。


 どうやら強制的に自分の体に戻ったらしい。ソウル一時移動の制限時間を越えてしまったのだろう。


 すぐそばで誰かの寝息が聞こえている。閉じていた目をゆっくりと開けると、目の前にダイルの寝顔があった。


 ※ 現在のケイの魔力〈1038〉。

   (クドル・インフェルノで魔獣を倒し訓練を続けたため、魔力が増加)

 ※ 現在のユウの魔力〈1038〉。

 ※ 現在のコタローの魔力〈1038〉。


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