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SGS229 資金調達の旅に出る

 ―――― ラウラ(前エピソードからの続き) ――――


 血は繋がっていなくても家族同然に暮らしていたなら、カエデは兄が死んだと知れば悲しむだろうし、その兄を殺したあたしを恨むことだろう。


 カエデにそのことを話すべきか、あるいは隠し通すべきか、あたしは一瞬迷った。でも隠し通す自信がない。謙信との戦いの場にはノブハルの部下たちが何人もいたし、あたしの戦いを見ていた。あたしがカエデの兄を殺した話を誰かほかの者から聞いたら、カエデはあたしのことを信じなくなるだろう。それは嫌だ。


「カエデ……、あなたに謝らなきゃいけないことがあるの。上杉輝虎の本陣に斬り込んだときにね、忍びの者が魔法で攻撃を仕掛けてきたから反撃して倒したんだけど。所持品を調べたら、これと同じ宝玉と魔石を持っていたの。中年の男だったわ。つまり……、今の話を聞いて分かったんだけど、あたしが殺したのはカエデのお兄さんだったのね……」


 言葉を切ってカエデを見たが、カエデは無表情だ。


「ごめんなさい。謝って許されるとは思ってないけど……」


 頭を下げていると、声を押し殺して泣いている気配がした。見ると、カエデが顔を伏せて静かに泣いている。


 あたしは黙って見守るしかなかった。


「申し訳ございません。泣くつもりは無かったのですが……」


 しばらく泣いた後、カエデは手で涙を拭って言葉を続けた。


「武田信玄様に仕えよと頭領に命じられたときから覚悟はできておりました。武田と上杉は宿敵同士でございます。上杉に仕えている兄と殺し合うことになるやもしれぬと頭領から言われておりましたので」


「でも、そうなるかもしれないと分かっていて、どうして宿敵同士のところへ自分の大切な部下を仕えさせたのかしら? 頭領にとっては子供も同然なはずよね?」


「それは……、詳しくは申せませぬが、一族が生き延びていくためでございます。頭領もどれほど辛かったことか……」


 カエデはまた涙を浮かべた。


 カエデははっきりとは教えてくれなかったが、何となく想像はついた。マラン一族がこの戦国乱世を生き抜いていくために、頭領は主な戦国大名に部下を仕えさせて情報を入手しているのだろう。おそらくこの乱世を治めて最後に統一国家を作る大名と手を握るつもりなのだ。


 カエデからマラン一族の詳しいことは聞けなかったが、今日聞いた話で見当がついたことがある。それは、その頭領があたしと同じようにウィンキアからこの世界に転移してきた者らしいということだ。


 あたしよりも何十年か前に転移してきたのだろう。そして、この見知らぬ異世界で自分の足場を築いて必死に生き延びようとしてきたのだと思う。あたしやマリシィと同じだ。


 それにカエデから聞く限り、その頭領は悪い人ではないみたいだ。以前に信玄からマラン一族のことを聞いたとき、頭領の名前はたしかシンシロウだと言っていた。そのシンシロウという頭領と会って話し合いたいが、これ以上のことをカエデに尋ねても無駄のようだ。無理強いする必要は無い。今回は諦めよう。


 ただ、もう一つだけ気になることがあった。


「念のために聞いておきたいのだけど、上杉輝虎もあなたと同じようにマランの一族なの?」


「いえ……。なぜ、さようなことを申されるのでございますか?」


「実はね、上杉輝虎も宝玉と魔石を持っていたのよ。それにバリアの魔法も使っていたから、マランの一族と関係があると思うのだけど……。違うの?」


「それは……、おそらく兄が独断で上杉輝虎へ貸し与えたのでございましょう。兄は長く輝虎に仕えておりましたゆえ、情が移ったのかもしれませぬ」


 そういうこともあるのかもしれない。あたしも、できればカエデとは心が通じ合えるような関係になりたいものだ。


「これは、あなたに返しておくわね」


 上杉輝虎と護衛の忍びの者が持っていた物だと説明を加えて、ソウルオーブ2個と魔石2個をカエデに渡した。


「魔力は充填しておいたからね」


 その言葉を聞いてカエデは驚いた顔をした。


「羅麗姫様も宝玉や魔石に魔力の充填ができるのでございますか?」


「ええ、できるわよ。あなたの頭領と同じようにね」


 カマを掛けた。カエデに否定されると思ったが、目をさらに大きく見開いただけだった。その表情を見てあたしは確信した。あたしの推測は当たっていると。


「あなたのソウルオーブも魔力が少なくなってきたら持って来なさい。いつでも充填してあげるから」


 それには返事をすること無く、カエデは頭を下げて部屋を出ていった。


 ………………


 姫山城に戻ったのは日が沈んだ後だ。建物の中に入ると居間でマリシィや子供たちが寛いでいた。ケビンも子供たちと一緒に元気よく遊んでいた。


 マリシィがあたしに気付いて駆け寄ってきた。


『お帰り。その鎧、なかなか似合ってるぞ。昨日の夕方に帰ってきたのは知っていたが、おぼろな状態っていうのはじれったいな。それで何か進展はあったか?』


『ええ、信玄から城や領地を与えられたわ。あの深志城よ。ここも領地の中に入ってるのよ』


 あたしはマリシィに信玄と会ったことや上杉謙信の本陣に突撃して討ち取ったことなど一連の出来事を説明した。


『その褒美に領地を……。ラウラ、苦労を掛けてすまない』


 マリシィが頭を下げた。


『いいのよ。信玄やノブハルはあたしたちのことを魔法を使う女天狗だと思っているから、下手に手出しをして来ないはずよ。それに、領地の統治方針は家臣たちに説明したから、後のことはあたしの家臣になったノブハルや奉行たちがやってくれるはずなの。だからもう心配はいらないのよ』


 領地の統治方針を新たに作り、城の人員配置を見直したことをマリシィに説明した。


『ありがたい。これで、この世界で安心して子供たちを育てることができる』


『こっちは変わったことは無かった?』


『見てのとおり、この砦の守りを固めたくらいだ』


 マリシィの話では普段は隠れ家ではなく砦の建物で生活をするようになったとのことだ。寝室もあるから寝泊まりもこの建物でしているそうだ。


『それとね、この砦は姫山城という名前で呼ぶことになったからね』


 その理由をマリシィに説明した。


『そうか。それなら姫様が住むのに相応しい城にしないといけないな』


 この城のことはマリシィに任せておこう。


『ところで、クラーラの件はどうなったの?』


 あたしが問い掛けたのは、クラーラがバーサット帝国の工作員だった件についてだ。あたしが留守の間にマリシィがクラーラを尋問することになっていたのだ。


『その件は片が付いた。クラーラは素直に何もかも白状したのだがな……』


 マリシィはクラーラから聞き出した話を語ってくれた。クラーラはプロの工作員ではなかった。金で雇われて孤児院へ毎日通って、雇い主の指示どおりに動いていただけだった。雇い主はおそらくバーサット帝国の工作員だと思われるが、クラーラは雇い主については何も知らなかった。マリシィはクラーラに魅了の魔法を掛けてから尋問したそうだから、マリシィの話はウソではないだろう。


『それで、クラーラの処遇をどうするの?』


『そのことだが、クラーラを罰したりせずに、今までどおりに子供たちの先生として働いてもらうことにした。子供を世話したり教育したりする大人の手が一人でも欠けると困るからな』


『事情は分かるけど、クラーラを信じて大丈夫なの?』


『私も油断するつもりはない。クラーラの件はアデレ先生にも話しておいた。アデレ先生は驚いていたよ。ともかく、クラーラに対しては私とアデレ先生で今後も注意深く監視を続けることにしている。そういうことだから、クラーラの件は私に任せてほしい』


 マリシィがそう言うのならすべて彼女に任せておけば良いだろう。


 でも少し気になったので、マリシィとの話を終えてからクラーラの様子を見にいった。クラーラは子供たちから少し離れたところでぼんやりと佇んでいた。やはり元気が無いみたいだ。


 考えてみたら一番ショックを受けているのはクラーラかもしれない。自分が雇い主から指示されるまま軽い気持ちで行ったことが、こんな重大事を招いてしまったからだ。おそらくクラーラは自分が犯した重大事に気付くことなく過ごしていて、マリシィから言われて初めて自分の罪に気付いたのだろう。


 そんなクラーラの様子を見て、つい声を掛けてしまった。


「マリシィから話を聞いたわ。あなたが今やるべきことはね、信頼を取り戻すことよ」


「信頼……、ですか?」


「そう。信頼よ。あなたが今みたいにシュンとしていたら、子供たちも元気を無くしちゃうわよ。空元気でも良いから、子供たちには明るく笑ってあげて。あなたの役割をしっかりと果たして信頼を取り戻しなさい。いいわね?」


 言い終えてからすぐに後悔した。クラーラの頬に一筋の涙が光るのを見たからだ。マリシィにすべて任せるつもりだったのに、あたしはクラーラに余計なことを言ってしまったのかもしれない。


 15年間のハンター生活で何人もの後輩たちを厳しく指導して育ててきたが、おそらくそのことが悪い癖となっているのだろう。


 それでもクラーラは「ありがとうございます」と言いながら、あたしに微笑んだ。少し辛そうな微笑みだったが。


 ………………


 マリシィたちと今後のことを話し合って、それから少し眠った。そして、深夜。あたしは出発した。目指すのは春日山城だ。あたしが倒した上杉謙信の居城だ。コタローの話では謙信は春日山城に金塊を蓄えている可能性が大きいそうだ。この深夜のうちに朧な状態になるから、その間に移動して春日山城に忍び込んで謙信の遺産を奪うつもりだ。それが終わったら、堺へも行ってみようと思っている。


 このときのあたしは何も気付いてなかった。あたしは上杉謙信を討ち取ったり、深志城の城主になったりして、この時代に大きく関わってしまった。そのことがこの先のあたしの未来と戦国時代に大きな影響を与えることになるのだ。それだけではない。ケイの未来と時空を超えたウィンキアの世界まで巻き込んで、二つの世界を大きく変えていくことになるのだが、それはまだ1年以上時が経つのを待たねばならない。


 ※ 現在のラウラの魔力〈812〉。

   (戦国時代の日本にいるため魔力は半減して〈406〉)


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