SGS230 暗殺未遂事件の後日談
――――――― ケイ ―――――――
話は少し前に遡る。ジルダ神の暗殺未遂事件があった日から4日後のことだ。
この日の午前、オレはレングランの王宮でレング神たちと会談を持った。暗殺に加担して逃亡したミレイ神の行方や日本の戦国時代へ転移してしまったラウラたちの状況などについて話し合ってきたのだ。
出掛けたついでにダールムに寄ってガリードに会ってきた。頼んでおいたことの報告を受けるためだ。バーサット帝国の調査を依頼していたが、かなり詳しいことが分かってきたそうだ。その中間報告書をもらったから後で読んでおこう。
オレは午後にアーロ村へワープで戻ってきたが、今はガリードの報告書を読む気になれない。疲れが溜まっているせいだろう。
今は自分の家の中に一人きりだ。心の奥底にどんよりとした滓のようなものが溜まっている気がする。気持ちが沈んでいるのが自分でも分かる。ラウラがいなくなったことが堪えているのだろう。こんなときに不意に現れて、元気よく話し掛けてきたケビンもいない。戦国時代への転移に巻き込まれてしまったからだ。
そんなことを考えていると、よけいに気持ちが沈んでいく。何か別のことを考えようと、オレはリビングのソファーに寝転がりながらレング神たちから聞いた話を思い出していた。ジルダ神の暗殺未遂事件の後、ミレイ神やタムル王子、サレジなどがどうなったのかということだ。
一番気に掛かるのは逃亡したミレイ神とその使徒たちの件だ。だが、レング神の話によると、その行方は未だに分からないらしい。巧妙に仕組まれたバーサット側の罠に掛かって、ミレイ神は意図しないままバーサット帝国に引き込まれてしまったと思われる。今はバーサット側の拠点のどこかに身を寄せているのではないだろうか。
タムル王子は廃嫡された。すでに王城の中にある古い館の一室に幽閉されている。そこは今までテイナ姫が幽閉されていた部屋だ。その部屋で余生を過ごすことになるそうだ。自分が奴隷だった頃にオレはタムル王子から何度も痛めつけられた。はっきり言って許せない奴だ。だから今度の処分が甘過ぎるように思えてオレは不満だった。だが、その処分を決めたレングラー王に対しては何も言えなかった。
その点は不満だったが、王位継承者の件はオレの目論見どおりに事態は動いている。タムル王子に代わってテイナ姫が新たな王位継承者となることが決まったからだ。それで良しとするしかない。近いうちにレングランでテイナ姫が王位継承者になる儀式が行われる予定だ。それで、アーロ村のゲストハウスに滞在しているテイナ姫一行を村長にお願いしてレングランまで送り届けてもらうことにした。
アーロ村とダールムのガリード兵団の間で魔闘士の交換留学が始まっていて、そのメンバーがダールムに行くところだったから、テイナ姫たちはそれに同行させてもらうことになったのだ。長老の一人も付いていくから安心だ。
それと、オレの指名手配は解除された。イルドさんたちも奴隷の身分から元の王都民に戻された。今は自分の家に帰っているはずだ。だが、それだけでは足りない。重要なのは名誉の回復なのだ。
レングラー王はオレの要求を受け入れて、名誉を回復するための措置を講じてくれた。国として次のようなことを正式に認めて、その内容を公布したのだ。
一つ目はオレとラウラは無罪であり、闇国への流罪としたのは誤りであったため、オレとラウラを放免して自由を与えるということ。と言っても、身分は王都民ではなく流民であるが。二つ目は闇国から罪人たちが反乱を起こすために王都へ攻め寄せてくるという噂は偽りであり、そのような事実は無いこと。合わせて、闇国はレングラン王国の領土ではないため反乱という言葉は不適切であったということ。三つ目はハンターのイルド親方とその弟子たちは無罪であり、身分を奴隷に落としたのは誤りであったため元の身分である王都民に戻したこと。これらの内容を王都内の各所にある掲示板で国民に広く知らせたのだった。
ちなみにオレとラウラは流民の身分に戻されたことになっているが、これはオレの方から望んだことだ。オレもラウラも今さらレングランの王都民に戻るつもりはない。言い換えれば、オレもラウラもレング神やレングラー王の支配下に入る気はないということであり、どこの国に行こうが、どこの国に所属しようがオレたちの自由ということだ。
そうそう、忘れてはいけないのが補償金のことだ。これは公にはしていないが、イルドさんたちは冤罪であったため国からの補償金を受け取ってもらった。こっちの世界ではレングランに限らずどこの国であろうと冤罪など普通は認めないし、ましてや補償金など支払うはずがないのだが、オレはそんなことは認めない。レングラー王は嫌がったが、オレが少し脅すと補償金を出すことに渋々同意したのだった。イルドさんたちは奴隷として無理やり働かされているし、ハンターとしての仕事もその期間はできなかった。犯罪者として扱われ、奴隷の身分に落とされてしまった心身の負担も大きかったことと思う。その補償は必要だ。
王様がオレとラウラへの補償金も必要なのかと尋ねてきたが、それは不要だと答えておいた。オレたちはアロイスの遺産があるから十分に金持ちだからな。
腹が立つのはサレジを取り逃がしたことだ。サレジを捕えるために王都防衛隊がサレジ隊の隊舎に踏み込んだのだが、サレジの姿は無かった。おそらくミレイ神が逃亡するときにサレジも連れて逃げたのだろう。
王都防衛隊がサレジを捕えることになったのは、オレがレングラー王にそうするよう指示したからだ。サレジが罪を犯したことは明らかだ。サレジはウソの話でオレのことを告訴していた。それは、オレが闇国から罪人たちを引き連れて王都に侵攻してレングランを転覆させようとしているという作り話だ。さらにサレジは部下を使ってその噂を広げた。
その噂を利用したのがタムル王子だ。タムル王子はレングラン軍を完全に掌握した。レング神もレングラー王もタムル王子が軍を動かしてクーデターを起こすのではないかと恐れて、タムル王子に対して強硬な措置を取れないでいた。
だがダイルがその問題を解決してくれた。ダイルが軍を抑えてくれて、軍の部隊長と魔闘士部隊の全員を支配下に置くことに成功したのだ。そのためタムル王子は軍を動かせなくなくなったし、クーデターを起こす力も失ったということだ。そのおかげでタムル王子を廃嫡することができたわけだ。
サレジがタムル王子の謀略にどれほど関与していたのかは分からないが、サレジがミレイ神に操られていたことは確かだ。サレジを捕えることができれば、その全容を明らかにできるはずだったのだ。
それを王都防衛隊は取り逃がしてしまった。だが、サレジの女房のアンニだけは捕えることができたとのことだ。アンニもウソの話でイルドさんを告訴していた。それは、イルドさんが闇国の罪人たちと共謀して反乱を起こす手伝いをしているという作り話だ。この騒動がアンニ一人で仕組んだことなのか、サレジから指示されて動いたことなのかは分からないが、これから厳しい取り調べが行われて、アンニが罰せられることは確実だろう。死罪となるのか、身分を奴隷に落とされて売られていくのか。気の毒と言うよりは、ざまぁみろという気持ちが強い。オレもラウラもあの女には辛い思いをさせられたからな。
取り逃がしたと言えば、ゴルドとゴルディア兵団も取り逃がしてしまった。タムル王子に取り入って甘い汁を吸っていたゴルドとゴルディア兵団は逸早くレングランから退去して、国外のどこかに拠点を移したらしい。タムル王子の失脚が退去の理由だろうと思っていたが、もっと深刻な事情があることが分かった。
レング神とジルダ神の使徒たちが調べて初めて分かったのだが、ゴルドはバーサット帝国と裏で繋がっていたそうだ。タムル王子を王位に就けた後、ゴルドは政変を起こしてバーサット帝国と手を握るつもりだったのだろうとレング神は推測していた。ジルダ神はその調査結果を知って大きなショックを受けていた。知らなかったこととは言え、ゴルドに信頼を寄せてきたからだ。
それにゴルドはミレイ神とも関係を持っていたようだ。今度の暗殺未遂事件にもゴルドは裏で繋がっていて、それで逃げ出したのだろう。
ゴルドを捕らえることができていたらミレイ神の居所も分かったかもしれない。それなのに、レングラー王の対応は手緩かった。ゴルドたちを逃してしまった上に、国外へ退去したことを理由に捕縛を諦めてしまったのだ。
ゴルディア兵団がレングランから退去したことは、別の意味でも大きな問題を引き起こしていた。レングラン王国の軍事力が低下してしまったことだ。レングラン軍では魔闘士が不足していて、その不足分をゴルディア兵団の魔闘士たちで補っていたようだ。しかし兵団が国外へ退去したせいでそれができなくなった。ゴルディア兵団の魔闘士たちも国外へ出てしまったからだ。そのせいでレングラン軍の魔闘士の数は全く余裕が無い状態に陥っているそうだ。
その事情は魔闘士の数だけでなく、魔空船の数でも同じだった。魔空船とは魔樹海の上空を航行する船のことだ。ゴルディア兵団は10隻ほどの魔空船を保有していて、レングラン軍へもその半数ほどを貸与していたらしい。国外へ兵団が退却したときに、その魔空船もすべて姿を消したとのことだ。これもレングランにとっては大きな痛手だろう。
もしかするとレングラー王はゴルディア兵団の復帰を画策するつもりだろうか。それで、あのゴルドを今は放置しているのだろうか……。
自分の思うように事が運んでいかない。オレはソファーに仰向けに寝転んだまま頭を抱えた。
※ 現在のケイの魔力〈1032〉。
(クドル・インフェルノで魔獣を倒し訓練を続けたため、魔力が増加)
※ 現在のユウの魔力〈1032〉。
※ 現在のコタローの魔力〈1032〉。




